8.ウィーンズ


「……よくこんな場所を探し当てたな」


 フードで顔を隠したその人物が発する声は、意外にも中性的なものだった。わざと声を低くしているけれど、どこか幼さの残る声、といった響きだ。体格も小柄そうだし、そこまで年齢は高くないのかもしれない。

 ただし、その声には貫禄というか、奇妙なプレッシャーがあった。闇に生きる者の纏うオーラというやつだろうか。

 僕は一瞬で理解する。犯人はこの人物だ。内部犯をいくら疑ったところで見つかるはずもない。このフードを被った人物が、地下を通ってやってきていたのだから。ミステリで言えば、それは反則級の事実だった。ノックスの十戒とかそういう類の。


「君は一体……」


 年齢が若いと予想をつけ、僕は目の前の相手を君と呼ぶ。フードの人物は小さく笑い、


「察しの通り。オレは盗賊稼業をさせてもらっている者さ」


 やはり、盗賊。オレというからには、彼は恐らく男なのだろう。僕たちと同じかそれより若く思えるが、年齢も判然としない。


「ゴヴァンさんの部屋から貴重品を盗み出したのは君ってことだね?」

「そういうこと」

「一体、何故」

「盗賊にそんなことを聞くとは。貴重品だからに決まってるでしょ」

「盗んだ物の価値を知っている……?」

「……さてね」


 一瞬だけ間があってから、彼は曖昧な答え方をした。その反応からして、彼は盗んだ品のことをある程度理解しているのではないだろうか。一般人が価値を測りかねる特殊な品であることというのは分かっていそうだし、それをあえて盗むということは、きっと何らかの意味がある。


「……はあ。しかし、こんなところで会うとはなあ」

「うん……?」

「君たち、勇者と従士だろ」

「そ、そうだけど」


 僕が答えると、フードの少年は面倒臭そうに溜息を吐いた。


「タイミングが悪かったか。……その正義感には感心するけれど、盗んだ品を返すつもりはないよ」

「どうしても、ですか」

「ううん。まあ、そうだな」


 返すつもりがないというなら、仕方ない。盗賊行為はどこの世界だって犯罪のはずだ。

 僕たちが取り締まっても何の問題もないだろう。


「……やるの?」

「僕たちとしても、盗品を返してもらわないとここから身動きがとれないからね。事件解決といきたいんだ」

「ハハ、それはご愁傷様だ」

「ご愁傷さまはそっちよ、ひっ捕らえてやるんだから」


 僕たちが剣と杖を抜くと、少年も得物を取り出す。ローブから出てきたのは、二対のダガー。両手でクルクルと器用に回し、それを逆手に持つ。……なるほど、実に盗賊らしい武器だ。

 少年は、武器を構えるや否や僕たちに強襲してきた。前口上もなしに来られるとは思っていなかったので、僕は慌てて防御の姿勢をとる。相手の動きは非常に素早く、こちらが剣を前に出したときにはもう目の前まで迫ってきていた。

 戦闘スタイルは完全にスピードタイプだ。両手に持ったダガーをまるで手の延長みたいに自在に動かして、連撃を浴びせてくる。流水刃を発動させ、何とかやり過ごすけれど、数秒間に十回以上は剣同士のぶつかる金属音が響いたのには恐ろしくなった。

 ただ――そこで何となく感じたのだが、少年の攻撃からはどうも殺気がないようだった。多分、彼は真剣に戦おうとしていない。

 ならば不意をついてやろうと、僕は癒術士のバフと武術士のバフを重ね掛けし、超スピードで攻撃を仕掛ける。ひたすら相手の背後に回り、剣を振るう。しかし、それらは二本のダガーによってことごとく退けられた。明らかにこちらを見ていないのにも関わらず、攻撃を受け流されたりもしている。


「――スパークル!」


 セリアの雷魔法にも素早く反応し、一気に後方へ飛び退いて電撃を回避する。バク宙で避けるなんて、トリッキーな奴だ。

 狭い廊下だし、公共の施設内ということもあり、大技は出し辛い。今は剣を振るより拳を使った方が有効だと考え、僕は武術士スキルで戦うことにした。剣技をフェイクに使い、僅かに生じた隙を狙って拳をねじ込む。目論見は案外簡単に成功した、と思ったのだが、拳が彼に触れようとした瞬間、彼の姿は視界から消え去ってしまっていた。


「な……?」

「……なるほど。とりあえずは順調、か」


 離れた場所から、彼の声がした。顔を上げると、数メートル先にフードの少年は立っていた。……いつのまに?


「トウマ、今あの男……消えたんだけど」

「……やっぱり?」


 ひょっとすると、彼はダガーを使っているものの、武術士スキルの使い手かもしれない。この戦いの中で、まだ攻撃スキルを放ってこないので、可能性はあった。だが、武術士の速度向上スキルを使ったのだとしても……速すぎる。盗賊稼業の中で磨かれた力とでもいうのだろうか。


「捕まったりはしないよ。……このオーパーツは、回収しないといけないものなんだ」


 そう言いながら、彼はローブの中からまた何かを取り出した。それが盗んだオーパーツらしい。なるほど、情報の通り金属製の四角い箱のような……。


「……あれ?」


 それは、明らかに僕が見たことのあるフォルムだった。懐かしさすら覚える、遠い世界の道具。


「それ……カメラだよね」

「へえ、そんな名前なのか」


 少年が手に持っているそれは、間違いなく僕のいた世界で普及している、一般的なデジタルカメラだった。金属製で光沢があり、真ん中にはレンズ部分丸い突起がある。ストラップまでついていて、少年はその部分に指を通してくるくると回していた。


「君は本当に、何者なんだ……?」

「オレはウィーンズ。名前くらいは有名なんじゃないかな。別件で来たけど、まあこっちも回収できてラッキーだった。……それじゃ、またどこかで」

「ま、待って――」


 手を伸ばした直後。

 彼の姿はもう、そこにはなかった。

 風すらも残すことなく、少年はまさしく消え去ってしまった。

 それは、超越したスピードが成せる技だったのだろうか……それとも。


「言いたいことだけ言って消えちゃったけど……変てこな盗賊だったわね」

「盗賊、というより怪盗みたいだったな」

「うーん、分からなくもないかも」


 略奪を生業にし、民を苦しめるのが盗賊だ。しかし、あの少年はあくまで己の信念に基づいて盗人稼業をしている、そんな風だった。回収しないといけない。オーパーツについて語った言葉がそれを裏付けている。


「ウィーンズ、ねえ」

「自分で有名って言ってたけど……ニーナさんなんかは知ってるのかしら」

「とりあえず、包み隠さず経緯を話すしかないね」

「そうね」


 勝手に地下通路へ入ったこと。怒られそうで気は進まないが、さっきの少年と絡めて説明すればなんとかなるだろう。


「……それよりも。気になったんだけど、カメラって何?」

「あ、うん。僕のいた世界で普及していた機械でね。写真……ええと、景色を切り取って、そのまま保存したり、紙に写したり出来るんだよ。風景画みたいに」

「景色を切り取る……そんな魔法があるの?」

「まあ、科学って魔法みたいなもんだよね」


 発達した科学は魔法と見分けがつかない、というのは有名な言葉だ。しかし、現実に魔法が発達した世界で、科学技術によって出来た機械の説明をすることになるとは。

 僕にとっては魔法という概念は未だに不思議だが、セリアにとってはカメラという科学技術の方が不思議なのに違いない。彼女はしきりに首を傾げ、カメラの機能について考え込んでいた。


「それにしても、オーパーツか。言い得て妙ではあるけれど」

「うん?」

「こちらの世界では、科学技術は進んでないからさ。僕のいた世界の道具がそう呼ばれるのはなるほどなって」

「科学技術って何って感じだからね、私なんか」

「あはは。でも、僕の予想はあっさり当たってたってことかな」

「予想って?」

「ランドルさんの邸宅で、チェス盤やビリヤード台を見たとき、僕のいた世界にもあるって伝えたよね。それで、もしかしたらあっちの世界からこちら側に漂着するものが稀にあるのかなーって考えてたんだけど。あの少年が盗っていったものも、そういうものなのかも」

「たまに世界が繋がっちゃう、みたいな?」

「可能性だけどね」


 オーパーツの存在を説明するには、それが一番説得力のある仮説だと思う。僕だって、漂着したものの一つと言えるのだし。


「そんなものを盗んでいったウィーンズって少年は、本当に謎だけどね」

「技術がほしいのかもしれないわよ。思い出したけど、ライン帝国で発明された銃だって、突然出来上がって戦争に投入されたから脅威になったらしいし」

「へえ……じゃあ、ひょっとしたら銃だってオーパーツだったのかもしれないな」


 それは十分にあり得そうだ。弓が主流だった戦いに突如登場した銃、というのは確かに違和感があった。


「おーい、トウマくん、セリアちゃーん」


 遠くの方から、僕たちを呼ぶ声が響いてきた。ニーナさんの声だ。どうやら僕たちも捜索されていたらしい。戦闘の音は、間違いなく外まで漏れ出ていたし、聞きつけてきたのだろうな。


「今上がります!」


 答えないのも具合が悪いし、僕はとりあえずそう返事をしておいて、地下通路を出ることにした。ある程度のお叱りは覚悟しておこう。

 ……ウィーンズ。そう名乗った彼は、一体どのような人物なのだろう。自ら有名だと口にしていたし、上辺のことは分かるのだろうけど。もっと深くに隠された何かがある。そのことは確信できた。

 ノナークを発つ直前にも、不思議な少年が現れたものだが、僕はどうしてか怪しい人物によく出遭ってしまうようだ。それは、果たして偶然なのだろうか、それとも。

 考えても仕方のないことかもしれないけれど、気掛かりにはなってしまう。いつか、ハッキリするときが来るだろうか。

 少なくとも、きっとまた巡り会う。そんな確信めいた予感だけは、強く感じるのだった。



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