12.立ち塞がる者


 洞穴の中は、電気が通っていた。それも、マギアルのスケイル鍾乳洞で見たような高品質の電灯だ。リューズという閉鎖的な国で、このようなものが使われているのは少し珍しく感じる。邪推だろうか、とも思ったが、どうやらフドウさんも同じように疑問を感じている様子だった。


「このような設備……リューズでは採用しておらんはずだが」

「ということは、シュウさんが勝手に?」

「有り得る。グランウェールかライン、どちらかの国から取り寄せたのだろう」


 技術的にその二国が考えられる、ということか。まあ、確かにコーストンという選択肢は除いても良さそうだ。

 中はどこまでも一本道だった。ただ、自然にできた部分は最初の十数メートルだけで、後は人工的に掘られたような印象だ。秘密裡にそんな大工事が行われていたというのは驚きだった。関わった人もそう多くないはず。


「しかし……この先にあるのが何なのか、まるで想像がつかんな」

「ええ。例えば、牢屋だったりはすると思いますけど」

「キリカ殿を拘束しておく、ということか」

「生贄はシュウさんの切り札みたいなものですしね。逃げられたり、奪われたりされてはいけないと考えたとか」


 洞穴を進む中で、僕たちはフドウさんに、墓地でコウさんとキリカさんの二人と話す機会があったこと、そこでシュウさんが差し向けたと思わしき忍者に襲われたことを説明した。

 

「コウ殿が、キリカ殿を逃がしてしまうのではと危惧した……そういう可能性も考えられるでござるな」

「かもです。少なくとも、勇者と関わりを持ったこと、協力を申し出たことは知られたでしょうから」


 その上で、コウさんが勝手な行動をとれないようにキリカさんを連れだした……という一面もあるだろう。

 キリカさんは、生贄であり人質でもあるのだ。


「……む」


 しばらく進んだところで、扉が見えてくる。少し広まった空間の端にごちゃごちゃと機械が設置されており、それが電灯に電気を供給しているらしいことは何となく察せられた。

 そこで突然、フドウさんが僕たちを手で制す。僅かに遅れて、僕も道の先に誰かが待っていることに気付いた。

 フドウさんの表情が、忽ち厳しいものになる。


「……よく知っておるぞ。隠れていても仕方がないだろう」

「……バレちまったか」


 機械の影から、一人の男がゆっくりと姿を現した。初めて見る男だ。だが、フドウさんはその男をよく知っているようで。

 だとすれば、考えられる人物は一人しか浮かばなかった。


「トウゴ」

「久しぶりだな、フドウさんよ」


 ギルドから脱退し、スイジン家に仕えるようになったという男。

 トウゴ=オニマル。

 深紅の短髪は針鼠を思わせるように跳ねており、目つきは非常に鋭く、片側の耳にはピアスのようなものが付いている。元の世界でヤンキーとして十分にやっていけそうな身なりの男だ。


「そうか……お主が門番を任されたということでござるな」

「さあて。何のことやら」


 へらへらと笑いながらも、トウゴさんの目は冷ややかにフドウさんを捉えていた。簡単に彼のことは聞いていたが、単純な理由でここに立っているわけではなさそうだ。

 それを、フドウさんも十分に理解している。


「問おう。この先にシュウ殿とキリカ殿がいるのだな」

「残念ながら答えられねえな。そもそも、あんたらは許可なくここへ入って来てるんだしよ。お引き取りくださいって言うべきところなんだぜ」

「ほう、ではこの場所はスイジン家の私有地なのだな?」

「おっと」


 言い過ぎたか、という風にトウゴさんは笑う。この先に二人がいることは間違いないようだ。


「……なあ、トウゴよ。お主はどうしてスイジン家に仕えることを決めたのだ。あれほどギルドの絆を大切にしていたお主が」

「俺が何を大切にしてたって? 悪いがフドウさん、俺は徹頭徹尾スイジン家の人間なんだよ。シュウ様の手足となること。それが俺に定められた役目なのさ」

「定められた、か……」


 フドウさんがその言葉を繰り返した。きっと、その裏に隠された意味が込められているような気がして。


「トウマ殿、セリア殿」

「……はい」

「ここは拙者に任せてほしい。奴は仮にもギルドに所属しておった者だ。拙者が倒さねばならん」

「何となく言うと思ってましたけど。負けないでくださいね?」


 セリアの挑戦的な台詞に、フドウさんは当たり前だとばかりに頷いた。

 そして、ずいと前に進み出る。


「トウゴ。お前を倒してでも、そこを通らせてもらうぞ」

「へっ、できるもんならやってみな」


 トウゴさんは手甲のはめられた拳を構え、体を低く構えた。……武術士か。

 フドウさんも刀を抜き、静かに構える。

 そのまま張り詰めた空気が流れ――電灯の明滅とともに、両者は勢いよく駆け出した。

 因縁の対決が、始まる。


「――砕!」


 先手はトウゴさんだった。破壊の一撃を繰り出すも、フドウさんはそれを容易く躱す。鮮やかな動きだ。だが、攻撃は単発ではなかった。


「――破!」


 回避されることも計算のうちだったのか、体制を崩したように見えたトウゴさんは片足を軸にしてぐるりと回り、回し蹴りとともにスキルを発動させた。流石のフドウさんもそれを完全に避けることは叶わず、流水刃によって受け流した。

 一度距離を置き、トウゴさんは再び突進してくる。しかも、その速度は一度目よりも上昇していた。七の型を使用したのだろう。


「――爆!」

「――交破斬!」


 拳が届くよりも前に、フドウさんは交破斬を飛ばした。斬撃が拳に触れた瞬間、大きな爆発が生じる。……どちらのスキルも高威力だ。


「腕を上げたでござるな!」

「そっちは鈍ったんじゃねえか!」


 刀と拳が交差する。二人ともスピードを重視する戦闘スタイルのようで、言葉を交わしている間にも十数回の攻防が展開されていた。

 ……心なしか、そんな二人は戦いを楽しんでいるようにも見える。


「――纏」


 トウゴさんの体に、薄く魔力のオーラが纏う。それに対してフドウさんも、


「――斬鬼」


 自身の剣に魔力を纏わせ、巨大化させた。

 なんだか意地の張り合いのようでもある。


「はあッ!」

「せいッ!」


 再度の衝突。押し負けたのはトウゴさんの方だった。純粋な力で言えば、やはりフドウさんに分があるようだ。


「腹が立つぜ、畜生!」

「ふっ、拙者も同感だ」


 今度はフドウさんが攻める。低い姿勢のまま力強く地面を蹴り、飛び込む。


「――崩魔尽!」

「――震!」


 ギリギリのところで、トウゴさんは地面を隆起するという方法で斬撃を防いだ。……正直なところ、見ている側としては洞窟内でそんなことをしたら危ないのではと不安になってしまうが、とりあえず異常は発生しなかったので胸を撫で下ろす。


「ふッ」


 砕けた土壁を飛び越えるようにして、トウゴさんが反撃に転じる。空中でくるりと回転し、そのまま足を振り下ろす。


「――砕!」

「おっと!」


 刀で受けると破壊されてしまうため、フドウさんは身を捩って何とか踵落としを避けた。しかし、衝撃によって踏み込んだ先の地面に歪みが生じ、バランスが崩れてしまう。


「食らえ――終の型・滅!」


 一瞬の隙を逃さず、トウゴさんの大技が炸裂した。あれは、魔皇アギールも使っていた十番目のスキルだ。非情なる多段攻撃。


「くっ……」


 フドウさんはその目にも止まらぬ連続攻撃を、何と一つ一つ紙一重のところで躱していった。最小限の動きで、躱しきれないところは刀で流し。二人の動きは最早残像が生じるほどのスピードだ。


「あ、当たらねえ……ッ!?」


 全速力で攻撃を叩きこむトウゴさんの顔には、怒りと戸惑いが入り混じっていた。対してフドウさんは、あくまでも冷静に、真剣に、彼の拳と足とを避け続けた。針に糸を通すような、完璧な動きだ。

 その、雨のような連撃が終わる瞬間。

 そのときだけ、ふっと、フドウさんの表情が緩んだ。


「――流水刃」

「がッ……くはッ……!」


 最後の一撃に、カウンターを発動して。

 フドウさんの刀は、トウゴさんの首のすぐ隣に伸びていた。


「勝負あったな」


 トウゴさんは、フドウさんの言葉に何も返せず。

 ぐらりと体を傾いで、そのままドサリと倒れ込むのだった。


「フドウさん!」


 勝負が決着し、僕とセリアはフドウさんの下へ駆け寄った。彼は涼しげな顔を装ってはいたものの、息が上がり、服には無数の裂け目ができている。

 やはり、トウゴさんの猛攻はかなりきつかったようだ。


「……ふう。対人戦は久々だった。鈍ったと言われるのも当然でござるな」

「いえ、それでも凄いですよ。あんなに攻撃を避けれるものなんだな、と」

「それが拙者の戦い方なのでな」


 フドウさんはそう言って笑ったが、すぐにゲホゲホと咳き込んだ。


「うぬ、とは言え多少無茶をしたか」

「私、もうフドウさんの体がブレブレでしっかり見えなかったもの……無茶な動きよね、あれは」

「はは、もっと鍛錬せねばな」


 鍛錬という方向に結論がいくのか、と僕たちは苦笑した。


「……う……」


 気を失っていたトウゴさんが、呻き声を上げながら顔だけを動かした。もう意識が戻ったようだ。たとえ峰打ちでも、かなりの威力だったと思うのだが。


「……どうして、殺らなかった」

「無益な殺生はせん。お前が死んだとて、何の意味もなかろう」

「……ハッ、それもそうだな……」


 敗北を喫したことで心が折れたのか、トウゴさんは先ほどまでの威勢がなくなり、自嘲気味に笑った。


「死ぬことにすら意味がないか……」

「そんなことは言っておらんよ」


 フドウさんはそこで溜息を吐くと、トウゴさんにそっと手を差し伸べた。

 彼は信じられないものを見るような目で、その手とフドウさんの顔を交互に見やった。


「何を……」

「こんな風にならねば、本心は聞けぬとずっと思っていた。それに……ワラビはビンタしないと気が済まない、というようなことも言っていたからな。トウゴ、お前は何故スイジン家に仕えるようになったのだ。聞かせてはもらえんか」

「……へっ、誰がそんなこと……」

「わざと負けただろう」

「……それは……」


 その指摘に、トウゴさんは言い淀んだ。僕たちからすれば全力勝負のように見えていたのだが、フドウさんはどこかで疑問を感じたらしい。


「お主も素早さを活かした戦法を得意としている。最後の攻撃を躱せぬはずがないのだ。違うか」

「……参ったな」


 お見通しか、というようにトウゴさんは緩々と首を振った。


「何て情けねえ男だろうな、俺は……昔っから」

「そんなことはない。お主はいつでも、誰かのために行動する素晴らしい男だった」

「……ちぇっ、あんたはいつもそうだ。ちょっとは怒れっての」

「戦って、十分に発散させてもらったでござるよ」

「そういや、腹立つって言ったときに言い返されたっけか」


 トウゴさんはくっくと笑った。


「はいはい。……俺はキリカ様を慕っている。そこに付け込まれたのさ」

「……やはりな」


 トウゴさんの口から語られる真実。それをフドウさんは、ある程度予想していたようだった。

 キリカさんへの好意……か。


「オニマル家は代々、男の中で誰か一人が必ずスイジン家に仕えてきた。そういう繋がりもあって、俺は幼少期からキリカ様と仲良くさせてもらってたんだ。そりゃ、身分の違いは理解してたけどよ、傍にいられるならマシだろって自分に言い聞かせながらずっと過ごしていた」

「……うぬ」

「だが、傍にいるからこそ知ってしまうこともあるもんでね。俺はキリカ様とライ様が好き合っているというのを聞いてしまったのさ。仰天して、胸が痛んだがよ、俺は思いのほかすんなりと、その事実を受け入れることができたんだ。それも当然かってね。んで、気持ちを入れ替えようとスイジン家のポストを蹴り、ギルドに入ったわけだ」


 トウゴさんがギルドへ入ったのには、そんな悲恋があったわけだ。けれども彼は、気持ちを新たに働き始めたギルドで、大切な仲間を得る。


「フドウさん。絶対に今しか言わねえが……そうさ、俺はギルドの皆が好きだ。半ば捨て鉢な気持ちで身を置いた場所だったけど、俺の心は皆のおかげで確実に救われた」

「ふ、お前がそのように素直な気持ちを吐露するとはな」

「だから、もう言わねえよ。……腹が立つほど、あんたたちは大きな存在になっちまったんだ。この半年間、考えなかった日はねえ」

「……そうか」

「ライ様が亡くなって。キリカ様が悲しんだときも。少しは邪な気持ちが湧いたもんだが、あんたたちのおかげで踏み止まれた。今の俺はギルドという場所で、仲間と一緒にリューズの平和を守れれば幸せだって、思えたんだよ」


 ……だけど、その思いはいつまでも持ち続けていられなかった。

 シュウ=スイジンの登場が、彼を変えてしまったのだ。


「あるときから、キリカ様を生贄にする計画がシュウ様によって勝手に進められていった。信じられなかった。自分の娘を嬉々として生贄に捧げようとするあの人が。日に日に笑顔が失われていくキリカ様が。……そして俺は、戻ってくるようにと命じられたんだ。悪魔染みた囁きとともに」

「悪魔染みた囁き……?」


 フドウさんが聞くのに、トウゴさんは力なく頷いた。


「キリカを救いたいと思うのなら、従え。シンプルな命令さ」

「……なるほどな」


 つまり、トウゴさんにとってもキリカさんは人質であったわけだ。

 ……シュウ=スイジンという男は、どこまでも卑怯な……。


「救わせるつもりは毛頭なかったんだろうよ。それでも俺は、シュウ様の予想を裏切って救い出せる、そんな奇跡も有り得ていいだろうって、自分に言い聞かせた。それで、誰にも本心を告げることなく向かったのさ。この世で最も憎い男の下へな」

「……トウゴ」


 全ての真実を知った僕たちにとって、トウゴ=オニマルという男は、仲間を裏切った冷徹な男などではなく。

 思い人を救うために涙を呑んで自らを犠牲にした、悲しき男へと変わっていた。


「フドウさん。俺はこんなみっともねえ男になっちまったが、頼んでいいか」

「……うぬ」

「シュウ様は……あの人は、キリカ様を生贄にすることなんて、ただのワンステップとしか思っちゃいねえ」

「と、言うと」

「この施設の奥……辿り着けば理解できるだろうけどよ。あの人が狙っているのは、リューズでの地位だけじゃねえんだ」


 リューズでの地位だけではない?

 それは、つまり。


「そうか、この設備は他国の……」

「……フドウさん」


 トウゴさんは、震える声でもう一度、名前を呼ぶ。

 その目は何度も閉じかけ、意識は消えかけていた。

 フドウさんの一撃は、やはり重たいものだったようだ。


「すまねえ……キリカ様を……」


 後は、意味のない言葉になって。

 トウゴさんは目を閉じ、動かなくなった。


「……必ず」


 フドウさんは、倒れ伏すトウゴさんに誓いを立てる。

 そしてすっくと立ちあがると、僕たちに向き直った。


「……すまぬな、我々ギルドの問題で時間をとらせてしまった。先を急ぐとしよう」

「いえ。何というか……本当に良かったです」

「まだ良くないわ。キリカさんを救ってあげるとこまでいかないと」

「あはは、そうだね」

「……ふ。セリア殿の言う通りだ」


 キリカさんをシュウ=スイジンの魔の手から救い出し。

 魔皇も討伐して、トウゴさんを元通りの日常に戻す。

 それが、ギルドの皆が一番幸せになれるゴールだろう。


「……進もう!」


 施設の最深部へ繋がる扉。僕たちは、その重厚な扉を開く。

 ……キリカさんは必ず、救い出してみせる。


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