七章 紛い物の揺り籠

1.学術の町


 僕たちの進む道が、少しずつ人工的なものへと変わっていく。

 この世界では珍しい、アスファルトで固められた綺麗な道路だ。

 両脇にはガードレールのような柵もあって、そこだけを見れば僕のいた世界に似ているような印象もある。

 けれど、その上を走るのは中世風の馬車であり、遠くに映る景色は牧歌的なものだった。

 魔法と科学。一見相容れないようなものが混在する場所。

 研究都市、マギアル。

 僕たちの乗る馬車は、順調にその街を目指していた。

 もうそろそろ、到着する頃合いだ。


「また眠くなってきちゃったなー」

「ご飯食べた後だもんね。まあ、もうすぐマギアルに着くよ」

「みたいね。こんな道路、初めて見るわ」

「やっぱり科学とか工学とか、発達した場所なんだろうなってのは感じられるな」


 そんなことを思っていると、前方に建造物が薄っすらと見え始める。その姿も、想像していたものとほぼ同じで、近代的な構造だ。鉄骨や鉄筋コンクリートで造られた、頑丈な建物群。ここだけは、地球の都市を切り取って持ってきたのだとしてもおかしくない、そう思えるところだった。

 街の外周部分には壁のようなものなどないが、その代わりそこかしこに柱型の機械が並んでいた。勝手な想像だが、あの機械で侵入者の検知をしているのかもしれない。等間隔に並んでいることから考えると、少なくとも防御機構としての役割はあるように思えた。


「うわー……夢みたいな光景。私がさっき見てたのも、こんな感じだったかも」

「あはは。僕がいた世界も、こんな風にコンクリート壁の高い建物がずらりと並んでてね。マンションとかビルとか言うんだけど」

「どれくらい高いの? この街の建物くらい?」

「いや、そうだね。普通のマンションでもここよりは少し高いくらい。大きなものだと、五十階以上あったりもしたな」

「ご……じゅう? 聞き間違いじゃないわよね?」

「残念だけど本当」

「っはあー……」


 スケールが大きすぎて、セリアは頭に思い浮かべることも出来ずに溜息を吐いていた。まあ、ここですら世界の最先端なのだから、リバンティアに生きる人々にとって、五十階以上ある建物など考えも及ばないだろう。仕方のないことだ。

 そもそも、マギアルの建物は住居用として使われているものもあるが、半分ほどは工場や研究施設のように見える。都市が担う役割に合わせて、頑丈な建物が必要になったような感じだし、高さは求められていないのに違いない。

 これから発展していくのだとしたら、人口の増加に合わせて建物も高くなっていくだろうが、そうなるにはまだ時間がかかるだろうな。

 馬車は停まることなく、街の中へ入っていく。停留所が中にあるのだろう。入口にあたる道路には柱型の機械はなく、グランウェールの兵士が二名、きっちりと警備をしているのが見えた。


「すっごい、人工物ばっかり……」

「だね。他の街では自然が残されていたけど、ここは完全に開発されてる。道路沿いに植わっている木も、景観のために植えられた街路樹だ」

「がいろじゅ……そう言うんだ」

「うん。こういう風景を、リバンティアで目にすることになるなんてね」


 街は区画も綺麗に整備されているようで、道路は緩やかに曲がったりせず、直角に折れ曲がっている。横断歩道まではないようだが、もしあったとしたら現代の道路とほぼ遜色ない。走っているのは馬車や自転車だけれど、いつかは車やバイクが走る日が来るのかもと思わされた。ファンタジー世界とはいえ、有り得ない話ではない。

 道路を進んですぐのところで、バスターミナルのような停留所があった。馬車はそこへ進入して停まる。僕たちは御者のおじさんにお礼を言って、馬車から出てマギアルの地へと下り立った。


「よーし、到着! やっぱ馬車の旅は肩が凝るわ」

「こらこら、あんまり腕をぶんぶんしない」


 体が鈍ってしまうのは分かるが、街中でそういう仕草をするのは見ている方も恥ずかしくなってしまう。仮にも年頃の女の子なのだし。


「研究都市マギアル、か。……うーん、この街は今までとは全然雰囲気が違うし、色々見て回りたくなっちゃうわね」

「それには同感。僕としても、リバンティアでの最先端技術は見てみたいし。魔法を道具化する研究っていうのは特に気になるなあ」


 停留所に案内板があったので、確認してみるが、大小さまざまな工場や研究施設が軒を連ねている。世界中から人材や企業が集まってくるのがこのマギアルということなんだろう。協力関係もあれば、競争関係もありそうだ。


「えーっと。商業エリアはきちんと分けられてるみたい。早速宿とりに行きましょっか」

「了解。街に来たらまずは、だもんね」


 イストミアを旅立ってから、ウェルフーズ、ノナーク、グランウェールときて、もう四つ目の町だ。たった二週間ほどではあれど、僕たちはそろそろ旅の中級者といってもいいくらいな気はする。純粋に新しい地を楽しめるような余裕も出てきた。

 街は研究施設等が建つ、学術エリアが半分以上を占めている。そのエリアを突っ切るような形で僕たちは歩いていき、商業エリアへ向かった。

 学術、と名がついていることから分かるが、ここには専門技術を学べる学校もあるようで、白衣を着た研究員以外にも、学生の姿がちらほらあった。まさか実家から通っているわけでもないし、殆ど全員が寮暮らしなのだろう。まだ若いのに、見上げたものだ。

 ……僕は結局、元の世界ではつまらない学生だった。人との関わりが怖くて、自分から手を差し伸べることも出来ず、それが災いして忌避され、或いは嘲笑され。自分の行動がその結果に結びついていたことを理解してはいたけれど、どうしようもないじゃないかと一人、嘆いていた。

 明日花という最後の拠り所がなければ、本当に。僕は暗闇の中で、ただめそめそと泣き続けていたことだろう。

 今の僕はもう学生じゃない。隣にはセリアがいて、遠く離れていても多くの絆がある。

 何だか、学生だったころが懐かしいくらいだ。いつかは笑い飛ばせるようになればいいと願う、苦く切ない思い出。


「トウマ、ぼーっとしてる。懐かしんでるの?」

「ん……まあ、そんなところ。よく分かるね」

「そりゃあ、付き合いも長くなってきたし」


 まあ、期間としては長くなくとも、常に一緒にいるのだから中身は濃い、か。付き合いが長くなってきた、という台詞は嬉しいものだな。実際、互いに少しずつ、心を読めるようになってきた感じすらある。

 これからも、歩調を合わせて近づいていければいいな。


「……またかよ。今年に入ってもう十件目くらいじゃねえか?」

「ああ……兵士も警戒は強めているらしいが……」


 ふいに、道端で話す学生たちの会話が耳に入ってきた。声を潜めていることからして、明るい話題ではなさそうだ。僕は少しだけ歩みを遅らせる。


「魔物の溜まり場はここから遠いってのに、物騒なこった」

「行方不明になっている子もまだいるらしいしな……」


 どうやら、魔物による被害について話しているらしい。何人か襲われた人がいて、行方不明者も出ているということか。気になったので、僕は学生たちに声を掛けてみることにした。


「すいません、今の話聞かせてもらってもいいですか?」

「うん? 君たちは?」

「僕たちは、魔王討伐のため旅をしている勇者と従士です。魔物のことを言ってるみたいだったので、気にかかって」

「勇者? ……それ、コーストンの勲章か。凄え、本物の勇者様だ……」

「にしてはちょっと頼りないような……」


 丸眼鏡を掛けた方がそう言ったのを、背の高い方が注意する。


「おい、流石に失礼だろ」

「あ、すいません……」

「いや、頼りなく見えるのは承知してるんで、気になさらず」


 自分でそう言っちゃうのもどうかと思うが、まあ謙遜してしまう癖は直らないし、仕方がない。


「で……魔物の被害についてなんですけど」

「あ、はい。実は魔王が復活してからというもの、マギアルでは魔物に襲われて死亡したり、行方不明になる人が増えてまして。その大体が二十歳未満の若い人なんです」

「昔から、たまーになら被害はあったんですけど、やっぱり魔王が復活してからは多いですね。だから、俺たちの間でも怖いなって」

「はあ、なるほど……」


 若い人ばかりが狙われる、か。少し嫌な話ではあるが、魔物の食糧として、それくらいの年齢の人間が適しているからだろうか。確かにそういう事情であれば、学生たちが怖がってこそこそ話をするのも無理はない。


「街の周辺に魔物が集まる場所があるなら、僕たちが行ってなるべく退治したいところだけど……溜まり場は遠いって言ってたね?」

「そうなんですよ。まあ、遠くからわざわざここまで来てるのかもしれませんけど。だとしたら、よっぽど食糧難ってことだろうなあ……」

「飢えてるんだぜ、きっと。なるべく人気のないとこは歩かない方がいいな……」


 二人の学生は互いに頷き合う。まあ、身を守るためにはそうするのがベターだろう。


「教えてくれてありがとう。ここにどれくらい滞在するかは分からないけど、一度は魔物がいそうなところへ、様子を見に行ってみるよ」

「すいません、是非お願いします。不安で勉強も手につかないもんで」

「それは普段からじゃ……」

「うるさい。……ま、まあ頼みます」

「あはは、了解。勉強頑張ってください、お二人とも」


 情報提供に感謝し、笑顔で手を振って彼らと別れる。国が違っても、魔物の被害は変わらない。この地でも早く魔皇を討伐しなくては、事件は増え続けていくのだ。


「研究が主業の街だと、戦える人も兵士以外にはいなさそうだし、魔物が沢山出てきたら大変でしょうね……」

「ここにいる間に、出来る限りのことはしてあげたいな。魔物の巣窟を叩いて、出現数が減ればいいんだけど」

「ええ。やらないでいるより、まずはやってみましょ。少しでも被害が減ることを信じて」

「だね」


 とりあえず、マギアルでの目的が一つ増えた。勇者として、魔物被害はなるべく減らしてみせよう。

 それから、僕たちは道なりにのんびり歩き、商業エリアまでやって来た。流石に発展した街だけあって、お店も個人経営の小さなものではなく、複合施設になっている。ただ、一点に集中しているせいで、その大型店舗以外には、殆どお店はないようだ。こういうところは合理的に淘汰されてしまっているらしい。

 ホテルだけは、施設と隣接した場所に別で建っていた。多分、この建物がマギアル内で最も背が高い感じがする。人を沢山詰め込むために、ここだけは高さが必要だったというわけだ。

 他に安い競合店もなかったので、僕たちはそのホテルで部屋をとる。料金はそれなりに高く、もうそろそろ巾着袋の中身も寂しくなってきていた。今更ながら、勲章をもらったときに報奨金も貰えていればなあ、と悔やむ気持ちも湧いてくる。参加費の三フォンドだけでは、正直なところあまり足しにはなっていなかった。

 お金の問題はそれほど気にしていなかったが、その場その場で稼いでいたんじゃ余裕のなくなるときは出てくるだろうし、常に金策を考えて行動した方がいいかもしれないな。魔物の素材も、レアなものなら積極的に採っていこう。


「よし、活動拠点だー」


 三階にある部屋までやって来ると、セリアは鞄を床に下ろしてベッドに倒れる。まずはベッドに身を任せる、というのが恒例になってきているような。気持ちは凄く分かるけれど。


「今は二時過ぎだね。今日のところはどうしようか」

「んー、夕食まではゆっくりしたいかも。ご飯がてら、また近くの人から情報収集して、翌日に行動開始って感じでいいんじゃないかしら」

「おっけー。じゃあそうしよう」


 すっかりだらだらモードのようだし、無理に戦いへ出ることもない。今日一日は、ひとまず体を休めることにする。魔物が潜む場所の規模も分からない以上、焦っていくより万全の状態で臨むべきだ。

 僕たちは、陽が暮れるまでの間を部屋で過ごすことに決め、二人で雑談したり、ティータイムを楽しんだりするのだった。


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