9.解決のあとは


 海賊たちを全員懲らしめた後、僕たちは彼らを拘束して、ひとまず保安部へ報告に向かった。ホーンさんは、僕たちの報告を受けてすぐに職員を海岸の洞穴に送り、縄で縛った海賊たちを全員連行させたのだった。


「いやはや……勇者の噂はかねてより耳にしていたが、真実だったようだな」


 保安部の部長室。僕たちと向かい合って座っているホーンさんは、パイプを燻らせながらそう呟く。


「魔物だけでなく、行く先々で事件を解決し、どの町でも住民たちから感謝されていると言うのを聞いて、美化し過ぎだと思ったものだが」

「いや、実際美化し過ぎですよ」

「少なくとも、私は君たちに感謝している。アクアゲートの住民も、事情を知れば同じように思うだろう」

「あはは……ありがとうございます」


 どうやら僕たちは、世間からの評判は良いようだ。嬉しい一方で、責任感も出てくるな、とも思う。良いイメージをずっと維持できるよう、立派な勇者でいたいものだ。


「海賊どもは無事に逮捕できた。ゲオル監獄が無くなってしまったのは残念なことだが、今は各国の港町に収容所があるのでな。奴らはそこに入ることになる」

「ウォルター海賊団とか言ってましたけど、有名なんですかね」

「いや、その辺のゴロツキレベルだ。そもそも、有名な海賊など殆どいない。増加してきたとはいえ、それだけで食っていけるような時代でもなくなったしな」

「本当に悪どい人間なら、ただの海賊じゃなくてもっと手広く色々するようになってる……と考えていいんでしょうか」

「うむ、違ってはいない」


 苦々しげな表情で、ホーンさんは頷く。ひょっとしたら、そういう存在を知っているのかもしれないな。長年保安部に勤めているのだから。


「コンテナの中身はどうでしたか?」

「うむ。幸いにも運び出される前だった。あの海賊船が出ていたら、もう取り返しようがなかっただろうな」

「いやー、よかったです」


 セリアの言葉に、僕も隣で頷いた。


「一通り異常がないか点検してから、ライン帝国へ送る事になるのでな。まあ、遅れは出たが許容範囲だろう。二人のおかげで非常に助かった」

「いえ、自分たちにも関係することでしたし」


 これでようやく船が出せるわけだ。今は正午を過ぎた頃だが、今日中には運航が再開されるだろうか。

 ちょっと疲れもあるし、時間次第ではもう一泊だけしていくのもありだな。乗せてくれるのはきっとコンテナを運ぶ船だし、僕たちが出発できるのは貨物の点検が終わってからになるはずだ。


「今回のことは、君たちが解決してくれたということで報告しておく。ここまでしてくれたのだから、保安部の手柄にしてしまうのは心苦しい」

「ありがとうございます。でも、解決できたのにはホーンさんの協力もありますからね。状況説明をしてくれたり、地図をくれたり」

「ならば、共同戦線の賜物というわけだな」

「そういうことです」


 ホーンさんは手に持っていたパイプを灰皿に置いて、くっくと喉を鳴らした。


「……本当に、感謝している。いずれまたどこかで再会できることを祈っているよ」

「……はい。僕たちもです」


 魔王討伐の、その先を見つめた約束。

 或いは、ひょっとすると。そんな約束を増やしていけば、それが力になって、真実になるのではと、不思議な思いを抱いてしまうのだった。





 乗船券売り場の様子を見に行った僕たちは、売り場の男性が晴れやかな表情で客たちに事情の説明をしているところに出くわした。どうやら、運航再開の連絡はすぐに伝わったようで、港はまた活気を取り戻しつつあった。

 旅客船は、コーストン行きのみ今日から再開し、それ以外は明日からとのことだった。貨物船については全て明日からのようだ。僕たちが載せてもらうのは貨物船だったし、出られるのは明日以降に確定というわけだ。

 不安定な足場で探索したり、戦ったりしたので、足に疲労が溜まっている。後はゆっくり過ごそうと、僕たちは宿酒場に帰還した。それから、こちらからも一度報告を入れておこうと、昨夜取引を持ち掛けてきたコテツさんとヒュウガさんに連絡をとることにした。

 受付にしか通信機がなかったので、お姉さんに頼んで使わせてもらう。受け取っていた番号を押して通話を掛けると、程なくして繋がった。


『はい。こちらコテツです』

「あ、コテツさんですか。トウマです」

『ああ……これは勇者殿。ちょうど、そちらを訪ねようかと考えていたところでした』

「ということは、もう報告がいってるんですかね?」

『ええ。勇者が見事、コンテナを盗んだ海賊を捕らえたと広まっていますから。こちらにも伝わってきております』

「あはは……保安部の協力もありましたからね」


 保安部の名前が出てこなかったので、一応僕は付け足しておいた。


「今日のところはまだ、殆ど船は出ないみたいですけど……僕たちが乗る船も、やはり明日になりそうですか?」

『そうですね……今日は出られないと思います、申し訳ない』

「いえ、保安部の方も、盗まれた資材は点検してからの輸送になるって言ってましたし、今日は無理だと思ってましたから」

『ああ……そうですか。出航の目途が立ったら、こちらからまた連絡することにしましょうか』

「そうしてもらえると助かります。こっちはもうやり残したこともないので、いつでも出発できますしね」

『了解です。では、決まり次第また改めて連絡しますので』

「ええ、お願いします」


 では、とコテツさんが言い、そこで通話が切れた。いつ頃になるかは分からないが、きっと今日中には再度の連絡がくるだろう。


「コテツさん、なんて?」

「出航は明日になるけど、詳しい時間はまた連絡してくれるってさ」

「そかそか。じゃあ、明日まではここでのんびり滞在ね」

「うん。思わぬ足止めをくらったけど、港町でいい気分転換ができたって考えることにしようよ」

「まあ、私たちの旅って結構早いペースだし。平和のために、早い方がいいのはもちろんだけど……ゆっくり過ごす時間があったって、ね」


 休息だって、長い戦いの旅には重要なことだ。焦らず確実に、成長を重ねていく。そうあるべきだろう。

 ということで、僕たちは自由に時間を過ごした。窓辺からぼーっと海を眺めるのは癒されたし、昨日とは打って変わって、船員たちは大忙しで仕事をしていたので、ご飯は静かな環境で食べることができた。やはり食事をするときは、あまりうるさくない場所で、集中して食べられた方が美味しく感じるものだ。

 暗くなるまで宿酒場から出ることはなかったが、疲れはかなりとれたと思う。セリアはしょっちゅう、ベッドでゴロゴロ転がっていた。

 午後七時ごろになり、そろそろ船員たちも食事をとりに訪れ始めたころ。宿酒場に通信が入った。もちろんそれはコテツさんからで、受付のお姉さんは面倒くさそうに僕たちの部屋まで来て、その旨を伝えてきた。忙しい時間にすいませんと謝って、僕たちは通信機のところまで向かった。


「代わりました、トウマです」

『ああ、遅くなってすみません、コテツです。船の件、出航の時間が決まったので連絡しました』

「ありがとうございます。それで、何時の出航に?」

『朝の八時です。お二人も早めに出発したいでしょうし、旅客船がでるよりも一時間ではありますが早く出られる感じですね』

「なるほど……じゃあ、七時半くらいに港へ行けば大丈夫ですね」

『ええ、私たちが船まで案内するので問題ありません』

「分かりました。よろしくお願いします」


 また明日、と交わして通話が切れる。……朝八時に出発か。それでグランウェールともお別れだ。


「七時半ね。トウマ、寝坊しないように」

「はいはい、分かってます」


 セリアの言葉には、早起きして私を起こしてほしいという意味が込められている。自分が起きれないのは確信しているようだ。いつも僕より後に起きているしなあ。


「ま、そういうわけで。早起きするために、今日は早めに寝るとしようか」

「りょうかーい」


 それから僕たちは、お風呂に入って汗を流し、手記を書いたり雑談したりして、時計の短針が十を指すころには、電気を消して眠りにつくのだった。


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