7.捜索

 部屋に戻ってからしばらくして、兵士の男性が現状の報告にやって来た。施設内にいる全員に事情を聞いてみたものの、今のところ有力な手掛かりはないそうだ。ニーナさんの指揮下で、盗難と紛失、両方を想定しつつ、捜索にあたっているらしい。

 施設側としてはそろそろ封鎖を解除したいようだが、被害者が盗難品の発見までは誰も出すなと怒っているとのことで、彼を宥めつつ解放に向けて動いていくつもりだと兵士は告げ、戻っていった。


「このまま待っとくしかないのかなー」

「ううん。オーパーツって言うのが早く見つかってくれればいいんだけどね」


 もしも盗まれたわけでなく、知らぬ間に落としていたのだとして、それが橋の上で景色を眺めていたときだったら。オーパーツは海に沈んでしまったという可能性だってある。あくまで仮定の話だが、その場合はもう永久に見つからないだろう。


「ね、トウマ。どうせヒマなんだし、私たちもちょこっと捜索、してみない?」

「あはは……まあ、言うんじゃないかと思ってた」


 待っているだけは苦手な性格だ。出来ることがあるならまず行動、それがセリア=ウェンディのモットーというやつだな。


「じゃあ、迷惑にならない範囲で施設の中を探し回ってみる?」

「そうしよ、そうしよ。まだ朝だし、時間はたっぷりあるわ」


 そんなわけで、僕たちはそこまで希望があるわけでもないけれど、捜索の真似事を開始するのだった。

 客室は宿屋の従業員や兵士が調べているし、同じ客である僕たちが調べさせてもらうなんてことは出来なさそうなので、他の場所へ向かう。食堂とか雑貨屋とか、施設はそれなりに広いので探索箇所は意外と多そうだ。

 朝食の時間は終わっていたので、食堂の席に人はほぼいない。ソーマさんはさっきと同じ場所にいて、テーブルには朝食を食べ終わった後のプレートがあったが、表情に全く変化がなかった。いつまでぼーっとしているのか気にならないわけではなかったが、今は探索だ。 僕たちはお店の人に断りを入れてから、テーブルの下などを注意深く見て回った。こういうことをしていると、探偵になったみたいで結構面白い。結果が出なくても、ある程度時間を潰せれば満足出来そうだな、と感じた。


「ここにはないなー」

「見慣れない物があったら、例えテーブルや椅子の下でも気付きそうだしね。甘くはないか」

「ね。次行ってみましょ」


 店員さんにお礼を言ってから、僕たちは雑貨屋へ向かった。便利そうなアイテムが幾つかあったので、魔力回復の薬などを買い足したりしつつ、周辺を見て回る。


「被害者の人、ここには来てないからねえ。こんな店に興味が無かったのかもしれないけど」

「なるほど……いや、突然すいません」

「いえいえ。お若いのに感心な子だなあと」

「まあ、見つからないとここを出られませんしね」


 雑貨屋にもオーパーツやその手掛かりは一切なかった。僕たちは一旦玄関口まで戻り、軽く相談して詰所前も見ていくことにする。

 詰所前の廊下まで行ってみると、扉の前には兵士が二人立っていて、窓の近くにも一人佇んでいた。彼らは僕たちに気付くと会釈をして、


「先日はどうも。ただいま被害者の男性から話を伺っているところでして」

「こちらこそどうもです。具体的な内容は聞き出せましたか?」

「オーパーツという物について詳しく話そうとしないのは、後ろ暗いルートで購入したからなのでしょう。ひょっとすると、武器になるようなものということも有り得ます」

「ああ、だから言えないと……」

「少なくとも、金属製の小型装置というくらいは判明しています。それを手掛かりとして、虱潰しに調べるしかないですね」

「ううむ、頑張ってください」


 月並みなことしか言えなかったが、彼らはにこりと笑って頷いてくれた。

 怪しい物もなさそうなので、引き上げようと思ったとき、詰所の扉が開いて太り気味の中年男性が現れた。どうやらこの男が被害者のようだ。

 ニーナさんが頭をぺこりと下げる。男は尊大な態度で頷いて、詰所から出るとこちらへ向かってきた。


「む……お前たちは何者だね」


 男の道を塞ぐような感じで僕たちが立っていたので、彼は面倒臭そうな表情で訪ねてくる。


「あ、すいません。僕たちも同じ滞在者なんですけど、盗難事件があったって聞いて気になって」

「そうだ。私の貴重な収集品が何者かに奪われてしまったのだよ。箱に入れて保管してあったものだから、盗まれたことは確実なのだ」


 箱の中から消えてしまったのか。それなら落としてしまったという線は消えそうだ。盗難事件というのは心苦しいが、それが事実なら受け入れるしかない。


「お前たち、何か知ってはいないだろうな」

「僕たちは従業員さんに起こされるまで、ずっと寝てたので……物音も聞いてないですし、情報になりそうなことは何も」

「そもそもいつ盗られたのかも分からんのだ。ここへ来るまではあったのだが。ふん、忌々しい犯人め」


 腕を組んだまま、彼は大股で歩き去っていった。最初のイメージ通り、偉そうな人だなあ。

 男がいなくなると、ニーナさんがひょっこり出てきて、僕たちに笑いかけてきた。


「いやー、難しいなあ。もうちょい素直に話してくれると助かるんやけど。しゃあないな」

「お疲れ様です、ニーナさん」

「ん。あのオジサン、ゴヴァン言うてコーストフォードの小貴族らしいねんけど、聞いたことない名前やなあ」

「自分を偉く見せたがる人っていますからね。僕たちも聞いたことはないです」


 コーストフォードに滞在していた間に、一度もゴヴァンと言う名前は耳にしなかった。一般市民より幾分お金持ちではあるのだろうが、それだけの男なのだろう。


「ごめんやけど、もうちょい辛抱してな。オーパーツ言うんが四角い装置ってのまでは分かったし、頑張って探すわ」

「僕たちも、もし何か見つけたらすぐ報告しますね」

「ありがとうな。ま、ゆっくりしといて」


 ニーナさんはそう言うと、また詰所の中へ入っていった。被害者からの情報を基に、兵士に指示を出したり、捜索方法を考えたりするのだろう。


「四角い金属製の小型装置。情報をまとめると、そんな感じだね」

「まとめたら余計に謎っぽくなっちゃったんだけど」

「まあ……とりあえずそういう物を探すしかないよ」


 とは言え、探すところも少なくなってきた。後はまだ入っていない扉が幾つかあるくらいか。関係者以外立ち入り禁止、みたいなところがあるかもしれないし、慎重に調べていかなければ。

 案内図によると、倉庫と書かれている部屋が三つ並んでいる。犯人が盗んだオーパーツをそこに隠した可能性もあるし、一応見ておくことにする。

 最初の部屋は、食糧を貯蔵してある倉庫だった。部屋の左右に箱が分かれて置いてあるのは、旅行客用と兵士用で区別しているからだろうか。右にあるものは保存が効くような乾燥食品が多い気がした。

 箱や棚の間を、慎重に動かしたりしながら探してみたが、気になる物はない。十分ほど調べてから、僕たちは次の部屋へ移動する。

 二つ目の部屋は、訓練用の武器や防具が乱雑に押し込められていた。足の踏み場も少なく、まともに調べることがそもそも難しそうだ。それでも僕たちは、倒れた鎧掛けの上に乗ったりしながら、頑張って部屋中を探していった。十五分ほどかかったが、ここにも目ぼしいものはなかった。


「次で最後かな」

「そうねー。ふう、良い感じに疲れたし、見つからなかったらささやかな探偵活動も終了ね」

「童心に帰れたってことで良しとしよう」

「うんうん」


 最後の部屋へ入る。そこは特にジャンルもなく、雑多なものが詰め込まれた場所だった。古い本もあれば、調理器具なんかもある。使わなくなったものをとりあえず置いているような印象だ。

 廃品のような物が多いので、さっきよりは雑に物を移動させながら調べていく。


「……あれ?」

「どうしたの、セリア」


 セリアが疑問符をつけたので、僕は彼女のそばに近寄る。彼女の視線は、床の部分に注がれていた。


「なんかデジャヴなんだけど……ほら、ここの床。取り外せるようになってるみたい」

「あ……本当だ」


 つまり、隠された地下があるということか。コーストフォードでも地下通路への入口を見つけたものだが、こういうのってよくあるものなのかな。


「あと、誰かが動かした跡もあるのよね。埃がついてないからさ」

「ということは、忘れられた場所ってわけじゃないんだな」


 今も人の出入りがある場所。盗難と関係があるかは分からないが、怪しいところなのは確かだ。

 石材を取り外すと、既視感のある下り階段が現れる。方向からして、橋の下部分に潜るような感じだろうか。


「勝手に入っていいものか、今回は悩ましいとこだけど……まあ、気になるしね」

「ばれなきゃ大丈夫よ、行ってみましょ」


 セリアが良いなら決まりだ。僕たちはゆっくりと、階段を下る。

 段数はそれほどなかった。十数段ほど下降すると、そこには長い廊下があった。恐らくだが、橋の北から南までを貫く地下廊下なのではないだろうか。だとすると……施設が封鎖状態でも、犯人がこの廊下の存在を知っていた場合、簡単に出入りすることが出来てしまう。

 ニーナさんやここの兵士は、地下廊下のことを知らないのか。……いや、埃がなかったことを考えると、一度や二度利用されただけではなさそうだし、おまけに天井部分には豆電球が取り付けられている。知らないはずはないだろう。


「……?」


 そのとき。遠くから、コツ、コツ、という音が聞こえてきた。これは、誰かの足音だ。廊下の奥から、誰かが近づいてくる。


「……だ、誰ですか?」


 恐る恐る、僕は廊下の先へと問いを投げかけた。その声は少しだけ反響して、向こう側へ吸い込まれていく。

 問いかけに対する答えはなく。

 足音はしかし、着実に近づいてくる。

 そして、僕たちの前に現れたのは。

 黒いフード付ローブに全身を包んだ、謎の人物だった。

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