4.原石の洞窟
マギアルを出発して、道なりに歩いていくことおよそ三十分。やや南下しつつ、東へ向かって伸びていた道は途切れ、その先には自然の壁がそびえていた。
元は山のように隆起していたのが、この周辺だけ地震か何かで削れたのだろう、二十メートル以上はある岩壁の上部には、木々が生い茂っているのがここからでも分かった。
スケイル鍾乳洞の入り口は、その岩壁にあった。大きく裂けたような穴が壁に開いており、そこから入っていくようだ。現在でも魔石のためにか、ここへ入る人がいるようで、マギアル製らしき電灯が一定間隔で壁面に取り付けられていた。
「中は広そうだけど、電気がついてたりするなら探索はしやすそうかな?」
「うん。どこまで工事されてるかは問題だけどね。最後まで人の手が加えられてるなら楽かな」
かなり規模はありそうだし、ひょっとしたら未踏の場所なんかもありそうだ。そういうところがあれば、魔石も眠っていそうだけれど。
僕たちは、岩壁の裂け目に入っていく。スケイル鍾乳洞、探索開始だ。
「セリアって、お金になりそうなアイテムは大体分かる?」
「うーん、薬の材料になるものなら、お祖母ちゃん情報で分かるけどね。それ以外となるとあんまり」
「素材の価値とかも分かるようになりたいな。そろそろ資金もなくなるから、稼ぎつつの旅になりそうだし」
「そういう書籍を買ってみるのもいいかもねー」
確かに、魔物図鑑があるなら、素材をまとめた本だってあるだろう。セリアの言う通り、買っておいた方が今後の役に立つかもしれない。
電灯のおかげで、洞内は比較的明るい。セリアに光魔法を使ってもらう必要もなく、さくさくと進んでいけそうだった。
地面や壁には、所々に鉄鉱石などの原石が顔を覗かせていた。殆ど埋まっているため、こういうものは採掘できないけれど、半分くらい露出しているものなら、剣で砕いて手に入れることはできそうだ。価値のありそうなものがあれば、魔石とは別に採掘していくとしよう。
鍾乳洞、というだけあって、天井には鍾乳石がちらほら見え、そこから周期的に水滴が垂れている。ノナクス廃坑の奥地でも似たような光景はあったが、この鍾乳洞はそれをより広く、より綺麗にしたような感じだ。地面を踏むと、湿り気を感じるところもあって、進んでいくほどに肌寒くもなってきた。
「……おっと、魔物かな」
「そうみたいね」
奥の曲がり角から、物音が聞こえてくる。武器を構えて待っていると、大きなコウモリが二匹、バサバサと翼をはためかせながら飛んできた。一メートルほどはあるし、まず間違いなく魔物だ。
「バットだわ。血を吸われる上に毒もあるから、噛みつかれないよう注意して!」
「分かった!」
バットの方も僕たちの存在には気づいていたようで、瞬時にこちらへ飛びかかってくる。だが、そのスピードも補助魔法をかければすぐに上回れる程度だ。このくらいの魔物なら、さほど苦戦はしない。
囮のように素早く二匹の間に割って入ると、噛みつき攻撃を難なく躱しつつ、僕は一匹を両断した。その直後に、セリアの雷魔法が後方から飛んできて、残りの一匹を黒焦げにする。ものの十秒ほどで決着がついた。
「うんうん、戦い慣れしてきてるわねー」
「だね。純粋に能力が上がってるのもあるだろうけど」
「試作品で強さを測ってもらったら、コーストフォードのときより強くなってるかなあ」
「何たって、魔皇を倒してるし。結構上がってるんじゃない?」
「だといいな」
セリアは嬉しそうに杖をくるくると回す。まるで無邪気な子どものようだ。
バットの牙は薬の材料になるらしいので、剣を使って取らせてもらう。こういう作業の方が、慣れていない分難しい。羽も用途はあるらしいのだが、一つ一つが大きいし今回は取らないでおいた。
「……でも、ちょっと気になるな」
「んー?」
「マギアルでは、若者が魔物に襲われて亡くなったり、行方不明になったりしているって学生に聞いたよね。それなのに、鍾乳洞に入るまでは魔物なんて出なかったし、出てきたかと思えば弱い魔物だったし……今みたいな魔物にやられてしまう若者が何人もいるっていうのが、ちょっと納得しかねるんだ」
「んー、そう言えば今のバットも、飢えてるというより縄張りを守ろうって雰囲気だったものね。奥には飢えた魔物がいるのかもしれないけど」
「うん。その可能性もあるから、絶対におかしいとまでは言えないけどさ」
あくまでも、現段階での違和感だ。ただ、魔物の数はそんなに多くない。夜に街から遠く離れるとか、そういう危険な真似をしない限り、命を落とすようなことにはなりそうもないのだが。
天井から垂れる尖った鍾乳石に気を付けながら、慎重に進んでいくと、やがて開けた空間が現れる。そこは、コウモリたちの溜まり場となっているようで、視線を天井に移すと、無数の黄色い光が見えた。コウモリたちの双眸だ。
「わあ……魔物化しているのは少ないと思うけど、これは怖いな……」
「さっさと通り抜けたいけど、通って大丈夫かしら、これ……」
天井までは五メートルほどあるし、気配をなるべく殺して進めば、コウモリたちも敵対してはこないと思いたい。問題は、魔物化した奴が僕たちを敵とみなして、周囲のコウモリを統率して襲ってきたときだな。それは最悪のパターンだ。
意を決して、僕たちは身を屈めながら広場を通り抜ける。キーキーというコウモリの音が背筋をゾクリとさせたが、我慢して忍び足で歩いていった。
「……ふう」
「何とか無事にいけたわね……」
奥の通路まで辿り着いた僕たちは、互いに安堵の息を吐き、冷や汗を拭う。実際のところ、あの群がまとめて襲い掛かって来ても苦戦はしないだろうが、鳥肌が立つくらい気持ち悪い思いをするのは嫌だった。
「魔物が増えた影響で、人が寄り付かなくなってコウモリたちの棲み処になっちゃったのかなあ」
「そうかも。あそこにも電灯はあったし、採掘が行われてたときは、あんなにコウモリはいなかっただろうね」
しかし、人が寄り付かなくなったのなら、魔石が生成されている可能性も高い。チャンスだと前向きに捉えておくとしよう。
それから、しばらくは一本道が続いた。途中何匹かバットやワームといった魔物が現れたが、今の僕たちにとって敵ではなく、初級スキルどころか剣の一振りで戦闘終了になることすらあった。
小さくて価値のある戦利品だけを収集しながら、僕たちは更に深く潜っていく。探索を開始してそろそろ三十分、電灯はまだ取り付けられているものの、入口付近よりも壁や天井がゴツゴツしており、整備の行き届いていない奥地までやって来たのが分かる。
「あ、これって魔石かな?」
セリアが壁の一点を指差す。そこには赤っぽい小さな鉱物が埋まっていた。
「うん? ……どうだろ、宝石っぽいけど魔石じゃあなさそうだな。ほら、エリスさんは独特の紫色をしてて、一目で分かるって言ってたし」
「違うかあ……。でも、宝石なら取っておきましょ?」
高値で売れるかもしれないし、その意見には賛成だった。サイズも小さめなので、剣で周囲の岩を削るとすぐに引っこ抜ける。手に取って確かめてみると、表面はざらざらしているものの、その内側には仄かな輝きがあった。
「赤いし、ルビーとかガーネットとかかな」
「かな? 私、宝石は詳しくないなあ、身に着ける機会も欲もないや」
「身に着けてみたいってのもないんだ?」
「まあ、キラキラしたものつけてもなあって、私はね」
女の子はだいたい、そういうものに憧れを持っているかと思っていたけれど、セリアはそうでもないようだ。まあ、結局はその人に何が似合うか、というところではあるものな。彼女はそういうものよりも自分に似合うものが別にあると考えているわけだ。
宝石があるなら魔石も埋まっているかもしれないと、僕たちは周囲を注意深く確認していった。すると、小さいながらもルビーやサファイア、エメラルドらしき原石が幾つか発見出来た。いずれも取れる深さにあったので、剣で周りをくり抜くようにして手に入れる。この世界で宝石にどれくらいの価値があるかは知らないが、こういうものはきっと希少だろうし、それなりの値段で売れるはずだ。
「お目当ての魔石はないけど、思わぬ副産物ってところかな」
「そうねー。財布はトウマに任せてるけど、結構寂しくなってるんでしょ」
「まあね。これなら魔物の素材よりかはお金になりそうだよ」
全て小ぶりなものだが、合わせて五つの原石を採取することが出来た。赤や青、緑と色とりどりだ。無くさないよう、大切に鞄の中へしまいこんでおく。
「……うーん。とりあえず宝石はこのくらいにして。どうもここが最奥地みたいだよね」
「これ以上道はない感じよねー。ただ、崩れて道が無くなってるだけかもしれないけど」
「ああ……あり得なくはないかも」
電灯の取り付けられ方について、ほんの少しだけ気になっていたのだが、右側だけ最後の一個がない。その代わりに、突き当りに電灯が一つ取り付けられていた。
考えられるとしたら、右側に道があって、それが埋もれてしまったという仮説だ。
「セリアは勘がいいし、一つ試してみますか」
「お、よろしくっ」
僕は腕まくりして、電灯のついていない壁と相対する。そして精神を集中させ、武術士のスキル、四の型・砕を発動した。
ドオォン、という轟音とともに、拳をぶつけた壁面が粉砕される。辺り一帯が大きく振動し、砂埃が立ち込めたが、それが消えたとき、壊れた壁の向こうには道が現れていた。セリアの予想通りだ。
「いえい! やっぱり奥があったのね」
「ふふ、信じてみるもんだ」
「大船に乗ったつもりでいなさい」
当たった途端に誇らしげになるのだから、調子のいい子だ。憎めない性格なんだよなあ。
さて、塞がれていた道は解放されたものの、電灯の電力供給は途絶えてしまっているようで、奥は一切の光が無く、真っ暗な状態だった。ここからは、セリアに光魔法を使ってもらう。
壁の凹凸は、下手にぶつかれば裂傷になりそうなほど突き出ている。ここまで採掘に来るひとが滅多にいなかったので、全くと言っていいほど手付かずなのだろう。最低限、電灯だけはつけていたという感じだ。鍾乳石も、細長いものが何本も天井から垂れていて、左右へ避けながら歩いていく必要があった。
道幅も天井も、進むほどにじりじりと狭まっていく。塞がれてはいたものの、ひょっとするとこのまま行き止まりになってしまうのでは、と思い始めたちょうどそのとき、急に視界が開けた。さっきコウモリが集まっていた場所のように、ここにも大きな空間があったのだ。
ザリ、と硬いものを踏んだ音がする。地面を見やると、そこにはコウモリのものと思わしき骨が。そのまま視線を前方へ動かしていくと、他にも沢山の骨が転がっているのが目に入った。
「……っ?」
一瞬で危険を察知する。いや、それでも遅い方だった。この鍾乳洞の最奥地、暗闇の空間には、巨大な支配者が君臨していたのだ。
「トウマ……あれ!」
見えている。というよりも、もうすでに敵のテリトリーへ入ってしまっている。そいつは緩やかな動作で体を起き上がらせると、顔らしき部分をこちらへ向けてきた。
「……巨大な、ワーム……」
セリアが呟く。差し詰めビッグワームと名付けられているのだろうか、全長十メートル以上はありそうなワームがそこにいた。胴回りもかなり太く、その光沢から硬質であることが見て取れる。
通常ならば顔にあたる部分には、ばっくりと開いた大きな口があり、口の周りはギザギザの歯がノコギリのように並んでいる。想像したくもないことだが、食べられてしまったら一貫の終わりだ。
地面に散らばる骨の数々は、このワームが食糧にしたコウモリの残骸なのだろう。器用に骨だけは吐き出す、というわけか。僕たちも一歩間違えれば、骨だけにされてこの骸たちの仲間になる……。
「……やれる?」
「も、もちろん。トウマとだったら怖くなんかないわよ」
「ふふ、嬉しい台詞だ」
今の言葉で気合が入った。さっきまでのバットたちとは格の違う相手だが、僕たちなら絶対に倒せる。まだこの場所で大人しくしているけれど、いつかはマギアルまでやって来て人々を襲うかもしれないし、ここで倒しておかなくては勇者の名が廃るというものだ。
「よし、戦おう!」
「りょーかい!」
魔石採掘はひとまず置いておく。目の前の大きな障害を、乗り越えなければ。
僕たちは武器を取り、不気味に蠢くビッグワームと対峙した。
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