8.悪しき生業


 地面を浸食していた水も、あるところを境にして無くなり、砂を踏みしめる音がやけに大きく耳に届いていた。

 歩いていると、漂着物らしいガラス瓶の破片や流木などが散乱しており、特にガラスや貝殻といったものは、セリアの光魔法を反射して眩しく輝いていた。


「この洞穴、幅が広いわよねー……」

「うん、今まで潜った中でも一番だなあ。水の流れが、こういう空洞を作り出したんだろうね」

「自然の神秘ってやつかー」


 洞窟は全部、自然の神秘だと思うけれど。わざわざツッコミを入れたりはすまい。


「それにしても、こう広いとコンテナだけじゃなくて何でも隠せちゃいそうだわ」

「アジトにするにはもってこいの場所かもね……って」


 僕はそこで、言葉を失った。

 不意に、この目に飛び込んできた光景があまりにも衝撃的だったからだ。

 数秒遅れて、セリアも僕の目線を辿る。

 そして、全く同じように硬直した。


「た、確かに何でも隠せそうとは言ったけど……」

「隠してたね……凄く大きいものを……」


 前方に浮かび上がった、巨大なシルエット。

 それは間違いなく……一隻の船だった。

 あの船があるところにはもう一本、海と繋がっている細い川がある。この船の操舵手はよほど腕が良いのか、あの細い水の道を、船底を傷つけることなくここまで操ったのだ。船の周りはため池のように広い水たまりが出来ており、船は方向転換して、外側に船首を向けて浮かんでいた。

 ……あんなものがあるのだから、もう間違いない。

 ここが海賊のアジトだ。


「……覚悟はいい?」

「もちろん。お邪魔しちゃいましょ」


 セリアの言葉に頷き、僕たちは船の方へと進んでいった。

 船の近くには、鉄製のコンテナが蓋を開けられた状態で放置されていた。中身だけを船に載せたようだ。船は比較的小型なので、重量的な問題があったのかもしれない。

 海賊たちはどこにいるのかと見回すと、微かに明かりの漏れている場所があった。どうやら横穴があり、その向こう側に光源があるようだ。ならば、そこに海賊もきっといる。

 一度深呼吸をしてから、気配と音をなるべく殺して、進んでいく。セリアには数歩後ろをついて来てもらうようにした。万が一不意打ちをくらっても、セリアに被害がいかないようにするためだ。セリアに足音を消すのは難しそうだし。

 もう少しで、明かりのある空間が見える。あと何歩か足を進めれば、海賊たちがいるかどうかがハッキリする――。


「おらあッ!!」


 だみ声とともに、突如剣が振り下ろされた。間一髪、僕はその攻撃を避けて後方へ飛び退く。すぐにセリアを守れる位置まで戻ったのだ。

 やはり、気付いた上で奇襲を狙われていたか。剣が空を切ったことに、一瞬だけ相手は驚いた表情をしていたが、すぐにこちらへ悪意のこもった目を向けてきた。

 海賊と言えば、バンダナをしていたり傷だらけの服を着ていたりする勝手なイメージがあったのだが、彼らは至って平凡な服装をしている。一般人に紛れても分からないだろうし、むしろ一定の品位すら感じさせた。……きっと、陸上での活動にはそうした装いの方が何かと便利なのだろう。


「よくここが分かったなあ……?」


 僕に奇襲を仕掛けてきた男が言う。手に持っている剣は、刀身が短めで湾曲している。確か、カトラスという武器だったか。船上での利便性を考えて作られた剣だ。

 奥からも、ぞろぞろと海賊たちが現れる。驚くほどのことではないかもしれないが、その中には女性もいた。総勢八人の男女が、侵入者である僕たちを冷たい目で睨んでいた。

 真ん中の男だけが、黒く大きな海賊帽を被っている。それこそが船長の象徴、というわけだ。


「我がウォルター海賊団のアジトへ侵入者が現れたと思えば……まだ年端もいかんガキが二人とは」


 船長の煽りに合わせて、子分たちが一斉に笑う。初めての経験なのだが、こういうのは既視感があるな。

 大抵こういう奴らって、返り討ちに合うのがお決まりな感じがする。


「何故こんなところまでやって来たかは知らんが、せめて保安部に任せておけば良かったものを」


 言いながら、船長は両手で腰のホルスターを探り、右手にはカトラスを、左手には古風な拳銃を取り出した。

 剣はともかく、銃は少し危ないか。


「コンテナを奪ったのは、貴方たちということで間違いないんですね」

「は。船の前に散らばっているのを見れば分かるだろう。答えはイエスだ」

「じゃあ、貴方たちを保安部に突き出さないといけません」

「残念だが、そうはならん。ここがお前たちの墓場になるから、だ!」


 船長の男は、言い終わるか終わらないかで左手の拳銃を構え、発砲した。甲高い発射音が洞窟内に反響する。


「……な、何い?」


 しかし、銃弾が僕たちの体を貫くことはなかった。如何に不意打ちと言えども、真正面から放たれた弾丸ならば斬って落とすことなどわけないからだ。


「大人しく捕まってくれるつもりはないみたいですね。じゃあ、少し痛い目を見てもらいます」

「よーし、行くわよ!」


 人数的には不利だが、船長のレベルからして、戦力はこちらの方が上だろう。油断はせずに、一人ひとり確実に倒す。僕たちなら大丈夫だ。

 近くには明かりがあるので、セリアも光魔法を消し、後方支援の態勢をとってくれる。ある程度は彼女に任せることにしよう。息は合っているから、きっちりカバーしてくれるはず。


「生意気なガキだね――スパークル!」


 女海賊の一人が、雷魔法を放ってくる。幸いにして付近には水たまりもないので、安心して避けられた。ただ、相手は避けること自体が不可能と高をくくっていたらしく、すっかり驚いている。

 バフをかけていれば、これくらいの攻撃は視えるのだ。


「――アローレイン!」


 まずは小手調べとばかりに、僕は弓術士の範囲スキルを放つ。上空目掛けて撃たれた矢は、魔力によって拡散し、無数の雨となり降り注ぐ。


「うおわっ!」

「ぎゃあ!」


 剣だったはずの武器がいきなり弓に変わった、ということがそもそも理解できなかった彼らは、対処が遅れて何人かが矢の餌食になる。肩や足に深々と矢が突き刺さり、じわりと血が滲む。


「ど、どうなってやがんだ! おい、何とかアイツを止めろ!」


 船長の命令に、カトラスを手にした男たちが三人、こちらへ向かってきた。その後ろでは、小型の弓を構えている男もいる。


「でやあ!」

「死ねえ!」


 男たちは力任せに剣を振るう。三人がかりだが、単純な軌道を描くだけの攻撃だ。三の型・迅を発動させ、最小限の動きで全ての剣を避けきると、バランスを崩した彼らに向けて、一の型を連続で見舞った。


「ごふっ」

「がはっ」


 初級スキルの数発で、男たちは完全にノックアウトされてしまう。これが第四スキルだったりしたら、死んでいたかもしれないな。セーブしておいてよかった。


「このガキいい!」


 遠くから、そんな叫び声がした。弓を構えた男だ。怒りに顔を真っ赤にして、男は矢を発射した。


「食らえや――ブラストショット!」


 魔力を帯びた矢が、一直線に飛んでくる。しかし、それを予測していたかのように、


「――ファイアピラー!」


 真っ赤な炎の柱が床から生じ、矢を一瞬にして灰塵に帰してしまった。


「ありがと、セリア」

「どもども」


 呆気に取られている弓使いへ向け、僕はお返しとばかりに弓を引く。


「――バレッジショット」


 火柱が消えると同時に放たれた矢。相手もそれに対抗し、二本目の矢をつがえる。


「――パワーショットオ!」


 二つの矢がぶつかり合い、粉々に破壊され、そして――バレッジショットの効果である、二つ目の弾丸――魔力の弾丸だけが残って、男の右肩を貫通した。


「ぐああっ!」


 ばたり。ものの数分で、八人いた海賊たちの半分が戦闘不能に陥っていた。残っている者たちも、船長以外は最初に放ったアローレインの矢が刺さっていたはずだ。できれば降伏してほしいところだが……。


「ガキども……これで終わりだぜ……!」


 その声は、船の方から聞こえてきた。ハッとしてそちらを向くと、男が一人、甲板の上に立っている。そして、彼の前にあるのは……。


「た、大砲……!」


 セリアが目を丸くする。……気付くのが遅れてしまった。大砲の砲口は既にこちらを向き、点火も終わっている。あっと言う間もなく轟音が響き、拳銃とは比べ物にならない巨大な砲丸が、高速で僕たち目掛けて飛んできた。

 油断はしないようにと思っていたのに、これはちょっとした失策だったかな。


「――砕!」


 手甲に換装し、僕は砲丸に全力で拳をぶつけた。金属質の激しい音が洞窟内に谺し、衝撃に水面が揺れる。

 世界が止まったようだった――いや、そこで間違いなく砲丸は静止していた。やがて、砲丸にパキリと一筋ひびが入ると、後は連鎖するように幾つものひび割れが生じ、バラバラに砕けて地面に落下した。


「……」


 海賊たちは、絶句したままその場に立ち尽くしていた。きっと、砲丸を拳で砕いた人間を、これまで見たことがなかったのに違いない。

 でも、残念ながらこれは現実の光景だ。

 れっきとした、武術士のスキルなのだ。


「――ナイトメア!」

「ぎえ!」


 沈黙が下りたところに、セリアがちゃっかり闇魔法を決める。大砲を操作していた男は、全身を襲う苦しみと、真の暗闇とに喘ぎ、そのまま水の中へ落ちていった。


「あ、これだと私の方がワルっぽいな」

「いや、会心の一撃だよ」

「じゃ、いいか。ありがと!」


 僕たちは笑い合う。


「き……貴様ら……」


 船長が、声を震わせながら後退る。僕はふう、と息を吐き、そんな彼と距離を詰めていく。


「貴様ら……何者だああああッ!」


 剣の閃き。

 一瞬の攻防の後、そこには倒れ伏す船長と、その首元に剣先を向ける僕がいて。


「えと。僕たちは、勇者と従士です」


 全然締まりがないけれど、最後にそんな自己紹介をして、殆ど一方的だった戦いは終わりを迎えた。

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