12.彼らの思惑②


 セントグランで一番大きな病院。体力の限り走り続け、息も絶え絶えそこへ辿り着いた僕らは、詳しい事情もすっ飛ばして、受付の人に緊急の処置を頼み込んだ。普通なら迷惑もいいところだろうが、幸いにもその日は混雑していなかったようで、ローブ男の深刻な状態を見た医師は、すぐに手術の用意をしてくれた。

 手術は二時間余りに渡った。僕たちは案内された待合室で、落ち着かない時間を過ごすことになった。通信機は設置されていたので、マルクさんが一度ギルドへ連絡を入れ、これまでの経緯を事細かに説明していた。

 重い空気に耐え切れなくなりそうになったとき、ようやく医師がやって来た。僕はすぐに結果を聞こうと口を開いたが、医師の浮かない表情を見、それだけで全てを悟ってしまった。


「……そう、ですか……」


 男は、助からなかった。常識的に考えれば、それは当然なのだ。両腕が吹き飛んでしまうような、至近距離の爆発。どんなに優秀な医師でも、癒術士でも。その命を救うことはきっと、不可能に近い。

 術後、男は元の世界で言う霊安室に移され、僕たちは簡単に事情を訊ねられた。ザックス商会との取引は言わなかったが、それ以外については本当のことを話しておいた。ヘイスティ=バルカンの名前は医師も知っていて、深夜の火事も街中に広まっていたようなので、僕たちの話はあっさり納得してもらえたのだった。

 男の遺体をどうするべきか。このままいくと、グランウェール軍に引き渡されるらしいので、僕たちは少しだけ待ってもらうようお願いして、ザックス商会がどうしたいかを聞きに行くことにした。


「ギルドとしては、このままグランウェール軍に処理をお任せしたいところですけどね」

「あはは……そうでしょうね」


 ザックス商会は、被害者かもしれないとしても、一民間団体だ。怪しい事件に関して、容疑者の処遇を決める権利まではない。自白を引き出すくらいならまだ目を瞑れたが、遺体が欲しいなどと言われたら、流石に黙ってはいられないだろう。

 メアリさんが賢明な人なら、その辺りの線引きくらいはしっかりするだろうけれど。

 ザックス商会の本社ビルに帰り着く。入口は自動ドアなので問題ないが、そこから先はセキュリティが入っているため、受付の女性に事情を説明し、中にいる会長に確認をとってもらって、奥へと進んだ。

 階段を上がり、六階へ。真っ直ぐ伸びる廊下を歩いて、僕たちは扉をノックする。


「どうぞ」


 紙を捲る音に混じって、メアリさんの声が聞こえた。僕はノブに手をかけ、重たいその扉を押し開いた。


「お疲れ様。案外早かったわね。首尾はどうだったのかしら?」


 メアリさんは、決裁書類の山を片付けている最中だった。隣には、シオウさんが相も変わらずむすっとした表情で立っている。この人、副会長というよりは用心棒に見えるな。実際、そうなのかもしれない。


「じゃあ、報告を。……実は、怪しい人物を二人発見して、戦闘になったんですが。一人は逃走して、もう一人は……自爆しました」

「……自爆、ね」

「はい。早急に病院へ運び込んだんですが、治療の甲斐もなく……。なので、今その遺体は病院に安置されています」

「通常なら、このままグランウェール軍に引き渡すことになりますが」


 マルクさんが、強調するように言う。


「容疑者が死亡したのなら、こちらにはどうしようもない。身元を割り出すのなら軍に任せた方がいいだろう」

「まあ、シオウの言う通りね。死人に口なしだわ。軍が身元を特定してくれれば、いいのだけどね」

「まさか、自ら死を選ぶというのは予想外で。すいません」

「いえ、良くやってくれたと思うわ。ただ……こうなった以上、逃げた一人ももう見つからなさそうね」

「素性が掴まれそうになる前に、消えるだろうな。今頃は国外逃亡しているかもしれん」


 あの二人がどこまでの悪人なのかは分からなかったが、捕まるよりも死ぬことを選ぶくらいだ。ただのゴロツキレベルではないだろう。

 背後に大物が控えていて、下っ端でも素性がばれるわけにはいかない……そんな感じだったのだろうか。


「彼らは、何か手掛かりになるようなこと、言ってなかった?」

「そう言えば……」


 僕は離れたところにいたので、全ては聞き取れなかったが、爆発する直前に男が何やら呟くのは聞いた気がする。星の、という部分だけは記憶にあった。


「マルクさん、爆発した男、最期に何て言ってました?」

「えっと……確か、星の導きを……だったと」

「……え?」


 聞き覚えのあるワードだ。

 だって、僕たちはつい最近、それを耳にしている。

 研究都市マギアルで巻き込まれた事件。

 その中心人物であったジョイ=マドックの……最期の言葉だ。


「どういう意味かしら?」

「さて……」


 メアリさんとシオウさんは、首を傾げている。心当たりはないようだ。何らかの合言葉、という雰囲気はあるのだが、世間一般に知られているようなものではないということだな。

 裏組織が使う合言葉……なのかもしれない。

 少し悩んだけれど、僕はマギアルの研究所で起きた事件ということは伏せつつ、以前同じワードを聞いたことがあると説明する。


「裏組織の合言葉……可能性はある。だとすれば、我々が手を出すには厄介ですが」

「そうねー……触らぬ闇に祟りなし、なんでしょうけど。私たち、名前を騙られてるのよね」

「安全な範囲で、調べておきますか」

「そうしてちょうだい。というか、そこまでしか出来ないわよね」

「まあ、そうですね」


 メアリさんは重い溜息を吐き、頬杖をついた。


「完全な成功、とは言えないけれど、仕方ないわ。少なくとも、ザックス商会の疑いは晴れるでしょう。軍が身元をきちんと割り出してくれれば一番いいのだけどね。とにかく、これで依頼完了とします」

「あ、……ありがとうございます」


 あまり後味の良い結果ではなかったので、駄目だと言われたらどうしようと内心不安だったが、メアリさんもそこまで鬼ではなかったようだ。僕はほっと胸を撫で下ろした。


「さ、今度はこちらが報酬を払う番よ。早くヘイスティさんのところへ伝えに行ってあげたらどうかしら?」

「は、はい! そうします」


 ……この人も商売人だ。物を造り、誰かの役に立つことの喜びを、分かっている。だから、表面上は事務的、打算的であったとしても、心のどこかではヘイスティさんの気持ちを慮ってくれているんだろうな、きっと。

 僕たちはメアリさんとシオウさんに深く頭を下げ、一度ザックス商会を辞去した。通信機で連絡することも出来たが、やはりギルドに戻って直接皆に報告したかったからだ。マルクさんはギルドが帰る場所なのだし。

 ギルドには、ヘイスティさんを含め全員が待機していた。鍛冶道具の移動は無事に終わったらしく、倉庫として使われている部屋に一式全て置かれていた。またすぐ運び出すことにはなるだろうが。

 容疑者を病院に運んだところまでは、マルクさんが連絡していたのでこちらで話す手間が省けた。僕たちは、その後容疑者が死亡したものの、ザックス商会がこの結果で依頼完了としてくれたことを報告、ヘイスティさんはそれを聞いて、何度も僕たちに感謝の言葉を述べてくれた。

 容疑者が残した、星の導きを、というワードについては、ここにいる皆も聞いたことがないらしい。ギルドは色んな筋の情報が入るし、誰かが知っているかもと思っていたのだがそんなに甘くはなかった。

 ただ、ローランドさんは難しい表情をしながら、あくまで穿った考えだがと前置きした上で、


「もしも巨大な裏組織が存在するのだとすれば……狙いがザックス商会だったとは思えん。そこを足掛かりに、もっと大きな何かを引き起こすつもりだったのかもしれんな」


 と、自身の推測を話してくれた。もっと大きな何か。マギアルの一件といい、今回の事件といい、薄気味悪い感じがするのは確かだ。ローランドさんの推測は、頭の片隅に入れておくべきだろうな。

 とりあえず、事件の報告についてはそこまでにして、僕とセリアはヘイスティさんをザックス商会へ連れて行った。ヘイスティさんはまだ疑いの眼差しを向けてはいたものの、メアリさんが全面協力をすると宣言し、欲しい材料や設備などを全て用意してくれることがあっさり決まった後には、その目は感謝の眼差しに変わっていた。二者のいがみ合いも、これで一件落着、かな。

 ヘイスティさんには、ザックス商会が所有している装備品の製造施設が一部貸し出されることになり、彼はすぐにでもと、従業員に案内されて施設へ向かった。他の従業員が、ギルドに運んでいた鍛冶道具もそちらへ搬入してくれるそうだ。十分過ぎるほどの報酬だろう。

 これで、ヘイスティさんの念願が、果たされる。そして、僕は新しい装備を手にすることが出来るのだ。


「ありがとうございました、本当に」

「いいえ、これも商売だもの」


 最初は、関わりたくないと思っていたけれど。

 最後にはこうして、握手を交わすことが出来た。

 ザックス商会という大きすぎる組織の、全てを理解できたわけではない。それでも、逃げることなく飛び込んでみて良かったと、僕は思った。





「いやー、色々あったけど、これでトウマの装備が無事に出来上がるのね」

「うん、楽しみだな。何日か掛かりそうだけど、待ちきれないよ」

「分かる分かる」


 夜のホテル。お風呂を済ませた僕たちは、ルームサービスのジュースとおつまみを楽しみながら、テーブルを挟んで雑談していた。

 昨日の狩りよりは、肉体的な疲れはなかったものの、イベントがいっぱい起き過ぎたので、精神的にはかなり疲労していた。まぶたが重い。

 

「……にしても。星の導きって、何なのかしらね」

「……うーん」


 死に際に呟かれた、謎の合言葉。今回だけでなく、マギアルのジョイ=マドックも同じ発言をしていたし、何らかの組織があるのはほぼ間違いなさそうだが。

 結局ギルドで話をしたときには、それ以上考える材料がなくて、推理を打ち切っていた。


「不謹慎かもしれないけどさ。ある種のカルト臭というか、そんな感じがしない? 合言葉を呟いて死んでいくくらいだもの」

「それは、あるかも。狂信的な感じ?」

「うんうん」


 星の導き。それを信じて悪事を成し、危機が迫ったときには組織を裏切らないため、死を選ぶ、か。……セリアの説にも一理ある。

 そういう組織がもし大きな事件を引き起こすつもりなら、かなりセンセーショナルなものになる気がする。人々の関心を嫌でも引き付けるような、大きな事件だ。ローランドさんも、そこまで考えを巡らせていたのかもしれない。


「……待てよ」


 そう言えば。僕たちしか持っていない情報がある。セントグランに到着し、案内された王城の中で。


 ――国王様の暗殺を企んでるヤツがおるかもしれへんってことらしくて。


「国王様の、暗殺……」

「と、トウマ。それって……」


 確証はない。ないけれど、有り得ない話ではなかった。国王様が病に倒れている状況下、グランウェールで暗躍する闇の組織。その目的が国王様の居場所を探し当て、殺害することだったとしたら……。


「遺体はグランウェール軍が引き取ることになるし、単なる可能性だとしても、伝えておくべきだろうね」

「それがいいと思う。何だか怖いもの」


 僕たちに思いついて、軍の人たちに思いつかないわけはないだろうけど。言わないよりは、言っておいた方がいいだろうな。万が一ということもある。


「でも、研究所の一件は王様と結びつきそうにないわよね」

「まあね。……目的が他にも色々ある。そういうことだとしたら、もっと怖い」

「……ええ」


 グランドブリッジでも、人の抱える悪について考えさせられたが、裏組織があるのだとしたら、まさにそのもの、という感じがする。……悔しいが、僕の手に負えるものではないだろうな。

 魔王を討伐することで。悪しき力が弱まって、少しでも。人の心に住まう悪を減らしたい。そこからは、もっと大きな組織間での問題だ。平和を祈って、僕たちは託すことにしよう。

 適当なところで雑談を終わらせて、寝支度をする。そして僕とセリアは、不安から逃れるように、眠りの中へ落ちていくのだった。

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