7.警告の朝①


 目が覚めたとき、最初に聞こえてきたのは鳴き声だった。

 甲高い獣の鳴き声。それが、宿から遠く離れた場所から届いてきたのだ。

 それも、一度ではない。


「……ん……」


 深夜の侵入者のために睡眠時間が削られていた僕は、重いまぶたを何度も擦って布団から起き上がる。すぐ隣では、布団を跳ね除けたセリアが大の字で気持ちよさそうに眠っていた。


「セリア、朝だよ」

「むー……」


 顔をしかめてごろりと寝返りをうつセリア。もうちょっと寝かせておいてあげたいが、外の様子が気になる。

 こういうときは布団を剥がして起こすものだが、もう横に払われてしまっているんだよなあ。


「起きて起きて」


 あまり乱暴な真似もできないので、辛抱強く体を揺すって起こした。やはり寝起きは機嫌が悪いが、諦めるしかない。


「どうしたのよー……」

「ちょっと外から魔物っぽい声がしてさ」

「魔物? 静かだけど……」


 セリアが言いかけたとき、再び鳴き声が届く。それを聞いて、彼女は口をつぐんだ。


「何かあったのかもしれない」

「そうね……見に行くしかなさそう」


 四、五分ほどで最低限の準備をしてから、僕たちは部屋を出た。朝陽が眩しくて、寝不足気味の目に痛い。


「あ、女将さん。おはようございます」

「ああ、勇者様! おはようございます」


 部屋を出てすぐの廊下に、宿の女将さんが立っていた。どうやらこちらへ向かってくるところだったようだ。


「お呼びしようかと迷っていたところだったんですが」

「何かありました? 獣の鳴き声が何度か聞こえたんですけど」

「ええ……どうやら山から魔物が下りてきているようで」


 やはり魔物が出現したのか。迷っていたと女将さんが言うあたり、そこまで大規模な襲撃ではなさそうだ。ただ、早朝で迎え撃てる人が少ない可能性もあるし、念のため行ってみた方がいいだろう。


「魔物が下りてきた場所って?」

「この近くです。町の中心部へ向かう道のところに現れて……」


 下手をすれば、人が集まるところに侵入してしまうというわけか。


「すぐ行ってみます。ありがとうございます!」

「いえ、よろしくお願いしますね、勇者様!」


 女将さんの応援を背に、僕たちは宿を出て魔物の出没地へ向かった。

 町へ向かう道は一本しかない。その道なりに進んでいけば、比較的すぐに現場が見えてきた。獣型の魔物が十数匹と、武器を構える三人の男女。初めて見る顔ぶれだが、彼らが真っ先に魔物の対処に駆け付けたようだ。


「うぬ。オーガスト、ワラビ、行くでござる」

「了解、フドウさん。ワラビ、サポート頼むね」

「はいはい、頑張りますよー」


 二人の青年と、一人の少女。掛け声や陣形からして、フドウと呼ばれた男がリーダー格らしい。

黒い髪が後ろで結われており、まげのようになっている。手にした武器は刃先がキラリと光る刀で、時代劇に出てくる侍そのものといった出で立ちだ。


「ふっ」


 フドウさんは敵陣のど真ん中に飛び込み刀を振るう。その身のこなしは鮮やかで、獣たちの攻撃を全て紙一重で躱しながら強烈な反撃を決めている。

 その後ろで、オーガストさんが弓を引き絞り、狙いを定めていた。天然パーマの茶髪に、人懐っこそうな童顔。しかしながら敵を狙う目つきは狩人のそれだ。得物はただの弓ではなく小型のクロスボウで腕に装着されており、右腕をピンと伸ばして標的に向け、引いた弦を離して矢を撃ち放った。


『キャウンッ』


 魔物――コーストンでも見たウルフの亜種だ――は、眉間を撃ち抜かれて短い悲鳴を上げ、そのまま絶命した。この混戦の中、的確にあの場所を狙えたのだとしたら、凄い技術だ。


「よーし、ワラビもやるぞ」


 三人の中では最年少に見えるワラビさんは、桜色の髪を風になびかせながら、懐から武器を取り出す。それは符だった。


「えいっ! ――ファイアピラー!」


 符を指に挟んで、魔法を放つ。忽ちウルフの足元から強烈な火柱が立ち昇り、鳴き声を上げることもできないまま灰に帰した。相当の火力だ。


「ふうっ。数が凄いねー」


 あっという間に四匹のウルフを骸に変えた三人だったが、魔物の数は減ったようには見えない。いや、こうして戦っている最中にも、何匹か山から下りてきているようだ。

 彼らの戦いぶりに見惚れてしまっていたけれど、僕たちも加勢しなくては。


「すいません、助太刀します!」

「こっちは任せて!」


 彼らの手が届かなさそうな場所を選び、僕とセリアは戦闘態勢に入る。ここも魔物は十匹近く動き回っていた。いずれも凶暴そうな目をしている。


「貴殿らは……?」

「勇者と従士です。昨日からリューズに来てまして」

「おお! それはありがたい。是非助太刀を頼む」


 言葉遣いも特徴的なフドウさんは、僕たちにそう言うとまたも敵陣深くへ潜り込んだ。彼は至近距離での戦いを得意としているようだ。そしてオーガストさんは中距離、ワラビさんは遠距離と、バランスがとれている。


「――崩魔尽!」


 ウルフの群れ目掛け、範囲スキルを発動する。この斬撃も、実力がついてきたおかげでかなりの広範囲になっていた。どこまで巻き込めるかと思っていたが、一気に四匹のウルフを斬り刻むことに成功した。


「ほんっと、どんどん強くなっちゃうんだから。雑魚敵じゃあ私の出番あんまりないなあ」


 そう言いながらも、セリアは杖を天高く振りかざし、


「――ブリザード!」


 中級魔法でウルフを三匹、氷の彫像と化した。それだけでも絶命していることはほぼ間違いないが、念のため僕の剣で砕いておく。


「セリアの魔法も一級品じゃない」

「むう、余裕のある褒め方だわ」


 少なくとも、こうして言葉を交わしながら楽々魔物を倒していけるくらいには、互いに強くなっている。それは間違いなかった。


「――剛牙穿、――破!」


 剣で刺し貫いた敵を、拳で打ち抜く。初級スキルの簡単なコンボだ。これくらいなら、他職のスキルを幾つか覚えている人は実際にやっているかもしれないな。


「――チェインサンダー!」


 残りのウルフはセリアが雷魔法で黒焦げにした。あれだけいたウルフも、今の僕たちには大した障害にはならないというわけだ。

 敵の全滅を確認して、僕とセリアは勝利のハイタッチを決める。


「流石でござるな」


 パチンと手を打ち鳴らしたとき、フドウさんが刀を鞘に納めながら歩いてきた。あちらの戦闘も無事に終了したようだ。オーガストさんとワラビさんもこちらへ近づいてくる。

 僕たちは軽く砂埃を払い、三人と向かい合った。


「改めまして、トウマ=アサギ、勇者です」

「セリア=ウェンディ、従士やってます」


 こちらから自己紹介をすると、すぐに彼らも名を名乗ってくれる。


「はじめまして。ぼくはオーガスト=ステイナー」

「ワラビ=ラデンだよー」

「フドウ=トモキリと申す。我らはギルド連合リューズ支部の者でな」

「ああ、ギルドの……」


 一人だけリューズ人ではなさそうだと思っていたが、そういう理由か。ギルドの人たちということなら、戦闘能力も連携っぷりも納得だ。


「ぼくは早起きな人間でね、ちょっと散歩していたら森の中に魔物の姿を見つけたから……こうして対処しにきたんだ」

「なるほど。オーガストさんが偶然魔物を発見していなかったら、危なかったかもしれませんね」

「早起きは三文の徳ってやつだよねー」


 ワラビさんが言う。彼女は一人称が自分の名前だし、のんびりした喋り方なので幼く見える。ギルドの癒しキャラなんだろう。


「数は多かったが、それほどの脅威でもない。恐らくは、魔皇アルフの脅し……警告でござろう」

「生贄の期限が迫っているぞ、という?」

「うぬ」


 僕の言葉に、フドウさんは頷いた。


「トウスイ家が勇者を連れてくるというのは聞いていたが、そうか……うぬ、希望が見えたわけだな」

「魔皇アルフ討伐のことですね。ギルドとしては、やっぱり?」

「そりゃあ、生贄を良しとは言えないよ。勇者様が間に合わなくて、本当にリューズが危機に見舞われるというときには止むを得ないかもしれないけれど。あくまでそれは、最後の手段だ」

「キリカちゃんが生贄なんて、絶対ダメだよ」


 嬉しいことに、ギルドの面々は生贄否定派のようだった。民を守ることが理念であるギルドだから、それはとても当たり前のことなのだろうが。

 常に最善の未来を模索する。それが正しい道のはずだ。


「……とりあえず、魔物はもう下りてこなさそうだね」

「一件落着かー」


 オーガストさんが言い、ワラビさんはほっと安堵した声を出す。リーダーのフドウさんは、そんな二人を微笑ましそうに眺めていた。


「勇者殿も、朝早くから駆けつけていただき非常に助かった。せっかくだ、一度話がしたいのだが、恐らく朝食もまだのことと思う」


 フドウさんがそう言ったとき、ちょうどセリアのお腹が空腹を訴えた。途端に彼女は顔を赤く染める。


「ま……まだです……うう」

「であれば、後ほどギルドへ来てはもらえぬだろうか。時間はそちらにお任せしよう」


 魔皇を討伐する上で、協力してくれる人たちの存在はとても大きい。ギルドの人たちと関わっておくのは重要なことだ。


「ぜひ伺わせていただきたいです。時間は……まあ、十時くらいにしておこうかな」

「それくらいがいいわ」

「了解した。その時間で待たせていただく」

「場所はどの辺りでしょう?」

「町の中央近くにある。看板も立っているのですぐ分かるだろう」


 他の国で見たのと同じ看板が掛けられているのだろうし、フドウさんの言う通り目に入ればすぐ分かりそうだ。そこまで詳しく聞かずともよいだろう。


「じゃあ、また後で訪問させてもらいます」

「うん、待ってるよ」

「色々お話しよー」


 というわけで、早朝の襲撃を無事に終息させた僕たちは、時間を置いて対話の席を設けることになったのだった。

 宿に戻ったころには時刻も八時を過ぎており、あまり余裕はなかったけれど、朝食をとったり身だしなみを整えたりして、僕とセリアは改めてフドウさんたちと話をするため、ギルド連合リューズ支部を目指した。


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