5.潮騒を聞きながら
ザザア……、と潮の音が聞こえる。
引いては満ち、そしてまた引き。砂浜に模様を描きながら、それは何度も繰り返される。
当たり前の法則。
変わることのないもの。
勇者と魔王の仕組みと同じに思えた。
……けれど。
その仕組みは、同じであることを許すわけにはいかない。
僕は――僕たちは、呪いのような法則を超えて、必ず帰ると心に決めているのだから。
「……ふう」
じゃり。砂を踏みしめる音。
気付けば、後ろには僕の足跡が綺麗に残っていた。
……コンテナ紛失事件の関係者だと言うリューズ人二人が帰ってから、電気を消して一度は眠りについたものの、すぐに目が覚めてしまった僕は、気分転換に夜の海辺へ出てみることにした。人気のない海はまるでプライベートビーチで、太陽が出ている間とはまた違った景色を僕に見せてくれた。
幻想的な風景。
この風景と波の音を聞いているだけでも、しばらくは飽きずに過ごせそうだった。色々と考え事をしながら、僕はなおも砂浜を歩いていく。
勇者の剣が抜けなかった僕に、代わりとして与えられたもの。それはかつての勇者たちが必死になって収集してきた、数多くのスキル。グレンが遺した秘密の手記によって、その事実が明らかになったわけだが、僕はその贈り物を、まだ完璧に活用できているとは言えないだろう。
剣が抜けなかった理由はまだ不明だが、そのハンディキャップを埋められるほど強くならなければ、とてもじゃないが魔王は倒せないはずだ。魔皇に対してもかなりの苦戦を強いられている現状、僕はまだまだ未熟者に違いなかった。
収集したスキルと、ヘイスティさんから受け取ったヴァリアブルウェポン。素材は最高級なのだから、それを使いこなす技術が必要だ。言うは易く行うは難し、ではあるけれど、それでもやらなければいけない。
数十種類ものスキルを、換装する時間も最小限に連発できる。その優位性を活かせるような、凄い戦い方を編み出すこと。自分が持つもの全てを、手足のように自由自在に使いこなせること。時間はかかっても、努力をしていかなくては。
「よし、と」
この辺りでいいだろう。砂浜の真ん中あたりで、僕は立ち止まる。そして腕に装着したヴァリアブルウェポンを前に構えて、息を整えた。
「……はあっ!」
ウェポンを剣に変え、虚空を一閃する。そのまま間髪入れず、今度はナックルに換装して一撃を放った。
「ふっ」
素早く後ろに飛び退きつつ、武器を弓にして矢を撃つ。その矢が突き刺さった地面めがけて、トドメとばかりに雷魔法を上空から落とした。
「……うん。基本はこんなところだよね」
切り替えには慣れてきている。とはいえ、それは基本的な動作だ。重要なのは、状況に応じて最適な武器を使えるか、強力な連携を決められるかというところだろう。
RPGでは戦闘を割とゴリ押しで攻略するタイプだったし、瞬時に状況判断してっていうのは不得手だが。こればっかりは、頑張るしかないよな。
剣術士、武術士、弓術士、魔術士、癒術士。
使えるスキルは沢山あるが、使用頻度には差があって当然だ。
オンラインゲームではよく、各職業ごとに定番のスキルパターンがあったりして、狩りをするにはそれを淡々と繰り返すことが殆どだった。
僕もそういう、定番のスキルパターンを考えておくと重宝するんじゃないかと思っている。
「いわゆるコンボってやつだな……」
幾つかのスキルが連続して敵にヒットしたら、さぞ気持ちいいだろう。反撃の隙も与えず、様々な攻撃を繰り出し敵を葬る。そういう戦い方が出来れば最高なのだが。
「……とにかく、全部のスキルを把握しなくちゃ」
スキル入手と同時に、使い方や効果は頭の中に詰め込まれるものの、実際の使用感まで手に取るように分かるわけではない。一つ一つ、発動して確かめるしかないのだ。
そこから組み立てを始めてみることにする。
感覚を覚えるまで、何日もかかることは覚悟している。でも、自分が強くなるためにはこれが必須だ。しっかりと集中して、頑張っていこう。
「……閃撃!」
一人きりの、夜の砂浜。僕の特訓が始まった。
*
「っはあ……」
軽く二十分ほど、各職のスキルを発動させ続けて。
体力と魔力の消耗を感じ始めた頃合いで、特訓は終了することにした。
程良い眠気も襲ってきている。眠れないから出てきたのだし、そういう意味でもここが止め時だろう。
額に流れた一筋の汗を拭って、僕は武器を小型化させた。
「……やっぱり、初級スキルが繋げやすいな。上級スキルは強いけど、連携に組み込むならトドメの一撃か」
大技を発動させればそれだけで圧倒できる、というわけではない。ターン制のゲームだったらそういうのもアリだが、リアルタイムの戦闘では大技小技のバランスが大切だ。
今までの経験からも、それは言える。
とにかく、繋げやすそうなスキルは覚えられたので、暇があればコンボができそうな組み合わせを考えていくことにする。突発的に始めた特訓だったけれど、それなりに得たものはあった。
「……よいしょ、と」
体の火照りを冷ましてから帰ろうと、僕は砂浜から上がり、堤防の縁に座る。海からの音と風を浴びながら、一つ大きな欠伸をした。
しばらくして、ズボンのポケットから紙片を取り出す。ジア遺跡で発見した、勇者グレンの手記だ。
あれから何回か再読しているが、特に新しい発見があるわけではない。ただ、遺された思いを再確認する意味で、読み返していた。
過去の勇者の願いを無駄にはしないぞと、これを読むたびに思える。それが力になるのだった。
「……それがジア遺跡で見つけたやつ?」
「え? うわっ」
声に驚いて振り返ると、至近距離に彼女の顔があった。事故のような何かが起こりかけたので、慌てて顔を遠ざける。
「セ、セリア。もしかして……探してここまで来てくれた?」
「そりゃあ、居なくなったらびっくりするでしょ。まあ、偶然出ていくところで目が覚めたんだけど。……寝れなかったの?」
「すぐに目が覚めちゃったからね。何となく、体を動かしたくて」
「ふーん……」
相槌を打ちながら、セリアは自然な動作で僕の隣に腰掛ける。
「その紙には、結局何が書いてあったの?」
セントグランを離れてから、僕はグレンの手記を拾ったことをセリアに話していた。ただ、内容が内容だけに、見せたりはしていなかった。読み返しているときに彼女が来て、読みたそうにしているのは分かっていたが。
「……んー、そうだね」
夜は人を感傷的にするというけれど、今の僕も少し感傷的になっているのかもしれない。読んでもらってもいいだろうと思い、紙片をセリアに渡した。
彼女は何も言わずにそれを受け取ると、風が髪を弄っていくのも気にせず、中身を読み進めていく。
しばらくはまた、波の音だけが世界を満たしていた。
「……これが、勇者グレンの遺した手記……」
「うん。彼の思い、というか……過去の勇者たちの思いが詰まったような内容だった」
「そうね。とても、切実な……思いの丈を全てぶつけたような、文章だわ」
事実、そうなのだろう。彼はこの手記を遺し、未来の勇者に全てを託して……その後、世界の法則通りに不帰の勇者となったのだから。
次こそは、それを乗り越えてほしいと。心の底から思っていたのだ。
自分には出来なくても、次の勇者は、と。
それは、あまりにも悲しい。
「グランドブリッジでも、そういう話はしたけれど。勇者と従士は魔王を倒したら帰ってこない。まるで決められたことのように、例外はないのよね」
「グレンさんはそれを、残酷な仕組みって表現している。……それだけじゃない、辛い運命や世界の真実なんていう記述もあったり」
「思わせぶりに書くんだったら、教えてくれたっていいのに。これじゃ妙に不安を煽ってるようなものじゃない」
「はは……そう言われると思って、見せなかったんだけど」
僕も、教えてくれなければ対策のしようがない、とは思ったが。知ることに対するショックの方が大きいと考えて、彼はあえて書かなかったのだろう。
真実を知ったとき、もう立ち止まれないほどの場所にいれば、覚悟だって決まると信じたのか。
「トウマが最初に手に入れたスキルも、グレンが遺した力だったのね」
「そうみたい。でも、勇者の剣が抜けなかった理由もグレンや過去の勇者にありそうだけどさ」
「勇者の剣が使えなくなる代わりに、なんて書いてるものねー……」
セリアは何回か頷くような仕草をした。
「……未来を、託されちゃってるわけか」
「必ず生きて帰るんだって、願われてるわけだからね」
「大切な人と?」
「え、えーっと」
急に言われてしまい、返答に詰まってしまう。こういうときに躊躇いなくそうだと答えられないのが悪いところだぞ、僕。
まあ、セリアはその反応を見てニヤニヤしているから、駄目な反応ではなかったのだろうけど。
……でも。
大切な人、か。
そう言えば、勇者のお供をする従士は、勇者の生まれる地であるイストミアの女の子だと決まっているから、幼馴染である可能性は非常に高い。とは言え、大切な人であるかどうかまでは分からないのではないか。別に婚約者がいるのに、違う子が従士に選ばれて……ということだって有り得る。
今までが従士イコール恋人だったから、グレンも深く考えずに記したのだろうか。
……これも、いくら悩んだって答えは出ないのだが。
「……そうだ」
「うん?」
「リューズの人たちと会って、トウマがいた世界の話をちょっとしたけどさ。……もしも戻れるとしても、トウマはこっちにいたいんだ?」
それは、さっき打ち切った話の続きだった。セリアめ、どうしても安心したいらしい。
そう思ってくれているのは、とてもうれしいことなのだけど。
「帰らないよ。仮に帰らなくちゃいけないとしても、一人じゃ嫌だ」
「……そっか。良かった」
相変わらず顔は背けられたけれど、きっとその表情は笑顔なのだろうと。
僕はとても当たり前のように理解していた。
「……付き合わせるような感じになっちゃってごめんね。そろそろ帰ろうか」
「そうしましょ。流石に冷えちゃうわ」
そして、僕たちは宿酒場に戻った。
仲良く二人分の足跡を、砂浜に残して。
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