九章 輝きの王都の中で―黒き剣―

1.遠征会議


 ヘイスティさんから新たな装備を受け取った翌日。

 僕たちの元へ、訪問してきた人物がいた。

 ホテルの扉がノックされ、誰だろうとスコープを覗くと、そこにいたのは、グランウェール騎士団の団長、セシル=ソードナイトさんだった。


「朝早くにすまない、事前に連絡すれば良かったかな」

「いえいえ、全然構わないです」


 実のところ、セリアは起きたばかりだったので、慌てて髪を整えに行ったのだが、言う必要もないので伏せておく。僕はセシルさんを室内へ招き入れ、ソファに座ってもらった。


「大体察しはつくだろうが、今日ここへ来た理由は一つ。ジア遺跡へ向かう日取りが決まったからだ。出発は二日後の午前になる」

「二日後、ですか。いよいよですね」

「ああ。それに先立って、遠征会議を行うことになるんでね。今日の午後から、王城に来てほしいんだ」


 遠征会議、か。会議というからには堅苦しい雰囲気の集まりなんだろうが、参加しないわけにもいかない。首を縦に動かすだけで済むならいいのだけれど。

 話の途中で、セリアが浴室から戻って来る。会議のことは耳に入ったらしく、僕の隣に座りながら、


「隊長さんとか、主要な人たちが集まる感じなんですか?」

「そうだ。前線へ向かうメンバーは参加することになっている。それから、イヴさんとワイズさんだね」

「司令塔みたいな?」

「遠征隊には同行しないが、通信機で必要に応じて連絡をとることになっているよ。まあ、司令塔と言っても差し支えない」


 現状、王室で一番影響力を持っているのはあの二人のようだし、その役割は妥当なところか。


「じゃあ、昼から王城に行かせてもらいますね」

「ありがとう。会議が始まるのは二時だから、ゆっくり昼食をとってから来てくれ」

「勿論です」


 そこだけセリアがしっかりと答える。セシルさんは、素直な彼女に思わず笑みを零した。


「……ところで、通信じゃなくてわざわざこちらへ来てくれたのは?」


 素朴に疑問を感じたので、僕はセシルさんに訊ねてみる。


「うん。通信でも良かったんだけど、外へ出たくてね。今は王城にいると気が休まらないというか……はは」

「と言うと……」

「いや、なに。今からでも次の国王候補を決めておかなければ、というので些かピリピリしている感があってね。団長というのは色々な噂話も飛び込んでくる立場なものだから」

「そうか……毎日話し合いが続いてるんですね。王室も大変だ」

「私を含めた兵士側は、主に体を動かしているだけだが。まあ、イヴさんが中心になってどんな話をしているかは、どうしても気になるな」

「お疲れ様です、セシルさん」

「ん、ありがとう」


 用件はこれで終わったようで、セシルさんはそろそろお暇すると僕たちに告げた。また後で、と互いに交わして別れる。その背中は、真っ直ぐではあるけれどどこか疲れが見えるような、そんな風に見えた。


「何というか、さ」


 セシルさんを見送った後、セリアがぽつりと零す。


「魔王復活で魔皇が現れたとき、皆が協力すれば倒せるんじゃないかって思ったこともあるけど。マギアルで善悪の力の話を聞いてから、そう簡単にいかないような状態が引き起こされちゃうのかなって、思うようになっちゃったわ」

「世界情勢が不安定になるっていうアレだね。……問題自体はずっと続いているけれど、それが悪しき力の増幅によって、こじれてくる。そんな感じなのかも」

「だからこそ善き者が皆を導いていく。それが大事なのね、きっと」


 セリアはそう、しみじみと言うのだった。

 午前中は特にやることもなかったので、セントグランの街をのんびりと見て回ることにした。ここへ来てから一週間と少し、忙しく動き回っていたせいでまだ観光が出来ていない。数時間ではごく一部のエリアにしか行けないだろうけれど、こうして羽を伸ばすのは大事なことだ。

 元の世界と季節にズレがないようで、公園に行けば花を綻ばせている木々が並んでいる。噴水には恋人たちや夫婦が隣り合って座っているし、遊具には子供たちが沢山乗り込んでいる。微笑ましくなるような日常だ。

 歩いているうち、美容院が目に入り、セリアがそろそろ髪を切るべきかと悩んでいた。今まではお祖母ちゃんが整えてくれていたらしい。結局今回は止めておくことにしたが、いつかは行かないとと髪を弄りながら呟いた。

 セントグランで一番大きな書店までやって来たとき、見知った姿を見かけた。レオさんだ。本でも買いに来たのだろうか。声を掛けようとしたのだが、レオさんはシスター服の少女と何やら話をしていた。あちらは誰だろう。


「……ん? トウマとセリアじゃないか。おはよう」


 迷っているうちに、レオさんの方が僕たちに気付いて挨拶をしてくれる。僕たちも挨拶を返して、彼の元へ歩いていった。


「レオさん。お買い物ですか?」

「旅のガイドの一つでも持っておかないとと思ってね。今後も色んな所を巡るつもりだからさ」

「なるほど。……えと、そちらは」


 僕が少女の方に目を向けると、彼女はぺこりと会釈して、


「オリヴィアと言います」


 小さな声でそう名乗った。物静かな子だ。

 藍色の髪はショートボブ、目はジト目というか、眠そうに見える目つきをしている。


「オリヴィアちゃんね。レオ、この子はどこで知り合ったの?」


 そう訊ねるセリアの語気が少しだけ強い気がする。やはり幼馴染のことだ、気になるのだろうか。


「セントグランに来てからだよ。カノニア教会のシスターさんなんだ。まあ、とある縁でというか」

「何度かセントグランを案内しているんです」

「とある縁、ねえ」


 カノニア教会、というと……浮かぶのはヒューさんだな。あの人に、この子を頼るといいとか言われたのかもしれない。


「あまり本なんて読んでこなかったけど、ためになることが多くて面白いもんだ。この前、ドラゴンについての調査レポートを見て、戦ってみたいと思ったものさ」

「最上級モンスターでしたっけ。何か魔皇より強そうなんですが」

「それもロマンじゃないか。いつかは倒せたらなって、憧れるよ」

「あはは……凄いですね、レオさんは」


 レオさんは、いつも前向きというか、上昇志向だ。それが時に危うさを持ち合わせてもいるのだろうけど、僕は本当に凄い人だと思う。

 ドラゴン、か。魔王を討伐して、無事に帰れたら。そんなロマンを追い求めるのも悪くないかもな。最上級モンスターというのも、リバンティアの魅力的な謎の一つだ。


「じゃあ、俺はそろそろ行くよ。またな、二人とも」

「あ、はい。また」

「はーい」


 レオさんとオリヴィアちゃんは、揃って通りの向こうへと立ち去っていった。……レオさんって、誰とでも気さくに付き合えているよなあ。


「まさかレオにあんな子が出来てたとは」

「何か語弊のある言い方な気がするけど」

「いやいや、どうか分からないわよ?」

「どうかなー……」


 僕は全然違うと思うのだが。セリアが面白がっているならまあ、好きに想像させておこう。レオさんをそういう風に見ているくらいならありがたいし……なんて。

 せっかくなので、僕たちは気になった本を買っていくことにした。僕はレオさんの話を参考に、世界各地の魔物の生息地について説明されているガイド本を、セリアは薬草や鉱石、魔物から手に入る素材などの相場が書かれた実用的な本を選んで購入する。一冊六シリン程度と安価な上、ポケットタイプだったので荷物もそれほど圧迫しなさそうで何よりだ。

 書店を出たところで、時刻はお昼前になっていた。近場のパン屋さんでサンドイッチとミルクを買って、公園のベンチで食べることにする。食堂でがっつり食べるのもいいけれど、こういうお昼ご飯もたまにはいいものだ。何というか、学生時分よりも学生っぽいことをしている気がする。


「そっち半分もらってもいいかしら?」

「言うと思った。はい」


 人が食べているものに目移りするのはいつものことだ。セリアとサンドイッチを交換しつつ、仲良く頬張る。

 そうしてのほほんとした昼食が済むと、もういい時間になるということで、僕たちは王城に向かうことにした。

 まずメインストリートを目指してから、それに沿って真っ直ぐ歩いていけば、簡単に王城へ辿り着ける。円形の広場を抜けて、僕たちは城の入口へ近づいていった。

 入口の両側に立つ警備兵が、僕たちの姿を認めると一礼し、両開きの扉を開いてくれる。僕たちはお礼を言って、そのまま中へと入る。


「お待ちしておりました」


 玄関ホールには、王城で働くメイドさんが待機していた。僕たちを会議が行われる部屋まで案内してくれるようだ。当然ながら謁見の間では行わないようで、一階の右側へ伸びる廊下を進んでいった。


「こちらになります」


 上部に会議室とプレートが取り付けられた扉。メイドさんは軽くノックをしてその扉を開き、僕たちを中へ誘った。奥行きのある会議室は、既に半分以上の席が埋まっていて、残りのメンバーをまだかまだかと待っているようだった。


「それでは、皆さまがお揃いになるまでしばしお待ちください」


 メイドさんはまた礼をして、静かに去っていった。とりあえず、後は空いている席に座って待つしかない。


「お、久しぶりー。待ってたで、二人とも」

「ああ……ニーナさん。お久しぶりです」

「どもども」


 一番近いところに座っていたのはニーナさんだった。その隣に二つ空きがあったので、これ幸いと座らせてもらう。本当は勇者なら上座の方へ行くべきだろうが、生憎そういうのは遠慮したい人間だ。

 見たところ、席に着いているのは五人。その中には、セシルさんやギリーさんの姿もあった。ということは、グランウェール騎士団の各隊長が揃っている、ということだろう。初対面の二人のうち、女性がアリエットさん、男性がライノさんだったはずだ。


「貴方がたが勇者様と従士様なのですね。初めまして、アリエット=ビザリーと申します」


 アリエットさんは淡い桜色のロングヘアーが美しい女性だった。年は二十代後半くらいか。眼差しは優しく包み込むようで、立ち居振る舞いも上品かつ隙が無い。淑女という言葉がピッタリな大人の女性だ。


「吾輩はライノ=マックス。遠征の間、よろしく頼む」


 吾輩、という一人称を実際に使う人は初めてだ。それはともかく、ライノさんは以前ギリーさんが言っていたように、とてもゴツい。鍛え抜かれたプロレスラーと言っても差し支えない体格だ。いわゆるスポーツ刈りのような短髪で、目つきは鋭く、口元はへの字に曲がっており、街を歩いていたら怖がられそうな顔つきではある。彼は三十代前半、くらいだろう。

 僕たちもいつも通り、簡単に自己紹介をする。アリエットさんが僕をリューズ人だと思ったようだが、それはセリアがやんわりと否定してくれた。

 ふと、ギリーさんの方を見ると、彼は僕たちに目線を合わせようとはせずに、大きな欠伸をしていた。先日の一件は内緒にしておきたいのか、知り合いと思われたくないようだ。それは察せられたので、余計なことは言わないようにしよう。セリアにも、小声で伝えておく。

 しばらくして、イヴさんとワイズさんがやって来た。入るなり挨拶をして、二人は一番奥の席に座る。やはり司令塔はその席が相応しい。ワイズさんは着席すると、ぐるりと室内を見回し、参加者の確認をしていた。

 残る空席は二つ。主要なメンバーはあと二人ということだろうが、一体誰が呼ばれているのか。ギルドの人たちは基本的に街を守ると話していたが、あれから召集を受けたのかもしれないな。

 会議室の時計が、一時五十五分を指している。あと五分で二時、会議の始まる時間だ。もうそろそろ、残る二人がやってきてもいい頃だが。

 そう思っていると、ノックの音が聞こえて、扉が開かれた。

 ……そして。


「どうも皆様、お待たせしました」

「いやあ、遅くなって申し訳ない」


 入って来たのは……僕たちの見知った顔。


「あれ?」

「……また?」


 そこに立っていたのは、ヒューさんとレオさんの二人だった。


「や、トウマ。俺も遠征に参加させてもらうことになってるんだ。よろしく頼むよ」

「は、はあ。こちらこそよろしくお願いします」


 レオさんが参加してくれるのは素直に嬉しいことなのだが、なにぶんいきなりのことだったので喜びよりも驚きの方が顔に出てしまった。

 それに、ヒューさんまでやって来ているとは。


「お久しぶりですね、トウマさん、セリアさん」

「ええ、その節はどうも」

「お久しぶりですー、ヒューさん」

「実は、カノニアの定例会でこちらに訪れていたのですが、奇遇なことにレオさんに再会いたしましてね……」


 ヒューさんは、苦笑しながらレオさんの方を見る。


「で、カノニア教会の司祭であるヒューさんに、是非ともワイズさんと話がしたいとお願いしたわけさ」

「あー、なるほど……」


 つまり、ヒューさんとワイズさんが同じカノニア教会所属であることを利用して、ワイズさんに直接遠征参加を頼み込んだというわけか。レオさん、凄い行動力だな。


「ふむ。ヒュー司祭と勇者殿は以前に交流があったのだな」

「ええ、コーストンで何度か。こちらのレオさんと一緒に」

「先日は失礼しました。魔皇討伐作戦に参加させてもらえて、とても光栄です」


 レオさんは深々と頭を下げる。ワイズさんはそれを見て、すぐに顔を上げるように促し、


「君にその力量も気持ちもある。そう判断したから許可したのだ。ヒュー司祭の頼みということもあったが、私は純粋に君へ期待を寄せている」

「ありがとうございます!」


 レオさんは、結局また深々と頭を下げた。ワイズさんにとっては少々やりにくそうなキャラだろうな。


「しかし、右手に怪我をしているのか? 包帯を巻いているが」

「結構前の怪我なんですけど、治りが遅くて。まあ、もう支障はないですよ」


 右手の怪我は、イストミアでの戦いで負ったものだ。コーストフォードで会ったときは腕までしていた包帯が今は手だけだったので、確かに治ってはきているのだろう。しかし、一ヶ月も経つのにまだ包帯が必要ということは、かなりの重傷だったのに相違ない。あのときにもう少し、僕が頑張れていればな、という後悔はやはり消えなかった。


「……さ。それでは皆さん揃いましたし、会議を始めさせていただきますね」


 イヴさんが凛とした声で宣言すると、いくらかざわついていた室内は水を打ったように静まり返る。それに満足したように微笑んでから、イヴさんは再び口を開いた。


「お集まりいただいて恐縮ですが、会議と言っても遠征の詳細をお伝えするのがメインですのでご了承を。……まず、出発日は二日後の午前。三十人規模の小隊を五つ編成し、各隊長が指揮するような形でお願いします。一度こちらへ集まっていただき、そこから出発地点へ移動。軍用の馬車を各隊に一台、合計五台用意しているので、それに乗り込んでジア遺跡まで侵攻し、道中に魔物が現れれば、下級兵から下車し対処にあたります」

「最低限、ここに集まった者たちはジア遺跡まで残ること。そして到着後、各自で遺跡攻略を開始する。基本的には奥を目指すが、勇者殿の前に障害が立ち塞がるときは、全力で支援してほしい。魔皇討伐には、勇者殿が欠かせない」


 ワイズさんも、イヴさんに続けて説明する。勇者を全力でサポート、か。嬉しいけれど、足手まといにならないようにしないといけないな。


「遺跡は広く、入り組んでいる。それから、必要な情報かは分からないが、ジア遺跡は一年ほど前に謎の光を発したことがある。怪しいものを発見したら、十分に警戒することだ」

「謎の光……?」


 その発言が気になってしまい、僕は知らず呟いてしまう。


「前にな、ジア遺跡から空に向かって、光が出とったのを見た人がおるんよ。夜中のことやったから、キラキラしてて結構目立ったな。ウチも見てたんやけど」

「へえ……」


 ジア遺跡でそんなことがあったとは。それが何を意味しているのかは不明だが、だからこそ警戒しておくのは大事だろう。

 空に向かう光……何だか既視感があるような。いや、そうでもないか。


「遠征中、セントグランの警備については、残留する兵たちとギルドの者たちで対応することを決めていますわ。街が危険に晒されるという心配は必要ありません」

「遠征隊は、ただ前に向かって、魔皇を倒すことだけに集中すればいいということだ。……魔皇が最高ランクの魔物であることに疑いはない。出発は二日後になるため、明日は各自、戦いの準備をしっかりと整えておくこと。良いかな?」


 ワイズさんに問われ、皆一様に頷いた。


「よろしい。……では、簡単ではあったがこちらから伝えることは以上だ。もし質問があれば、今から二、三受け付けることにする」


 話が終わった。遠征の流れとしては非常にシンプルで、以前聞いていた内容とほぼ変わりはないようだった。質問も特になく、しばし沈黙が続いた後、ワイズさんは会議の終了を告げる。


「では、これにて会議は終了とさせていただく。グランウェールの、ひいては世界の平和のためにも、二日後はよろしく頼む」


 その言葉に、全員が力強い返答をして、その日は解散となった。





「……それにしても。レオが飛び入り参加してくるとはねー」

「僕は何となく、そうなるかなと思ってはいましたけど。ヒューさんと一緒に登場するとは」

「これも廻り合わせというものです」


 ヒューさんがそう言って微笑む。ある意味彼は、レオさんに立場を利用されたようなものなのだが、全く気にしていないらしい。


「元々グランウェールにも、魔皇討伐に加わるために来たわけだし。ギルドに居座らせてもらっているとは言え、そこだけは何としても了承を取り付けたかったのさ」

「心強いです。また、一緒に戦いましょう」

「勿論。……そういえばトウマ、新しい剣ってどんな一品なんだ?」


 剣を新調したことは伝わっているが、それがどんな武器だったかはまだ話していなかったな。僕は腰に提げた新武器、ヴァリアブルウェポンをレオさんに見せる。当然ながら彼は、それが武器ということも理解出来ずに、何度か目を瞬かせた後に、冗談じゃないよなという顔でこちらを見てきた。


「まだ、実戦では使ってないんですけどね。こうすると」


 剣術士のスタイルを意識しつつ柄を握ると、僕の意識と魔力に呼応して、武器は剣の形へ切り替わる。


「な、なんてこった……」

「びっくりしちゃう技術ですよね。……本当に、ヘイスティさんには感謝しないと」

「ああ……そんな武器が出来上がってたとは」


 形が変わる武器など、他に例がないのだろう。レオさんは僕が剣を収めた後も、まだ腰のあたりに視線を注いでいた。


「勇者様は、どんどん強くなられますね。まだ旅に出て一ヶ月ほどしか経っていないというのに」

「今回の武器もそうですし、色んな人に助けられてますから。勿論、ヒューさんにだって」

「はは、そう言っていただけると光栄です」


 最初にウェルフーズで出会ったときも、魔物の被害について教えてくれたし、コーストフォードでは能力値を計測してくれた。今回だって、レオさんを魔皇討伐に参加させてくれたのだ。色々と助かっている。

 流石はカノニア教会の司祭だ。


「……ヒューさん、ちょっとお訪ねしたいんですけど」

「はいはい、何でしょう」

「ヒューさんって、星の導き……というのを聞いたことはありますか?」

「星の導き……ですか?」


 ヒューさんはオウム返しに聞いてくる。その様子では多分知らないのだろう。どことなくカルト臭のあるワードだとセリアも言っていたので、詳しそうなヒューさんに聞いてみたわけだが、流石に駄目か。


「聞いたことはないですね、お力になれず。……どこでその言葉を?」

「うーん……悪事に手を染めた人が、そう呟いて死んでいったんです。ずっと気になっていて」

「なるほど。そこに何らかの信仰心を感じたので、私にお訊ねになったと」

「ええ、まあ」

「……そういうことなら、挙げられるのはクリフィア教会くらいですが」

「クリフィア……」


 その名前は久しぶりに聞いた。ノナークの町で起きた事件以降は耳にしていないはずだ。確か、カノニア教会と対立する団体だったか。キルスさんのせいで、滞在時は良くないイメージを抱いていたけれど、結局その実情は良く分かっていない。

 町を発つ際に姿を現した少年、サフィアについては、どうしても悪人には見えなかったが……。


「それでも、私たちと異なる解釈の宗教、というだけであって、悪しき者たちと決めつけられるわけではありませんがね。少なくとも、宗教団体というとカノニアとクリフィア、それ以外には聞いたことがないですな」

「そうですか……ありがとうございます」


 クリフィア、か。しっくりはこないけれど、一応気を付けておいた方がいいだろう。もしも、サフィアという少年にもう一度会えたら、この件についても聞きたいところだ。


「では、私はこれで。カノニアの宿舎がありまして、そちらに宿泊させてもらっているので」

「俺もホテルに戻るよ。また二日後、遠征で会おう」

「はい。今日はありがとうございました」

「ありがとうー」


 僕たちは手を振って別れる。

 空が少しずつ赤らんでくる、そんな時間だった。

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