7.冷たい洞の中
アクアゲートの南、商業区の更に先。そこは、木造の家が建ち並ぶ、寂れた地域だった。
まるで、時代に取り残されたよう。港の周辺だけが開発を進められ、この周辺はそのままになってしまったわけだ。かつては建物も密集していたのかもしれないが、今はあちらこちらに隙間があり、所有者のいない土地には、雑草が生え放題になっていた。
入口付近には開発予定の看板が立てられていたので、少しずつここも変わっていくのだろう。しかし、それにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「……悪い奴らがアジトにするなら、こういうとこよね」
「僕も同感。こういう場所を優先して探すべきだったような」
まあ、一度は探したものの、そこまで念入りではなかったということだな。その証拠に、この辺りにも地図にはチェックが複数入っている。
「じゃ、調査開始といきますか!」
「うん。頑張ろう、セリア」
殺風景な道の上で、僕たちは互いに頷き合った。
地道な調査の始まりだ。
まずは一軒一軒、家を訪ねて回ることに決めていた僕たちは、近くの家から順番に玄関扉をノックしていった。誰かが出てくるときもあれば、留守のときもある。住民がいれば、そのときは不審者の情報や怪しい場所が近くにないかと尋ねた。
「おやまあ……勇者様とは。生憎、ここしばらくは家から出ていませんのでねえ」
ここに住んでいる人は高齢者が多いようで、あまり外出しないせいか目撃情報は皆無だった。悪人は大抵夜に行動するだろうし、その頃だと住民たちは寝静まっている。
家は十数軒しかなく、三十分とかからずに全てを回り切ってしまった。その中で得られた、手掛かりと言えそうなものはたった一つだけだ。それでも、ゼロよりはマシだと思うべきか。
「海岸沿いかー。確かに、人が立ち入るような場所じゃないわよねえ」
「危ないしね。ここ住む高齢の人たちだと余計に。コンテナを盗んだ犯人は、海岸を伝ってずっと街の外を南下してから逃げたのかもしれないな」
「コンテナ、重いでしょうに」
「途中で中身だけ取り出したんじゃない? それに、船を使ったかも」
「船影はなかったってホーンさんが言ってなかったかしら」
「海岸に沿って進むだけなら、海に船影がなくてもおかしくはない」
「まあ……それもそっか」
犯人の行動が迅速なら、もう逃げられているということもあり得る。まだここに留まっていてほしいが、そう都合の良い展開になってくれるだろうか。
「行ってみますか」
「そうしましょ。善は急げ、よ」
僕たちはこの周辺の捜査を打ち切って、海岸へ向かうことにした。
西に歩けば、すぐに海岸が見える。しかし、こちらも開発が進んでいないので、堤防もなく岸壁に申し訳程度の柵があるだけだった。柵から少し身を乗り出して、下を覗いてみる。ここだと高さは三メートルくらいか。
……こうやって下を覗いていると、明日花に突き落とされたことを思い出してしまうな。
あれに理由があったことは、間違いないのだが。
「……どったの?」
「いや、何でもない」
ほとんど無意識に、セリアに視線を向けていたようで、僕は適当に誤魔化した。
僕のいた世界との、隠された関係……か。
「下りられる?」
「えー。受け止めてくれるなら」
「ぜ、善処します」
というわけで、僕が先に下りることになる。補助魔法をかけ、身体能力を向上させれば、三メートルの落下など何の問題にもならなかった。
「いいよー」
セリアにも補助魔法をかけ、飛び下りるよう促す。
「あの、私スカートなんで」
「あ。……じゃあ、押さえといてくれれば」
「ナイトメアしたいわ……」
「受け止められないよ、それ」
そこでしばらく問答が続いたのだが、結局セリアは折れてくれ、スカートを手で押さえながら飛び下りた。僕もなるべく目線は逸らしつつ、彼女の体を受け止める。……見えてしまう部分は仕方ないです。
「先に下りても大丈夫だったかしら、これくらい……」
「って言いつつ、思いっきり乗っかってますけどね」
「倒れちゃうんだもの」
「面目ない……」
しっかり見ていれば、抱き留められたんだけどなあ。それだと代わりに張り手を食らっていた気がする。
とにかく、海岸まで下りてこられたのだからよしとしよう。
砂を払って立ち上がり、僕たちはゴツゴツとした岩場を南下していく。
「気を付けないと、海に落っこちちゃいそうね」
「付近の人たちが来ないわけだ。明確な境目はなさそうだけど、ここはもう街の中っていう認識じゃなさそうだなあ」
潮が満ちているときは、この岩場の半分以上が水中に沈んでいそうだし、ここはもう街の外と言ってもいい場所だろう。
「あっ、トウマ! あそこ」
「ん? ……あれは……」
遠くの方に見える岸壁。そこに、穴が開いているようだ。ハンバー湖で暗殺者が洞窟を拠点としていた記憶が蘇ってくる。
「自然にできた洞穴って感じだけど……怪しいわよね?」
「怪しいね……行ってみよう」
恐らく、こんなところまで調べに来た人はいないはず。だとすれば、ここに犯人がいてもおかしくない。
ぽっかりと口を開けた洞。鍾乳石の垂れ下がる入口をくぐって、僕たちは中に侵入した。
「――ライト」
セリアが光魔法を唱えてくれる。僕も唱えられるが、いつ襲われるとも限らないし、前衛として警戒しておかなければならない。
洞の中は、ノナクス廃坑の奥地やスケイル鍾乳洞と同じで、壁は湿り気があり、頻繁に水の滴る音が聞こえた。しばらく進むと広場があり、そこにはコウモリたちが巣食っている。ただ、スケイル鍾乳洞のときとは違って、それほど数は多くなかった。
「足元、気を付けてね」
「ええ。……あ痛っ」
水に浸かっている部分もあるので、地面に注意を払っていると、今度は頭上から垂れ下がった鍾乳石を意識しなくなってしまう。そのせいで、セリアが見事に額をぶつけてしまった。
「うー」
「はいはい。――リカバー」
初級の回復魔法を唱えると、赤く腫れた額はすぐ元通りになる。
「ありがと」
「探索し辛い場所だね。魔物が襲ってきたら、戦うのも大変だ……」
と言ったそばから、魔物が現れる。海と繋がっているからか、近づいてきたのはイカが巨大化した魔物だ。
名前は確か、クラーケン。セントグランで購入した魔物の本に載っていた奴だ。図鑑系の書籍はやっぱり実用的だな、と思う。
「セリア、下がって!」
「お願い!」
クラーケンは、水場を滑るように移動しながら、高速で足を伸ばしてくる。その足は硬質化できるようで、僕が避けるとその先にあった壁の一部がガラガラと崩れた。
「はっ!」
伸びた足を剣で切断する。二本の足を斬られたクラーケンは怒りで赤くなって、さらにスピードが上がった。
足を天井に伸ばすと、それをロープのようにして、こちらへ飛んでくる。そのまま体当たりするのかと思いきや、口から墨を吐いて攻撃してきた。イカらしい攻撃だ。迷惑過ぎる。
「――光円陣!」
すかさず光円陣を防御に使い、墨と体当たりを両方とも防ぐ。陣に触れ、足が数本吹き飛んだクラーケンは、捨て鉢になって再度突撃を試みてきた。
「――パワーショット」
武器を弓に切り替えて、魔力を込めた一矢を放つ。それはクラーケンのど真ん中にヒットし、大きな風穴を開かせた。後はドサリと落下し、クラーケンは物言わぬ骸となる。
「片付いた」
「うーん、換装もスムーズになってるわね。昨日の特訓を見てたときも思ったけど」
「……あれ、全部見てたの?」
「そりゃもう」
当たり前のようにそう言われる。……別に変なことはしていないのだが、誰も見ていないと思っていたのに観客がいたと知るのは、恥ずかしくなってしまうものだ。
今度から、セリアがいるかもしれないと意識しながらやるしかないな。
「……はあ。進もうか」
「進みたいけどー……」
セリアが前方を指さす。振り返ってみると、そこには追加の魔物たちがいた。……今の戦闘音と、血の臭いに集まってきたようだ。
クラーケンにオクトパス。あとは、ブレードフィッシュだったか。ここに生息しているのは、水生のモンスターばかりなのかもしれない。
「手伝う?」
「いや、結構進んだし、明かりがないとほぼ真っ暗だと思うから」
あまり強くない魔物なので、一人でも十分だろう。これも訓練のうちだ。
補助魔法で力と速度を強化し、魔物の群れに突っ込んでいく。
「――崩魔尽!」
向かってくる魔物たちに無慈悲な斬撃を浴びせ、深く斬り刻まれたところに弓術士スキルでの追撃を行う。
「――レンジショット」
魔力によって一つの矢が無数に分かれ、扇状に発射される。剣と矢での連撃を食らった魔物たちは、その威力に血を噴出させながら遠く吹き飛び、動かなくなった。
これは比較的お手軽なコンボだな。
魔物たちの第二陣が入れ替わるようにやって来る。顔ぶれは先ほどと変わらなかった。ブレードフィッシュが鋭い背びれだけを水面から出して突撃してくるので、飛び上がった後に斬鬼で剣を巨大化させ、思い切り突き刺した。
地面に縫い止められたブレードフィッシュはしばらくジタバタともがくも、すぐに絶命する。それを確認する間もなく、クラーケンとオクトパスの触手攻撃が襲い掛かってきた。
「おっと」
伸びる足の軌道上にセリアもいたので、あえて躱さずに全てを受け切る。流水刃で方向をずらしつつ、切断できそうなものは斬り落としていった。
「レベル高すぎ……」
後ろでポツリとセリアが呟く。そう評してくれると戦い甲斐があるというものだ。
「――崩魔尽!」
最後は範囲攻撃で、クラーケンとオクトパスにトドメを刺す。能力値が上がっているおかげか斬撃の回数が増加し、二匹の魔物は細切れになって崩れ落ちた。
「……これでやっと終わりかな」
「ひえー、ボロボロね……」
近づいてきたセリアが、魔物の死骸を目にしてそう零す。スキルそのものの威力が上がってきたのもこれを見ると実感できるし、非常に喜ばしい。
また、アナリシスの魔具を使ってステータス確認をしておこうか。
「さ、探索を再開しよう」
「すっかり強者って感じねー、素敵」
「こら、茶化さない」
「茶化してないですよー」
そんなやりとりをしながら、暗い洞穴の中を僕たちは慎重に歩いていく。
……こんなにうるさいと、犯人がいたらバレているだろう。それについては既に諦めているのだった。
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