6.コンテナの行方


 勢いよくカーテンを開けると、空も海も真っ青で、とても美しい景色があった。水面はキラキラと輝いて、遠くにはウミネコの姿も見える。

 今日も快晴、調査をする上で良好な環境だ。

 僕は一度大きく伸びをしてから、いつも通り酷い恰好で眠りこけているセリアを起こした。


「街中をくまなく探してみるしかないのかしら?」


 洗面所で身だしなみを整えながら、セリアが訊ねてくるのに、


「保安部だっけ? まずはそこの人たちに話を聞いて、調べたところは除外してもいいんじゃないかな」

「ああ、それがいいわね。街の地図とかも手元に置いておきたいな」

「貰えたらいいけど、そうならなくても雑貨屋で売ってれば買おうか」


 簡単な打ち合わせをすると、僕たちは階下の食堂で朝食をとる。カウンターの向こうにある棚にはお酒が沢山並んでいるようなところけれど、意外にちゃんとした朝食が出てきたので安心した。

 普段なら朝はガラガラだという食堂も、この日は船員たちの姿がちらほらあった。仕事がないので、遅めの食事になっているのだろう。平時は船内で朝食ということもありそうだし。

 腹ごしらえを済ませて、宿酒場を出発する。まず目指すのは保安部だ。海上警察みたいなものらしいが、果たしてどんな雰囲気なのだろうか。

 保安部の建物は、港のある通りに面しており、大きく碇の看板が掛けられていたので見つけるのは容易だった。念のため、入口の表示が海上保安部となっているのを確認してから、僕たちは扉を抜ける。

 中に入ったときの第一印象は、まるでギルドのよう、だった。真正面には受付があり、左右にはそれぞれ、来客があったときの簡易的な応接と、ごちゃごちゃしたワークスペースがある。右側にあるそのワークスペースでは、数名の職員が書類作成に従事したり、或いは忙しなく動き回っていたりした。


「おはようございます」


 僕はとりあえず、受付に立っている老齢の男性に声を掛ける。保安部の制服らしい、白い衣装に身を包んだ男性は、怪訝そうな目つきになって、


「おや、おはようございます。こちらは海上保安部ですが……もしや、運航状況の確認に?」

「あ、いえ。船が動かせないことは知ってます。実はその件で、お話を伺いたくて」


 そう告げると、男性は更に疑るような目でこちらを見つめてきた。まあ、これを出さない限りは怪しまれて当然だよなあ。

 僕は懐から、大十字章を取り出す。それはまるで印籠のような効力をもたらし、男性はすぐさま目の色を変えた。


「そ、それは……」

「僕たち、勇者と従士でして。船が動かないのに困っているので、ぜひ事件の調査をお手伝いしたいなと」

「し、失礼しました! そういうことなら、部長を呼びますので」


 これは一大事だとばかりに、彼は手を震わせながら内線のボタンを押して、部長らしき人に連絡をする。そこまで恐縮されると流石に申し訳ないのだけれど、勇者の持つイメージはやはりそれくらい強烈なわけだ。


「お待たせしました。右奥の部屋に部長がおりますので、そちらへお願いします」

「分かりました。突然お邪魔してすいません」

「いえいえ! 勇者様にはご迷惑をお掛けして申し訳ございません……」


 あまり頭を下げられるとこっちまで申し訳なくなるので、すぐに会釈をして、僕たちは部長室に向かった。途中、やはり訝しげにこちらを眺める職員たちを無視しつつ。


「失礼しますー……」


 扉の先には、古めかしいパイプ型の喫煙具を手に、細い煙を吐き出す男の姿があった。……この人が海上保安部の部長。どちらかと言えば、むしろ海賊のリーダーにも見えてしまうのだが。


「君たちが勇者と従士か。私はホーン=ブロー、保安部長を務めている。どうぞ、よろしく頼む」

「トウマ=アサギです、よろしくお願いします」

「セリア=ウェンディですー」


 挨拶と握手。握った掌はとても大きく、幾つもの古傷があった。海上の保安を担うということは、安全を脅かす者たちと戦うということでもある。この人は、何度も何度も戦い、海の平和を守ってきたのだろう。

 オールバックの黒い短髪、そして整えられた立派な顎髭。ガタイの良さも相まって、相当の威厳が感じられる人物だった。

 促されてソファに腰を沈め、僕たちは彼と向かい合う。


「コンテナの紛失事件を調べるためにこちらへ来たと連絡を受けたが……」

「はい。グランウェールの魔皇を倒して、これからライン帝国へ行こうとしているんですけど、船が止まっていて身動きがとれないので」

「私たちで手伝えるなら、その方が早く出発できるかな、と」

「なるほど。こちらの調査がもたついていることは謝罪する。ただ、このようなことにわざわざ勇者の助力を受けるというのも、な」


 そう言うと、ホーンさんは再びパイプを燻らせる。多分、メンツを気にしている部分もあるのだろう。これまでずっと海を守り続けてきたのだし、保安部に任せてほしいという気持ちも理解はできた。

 しかし、こちらとしても既に仕事として請け負ってしまっている。


「仮に僕たちがコンテナを発見しても、勇者が解決したとか広めてほしいわけじゃあないです。運航が再開すればそれでいいんで、お手伝いだけさせてください」

「……ふむ。流石は勇者、器の大きい少年だ」

「いや、そういうわけではないんですが……」


 ホーンさんは、灰を落としつつしばらく思案し、


「分かった。こちらとしても、丸一日以上港が閉鎖状態にあるのは心苦しい。ここは勇者の厚意に甘えさせてもらおう」

「ありがとうございます!」

「ふ、それはこちらの台詞だ」


 僕がぱあっと晴れやかな表情になるのを見て、ホーンさんはニヤリと笑って言った。


「……で。朝からここに来たということは、保安部での調査状況について聞きたいのだろう」

「は、はい。その通りです」


 話が早くて助かる。ホーンさんは、近くに置かれていた書類を手に取ると、それを僕に差し出した。


「この街の建物や広場なんかを一つ一つリストアップして、調査が終われば線で消している。今のところ、七割程度調べ終わったところか」


 書類には百以上もの住所が記されており、確かにその七割ほどが線を引かれていた。


「コンテナが既に街を出た可能性は?」

「無い、と言いたいところだがな。何事も百パーセントはあり得ない。少なくとも、海には一度も船影などなかったし、陸側から出ていく者もいなかったそうだ」


 コーストフォードやグランドブリッジのように、隠し通路があったとすれば、既に運び出された可能性もゼロではない、ということだ。


「アクアゲートの地図ってあります?」


 セリアが聞くと、ホーンさんはおもむろに立ち上がり、書類棚を漁る。


「……あった。これが地図だ。幾つかストックがあるから、持っていくといい」

「どうも。ここにチェックしていった方が分かりやすいわね」


 僕たちは住所だけではどこが調べ終わったか判別しにくいし、セリアの言う通り地図に印を入れた方が遥かに分かりやすかった。

 ホーンさんはそれを聞くと、親切にも地図に細かくチェックを入れてくれた。そのおかげで、視覚的にどこが調べられていないかが僕たちにもハッキリ分かるようになる。


「手分けして各所を回ってるみたいですけど、南側がまだあんまりって感じですね」

「港が少し北寄りにあるのでな。南側、特に商業地を抜けた先は街並みも古く、後回しにしているのだ。軽く見回りはしたようだが、見落としがあってもおかしくない」

「なるほど。……じゃあ、そちらを優先して探してみることにします」


 もっと悩むかと思っていたのだが、簡単に調査場所が決まった。地図も貰えたし、後はチェックのついていないところを探していけばいいだけだ。

 それでも見つからなければ、もう打つ手はなさそうだけれど、最後の最後まで、諦めずに探してみよう。


「では、よろしく頼んだ。良い報告が聞けることを願っている」

「はい、頑張ります!」


 ホーンさんの励ましを受けて、僕たちは保安部を後にするのだった。



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