2.星の見えない夜に


 時計の針が六時を指したので、僕たちはそろそろ晩ご飯を食べに行くことにした。宿以外は全て大型の商業施設内に収まっているため、まずはそこへ向かう。入口には大きな看板で、マギアルマーケットの文字が表示されていたし、建物の上部にはネオンサインまであった。僕でもそこそこ感動してしまうほどだから、セリアが受けた衝撃は凄まじかっただろう。これが現実の光景なのかと疑っているような様子で、忙しなく視線を動かしていた。


「お店って、こんなにも大きく出来るものなのね……」

「人口に見合ってないような気はしちゃうけど、うん。それでも凄いね。大抵のものはここで揃っちゃいそうだ。生活する上では、便利だと思うよ」


 ご丁寧に、入口には各フロアの店舗配置図もある。食品売り場から工具売り場、それに装備売り場まで。需要の多寡に関わらず、色々なお店が入っているようだった。

 一番上の階がレストランが集まるフロアになっているらしい。五階なので、頑張って階段を上らなくてはならない。きっと、エスカレーターやエレベーターがこの世界に誕生するなら、それはここからだろうなと思いつつ、僕とセリアは何とか階段を上りきった。


「ほー、食事処だけで四店舗もあるんだ」

「僕はこの世界の料理の違いとか分かんないから、セリアの好みで選んでよ」

「もちろんっ。と言っても、私も美味しいものが好きなだけで、違いは分かんないんだけどね」


 そう言いながら、セリアは店舗案内を食い入るように見つめる。リューズの郷土料理というのがあるが、白ご飯に焼き魚、味噌汁といった純和風な定食のようだ。何度か聞いてはいるが、リューズ共和国はやはり日本と文化が似ているらしい。あとの料理はどうしても違いが分からなかった。


「……たまにはこういうのにしますか」


 僕がリューズ料理に目を奪われていると気づいたのか、セリアはそのパネルを指差した。完全に見透かされていてドキリとする。


「セリアはいいの?」

「というか、私を何だと思ってるのよ。こういう料理ももちろん大好きです」

「あ、あはは……ありがと。じゃあ、そこにしようか」


 そういうわけで、僕とセリアはリューズ料理のお店に入ることにした。

 店内は木目調の床と壁になっており、席は掘りごたつ式だった。造りから拘っているなと感心しつつ、案内された席に座って、僕たちはメニューを選ぶ。


「魚とか山菜がオススメですって。どうしよ」

「山菜を混ぜたご飯とか、美味しそうじゃない?」


 セリアはあまりリューズ料理を食べたことがないらしく、どれにしようかとしばらく迷っていた。結局、定食に小鉢を幾つか単品で注文して、二人で分けることになる。


「はいはい、お待たせしました」


 年老いた女性の店員さんが、料理を運んでくる。どうもお店はこの人が一人で切り盛りしているようだ。この時間帯に客の姿がないことからすると、あまり繁盛してはいないのかもしれない。まあ、他のお店もそこまで入りは良くないようだが。


「お若いのに、こんなところまで観光ですか?」


 定食のプレートをテーブルに乗せながら、お婆さんは僕たちに訊ねてきた。旅先でお店の人に話しかけられたのは初めてだ。僕は何となく、イストミアの食堂で話したハンナさんを思い出した。セリアも同じのようだ。


「僕たち、勇者と従士なんです。魔王討伐のために旅をしてて」

「おやまあ、そうでしたか。平和のために危険な旅をしてくださるなんて、ありがたいものです。応援しておりますよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです。これからも頑張りますよ」


 僕が答えると、お婆さんは深い皺の刻まれた顔を綻ばせた。


「……ところで、ご存知かは分からないんですけど、この街で魔法を道具にする研究をしてる施設ってあるんですか?」

「ああ……マドック研究所のことですかねえ。マギアルの中でも比較的大きな研究所だから、どこにあるかはすぐに分かると思いますけれど」

「マドック研究所……街では有名だったり?」

「ええ、ええ。街の設備も幾つか、あそこの研究所から生まれてますからねえ。街の人で知らないとはいないと思いますよ」

「そうなんですか……ありがとうございます」

「いいえ。それでは、ごゆっくり召し上がってくださいね」

「美味しく食べさせてもらいますー」


 お婆さんは、セリアの言葉を聞いて嬉しそうに戻っていった。客からそういうことを言われたのが、久しぶりなのかもしれない。

 いただきますと合掌して、料理を賞味する。今日はセリアも僕に倣って手を合わせてくれた。僕のいた世界の文化に慣れるため、だそうだ。

 それと、この世界に箸が存在していることはちょっとした発見だった。リューズでは箸で食べる文化が根付いているようで、それも日本というか、アジア圏と類似していた。


「食べにくいかと思ったけど、案外いけるわね」

「それは良かった。スプーンとかフォークとかとは全然勝手が違うだろうけど、上手く使えてるよ」

「ふふん、そうでしょ」


 実際、どこかで使ったことがあるんじゃないかと思うほど、セリアは箸を上手に使って料理を口に運んだ。それが手先の器用さなのか、別の何かなのかは、気になるところだが。

 ……僕も、箸は久々に使ったな。洋風の文化にどっぷり浸かった感じだったけれど、こういう場所で、こういう食事をすると、何だかとても落ち着くことが出来た。

 懐かしさのある料理の数々に満足して、僕たちはお婆さんにお礼を言い、勘定を済ませて店を出た。ついつい長居してしまったので、時刻はもう夜の七時過ぎになっている。

 施設内の窓から外の景色を眺めれば、夜の闇を人工の光が払っていた。眩しいくらいに。

 眠らない街、とまではいかないだろうが、この世界の中では夜空に浮かぶ星々が見え辛い街だろうな、と思う。

 マーケットを出て、僕たちは夜の街を、宿を目指して歩く。その道すがら、ふと案内板が目に入ったのだが、現在地の近くにマドック研究所の名前があった。今日の所は訪問するつもりもないけれど、付近にあるのなら、迷わず到着出来るよう場所くらいは覚えておかなくては。


「……明るい街だよねえ」


 セリアがぽつりと呟く。街灯が数メートル置きに立っている光景なんて、見たことがないのだ。建物も狭い間隔で並び、窓からは明かりが漏れているし、明るい街というコメントが出るのも頷ける。


「思えば、明かりを点けてるエネルギーってどういうものなんだろうね」

「気にしたことはないなあ。風力とか水力とか、聞いたことはあるけど」

「ふむ、そういうのはあるわけだ。……ここのは大量に消費されてそうだけど、何で賄ってるのやら」


 危ない動力だったりしなければいいのだが、はてさて。

 

「ね。トウマがいた世界って、こんな風に夜でも明るいの?」

「まあ、僕のいたところはね。都会だと大抵はこういう雰囲気かな」

「そっか。似てるってだけではあるけど……私がそっちの世界に行けたみたいで、ちょっと嬉しいかも」

「……何だそりゃ」


 星の少ない空を見上げて、セリアは微笑する。月の光に照らされた彼女の横顔は、少しだけ大人びているように映って。


「知りたいんだってば、トウマがいた世界のことも……トウマのことも。それが、従士としてのお勤めです」

「お勤めって大げさな。……まあ、そう言ってくれるなら」


 こうして元の世界の暮らしを懐かしむ日があっても、それはそれでいいかもしれない。

 辛い思い出としてでなく、セリアとの思い出として上書きしていけるとすれば。


「……さ、帰ろうか」

「うん。少し寒くなってきちゃった」


 明るい夜を、二人で往く。

 それはとてもロマンチックな時間じゃあないかと、我ながら思うのだった。


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