3.宿酒場にて
午後六時ちょうど。帰り着いた宿酒場は、既に船員たちのパーティ会場のようになっていた。受付のお姉さんの他、女性の給仕も二人、慌ただしく店内を動き回っている。
……嫌な想像が当たっていたか。
普通の宿泊客は、食堂の右半分に固まっていて、船員たちの騒ぎに巻き込まれないよう、肩身を狭くして食事をしている。船が動かないせいで、それなりの人数がいたけれど、皆表情は暗かった。泣いている子どもまでいる。
「うーん、ほとんど席埋まっちゃってるわね」
「別の場所でご飯、食べようか?」
「どこも一緒な気がするわ……」
確かに、騒がしいのはどこにいっても変わらない気はする。むしろ、宿酒場である分、こちらの方がまだマシかもしれない。本当に馬鹿をやりたい人たちは、一般人の邪魔にならないところで飲んでいるだろうし。
「船員さんの隣しか空いてないのかー……仕方ない、そこに座りましょ」
「絡まれないといいけどね」
酔った人に絡まれると対処に困る。そうなったら、上手く切り抜けられるだろうか。
気を取り直して、僕たちは席に置かれたメニューから数品を選び、給仕の女性を呼んで注文する。料理はお酒に合うよう作られた、味の濃さそうなものが多かった。それでも、海鮮系の料理は魅力的で、何だかんだいっぱい注文してしまった。
「お刺身かー、食べたことないなあ」
「そうなんだ? ……イストミアって、内陸部にあるもんね」
「そうそう、新鮮な魚は入ってこないのよ。ハンナさんとこの日替わり定食も、魚が出てくること自体そんなになかったな」
「はは、懐かしいね」
こっちの世界へ転移してきた頃のことが、もう随分昔に思える。ハンナさん、か。今日も変わらず食堂を切り盛りしているのかな。
注文の品が運ばれてくる。刺身の三種盛りに、鯛の煮付け、あとはエビの魔物を丸々茹でたインパクトのある料理だ。前者はもちろんだが、魔物エビの丸茹でも中々の美味だった。特製のソースが、クセのある身によくマッチしている。
魔物の肉を口にしたのも、久々かもしれないな。
「……しっかし、どこへ行ったのかねえ、そのコンテナは」
「新人の野郎、ちゃんと指定の場所まで運びましたとは言ってたがなあ」
隣の席から、そんなやりとりが聞こえてきた。がやがやとうるさい中で、我ながらよく耳に入ったものだと思ったが、落ち着いて更に耳を傾けてみる。三人の船員が、酒を飲み交わしながら話しているようだ。
「あいつは真面目な奴だよ、この仕事を始めてから、まだ一回もミスはしてねえ。どうもこの件は怪しい感じがするぜ」
「まさか、海賊の仕業だってのか?」
「最近は、あいつらの縄張りも海上だけじゃなくなってるからな……」
この時代にもまだ、海賊が海の安全を脅かしているのか。遥か昔の勇者の手記には海賊のことも記されていたが、それから百年以上を経た現在もまだ、絶えてはいないらしい。
……思えば元の世界だって、海賊行為をしている国はあったような。悲しいけれど、いつの時代でも無くならないものなのかもしれないな。
「明日から調べることになるかもしれないし、詳しく聞いてみる?」
「んー、そうね。そこの人たちなら、あんまり酔ってなさそうだし」
セリアの了解がとれたので、僕は船員たちに声を掛けることにした。
「あのー、すいません」
「お? どうした、坊主」
「いえ、皆さんコンテナ事件のことを話されていたようだったので」
「そうだが、どうかしたのか?」
僕は口元に人差し指を当てつつ、懐から大十字章を取り出す。すると忽ち三人とも顔色を変え、勢いよく席から立ちあがった。
「そ、そ、それってもしかして」
「だ、大十字章……!」
「まさかアンタたちは……」
これでは静かにしてほしいというジェスチャーも全くの無意味だ。僕はひとまず、三人に座るよう促す。
「コホン。ええと、僕たちは魔皇討伐の旅をしている、勇者とその従士です。グランウェールの魔皇を討伐したので、これからライン帝国へ行こうというところなんですよ」
「ほ、本物の勇者様……」
坊主、などと口にしたのを後悔しているのだろう。さっきまでほんのり赤らんでいた顔は、今やすっかり青ざめていた。そこまで気にすること、ないんだけどなあ。
食堂内は、何事かとこちらを見つめてくる人でいっぱいだ。ここで大っぴらに素性を明かせば火に油を注ぐようなものだし、じっと我慢する。
「……す、すまねえ、取り乱しちまって」
「いえ、無理もないです。……でも、この場の全員がそうなっちゃうとまずいので、ね?」
「お、おう……」
そう言われてようやく、三人はゆっくり腰を下ろす。他の人たちの視線も、次第に僕たちの方から逸れていった。
「セントグランから馬車の旅を終えて、さあ船に乗ろうというところで、運行が休止しているというのを聞かされまして。今起きている問題について、調べてみるつもりだったんです」
「勇者様が、直々に? そこまでしてくれなくとも……」
「いやあ、僕たちも早めにライン帝国へ行きたいですしね」
「ああ……それは、そうだよな」
濃い無精髭を伸ばした船員は、申し訳なさそうに項垂れる。
「そういうわけなんで、知っていることがあれば教えてもらいたいなーって思ってるんですけど」
三人とも若干テンションが下がり気味なので、元気づけるように明るくセリアが言ってくれる。船員たちは現金なもので、彼女の笑顔で調子を取り戻し、
「も、もちろん知ってることは何でも話すさ」
「いやあ、しかし勇者様も羨ましいねえ……こんな彼女と旅ができるなんて」
「か、彼女じゃないです! 従士ですっ」
間髪入れずに否定するのだが、それがかえって船員たちには照れ隠しと受け取られたようで、必死の弁明も意味はなかった。……そんなに顔を赤くしているのも、嘘だと思われる理由なんだって。
「え、えと。じゃあ教えてもらえますか、コンテナ紛失事件のこと」
「おう。あれは今日の早朝、五時のことだ……」
彼らの話をまとめると、このようなものだった。
早朝五時、今年から船員として働き始めたばかりの新人が、上司からの命令で、指示通りの場所にコンテナを十箱運んだ。それからすぐに報告して次の仕事へ取り掛かったのだが、上司が確認しに行ったとき、既にコンテナはなかったという。
ちなみに、朝早い時間帯ではあったが、同業者によって新人の船員がコンテナを運んでいるところは目撃されている。その表情にも、特に怪しい所はなかったそうだ。
「置き場所を間違えることもないでしょうし、悪い人間と繋がっているってことも考えにくそうですけど」
「ああ。俺もそう思ったから、海賊の仕業じゃねえかと疑ってるわけさ」
悪さをしそうな奴は自ずと限られてくると、そういう感じか。
「実際、海賊って今の時代にどれくらいいるんですか?」
「海賊なんて昔のことだって思ってる人も多いんだけどよ、これが案外いるわけよ。しかも、海賊船に乗って、テリトリーに入ってきた船を襲うとかじゃあなく、今回みたいに港町で盗みを働いたり、人殺しを請け負ったりと、活動の幅を広げてるんだな」
「海の上だけじゃ生き辛くなって、盗賊や暗殺者みたいなことまでし始めたのが今の海賊だ、と……」
「そういうこった」
それって、昔の海賊よりも遥かに厄介な存在なのでは。
「一時は海賊も激減したんだよ。ゲオル監獄っつう海賊専門の収容所ができたからな」
「ゲオル監獄……」
「嬢ちゃんは聞いたことねえか。数十年前、三〇五年ごろの話だから無理もないわな。その監獄はグランウェール王国とライン帝国のちょうど中間にある孤島に建設されたんだ。島に建てられた監獄なんで、脱獄は絶望的。おまけに四ヶ国とも、海賊に対しては厳罰を、という方針だったために、一度入れば二度と出られないと恐れられたのさ」
孤島に建つ監獄、か。それは聞くだけでも恐ろしい。次々と同族が収容されていき、海賊たちはその活動を縮小せざるを得なくなっていったのだろう。
「が、その監獄も海賊がいなくなりゃ成り立たないのが皮肉なもんでね。新規の収容者が数人だけになっちまった十年前、ゲオル監獄はその役目を終了したんだ」
「え、無くなっちゃったの?」
「グランウェールとラインで、収容者を半分ずつ引き取ってな。今じゃ監獄のあった孤島は、カノニア教会が買い取って施設を建築しているそうな」
「へえ……カノニア教会が」
今はセントグランに本部を構えているが、その施設が建てば本部をそちらに移す計画なのかもしれない。監獄のあった場所が宗教施設に変わるというのは、不思議なものだが。
「ところが、監獄が無くなると今度は海賊が勢いを取り戻しちまったんだな。というか、それまでは鳴りを潜めてたんだろう。さっきも言ったように、ズル賢さに磨きのかかった奴らは、海上だけでなく陸上でも犯罪行為に手を染めるようになっちまって、昔以上に俺たち海の男や、各国の政府も頭を悩ませているのさ」
「知恵をつけ、陸に上がった海賊か……怖いですね」
今の海賊がそんな連中なら、コンテナを奪うことも十分あり得る。中身を売り捌いて金にするか、若しくはコンテナを盗むこと事態が請け負った仕事だったか……。
「コンテナの中身ってどんなものだったんでしょう」
「ライン帝国行きのコンテナで、中身は建築用の資材。強度の高い物だったな」
「資材か……売り物にはなりそうですね」
「溶かして出所を分からなくしてってこともできるからな」
海賊が犯人だった場合、ここで取り逃がすともう資材は返ってこなさそうだ。運行を取り止める決断をしたのも理解できる。
「とまあ、そんなわけで現状はコンテナを必死になって捜索中だ。俺たちは昼間に探し回ったんでな、今は休憩させてもらってるのさ」
「船が出せないんじゃあ、やることもないからよ。違う船の奴らや、保安部の人らも探してくれてる」
全ての船が同じ会社のものではないらしいが、運航再開のために協力してくれていると男性は語った。保安部とは、海上でのトラブルを解決する政府機関で、各国の港町には必ず設置されているそうだ。
「が、それでもこの時間になるまで見つかってないんだよなあ」
「もう町の外に持ち出されたとか」
「外に出る人物のチェックは厳しくしてるんだ。抜け道なんかがあるなら逃げられてる可能性はあるが……」
「どうあれ、頑張って探すしかないんですね」
「だな」
事件背景はそれとなく掴めた感じだが、コンテナの行方については何の手掛かりもなし、か。まあ、どこかに持ち去られたのは確実だろう。人目につかない場所を探してみるしかない。
「すいません、詳しく教えていただいてありがとうございました」
「いやなに、できることなら勇者様が調べ始める前に解決したいんだが。こんなことになってすまんな」
男性は殊勝な態度で頭を下げた。もうすっかり酔いは覚めてしまったようだ。これ以上楽しいお酒の邪魔をするのは悪いな。
ちょうど料理も食べ切ったところだったので、僕たちは船員たちにお礼を述べて、狭い食堂内を掻い潜るようにして部屋に戻るのだった。
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