十一章 囚われの島―二つの領家―

1.船の行く先


 ライン帝国を目指し、僕たちが乗り込んだ船の行き先。

 何の疑いも抱かずに、彼らを信頼し続けた結果、吐露された真実。

 この船は、ライン帝国へは行かない。

 船が行き着く先にあるのは――リューズ共和国。


「あーもう! 私たちを騙すとか、酷くない?」

「セリア、そろそろ落ち着いたら……」

「落ち着いてられるかー!」


 夕食の後。僕たちは二人、部屋に戻ってからもう一時間ほどこんなやりとりを繰り返していた。セリアの気持ちも十分に理解できるのだが、こうなってしまった以上、進路を変えてもらうことはできないのだ。受け入れるしかないことだと、僕は諦めていた。


「むー、仮にも私たち、二人のためにアクアゲートで必死でコンテナ探ししてたのに……」

「まあ、あれも二人には直接関係なかったわけだけどね」

「尚更むかつくわ、それ……」


 ある意味、いいように利用されたというか、付け入られたというか。そんな風にして僕たちをこの船に乗せたことは、確かに僕も怒りたかった。正直に全てを説明してくれていたら、もっと素直な気持ちでこの船に乗っていたと思うのだが。

 ライン帝国へ向かう予定であると耳にしたとき、彼らは焦ってしまったのだろう。そして、確実な方法をとらなければならないと決意したわけだ。

 そんな決意をするほどに、リューズ共和国は差し迫った状況にある……ということか。


「……どう思う? リューズの状況」

「それを言われちゃうと。行くしかないって思うけど」

「うん。二人に騙されちゃったのはショックだけど、何とかするしかないよ。順番が変わっただけだ」

「トウマって、すっごく器のでかい男になったわよね……」


 それはきっと皮肉なのだろうが、誉め言葉と受け取っておこう。僕は笑ってセリアの頭にポンと手を乗せた。


「……はあ、トウマに免じて許してあげますか。比べられたら私が子どもっぽく思われるし」

「あはは……そうしてあげて」


 子どもっぽく見えると自覚はしているんだな、と思いつつ、僕は相槌を打った。

 ……リューズ共和国の危機。コテツさんとヒュウガさんが僕たちを騙したのには、重大な理由があった。

 船の行き先を告げられた直後の、夕食の席。そこで二人は僕たちに、リューズが抱える根深い問題について語ったのだった。





「改めて、自己紹介をさせてもらいたい。私はコテツ=ガンサイ。リューズの首都ハレスにてトウスイ家に仕える者だ」


 コテツさんは、それまでの畏まった口調から一転し、勇ましさすら感じさせるような強い言葉遣いで話し始める。そして、寡黙だったヒュウガさんもまた、彼と同じように被っていた仮面を取り払った。


「ヒュウガ=チョウギっす。コテツと一緒で、トウスイ家に仕えてるっす。いやあ、今まで騙してて本当に申し訳ない!」

「え……そんなキャラだったの?」

「へへ、意外ですかね?」


 一瞬、騙されていたことへの怒りも忘れて、セリアは驚いて口をポカンと開けていた。その様子に、ヒュウガさんは得意げに笑う。


「黙ってればイケメンってよく言われるんすよね、俺」

「ずっと黙ってた方が良かったんじゃない?」

「ひえー、辛辣だ」


 セリアの突っ込みにもまるで動じず、彼はへらへらと笑い続けていた。


「はあ……すまんな、勇者殿。こいつは生まれつきこんな感じなんで、鬱陶しければ無視してくれ」

「コテツ、こういうときはフォローしてほしいんだけど」

「さて、本題に入らせてもらおう」

「こっちも辛辣だ」


 ……早速だが、無視しないと話が進まないような気がしてきた。


「我々の故郷であるリューズ共和国は、他国と違い基本的には排他的で、独特の文化を形成している。不便な点も勿論あるが、それ以上に良いものは多く、国民は豊かな生活を営むことができている」

「ライン帝国にちょっかいかけられた以外には戦争の歴史も殆どない、平和な国っす」

「しかし、そんなリューズも数十年に一度、恐るべき災厄に見舞われてしまう。どういう意味かは、分かってくれると思うが」


 数十年に一度の災厄。それに、拉致された勇者。この二つが意味するところは決まっている。


「魔皇、ですね」

「その通りだ」


 神妙な面持ちで、コテツさんは頷いた。


「リューズに出現する魔皇は、四体いる中でも特に凶悪な存在であり、数十年に一度そいつが出現する度に、国は甚大な被害を受けているのだ」

「特に凶悪……」

「そう。純粋な強さは一番というわけではないかもしれないが、生態そのものが脅威なのだ。お二人は、これまでコーストン、グランウェールと二国の魔皇を討伐してきたはずだな」

「ええ。ちょうど時計回りに世界を旅する予定だったので、次はライン帝国へ行こうと思ってました」

「その予定が狂っちゃったわけですけどっ」

「それについては本当に申し訳なく思っている。しかし、凶暴な魔皇を倒すべく、どんな手段を使ってでも勇者殿に来てもらう必要があったのだ」


 つまりは、それが真実だった。

 ライン帝国に向かうよりも先にリューズ共和国へ来てもらい、魔皇を討伐してもらう。

 コテツさんとヒュウガさんは、そのために僕たちをこの船へ乗せたのである。


「シキ様の命令だったんすけどね、どんな手段を使ってでもっていうのは。俺たちは、勇者がグランウェールの魔皇を倒したって聞いてからアクアゲートに行って、あのコンテナ紛失事件を利用して即興で計画を立てたんすよ」

「実のところ、我々はあの事件と何ら関係がないのだ。その点も謝っておきたい。船の運航が止まっているのを好機と、我々は勇者殿にあの取引を持ち掛けたわけだ。勇者殿を騙すのは心苦しかったが、我々も故郷の一大事なのでな」

「んー……僕たちも、騙されたのが悪いと思うしかないですしね、こうなった以上」


 今更ライン帝国へ舵を切ってくれと頼んだところで聞き入れてくれるわけがないし、手荒な真似をするつもりもない。しても意志は曲げないだろう。

 セントグランでナギちゃんに、悪い人に騙されないようにと忠告されていたのに、きっちり騙されてしまった自分たちが情けない限りだ。


「……あれ?」

「何よトウマ、変な声出して」

「いや……コテツさんとヒュウガさん、さっきどこかの家に仕えてるって言ってましたよね」

「ああ。我々はトウスイ家に仕える者だ。雑用から重大な任務まで、手足として動いている」


 その名前を、どこかで聞いたようなと引っ掛かっていたけれど。


「……ナギちゃんって、知ってます?」

「ナギ様と言えば、シキ様の娘だが……」

「え! な、ナギちゃんって、あのセントグランにいた?」

「やっぱり……」


 なら、ナギちゃんが悩んでいた理由も察せられる。

 故郷であるリューズが、魔皇出現によって危機に瀕していることを憂いていたのだ、きっと。


「セントグランのギルドで、ナギちゃんと何度か会ってるんです。トウスイ家って、リューズでもかなりの地位にあるって聞いたんですけど……」

「ふむ、お二人は知らないのか。リューズは共和国のため絶対的なトップは存在しないのだが、実情としては二つの家を政の中心として成り立っている。その一つがトウスイ家だ」

「じゃ、じゃあトウスイ家って……王様とほぼ同じってこと?」


 セリアが驚きのあまり声を震わせる。……そこまではいかないが、僕もびっくりしていた。あのナギちゃんが、リューズを統治する二大派閥の家系だとは。


「尤も、複雑な事情があってセントグランでギルドの一員として働いてるみたいっすけどね」

「複雑な事情、ですか……」

「その辺りについては、我々からは話せない。興味があるなら、シキ様に直接聞くと良いだろう」

「知らなさそうだから言っとくと、シキ様がトウスイ家の当主っすね」


 つまりナギちゃんは、当主の娘なのか。失礼なことはしていない筈だが、思い返すと少し怖くなってしまった。……多分大丈夫だ。


「ナギ様と交流があったのはこちらも驚いたが、とにかく。我々はトウスイ家の命により、こうして勇者殿を船に乗せ、リューズへ向かっているということだ。酷い話だと憤慨するのも当然だろうが、勇者殿。どうか故郷、リューズ共和国の危機を救っていただきたい」


 コテツさんとヒュウガさんはそこで、深々と頭を下げた。僕が返事をするまでずっと、顔を上げるつもりはないらしい。やっぱりジャパニーズ感というか、そういう雰囲気があるよなあ。


「状況的に断れないじゃないですか、ずるいなあ。……何にしたって魔皇討伐は勇者の役目ですし、断るつもりもないです。その取引も、請け負わせてもらいますよ」

「……ありがたきお言葉!」


 コテツさんはそう言って、また深く頭を下げる。そこまでされたくなかったので、僕はすぐに頭を上げるようお願いした。


「むう、騙されたのは気に食わないけど……トウマの言う通り、リューズの魔皇も倒さなきゃいけなかったわけだしねえ」

「コテツさんは曖昧にしましたけど、凶悪な魔皇というなら、強さだって一番かもしれない。厳しい戦いにはなりそうだ」


 過去の勇者も、ハプニングさえなければ討伐の旅は時計回りに進めている。恐らく、距離的にも魔皇の強さ的にも、それが最適解なのだろう。順序が変わるということは、難易度が変わる危険性も孕んでいる。けれど、そこに差し迫った危機があるのなら、全力で手を差し伸べるべきだ。

 それが勇者だろう。


「魔皇討伐へ向けて、よろしくお願いします」

「……はい、どうかよろしくお願いいたします」


 僕が差し出した手を、コテツさんが握る。そして、ヒュウガさんも。

 一から十まで納得したわけではなかったものの、こうして僕たちはリューズへ向かうことを了承し、協力を約束したのだった。





「薄っすら気にはなってたのよね。アクアゲートにあった時刻表だと、ライン帝国まで二日だったはずだから。二日半かかるのは船の性能が関係してるのかなって思ったけど、そうじゃなかったんだわ」

「リューズの方が遠いから、どう頑張ってもラインより時間がかかると」


 二日半と言ったのも早ければであって、実際はもう少しかかる可能性もある。退屈な時間が長引くが、我慢するしかない。


「甲板で特訓するくらいしかないかな」

「私も付き合うわよ、やることないし」


 言われるとは思った。少なくとも夜はそれで暇を潰すことになりそうだ。風呂から上がったら、一時間くらい頑張るとしよう。


「……にしても、ナギちゃんのことは驚いたわ」

「ね。リューズを治めている家の出なんてなあ」

「生意気な子ってイメージだったけど、家で色々あって捻くれたんでしょうねー……」


 彼女の翳った表情が蘇る。あれは、故郷を心配してのものだったはず。

 僕たちがリューズの魔皇を討伐したら、あの翳りも消え去ってくれるに違いない。そのためにも、早く魔皇を打ち倒さねば。


「……早く、リューズに着くといいな」


 僕は、ポツリと呟く。

 そうね、とセリアも隣で頷いてくれた。


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