4.取引


「海賊かー。思ったよりも面倒ね」

「イメージとはちょっと違ってたな。裏稼業も時代に合わせて変わっていくわけだ」

「盗賊とあんまり変わらないわよね、そんな感じだと」


 盗賊、か。セリアの言葉に、僕はグランドブリッジで遭遇した少年のことを思い出す。自らをウィーンズと名乗った、盗賊の少年。確か、ウィーンズ盗賊団が盗むのはいわゆる珍品ばかりらしいので、今回のように資材が盗まれるというのは該当しなさそうだが、他にも盗賊稼業に就いている者はいるだろうし、そういう奴らの仕業と言うこともあり得る。

 まあ、僕たちにとっては、海賊でも盗賊でもあまり違いはない。犯人は捕まえる、ただそれだけだが。


「今日のところはゆっくり体を休めて、明日になったら調べていこう」

「そうね。久しぶりに、戦いになったりするかしら」

「正直、対人は苦手だけどなあ……」


 あまり強くない相手だと、大怪我をさせてしまいそうな怖さがある。強くなっていることは嬉しいが、コントロールもできるようにならないと。自分の持つ力を自由自在にコントロール可能になる、というのが本当の強さな気がする。

 それから僕たちは、交代でシャワーを浴びた。湯船に浸かりたい気持ちはあったが、この宿にはバスタブが無かったので諦めるしかなかった。

 火照った体を、冷たいジュースと海からの潮風で冷ます。ジュースとワインのボトルが似ている上に隣同士にあったせいで、セリアが間違えてワインを手に取りかけたが、何とかストップはかけられた。危ないので、ワインは別の場所に移しておくことにする。


「酔うってどんな感じなんだろうねー」

「さあ……。あんまり良い印象はないかもなあ。恥ずかしいことになりそう」

「恥ずかしい……」


 テレビのバラエティ番組で、悪酔いした人がとんでもない言動をしているのを見て、こうはなりたくないなあと思うようになった人間なので、僕は二十歳になってもお酒はあまり飲まないだろうな。セリアはちょっと興味を持っているようだが、果たしてどのくらいアルコールに強いのやら。


「変なことになっても、ちゃんと介抱してもらえる?」

「……まあ、そりゃ。でもなるべく、ならないように気を付けてね」

「あ、当たり前よっ」


 セリアは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。……そうか、そのときになっても一緒にいる前提のことを、当たり前のように言ってくれたんだな。

 そのことに気づいて、僕も照れ臭さに顔を逸らした。

 部屋に沈黙が下りたところで、ふいにノックの音が聞こえる。一体誰だろうか。スコープもなかったので、僕は一度外の相手に声を掛ける。


「はい?」

「夜分に申し訳ない。実は我々、貨物輸送を頼まれていた商会の者なのですが……」

「こちらに勇者殿がいると聞きまして」


 どうやら、コンテナ事件の関係者らしい。さっき船員の人たちとやりとりをしていたし、それを聞いていたのかもしれない。


「どうぞ」


 怪しさがないとも言い切れないが、話だけでも聞いてみようかと、僕は扉を開けて男たちを招き入れる。開けた瞬間だけは身構えたが、特に何かをされることはなかった。

 訪問者は二人組の男。一人は大柄な黒髪の男で、頬には縦に一筋、傷痕が残っている。もう一人はどちらかと言えば小柄、深緑の長髪を後ろで纏めた男だ。年齢は三十前後か。


「お邪魔いたします」


 二人は一礼してから部屋に上がる。そして、セリアの案内で近くの椅子に腰を下ろした。お茶を出してから、僕たちも向かい合うように椅子を用意して座る。


「突然の訪問にも関わらず、ありがとうございます。私はコテツ、こちらの小柄な方はヒュウガと申します。先ほどの繰り返しにはなりますが、我々は今朝方行方が分からなくなったコンテナを輸送する仕事を請け負っていた商会の関係者なのです」


 大柄な方、コテツさんが説明を始める。隣ではヒュウガさんが、度々無言のまま頷いていた。

 コテツとヒュウガ。名前からして、リューズ共和国の人だろうか。


「盗まれた可能性は高いのですが、いくら海賊の仕業とは言っても、丸一日船が運航できなくなった非がこちらにないわけではありません。このままでは、多額の賠償金が必要となるかもしれず……。そんな折、勇者殿がちょうどこの町にやってきていて、さらには事件に興味を持ち、調べようとしてくれているというのを耳にしたのです」

「……つまり」

「はい。是非とも勇者殿には、コンテナの捜索にご協力いただきたいのです。もちろん、相応の報酬はお支払いいたします」


 関係者が訪ねてくるなら、そんなところだろうとは思っていた。どうせ調べるならきっちり解決するまで調べてほしいのだと、取引を持ちかけてきたわけだ。


「僕たちも、問題が解消されないとライン帝国へ行けませんし、最後まで調べてはみるつもりですけどね」

「そうでしたか。それなら、コンテナが無事回収できた際には、それをライン帝国まで運ぶわけですが、その船に同乗するというのはどうでしょう? 貨物船ですが船室は綺麗ですし、お金ももちろんいりません」


 コンテナはライン帝国行きだったな。なるほど、すぐに、かつ無料で乗せてくれるというのならこちらとしてもありがたい。


「どうしようか?」

「どっちにしても首を突っ込むつもりだったんだし、それにご褒美をくれるなら、いい話なんじゃないかしら?」


 セリアもどちらかといえば肯定的だ。今のところこちらにデメリットはないし、もしも怪しさを感じたらそこで関係を打ち切ればいい。とりあえず了承しておいても問題はないだろう。


「分かりました。いわゆる乗りかかった船ってやつです。どうせ解決しなくちゃ出発できないし、真剣に取り組ませてもらいます」

「本当ですか! お引き受けいただき、感謝いたします」

「まあ、船に乗りたいのが主な理由なので、そこまで過度な報酬は必要ないですよ」


 あまり沢山もらってしまうのも気が引けるので、素直な気持ちを告げたのだが、隣でセリアがショックを受けて口をポカンと開けていた。何て勿体ない、と心の中で思っているのに違いない。……すいません。


「流石勇者殿です。報酬をお渡しする際は、今のお言葉を踏まえて決めさせていただくことにします」

「お願いします。……ただ、僕たちは勇者と従士だとは言え、たった二人ですし、あまり頼りにはしないでくださいね」

「ご謙遜を。……実際、他社の船員も協力してくれていますし、保安部も動いてくれているのですが、今日一日探し回っても見つからず。違った目線で見られる人、さらに言えば強い人がいてくれればと思っていたのです」

「街をよく知らないからこそ、気付けることがあるかもしれない……という感じですか」

「そういうことです」


 結局、頼りにしているというような口振りだが、仕方がない。正式に依頼されたお仕事なわけだし、最善を尽くすしかないな。


「明日一日で結果が出せるかは何とも言えないですけど、早く解決できるよう、頑張って探します」

「どうか、よろしくお願いいたします。……もし連絡をとりたくなったら、こちらの番号に掛けてもらえれば。出払っていることもありますが」

「そう言えば、留守電とかはないんですね」

「は?」


 この反応だと、本当に無いらしい。何を言ってるんだろうと思われていそうだったが、適当にごまかしておく。

 通信機の番号が書かれた紙を受け取ると、コテツさんとヒュウガさんはそろそろ帰りますと告げた。僕とセリアはそれを見送り、二人の姿が見えなくなってから、パタリと扉を閉めた。


「ふー。下でコンテナのこと調べるなんて話しちゃったから、来たんでしょうね。やっぱり広まっちゃってるかー」

「噂が広まるスピードって侮れないね。……でも、悪いこととも言えないよ」


 僕は諭すように言う。


「ま、報酬も貰えて船にも乗れるなら、ね。たまに金策はするけど、私たちそんなにお金持ってるわけでもないし」

「そんなに報酬はいらないって言ったの、怒ってるでしょ」

「別にー?」


 怒ってますよね、当然ながら。

 よく遊んでいたゲームでは、結構楽しんでお金稼ぎをしたものだが、そういう世界が現実になってみると、案外意識しなくなるものだ。今のところ、そこまで不自由していなかったせいかもしれない。都度、お金が入ってくる機会もあったり。

 それに、相手はノンプレイヤーキャラクターなんかではなく、生身の人間だ。やっぱり、遠慮みたいなものが働いてしまったりもする。

 ゲームで報酬を遠慮するシステムなんかほぼないわけだし。


「今度からは余計なこと、言わないよ」

「ならよし」


 実際、交渉とかはセリアに任せた方がいいのかもな。僕より話術はあるのだから。

 お金のことも任せることにしようか。……それはちょっと、浪費しそうで怖いかもしれないけど。


「そうだ。さっきの人たちって、多分リューズの人だよね」

「ん? 名前からしてそうなんじゃないかしら」

「二人ともってことは、リューズの人がやってる船会社なのかな」

「リューズは島国だからねー。船関係の仕事に就いてる人も多いみたいよ。造船や船旅、貨物輸送も」

「島国か。ますます日本っぽいな」

「トウマが元いた世界の国なんだっけ」

「うん。リューズのことを知るたび、懐かしい気持ちになるや」

「ホームシックってやつね」

「んー……そうでもないよ」


 懐かしい、という気持ちはあれど、やっぱり戻りたいとは思わない。

 一生、この地に足をつけて生きていたいのだ。


「ここで生きるのは、こんなに幸せなんだから」

「……お、おう」


 そこでセリアが、顔を背ける。

 ……変な誤解をさせたかもしれない。


「そ、そろそろ寝よっか?」

「え、ええ。そうしましょっか」


 まだ少し早めの時間だが、特にすることもないし、話を打ち切る良い口実だし。

 僕たちはのそのそとそれぞれのベッドに潜り込み、部屋の電気を消して眠りにつくのだった。

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