8.警告の朝②


 ギルドのリューズ支部は歩いているうちに見つかった。もう見慣れた看板があったし、人の行き交う大通りに居を構えていたからだ。建物は比較的大きめで、リューズにおけるギルドの重要性を推し量ることができる。

 両開きの玄関引戸をガラガラと開いて、僕たちは中へ入った。受付にはワラビさんが立っていて、オーガストさんが掲示板の更新作業を黙々と続けているところだった。


「あー、いらっしゃい。待ってたよー」

「時間ぴったりだね。フドウさんを呼んでくるから、応接室で待っててくれるかな?」


 手に持っていた紙を貼り終えたオーガストさんは、そのまま二階に上がっていった。それを見送ってから、ワラビさんが受付から出てくる。


「こっちだよ、どうぞどうぞー」

「あ、はい。すいません」


 案内された応接室は、ソファやテーブルなど洋風の家具もあったが、木製の彫像が置かれていたり、壁には刀や手裏剣のようなものが掛けられていたりと、和洋折衷という雰囲気だった。和風の小物は全て、フドウさんの趣味なんじゃないかなあと思ってしまう。

 ワラビさんが用意してくれた冷たいお茶をいただきながら待っていると、程なくして三人全員が応接室に入ってきた。オーガストさんとワラビさんはソファに座り、フドウさんはすぐ後ろの壁に腕を組みながらもたれかかった。


「よく来てくれた。改めて名乗っておこう。フドウ=トモキリ。このリューズ支部の支部長を任されている」

「で、ぼくがオーガスト、こっちがワラビ。よろしくね」

「よろしくお願いします。どの町でも思いますけど、ギルドの皆さんって仲がいいですよね」


 僕が率直な感想を述べると、


「ギルドにはギルドの理念があるから。外部でどんな諍いがあっても、ぼくたちは民を守るという一点で団結できるんだよ。というか、そうでなきゃいけないって思ってる」

「うぬ、やはり貴殿は良いことを言う」


 フドウさんがオーガストさんを褒める。彼は照れながら、そんなことないですよと謙遜した。


「まあ、団結できなければギルドを去る。それだけですしね」

「……そうだな」


 そこで、何故か三人は一様に寂しげな表情を浮かべた。一瞬のことだったがそれを見逃さなかった僕は、以前このギルドに何かがあっただろうことを推察した。


「……あと、リューズはギルドの沿革が少々他と違うってところもある。ぼくもギルドに入るまで知らなかったんだけど、リューズは元々自治隊という民間の組織があったんだ」

「そうそう。グランウェールでギルド連合が発足したのが四十五年。そのころにはもう、リューズには自治隊があって国民を守っていたんだねー」

「それをギルド連合が吸収、というよりギルドと見做そうということで、自治隊の名を改めギルドになったのでござる」


 三人が順繰りに説明をしてくれる。なるほど、そのあたりも他とは違った歴史があるのだな。元々あった自治隊が母体になっているのなら、国内での信頼度が高いのも頷ける。

 古くから、国民は有事の際にギルドを頼って来たのだ。


「もちろん、トウスイ家とスイジン家の家来も昔から相当の戦闘能力だったんで、魔物との戦闘では協力してってことが多かったようだね」

「何というか、他の国よりも壁を感じないってところですかね」

「うん。少なくともラインやコーストンよりは絶対に」


 オーガストさんが苦笑する。コーストンが大公とギルドの間でギクシャクしているのは目の当たりにしたが、ライン帝国もあまり関係はよろしくないのか。この後目指すのがライン帝国なので、それは有用な情報だった。


「ただな。今までは感じて来なかった壁が、急速に築かれつつあるのが現状だ」

「そう……フドウさんの言うように、生贄問題でスイジン家とは意見が対立してしまった」

「しょうがないんだけどねー。こればっかりは、シキ様の方が正しいよ」


 ワラビさんは何度も頷く。


「……シュウさんの側についてしまった人もいるけども」

「あの野郎はいつかビンタして目を覚まさせてやるんだー」


 そこで彼女は、右手をブンブンと振り回した。笑ってしまいそうなジェスチャーだが、話の内容は重たいもののようだ。


「……その、お二人が言う人というのは?」

「うぬ、あまり進んで話したくはないことでござるが。元々このギルドは四人体制でな、今と変わらず和やかにやってきたのだが、あるとき奴はギルドを抜けたいと申し出てきたのだ」

「トウゴ=オニマルっていう奴でね。そもそも、スイジン家の家来になるかギルドに所属するかで悩んだ末にこちらを選んだらしいんだけど……シュウさんから呼び掛けがあったとかで、半年前にギルドを抜けてスイジン家に行ってしまったんだよ」

「そんなことが……」


 団結できなければギルドを去る。オーガストさんがさっき示唆していたのは、そのことだったのか。


「まあ、奴の本心は分からぬ。シュウ殿直々の命とあっては、逆えぬと思うのも無理なきことだ。あれきり我々の前には姿を見せぬが……いつかは胸の内を聞きたいところだな」

「その前にビンタはするぞー」


 また、ワラビさんはビンタのジェスチャーをした。フドウさんもオーガストさんも、今度はくすりと笑っていた。


「トウゴのことはさておき、我々は基本的にトウスイ家の考えに賛同している。生贄という、犠牲を強いるやり方を安易に選ぶのは納得ができぬのでな。魔皇討伐がどうしても不可能で、他の手段もまるでない。そんな状況にでもならない限りは、生贄などと口にすることも止めておくべきでござろう」

「そして、今こうして勇者様も来てくれたんだしね。まずは魔皇に挑む。倒せなかったときのことなんて、それから考えればいいんだよ」

「そうそう。勇者は魔皇を倒すものなんだから、失敗なんて考えたらよくないよー」


 次善の策を考えるのがよいこともあるけれど、こと魔皇討伐に関しては確かに、倒せないかも、なんて思うことは悪影響でしかないだろう。

 それに、スイジン家はまったく違う理由から生贄を差し出そうとしているのだ。そんな馬鹿な真似をさせるわけにはいかない。


「今のところは、まだ具体的な作戦なんかも立てられてはいないけど、これからトウスイ家と面談の機会を設けて、魔皇討伐に向けた話し合いを進めていくつもりなんだ」

「というわけでな、作戦や日程が決まり次第、勇者殿には内容を伝えるつもりだ。魔皇アルフが提示した期限までもう一週間を切ったが、早急に話をまとめ、必ず討伐を決行する」

「トウスイ家とギルドのみなさんが協力してくれる感じになるんですね?」

「無論だ。トウスイ家やギルドのみならず、戦える者は総出で魔皇に立ち向かう。苦しい戦いにはなるだろうが、勇者殿も全力で頼む」

「ええ、無論です」

「ふっ、信じておるぞ」


 フドウさんは、こちらを横目で見てニヤリと笑った。信じてもらえること。共闘する上でそれはとても大切なことだ。


「素敵な勇者様だねー、ナギちゃんが気に入ったのも良く分かるな」

「ああ……そう言えば、話してたんだっけ」

「うんうん。あんまりお喋り好きじゃないから、数分くらいだけどねー」

「ナギちゃんから連絡、あったんですか?」


 気になったので僕が訊ねると、


「四日くらい前かな? ワラビが通信機をとってね。ナギちゃんからの連絡だったみたいだ」

「だから、セントグランでのトウマくんとセリアちゃんの活躍は、簡単に聞いてるんだよ」

「あはは……そうだったんですね。ちょっと恥ずかしいな」

「いやー、やっぱ勇者様は凄いなって思ったよ。ナギちゃん素直じゃないから、褒めるような言葉はなかったけど」

「ですよねー」


 セリアが相槌を打つ。ナギちゃんが皮肉屋なのは誰もが知っていることなんだろう。


「でもナギちゃん、こう言ってたよ。ボクと違ってバカ真面目だから、サポートしてやってって。連れて来られること、予想してたんだろうねー」

「……そうですか。なんか、ちょっとほっこりしますね」

「でしょ。見え隠れする優しさがナギちゃんのチャームポイントなんだー」


 きっと、バカ真面目だからリューズに連れて来られてしまうに違いないと、ナギちゃんは予想していたのだ。

 彼女は、望んでいたのだろうか。僕たちが半ば無理やり、リューズに連行されることを。ただ一言も、そう思わせることは言わなかったけれど。

 迷って、いたんだろうか。

 だったら、それもきっと彼女の優しさだ。


「私、ナギちゃんと友達だったから、グランウェールに行っちゃったのは寂しかったけど。ここにいたら生贄の候補になっちゃうわけだし、離れたのは正解だったんだよね」

「シキ様も、お前以上に寂しく思っているさ。それでも我が子を旅立たせた。生半可な覚悟ではできないことでござる」

「ナギちゃん、結局誰かに役割を押し付けるだけだって最初は反対してたもんなあ。……キリカちゃんとも仲良しだったし、悪い想像はしてたんだと」

「だからこそ、彼女に良い知らせができるよう、全力で頑張らなくっちゃね、皆?」


 最後はオーガストさんが上手い具合にまとめ、三人全員が頷き合った。


「僕たちも、ナギちゃんを安心させてあげたいですしね。彼女も含めて、皆が安心できる未来のために、頑張りましょう」

「うぬ」


 フドウさんが近づいてきて、手を差し伸べてくれる。他の国でもしてきたように、ここでもまた僕たちは、固い握手を交わす。

 こうしてギルドの面々と信頼を深めた僕とセリアは、暖かな気持ちに包まれながら辞去を告げ、ギルドを後にするのだった。

 



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