13.新たなる武器
放火事件から四日が過ぎた。王室には自分たちの考えを打ち明けてみたが、その後事件について進展があったという連絡はない。結局のところ、ワイズさんやイヴさんも同じ推測をしていたようだし、僕たちの連絡はそれほど影響を与えはしなかったのだろう。
グランウェールでの滞在も一週間になる。僕たちは、ギルドに掲示された手配魔物の討伐を手伝ったり、自主的に近隣の魔物退治をしたりして毎日を過ごしながら、ヘイスティさんからの連絡を待ち続けた。
連絡が来たのは今日の午前中。これから何をしようかと考えているところに、通信機が鳴ったのだ。他に連絡してきそうな人物は浮かばなかったので、まず間違いなくヘイスティさんだろうと、ドキドキしながら受話器を取った。そして、受話器から聞こえてきたのはやはり彼の声だった。
「もしもし、トウマか? ここにいるってのを聞いたんで、連絡させてもらったんじゃが。通信機というのは良く分からんのでな」
「大丈夫ですよ、ヘイスティさん。四日ぶりですね」
「もう四日も経つのか、時間の感覚も無くなっておったわ」
がはは、と豪快な笑い声が聞こえる。僕は慌てて受話器を遠ざけた。
「おっと、すまんすまん。……もう察しはついとるだろうが、やっと装備が完成したんじゃ。それで連絡した」
「お、お疲れ様です! ありがとうございます……!」
「いやいや、お前さんたちの努力がなければ、完成には至らんかった。儂こそ礼を言わねばならん」
「いえいえそんな……」
このままではいつまでも謙遜してしまいそうなので、話を進めることにする。
「じゃあ、ヘイスティさんのところへ向かえばいいですか?」
「そうだな……ザックス商会の工場に来てくれ。そこで完成した装備を渡そう」
「了解です。場所はすぐ分かりますかね?」
「本社ビルからさほど離れてはおらんかった。案内板もあるから迷わんだろう」
「すぐに行きます。待っててくださいね!」
「おう、勿論だ。気をつけてな」
通話が切れる。僕は胸の高鳴りを抑えようと努めつつ、隣に座っていたセリアに内容を伝えた。彼女もすぐに行こうと言ってくれたので、そのままホテルを出発する。
「ヘイスティさん、有名な鍛冶師なんだし、とんでもない斬れ味の剣になってそうねー」
「装備だけで強さが決まるわけじゃないけど、今よりは格段に強くなれるだろうな」
「とか言って、使いこなせなかったら格好悪いけど」
「頑張りますー」
ヘイスティさんのことだ、使用者にフィットしないような武器は造らないはずだし、すぐに手に馴染むような一品になっていると、僕は期待しているのだが。
早く確かめたくて、足は自然と早歩きになる。
まずは目印になるザックス商会のビルまで行き、そこから案内板を頼りに歩いていく。すると行く先に煙が立っているのが確認出来た。恐らくあそこが工場なのだろう。
近くまでやって来ると、工場も中々の規模を誇っているのが分かった。これなら、一部を借りるだけでも装備を製作する環境として十分だろう。事件のせいでザックス商会に嫌悪感を抱いていたヘイスティさんも、気持ちを入れ替えていそうだ。
工場の入口にも、形ばかりの受付があった。用があればインターホンで係の人を呼ぶ仕組みらしい。僕たちは早速それを鳴らして従業員を呼び、事情を説明してヘイスティさんのところまで連れて行ってもらった。
「おお、来たか」
工房の一区画を丸々貸切っていたらしく、そこで僕たちはヘイスティさんと再会した。最新の設備と年月を経た道具。それらが混在しているのは、何とも不思議というか、味があるというか。何にせよ、彼は存分に設備の機能を活用できたようだ。
「お待たせしました、ヘイスティさん」
「いや、こんなに早く到着するとはな。待ちきれんかったということか」
「あはは、そういうことです」
すっかり見透かされているのに照れ臭くなってしまう。しかし、同じ状況ならきっと誰だってこうなるに違いない。
「……で、どんな物が出来上がりましたか」
「はは、まあ待て。まずは防具から渡そう」
そう言うと、ヘイスティさんは奥の部屋へ一旦引っ込むと、両手に防具を手にして戻ってくる。
「ゴテゴテした鎧とかも嫌いではないがな、お前さんにはこの方が合うだろう。戦闘面にしても、見た目にしてもな」
渡されたのは、鎧ではなく服だった。今身に着けているものとあまり変わらない、動きやすそうな一着だ。青を基調にしていて、胸の辺りには勇者の紋が白抜きで描かれている。
驚くべきは服の内側だ。今の装備は薄い鉄板が縫い付けられているのだが、ヘイスティさんの物は裏が鎖かたびらになっていた。それも、穴が見えないほど細かい鎖が編み込まれている。これにかかった労力を考えると、気が遠くなるほどだ。
ズボンも全く同じように造られていた。こちらは黒一色で、ベルト部分に道具を幾つか入れておけるホルスターバッグもセットになっていた。回復魔法などを自分で使えることもあり、ポーション類はあまり使ってこなかったが、ここに入れておけるなら使用頻度は上がりそうだ。
手袋と靴は比較的ロングタイプで、革部分が多いが所々に鉄の装飾が施され、刃物のダメージを軽減出来るようになっている。試着してみたが、装備しやすい上にサイズもピッタリで、思わず唸ってしまった。
「……凄い。ホントに凄いです、ヘイスティさん」
「ふん、そりゃ長年鍛冶屋をやっとるわけだからな。これくらいは造れんと話にならん」
そう言いつつ、僕が子どものようにはしゃぐのを見て、満更でもない様子だ。
「メインはあくまでも武器だ。馬鹿げた注文だったが……何とかやってやったわ」
馬鹿げた注文? それはひょっとして、グレンさんに言われたことだろうか。格好良い剣を作ってくれとか、そういう注文をしていたのかな。あまり派手すぎると、抵抗があるのだけど。
そんなことを思いながら、再び奥の部屋に引っ込んだヘイスティさんが武器を持ってくるのを待つ。その間、隣ではセリアが防具一式をべたべた触って感心していた。
「……さ、受け取るがいい」
戻ってきたヘイスティさんが、武器を差し出す。
僕は、両手を伸ばしてその武器を受け取る。
「……こ、これは……?」
「それが、お前さんの新しい武器だ」
手にしたもの。
それは――あまりにも異質な武器だった。
「これ、剣……なんですか?」
確かに、ギリギリ剣らしい形状ではある。柄や鍔もあるし、刃らしき部分もあった。しかし、鍔にはかなり大きいアーチ状の装飾がついているし、刃の長さも今使っているものの半分ほどだ。おまけに付いている鞘が取れない。どうなっているんだ、これは。
「がはは、初めは絶対にそう言うと思っておった。何せ、こんな武器は他に有り得んからな」
「ど、どういう……」
「これが剣か、という質問についての答えとしては、イエスだ。これは剣でもある」
「剣……でも?」
つまり……つまり?
「実際、試してみんと上手く機能するかも分からんしな。トウマ、その武器を剣だと思って構えてみてくれんか」
「えっと、はい」
言われるがまま、僕は武器を剣として構えてみる。柄を両手で握り、腰を沈め。今までのように、攻撃の体制を作った。
――すると。
「うわっ……!?」
握っていた武器が微かに光を放ち、そして……見る見るうちに形状が変化して、剣の形になった。
「ま、まさか……」
鍔の部分は邪魔なアーチが引っ込み、刃は倍近くの長さになって、鞘も消えている。刃先も鋭く、剣として申し分ないものだ。
剣として使おうとすれば、一瞬で剣になる。それなら……。
「ピンときたな?」
ヘイスティさんがニヤリと笑う。僕も頷きながら笑みを返し、次は武術士の構えに変更した。
その瞬間、一度最初の形に戻った武器は分裂し、手甲のように拳へ装着された。ちょうど刃にあたる部分が鉤爪のようになる。二つに分かれたことで、重量も気にならない。
「これ……これ、とんでもないですよ!」
「そうだ。儂が三十年近くも費やして造り上げた、お前さん専用の武器なんだからな」
三十年分の重み。それが詰まった、規格外の武器。
使用者のスタイルに合わせて変化する武器――。
「ヴァリアブルウェポン、と名付けさせてもらおう」
「あはは……それは、そのままなんですね」
「儂は名前を凝るのが嫌いなんでな」
でも、シンプルなのも格好良い。ヴァリアブルウェポンそれ自体も、これで極限まで無駄を削ぎ落した形なのだろう。だからこそ、使い易いのだ。
「……はっ」
今まであまり使う機会がなかったが、弓術士としてのスタイルはどうなるのだろうと思い、構えてみる。武器を持った手を前に突き出すと、鍔が勢いよく分離し、アーチ状の部分が弓幹に、鍔だった部分の間には弦が張っていた。
「凄い! すごーい!」
セリアも見ているだけで楽しいようで、手を叩いて面白がっている。その反応が何だか嬉しいし、ヘイスティさんもまた嬉しく思っているだろう。
「このスタイルでは、矢がいるんですね?」
「うむ。比較的小型にしておいたから、必要な矢も小さいので済むだろう。使用頻度に合わせて調達するといい。今のところは十本、渡しておく」
「何から何まで……ありがとうございます」
剣術士、武術士、弓術士とくれば、後は魔術士と癒術士だ。魔法を使うときのイメージで、武器を構える。すると、今度は柄の部分が伸び、まるで十字槍のような形に変化した。先端が刃なので、本当に槍として攻撃することも出来そうだ。
「全てのクラスに適応できる、完璧な武器。それがこの、ヴァリアブルウェポン……」
「そもそも、全クラスのスキルを持つ人間などおらんかったから、造られることのなかった武器だ。使いこなせるのは、お前さんだけだよ」
「確かに、トウマ以外には使えても一つか二つだもんね。それなら持ち替えた方が早いくらいだし」
「僕にしか使えない武器、かあ……」
興奮が、じんじんと身体に広がってくる。こんなのを手に入れてしまったら。早く実戦で試したくてうずうずしてしまうのは当然だ。変形する武器なんて、自分にしか使いこなせない武器なんて、ロマンすぎる。
「グレンから、これを造ってくれないかと頼まれたときは、正直完成させられる自信はなかったが……こうして完璧な物が造れて、次の勇者に渡せて。これ以上のことはねえ」
「え? グレン=ファルザーは、武器がこうなるのをわざわざ指定したんですか?」
「そうさ。何だってそんなもんを造らせるのか、疑った日もある。けど、今のお前さんを見て、すっと腑に落ちたぜ」
勇者グレンは、わざわざ全クラスに変化する武器を、ヘイスティさんに造らせた。
……彼は、僕がコレクトで全てのスキルを引き継ぐことを、ハッキリと分かっていたのだ。
ならば、やはり。
全てはグレンが与えてくれたもの。
その理由は未だに分からないけれど……。
「これで、恩は返した」
「……はい。この武器を力に、僕は必ず魔王を倒します」
「おう。儂の最高傑作、お前さんに託すぜ」
ヴァリアブルウェポン。勇者グレンから、三十年という時を経て、贈られたもの。ヘイスティさんが、彼の思いを形にしてくれたもの。
この重みに負けないような戦いを、活躍を。必ずしてみせようと、僕は深く心に刻む。
「魔皇討伐ももうすぐなんだろ? そいつでドカンで、決めてやれ」
「はい、勿論。どんな敵がやって来たって、絶対に負けません」
僕とヘイスティさんは、がっちりと握手を交わす。
こうして僕は、新たなる武器、ヴァリアブルウェポンと、高性能な防具一式を貰い受け、気合十分に魔皇討伐の日を待つことになるのだった。
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