7.護りたいと想えるから
砂煙の中から、奴はゆっくりと姿を現した。瓦礫が体に付着しているものの、目立った外傷は見られない。やはり、あの皮膚は相当頑丈のようだ。全力に近い一撃だったはずなのだが。
『……小僧如キガ、中々ヤル』
八の型を食らった腹部を擦りながら、アギールは言う。ただ、その腹部にも微かに黒ずんだ跡があるくらいで、ダメージが殆ど通っていないのは明白だった。
魔皇という呼称は、伊達ではないな。
「セリアはなるべく、後方で動き回りながら支援して。狙われたら、すぐにカバーする」
「う、うん!」
僕のスピードはさっき確かめているので、安心できるのだろう、セリアは迷いなく頷いてくれた。僕は彼女に微笑んで、アギールに向き直る。
『……本気デ行クゾ』
ベタな台詞だが、そう言った瞬間、奴の体に魔力の高まりを感じた。あれは、六の型・纏か。体全体に魔力を張ることで、能力を向上させるスキルだ。速度特化から、バランス型にチェンジしたとみるのがいいだろう。
癒術士の補助魔法が切れかかっていたので、アギールがスキルを発動している間に掛けなおしておく。ついでにリカバーもまた足に掛けて、痛みを和らげる。多分、これでほぼ完治したはずだ。
治癒魔法を掛け終わったところで、アギールが動いた。先ほどまでの速度はないものの、隙の無い動作でこちらへ走ってくる。攻撃がきたらカウンタースキルで対処しようと考えたのだが、奴は直前に周辺の柱を尻尾で破壊し、目くらましをしてきた。小癪な手を使ってくるものだ。
『――死ネ』
右側から気配を感じた。刹那、足技が飛んでくる。超スピードになった僕でも、反応が遅れてしまうと危険だ。今はギリギリ避けられたが、状況の変化にも気を付けなくてはいけない。
「――エナジーブラスト!」
セリアが離れた位置から、無属性魔法で支援してくれる。複数の魔法球が放たれ、アギールの周辺で爆発した。奴は尻尾を巧みに動かして爆発のダメージを最小限に抑えていたが、周辺の障害物は丸ごと砕け散った。何だかんだ戦い難かったので、邪魔になるものが減ったのはありがたい。
それにしても、八番目の魔法まで使えるとは。セリアがどこまで魔法を習得しているのかはハッキリ聞いていなかったが、熟練度も高かったし、やはり魔術士として優秀なんだな。
戦いやすくなったフィールドで、僕はアギールを翻弄するようにグルグルと走り回りながら、近づいていく。そして背後をとったところで、剣技をお見舞いした。
「――崩魔尽!」
『甘イ』
アギールは再び大地を打ち据えて、震を発動させた。まさか、震をカウンターとして使うとは。突き出てくる岩のせいで、スキルの角度が変わって不発に終わり、尚も岩は執拗に僕を狙ってくる。
「――光円陣」
ならばと、僕は陣を描いて周囲に飛び出してくる柱全てを破壊し尽くす。砂埃が立ち込めたので一気に身を引いて、そこからアギールの居場所を探した。さっきの場所にはもういない。何処へ行ったのだろう。
セリアの方へ目を向ける。すると彼女のいる場所の天井でアギールが拳を構えているのが見えた。危ない、そちらを狙われていたか。僕は思い切り地面を蹴って、奴の所まで一飛びで近づく。
「させるか!」
こうして勢いよく突っ込んだときは、剛牙穿を放つのが一番やり易く、威力も高い。だが、アギールも当然簡単には当たってくれず、すぐに側壁に飛び退いて、またセリアに狙いを定めた。
「――サンライズ!」
光魔法が放たれる。僕はセリアの動きとスキルの予兆を察知して目を閉じたが、アギールは間に合わず、まともに喰らって失墜した。盲目にできただけでなく、ダメージもある程度通っているようだ。魔皇は闇属性だろうし、光は弱点というわけだ。
「今よ!」
「今度こそ! ――剛牙穿!」
二度目の刺突は、アギールの体のど真ん中を正確に捉えた。強い抵抗。他の魔物ならば容易く貫通するスキルも、こいつ相手では最大限のダメージを与えられないようだ。それでも、剣の先端は確かにアギールの腹を抉り、緑色の血を迸らせた。
『グアアアッ!』
アギールは痛みに身をくねらせながらも、尻尾で僕の体を払い飛ばした。その反撃は想定外だったので、僕はあっさり壁際まで吹き飛ばされる。威力は弱かったので、少し咳き込むくらいのダメージだった。
セリアは、アギールがもがいている間にまた安全な距離まで離れる。僕も反撃を警戒し、彼女のすぐそばにつくようにした。
『……許サヌ……』
喉から絞り出すような声。緩々と起き上がりながら、アギールは切れ長の赤い目でこちらを睨みつける。怒りが頂点に達したせいか、さきほどまで黒かった皮膚が、深紅に変わりつつあった。
……恐らく、一番の大技がくる。嫌な予感に襲われて、僕はセリアを後ろに下がらせて身構えた。
奴は低い声で唸りながら、魔力をその身に溜めていく。その波動はとても大きく、凄まじい風が吹いているかのように、近づくことが出来なくなる。
『――終ワリダ』
アギールがそう宣告した瞬間。
その体が二つに分裂した。
「な――」
驚きの言葉を発する猶予もなく。
僕の体は宙に浮いている。
痛みが後からやってきて、自然と叫び声が上がり、
その声もまた、次の攻撃に潰された。
『――無型・陽炎』
僕の知識に、その型はなかった。僕がコレクトによって習得した武術士のスキルは十種類だ。だとすれば、これは十一番目以降のスキル。熟練の武術士が、途方もない努力の果てにやっと得られるかどうかというレベルの大技。
最早高速移動ですらない。完全なる分身だ。本体は一つだろうが、明らかに別の肉体にも質量があって。二体同時に行われる攻撃のどちらもが、痛烈なダメージを僕に与えてきた。
「……がはッ!」
最後に、空中に投げ出された僕に踵落としが見舞われて、地面に叩きつけられる。痛みで何度も意識を失いそうになるのを必死で耐えながら、僕は喉から溢れてくる血を、咳き込みながら何度も吐き出した。
「トウマあッ!!」
近づこうとするセリアも、アギールの片割れに睨みつけられて動けなくなる。彼女の足は恐怖で震え、目には涙が溜まっていた。そんな顔は、してほしくないのだけれど。
……骨が何本か折れている気がする。完全にしてやられた。せめてそのスキルの知識があれば、予想して対処できたかもしれないが、そんなことを今考えても意味はない。どうすればいい。一瞬でボロボロにされたこの体で、どう逆転すればいいっていうんだ。
あれこれ考えても、浮かぶ答えはなく。更に現実は残酷で。
『オ前ヲ殺シテカラ、アノ女モ殺シテヤロウ』
アギールはまさに悪魔の笑みを浮かべながら、ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
僕は体を動かそうとするが、激痛でどうにもならない。息が出来なくなって、涙が出てくるだけ。転がることすら不可能で。
「……う……」
また、死ぬんだろうか。せっかく新しい人生を、輝かしいものにするんだと意気込んでいたのに。
こんなところで惨めに、殴り殺されて終わるのだろうか。
途切れたことのない勇者の功績。僕がそれを、途切れさせてしまう。
そんな無様でいいのか。
いいわけがない、けど……。
「駄目……」
セリアが祈るように手を組んで、涙を流す。ひょっとしたら、それが最後の光景かもしれなくて。
一度目の最後も、明日花の涙を見たような気がするなと、ふいにそんなことを思って。
霞んでいく視界とすり替わるように、あの屋上の光景が蘇ってきて。
何故だか明日花の口元の動きが、スローモーションのようにゆっくりと再生された。
――ま・た・む・こ・う・で・ね。
明日花は涙を流しながら、無理やりに微笑んでいた。
「駄目えええッ!!」
叫びが、世界を満たした。
同時に、不思議な感覚が頭の辺りに生じていた。
恐る恐る、薄目を開けてみると。
そこには、眼前に迫るアギールの拳と……煌めく謎の防壁が存在していた。
「絶ッ対に……トウマは死なせない」
「セ、リア……」
封魔の杖が光を放っている。
この光と、防壁は、もしかして。
『ヌウ……』
砕けない防壁に驚き、アギールは身を引く。それを見てセリアは僕の所まで駆け寄り、すかさず回復魔法を使ってくれた。
「あ、……ありがとう」
「私は従士だもん。勇者を助けるのが役目。だから……勇者のトウマがいなくなるなんて、許さないわ」
「……うん。そうだね」
手が動く。最悪の状況はこれで脱した。自分でも治癒魔法を掛けて、徐々にではあるが傷を回復させていく。
「いなくならないよ、絶対」
「約束だからね」
乱暴に涙を拭いて、セリアは立ち上がる。僕も、剣を杖にしながら何とか立つことが出来た。
「ああ、約束だ」
僕が小指を差し出すと、彼女も同じように小指を立ててくれた。二人で指を絡めて、固い約束を誓う。それは、僕が生きてきた世界にあった契り。子どもたちがまじないの言葉を歌いながらする、誓いの儀式。
「えへへ、変な感じ。どうして懐かしいんだろ」
「……どうしてだろうね」
それはきっと、いつか分かるような予感があるけれど。
「仕切り直しだ。セリアの覚えた技で……必ず勝利を掴み取る!」
「うん、やりましょ!」
護り護られ、想いをずっと繋げていくために。
決して倒れることなく、道を切り拓いていくのだ。
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