9.グランウェールへと
「……と、言うことは。ゴヴァン氏が盗まれたオーパーツは、ウィーンズって名乗った謎の男が持ってったと」
グランドブリッジの詰所内。僕とセリアは、その応接室でニーナさんと三人、話し合っていた。僕たちが勝手な捜索行為をしていたことには目を瞑ってくれたものの、一部始終については詳しく説明してほしいということで、こうして差し向いに話しているのだった。
「はい。偶然続きだったので、信じてもらえそうにはないですけど。地下を見つけたことも、その少年に会ったことも、予想外だったというか」
「ま、その辺はええねんけど。……そっか、ウィーンズか」
「その子、自分でウィーンズの名前が有名って言ってたんですけど、ニーナさん知ってます?」
セリアの問いに、ニーナさんは僅かに眉を吊り上げて、
「ん。ぶっちゃけた話、ウチが視察に来た理由の一つに、グランドブリッジが狙われてるらしいて情報があってな。まあ上からのお達しやってんけど、それとなく警戒してたわけ。ウィーンズの名前は、まあそこそこ有名やとウチも思う。ウィーンズ盗賊団。世界中を股にかけて活動する一味で、そいつらは何故か一般人には価値の分からんものばかりを盗んでるとか……」
「まさにその通り、ですね」
「ウィーンズ盗賊団がここを狙う奴やったってのは考えてなかったなあ。スパイとか、テロリストとか、そういう想定はしててんけど。結局被害としては、コーストンの民間人の貴重品が一つってとこか」
「スパイやテロよりは全然いいんでしょうけどね。まんまとしてやられたのはちょっと悔しそうな」
「はは、バレた? そんな奴がおったんやったら是非とも捕まえたかったってのは思ったな」
かなり知名度のある盗賊団のようだし、捕まえたとしたら大きな手柄になる。ニーナさんとしては、逃げられて恥とするより、捕えて功績としたかったのだ。国を守る騎士なら当然の考えだろう。
「……けど、なあ。なんで地下に……」
「あの場所、何かあるんですか?」
「ん? ……いや、ただの非常用通路や。せやから不思議やなって」
「……なるほど」
一瞬だけ間があったような気がするが、突っ込んだ質問をするのは止めておいた。大げさだが、国レベルの機密でもあるのかもしれないし。
「まあ、盗賊が盗んでいったんやったらどうしようもないな。ゴヴァン氏にはそう伝えとくしかないか。ウィーンズの名前聞いたら、諦めてくれるやろ……多分」
「それならいいんですけど……何というか、気の重い話ですね」
「ここで起きた事件やからな。真摯に受け止めるしかないわ」
そう言って、ニーナさんは深い溜息を吐くのだった。
*
それから程なくして、グランドブリッジの封鎖は解かれる運びとなった。ニーナさんや兵士の説得で、ゴヴァンさんも何とか納得してくれたようだ。元々入手したルートも明らかに出来ないような物だったようだし、諦めるしかないと思ったのかもしれない。
せっかくだから、グランドブリッジを発つ前に、ニーナさんへ挨拶がしたかったのだが、どうやら後始末に忙しいようで、詰所に行くことも叶わなかった。その代わり、兵士の一人が言伝を引き受けてくれたので、僕たちはお礼と別れの言葉を伝えて、詰所を後にした。
宿をチェックアウトするときには、滞在客も半分以上が入れ替わっていた。いつのまにか、ソーマさんもいなくなっている。流離の人という雰囲気だったし、ふらりと消えてしまうのも頷けるが、一言告げることも出来なかったのはちょっぴり寂しくなった。
ジェイクさんは、ちょうどコーストンへ向かうところのようで、橋への扉を開けようとしているところに出くわすことが出来た。盗難事件の一部始終について軽く話すと、面白そうに聴き入ってくれた。
「では、君たちはあのウィーンズ盗賊団の頭に遭遇できたわけだ」
「あの若さで、リーダーなんですね……」
「そうとも。二代目の若き頭だ」
「二代目?」
「初代はね、ライン帝国で捕縛され、処刑されたんだ。確か、十年ほど前のことだったか。だから、再びウィーンズの名が巷に流れ始めたのは、センセーショナルなことだった」
「へえ……そうだったんですね……」
初代の遺志を継いだ若きリーダー、か。あの少年は背に、重たいものを背負っているわけだ。
「そんな人物がここにいて、商談相手が持っていた貴重品を盗んでいくとは、私も貴重な経験をしたな。いやはや、自分が盗まれる側でなかったのは幸いだ」
「ジェイクさんも貴重な物を持ってるんですか?」
「私の場合は、ザックス商会の商売道具だがね。特殊な品、と呼べるようなものはないよ。だからウィーンズ盗賊団も、こちらは狙わなかったのだろう」
「ははあ……」
「フ。……それでは、そろそろ出発させてもらうとしよう。次の商談が待っている」
「あ、引き留めてしまってすいません、ジェイクさん」
そんなことはないと首を振り、ジェイクさんは微笑んでくれる。そして、扉に手をかけてゆっくりと開いた。
「そうそう、最後に一つだけ。……君たちは、グランウェールに向かうんだね」
「ええ、そうですけど」
「ザックス商会は、近年また勢力を拡大し始めていてね。私が言うのもなんだが、厄介な問題も抱えている。勇者なら何かと頼られることも多いだろうが、巻き込まれないように気を付けてほしい。私としても、何事もないことを願っているよ」
「はあ……ありがとうございます」
「ああ。ではね」
軽く頭を下げ、ジェイクさんは外へ歩き去っていった。最後に不安な台詞を言い残していったが、それは僕たちを心配してのことだったのだろう。自分の所属する商会についてマイナスな情報を言うのは抵抗のあることだし、少なくとも僕たちか商会自体か、どちらかを心配する気持ちはあったはずだ。
ジェイクさんとも別れ、もう挨拶をする人もいなくなった。少しドタバタな滞在にはなったが、これでグランドブリッジともおさらばだ。国と国の境目という特別な場所で、こんなにも様々な人と出会うとは、思ってもみなかったが。
「僕たちも出発しようか」
「そうね。次の町までは二時間くらいみたいだし、まだ余裕はあるけれど、早めに着いておきたいわ」
「うん。マギアルって書いてあったけど、どういう町?」
「うーん、研究都市って呼ばれてるみたいだけど、私もそんなに。コーストンはそこそこ紹介も出来たけど、今後は私もトウマと同じような感じよ」
「異国の地、だもんなあ。了解、行ってみてからのお楽しみだね」
「魔法を道具にする研究をしてるのが、そこみたいだけど。前にちらっと話題に上ったやつ」
「ああ……それマギアルか。その研究成果も見れたらいいな」
「ねー」
この世界の科学技術がどれほどのものなのか、というのも知ることが出来そうだし、かなり興味はあった。研究都市……その内容によっては、滞在日数も延びるかもしれないな。
検問所で馬車のチケットが販売されていたので、二人分購入して馬車を待つことにする。朝一番の便はとっくに出てしまっていたため、次の便が来るまで三十分ほど待っている必要があった。到着予想は午後一時半。今回もお昼ご飯は買っておいた方が良さそうだ。
セリアは停留所のベンチに座っていたいようだったので、僕が買い出しに行くことになった。食堂まで戻り、テイクアウトがあるかどうかを確認して、専用のメニューを案内されたので適当に数点購入する。次の町に着いたらそこですぐに食事をとるかもしれないし、心持ち少なめに。
袋をぶら下げてセリアのところまで帰って来ると、たった数分外しただけなのに、彼女はベンチですーすーと寝息を立てていた。まあ、ぽかぽか陽気だから無理もないけれど。僕は起こさないようにそっと隣に座ったが、しばらくしてセリアは呻き声とともに目を開いた。眠そうな顔で長い間ぼーっとこちらを見つめてくる。
「お疲れかな」
「……ううん、大丈夫」
セリアは緩々と首を振り、けれど僕を見つめたままでいた。
「……変な夢を見た気がするなあって」
「ちょっとしか寝てなかったと思うけど」
「ま、そうだけどさ。……背の高い建物が、沢山ある夢」
「……」
それが、単なる夢なのかどうか。
確かめる術はないけれど、少しだけ何かを、信じたくなってしまったりする。
オーパーツを巡る一件が見せた、夢幻か。それとも……どこかに残る断片か。
世界の不思議。そう、不思議なことだらけだ。
本当に……。
「もうすぐ馬車が来るし、また一眠りしてもいいよ」
「そうするわ。やることもないし。……もう一回夢が見られるかもしれないし」
「そだね」
その夢の中で、何かが繋がることを、僕は少しだけ、期待する。
カタコトと、馬車が走ってきた。僕たちの前で停車して、乗せていた客を下ろす。
交代で僕たちが乗り込み、少しの休憩のあと、馬車は停留所を出発した。
遠くなる大きな架け橋を目に焼き付けて、僕は前を向く。
隣では、セリアがものの数分で、寝息を立て始めている。
新たな地、グランウェール。
僕たちの旅の第二幕が、始まろうとしていた。
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