8.決着

「セリア。さっきのは絶対封印だよね?」

「ええ。護らなきゃって思ったら、無意識に」

「それが、覚えるための条件だったのかもしれないな」


 誰かを護りたいと願う気持ち。それに答えて発動する魔法。だとしたら、ロマンチックな話だけど。


「簡単に、条件とか説明できそう?」

「えっと。指定した対象を、死以外のあらゆるものから一度だけ封じる……つまり隔離する? みたい。対象については、その大きさとか、与えられるダメージとかによって隔離できる範囲が決まってくるっぽいわ」

「さっきは頭の部分にだけ、防壁が出来てたね。頭部に攻撃が来たからそこに集中して隔離したわけだ」

「無我夢中だったけど、そういうことだと。一番守りたい場所を起点に、可能な範囲で隔離するんだと思うわ」

「了解、大体分かったよ」


 一部しか守ることが出来ないので、多少のリスクはある魔法だったが、それでもほぼすべての攻撃を防ぐというのは優秀過ぎる。従士しか使えない特殊スキル、か。支えてくれるパートナーとして、とても心強い力だった。

 アギールはしばらく様子を伺っていたが、再び攻撃態勢に入ろうとしている。僕は手短に、セリアに作戦を話した。


「絶対封印を剣に使ってくれないかな。一度だけ、攻撃から守ってほしい」

「やってみる」


 封魔の杖をかざし、静かに目を閉じる。すると、さっきと同じ光が杖から生じた。


「……オッケー」

「なるほど。これならスキルの効果が発動されるまで、何に掛けたかは相手に察知されないな」


 掛けた段階では対象に防壁が現れることはなく、攻撃が及んだときに防壁が起動する、と。単純なスキルではないので、使い方次第で良い結果にも悪い結果にもなりそうだ。セリアの疲れ具合を見る感じ、魔力の消費も半端ではなさそうだし、重要な局面での切り札という感じだな。

 アギールが動き出した。真っ直ぐ向かってはこないが、僕たちを翻弄するかのように、ランダムに走り回っている。僕は完全に治癒が出来ていないので、そのスピードについていけないと判断して、追いかけないことにした。

 奴も魔力をそれなりに消耗しているのか、分身は使ってこない。魔力回復を待つつもりなのか、このまま決着をつけるつもりなのかは分からないが、少なくとも大技が出せない今が、僕たちにとってはチャンスだ。


「……ふう……」


 精神を集中し、剣に魔力を集める。戦いの中で、僕もようやく上級スキルを扱える魔力と練度に至っていた。使えるものは、何だって使って勝利をもぎ取るのだ。


「――大牙閃撃!」


 咆哮とともに、僕は魔力を込めた剣を振り下ろした。そこから巨大な二つの斬撃が生じ、まるで水中からヒレだけを覗かせるサメのように、曲がりくねりながら地面を斬り進んでいく。斬撃の高さは天井に達するほど。そんな攻撃が、アギールに襲い掛かるのだった。


『ク……』


 天井に張り付いて躱すこともできず、アギールは壁面を疾走して巨大な牙から逃れた。壁に衝突した斬撃は、その部分を派手に吹き飛ばしたので、建物には二つの大穴が開いてしまった。


『クアッ!』


 壁を走り、一気に距離を詰めてきたアギールは、僕の目の前に着地して、そのまま拳を突き出してくる。僕は三の型を発動させてその拳を何とか避けるが、攻撃がそれで終わるほど甘くはなく、更なる追撃が放たれた。


『――終ノ型・滅』


 ここにきて十番目のスキルを使うということは、これで決着を付けたいと言うことだろう。もう、奴の魔力は尽きかけのはず。これを躱せたなら、大きな隙が生まれるに違いない。


「――うおぉお……ッ」


 頭の中が焼けそうな感覚に陥りながらも、僕は瞬間的に七の型へ切り替え、速度を上昇させる。終ノ型は、動きの激しい多段攻撃だから、最小限の動きでカウンターを狙う三の型より、動き回れる七の型の方が効果的なのだ。予測した通り、アギールは超高速で拳や蹴りを繰り出し、僕を吹き飛ばして連撃を浴びせようと試みてきた。その一つ一つを確実に避けきって、僕はアギールからなるべく離れた場所へ着地した。

 ……息が上がっている。肉体の方がついていかなくて、悲鳴を上げているのだ。帰ったらしばらくは動けないだろうなと思い、笑いがこみ上げてくる。こんな状況で笑ってしまうなんて、これが所謂ハイな状態ってやつなのかな。

 前を見た。アギールの姿が消えている。右にも左にも気配はない。上を向いても、姿はなかった。

 後ろを振り返る。ニヤリと笑う悪魔がいた。その拳は光を発し、僕の顔面に狙いを付けていた。

 剣を伸ばす。無駄だと言わんばかりに、アギールは高笑いする。そして拳は剣にぶつかって――眩い光に包まれた。


『ナッ……!?』


 光が防壁へと変化した瞬間、アギールはやっと理解出来たことだろう。しかし、理解に至るまでのたった一秒程度でも、僕には十分だった。剣を後ろに引き、斬鬼を発動させる。そのまま巨大化した剣を、ありったけの力で突き出して。


「――これで終わりだあああッ!!」


 二度目の剛牙穿が、今度こそアギールの腹部を突き破った。

 巨大な剣が、アギールの胴体を貫通し、背後の壁を血塗れにした。


『……ッア……アア……』


 ビクビクと何度か身を引き攣らせた後、アギールは糸が切れたようにぐにゃりと折れ曲がって。

 剣を引き抜くと、ぽっかりと開いた風穴からまた血を噴出させ、地面に崩れ落ちた。

 もう二度と、動くことはない。

 アギールは完全に、その命を散らせていた。


「……は、……はあッ……」


 手と足が震えて、もう立てなくなる。剣を取り落とし、金属質な音に頭が痛くなる。

 ……ああ、こんなにも痛いけど、辛いけど。

 だからこそ、実感できた。

 沢山の痛みを乗り越えて、今。

 僕は――魔皇を倒せたのだと。


「トウマー!」


 セリアが、僕の名前を呼ぶ。何だかその声も、とても心地良く頭に響いて。

 ぎゅっと強く、抱き締められる。勢いが強くて二人で倒れ込んでしまったけれど、それが面白くて、堪えきれずに少しだけ笑ってしまった。


「やっぱりトウマは勇者だわ……私の勇者」

「あはは……ちゃんと勇者だよ、剣は抜けなかったけど。……私の、はちょっと恥ずかしいな」

「あっ、そ、それは言葉のあやよ!? そう、あやだから……」

「ん。……ありがとう、僕の従士さん」

「あー、もー!」


 顔を真っ赤にしたセリアは、腕を組んでぷいとそっぽを向く。そういう仕草が愛おしくてしょうがなかった。気持ちが昂っちゃってるんだな、きっと。


「……倒せたんだねー」


 僕から少し離れ、ぺたんと地面に座り込んで、セリアが呟く。すぐそばに、アギールの亡骸が転がっていて、彼女はそれをぼんやりと見つめていた。


「……うん」


 僕たちは、やり遂げることが出来たのだ。

 皆の思いに応えるように。コーストフォードを守り、魔皇を討ち取った。

 正真正銘の、事実だった。


「最初の魔皇。……これで、討伐完了だ」

「ええ。やったわね、私たち……」


 互いに顔を見合わせ、微笑み合って、喜びを噛みしめる。痛みと疲れで動けないこともあり、しばらくはこうしていたいと思った。

 ……すると、そのとき。


≪――条件達成確認、『コレクト』を使用しますか?≫


「あ……」

「どうしたの?」


 セリアには聞こえない、あのときと同じシステムメッセージがこだました。僕にスキルが授けられたときと全く一緒だ。特殊スキル、コレクトの起動メッセージ……。

 僕は痛む体に鞭打って、よろよろと立ち上がる。何をすればいいかは、大体理解していた。アギールの亡骸を見下ろしながら、すっと手をかざす。そして、最初の場面と同じように、スキルの行使を宣言した。


「――コレクト」


≪――『コレクト』します≫


 アギールの体全体から、光が溢れだす。それがフワフワと宙を漂った後、僕の体へと吸収されていった。軽い衝撃はあったが、痛みも何もない。全ての光が吸い込まれると、もう一度システムメッセージが頭の中に浮かんだ。


≪――武術士スキル一種をコレクトしました≫


 魔皇アギールが使った大技……十一番目のスキル、無型・陽炎。僕はそれを、コレクトすることに成功したのだった。


「今のって……」


 セリアが後ろから近寄ってきて、訊ねてくる。僕は頷いて、


「コレクトが使えたんだ。ようやく理解できたけど、発動条件は敵を倒すか、使用者と対象の間で合意の意思確認ができること、みたいだね。僕がアギールを倒したことで、未習得だった武術士スキルがコレクトされた……」

「また一つ、使えるスキルが増えたってわけかあ。しかも、それってさっきアギールが使ってた上級スキルってことよね」

「うん。十一番目のスキル、無型・陽炎。簡単に言えば分身を作り出すようなスキルみたいだ」

「トウマが二人に……うわあ」

「変な想像しないの」


 ポンと頭に手を乗せて、僕はそんな風に突っ込んだ。セリアはくすりと笑う。


「……でも、本当に。勇者と従士としての役目を、まずは一つ。果たせたんだ」

「うん。僕たちでね」

「ふふ、やった」


 セリアがそっと、僕の両手をとり、胸元あたりまで持ってくる。よほど嬉しいのだろうな、その笑顔を見れば分かる。僕も自然と、笑みが零れた。

 ガラリ。遠くで瓦礫が崩れるような音が聞こえた。気になって振り返ると、そこには人影があって。


「……あ、バレちゃった」

「おい、ミレアお前な」


 さっき僕が開けた大穴の向こうから、ひょっこりと姿を現したのは、アーネストさんとミレアさん、ギルドの二人だった。


「え、ええっと」

「……私たちのこと、見てました?」


 僕たちが問うと、二人は気まずそうに笑う。


「いやあ、助太刀に駆けつけたんだよ。そしたらもう終わってるわ、セリアがトウマに抱き着いてるわで……」

「盛り上がってるから邪魔しないでおこーって」

「もう、アーネストさんもミレアさんも! 見世物じゃないですよっ」


 これにはセリアもご立腹の様子だった。まあ、僕もあんな場面をこっそり見られていたというのは恥ずかしすぎる。早めに出てきてくれればよかったのに。


「でもほら、私たち以外にも気を使ってくれてる人、結構いるし?」

「え」


 そういえば、レオさん以外の気配がまだ付近にあるような。ひょっとして……。


「遅れちゃって申し訳なかったわ。でも、その方が良かったかしら?」

「こら、ケイティ。お前がそういうことを言うのは珍しいが、あまり二人を困らせてはいかんよ」

「セレスタさんも、出て行く勇気はなかったんでしょう」

「まあ、それはな」

「……ああ……あああ……」


 あまりにも観客が多かったことに、セリアは愕然として情けない声を出している。ギルドの二人に、私設兵団の二人、それに多分、まだ後一人が遠くで見ているみたいだ。大公守護隊のドランさん。こちらの輪に入る気はなさそうだが、彼も自分の戦いを終えたようだった。壁にもたれて腕を組みながら、鼻息を鳴らしていそうなのが目に浮かぶ。


「もっと早く助太刀に来てくださーい!」


 セリアの叫びが、公民館の中に響き渡った。

 こんな風にオチがついたわけだけれど、とにかく僕らの戦いは終わった。初めての魔皇戦。ギリギリの戦いではあったが、得られるものも多かったし、結果は上々だったのではないだろうか。

 全てを終えて、僕らはウルキアを後にする。外傷は治癒したものの、痛みや疲労でボロボロだった僕とレオさんは、アーネストさんとセレスタさんにそれぞれ支えられながら、ゆっくりとコーストフォードへの道を行く。

 討伐作戦の参加者には、魔皇討伐の知らせが既に届いているようで、僕らに気付くと祝いの言葉を掛けてくれたり、笑いかけてくれたりと、皆一様に喜んでいた。コーストフォードにかかる暗雲が払われたのだから、その喜びも当然のことだろう。払うことが出来て、本当に良かったと思う。


「……勇者の凱旋、だな」

「恥ずかしい台詞は言わないでください、アーネストさん」

「なに。そのまんまのことじゃねえか。胸張ったらいいんだよ」

「……ですかね」


 満身創痍のような感じではあるけれど。まあ、門をくぐったら精一杯、勇者らしく振舞おう。

 僕たちは勝った。コーストフォードの平和を、僕たちは取り戻すことが出来たのだ。

 だからそう。今日くらいは、胸を張ってもいいんだ。

 僕たちは帰り着く。賑わいの公都、コーストフォードに。

 そして沢山の人に迎えられて、勝利の一報を高らかに告げるのだった。

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