5.それは全てを呑み込むような
ビッグワームは長い身体を大きくくねらせ、僕たちを取り囲むように素早く移動してきた。僕はそれよりも速く移動できるが、セリアは無理だ。僕は咄嗟に補助スキルを積み、セリアをお姫様抱っこして、離れた場所まで跳躍した。
「きゃっ! び、びっくりした……」
「ごめん、ごめん」
「ん……ありがと」
「どういたしまして」
スネークと戦ったときもそうだったが、この系統の魔物は非常に素早いし、動きが読み辛い。油断するとぐるりと囲まれて締め上げられたり、最悪喰らいつかれる危険性が高かった。セリアが安全な位置から支援できるよう意識しておく必要がある。
「――レイズステップ」
僕は自分自身と、それからセリアにもバフをかける。思えば自分以外に使ったのは初めてかもしれない。あまり必要性を感じなかったこともあるが、周りが見えていなかったせいもあるだろう。今回はそうはいかない。
「わー、軽い!」
補助魔法の新鮮な感覚に、セリアは面白がってちょこまかと走り回っている。あんまり変な動きをすると、狙われやすくなりそうなのだが。まあ、僕がそれ以上に相手の注意を誘えばいいだけか。
僕は補助魔法と別に、武術士の七の型も発動させて、超速状態になる。いくらビッグワームが素早く這いずってきたとしても、こちらの速さには勝てやしない。尻尾を使った横薙ぎの一撃をジャンプして避けると、その尻尾の上に乗って、体を駆け上がっていく。
「――無影連斬」
口元まで上りきると、僕は剣術士のスキルで斬りかかった。剣がワームの皮膚にぶつかる度に、鍔迫り合いのような金属音が響く。こいつの表皮はやはり、鉄かそれ以上に硬いようだ。傷を付けられない。
「――フリーズエッジ!」
後ろから強襲するセリアの水魔法も、ビッグワームの硬質な皮膚に防がれ、バラバラと砕け散る。このまま闇雲に攻撃をしても全て弾かれるだろうし、何か策を考えないとどうしようもないな。
敵の巨躯は、この空間の半分以上の長さはあるため、尻尾を大きく振り回されると、跳び上がらなければ避けることが困難だ。セリアも攻撃を警戒してはいるが、逃げ場の少ない現状では上手く避けられるかが心配だ。
ビッグワームが僕に向かって尻尾を振り回してくる。その準備動作で尻尾はセリアの鼻先を掠めるような軌道を描いた。何とか躱してくれたが、彼女に素早い回避行動は難しいだろう。なるべく危険が及ばないようにはしたい。
「――砕!」
薙ぎ払われる尻尾を避け、破壊の拳を放つ。しかしそのスキルも、ビッグワームの皮膚に僅かなヒビを入れることしか出来なかった。これだけ大きな相手に、何度も同じスキルを同じ場所に与えるということは難しいし、蓄積ダメージで皮膚を砕くというのは現実的ではなさそうだ。
となると――策としては、やはり内部になるか。
「セリア!」
僕はセリアの近くまで高速で移動すると、もう一度彼女を抱きかかえ、広場内を駆け回る。
「ど、どしたの?」
「いや、ちょっと作戦会議。動きながらじゃないと危ないからさ」
「は、恥ずかしいんですけど」
「我慢して」
尻尾の叩きつけをすんでのところで避けつつ、僕はビッグワームの内部を叩く作戦について説明する。ことは単純、あの口の中を狙うだけだ。問題となるのが喰らいつかれるという危険性なのだが、一瞬でも動きを封じられればクリアできる。
「一度試してみますか」
「頼むよ」
セリアは僕に抱えられたまま、杖を構えてビッグワームに狙いを定める。そして初級の雷魔法を連続で放った。一発、二発、三発、四発――幾つもの雷光がワームの口元に飛んでいき、その内の一発が見事に口腔を直撃すると、奴は口を大きく開いたまま、感電して体を痙攣させた。体内への雷魔法は効果抜群のようだな。
今のはあくまでも初級魔法、エレクだったので、ビッグワームはほんの二秒ほどしか隙を作らなかった。出来ることならあと二、三秒は硬直時間がほしい。次は中級魔法を飛び込ませたいところだ。
「よし。じゃあよろしく!」
「大船に乗った気持ちで!」
さっきと同じ台詞を元気よく言ってくれる。ならば言われた通り、僕は安心して自分の役割を果たすことにしよう。
ビッグワームは尻尾を振り回したり、大口を開けて丸呑みしようとしてきたりを繰り返していたが、僕が捕まらないことに苛立ったか、攻撃方法を変えてきた。体内に岩石を呑み込んでいたようで、その岩石を勢い良く吐き出してきたのだ。それは予想外の攻撃だった。
「うおっとと」
飛来する岩を躱し、後方で砕けた破片にも当たらないよう体を動かす。岩の中には鉱物も混じっていて、弾け飛んでくるそれは、まるで鋭い刃の破片のようだった。もしかすると、ビッグワームの皮膚はこういう鉱物を摂取しているからあそこまで硬化しているのかもしれない。まあ、生態についてまるで知らない素人の考えだが。
「――震!」
僕は拳に魔力を結集し、大地を打ち抜く。魔皇アギールの使っていた、武術士の第九スキルだ。地響きとともに地面が隆起し、何本もの柱が出来上がる。それがビッグワームの動きを制限した。
「行くわよ――チェインサンダー!」
突然現れた自然の障害物に混乱状態だったビッグワーム。その口内にセリアの雷魔法が飛び込んでいった。それは忽ち全身に奔り、バチバチという凄まじい音を発しながら、ビッグワームに多大なるショックを与えた。
動きを止めたビッグワームの口の中。正面から見るのは気持ち悪いが、そこは我慢だ。剣を真っ直ぐに構え、全力で、振り下ろす。
「――大牙閃撃!」
二対の巨大な牙が如く。二つの斬撃はビッグワームの内部を斬り裂いていく。その軌跡は内側から、硬い皮膚も貫通して、洞窟の天井までもゴリゴリと削っていった。
尻尾の先まで綺麗に裂かれたビッグワームは、大量の血液とともにどちゃりと嫌な音を立てて崩れた。その骸は、三枚下ろしにされた魚のように斬り離され、内臓が散り散りになっていた。
「……一丁上がり、と。しかし衝撃的な姿になってしまった……」
「お疲れ、トウマ!」
セリアがハイタッチを求めてきたので、手を上げて受け止める。パチン、と小気味よい音が鳴った。
「巨大化した魔物の中でも、一段と大きいと思うわ。こんな魔物でも倒せちゃうなんて、ホント成長したなあ……」
「喜ばしい限りだよ。連携も上手くいったし、いいコンビだよね」
「もちろん。私たちが良いコンビじゃなかったら、世界は救えないわ」
「はは、言えてるけど」
改めて、ビッグワームの亡骸を見る。これまでに戦ってきた魔物の中で一番の大きさを誇る敵には違いなかった。こういう強敵を、大技で以って倒すというのは、特別爽快だな、と思う。最後の一撃が決まった瞬間の興奮は内心、凄まじいものだった。
「……ん?」
死骸の真ん中あたりまで目をやったとき、そこにキラリと光る何かがあった。ワームが呑み込んでいた鉱物のようだ。一体何の原石だろうか。
「……あれ、これって……」
「どしたの?」
セリアも近づいてきて、僕のすぐそばまで顔を寄せてくる。少しばかりドギマギしつつも、僕は鉱物を拾い上げた。
紫色に妖しく光る、丸い鉱物。
「もしかしなくても、これ」
「……魔石よね」
小指ほどのサイズではあるけれど、この紫色の輝きは、間違いない。僕たちが探し求めていた魔石だ。
まさか、魔物の体内から見つかるとは……意外だったけれど、これで目的は完遂出来た。血眼になって探す羽目にならなかったのが助かったくらいだ。
「ラッキーだったなあ……それに、宝石っぽいのもさっき吐き出してたし、まだもうちょっとお金になるものが拾えそうだ。ビッグワーム様々って感じだね」
「ふふ、稼げるときにはしっかり稼いでおかなきゃね」
二人して、ニヤリと笑う。それから十分間、手分けして広場内を調べ回った結果、魔石が見つかることはなかったが、宝石らしき原石は幾つも手に入れることが出来た。上々の収穫だ。
「ふう。粗方収集は完了したかな。もうそろそろ夕方になるし、マギアルに帰るとしようか」
「賛成ー。頑張ったらお腹が空いちゃったしね」
頑張っても頑張らなくても、しょっちゅう空腹を訴えているような気はするが、まあそういうツッコミは無しにしておこう。僕もお腹は空いてるし。
……それにしても。ここまでやって来て、魔物の体内からしか魔石が手に入らなかったということは、よっぽど希少な物になっているんだろうな。それをザックス商会がほぼ独占しているというのだから、なるほど厄介な問題だ。魔石を必要とする製造者だけでなく、造られたものを使う戦士たちとの間でも、揉め事が発生しかねないような気がする。ジェイクさんの懸念が杞憂ならばいいが、どうなることやら。
魔石問題は気になるけれど、僕たちにどうこう出来ることではない。今はとにかく、マギアルに戻ろう。
帰り道、鍾乳洞の壁や天井に、それとなく注意を払いながら歩いていく。やはり、魔石のような色合いの輝きは、全くどこにも存在しなかった。
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