9.戦いの後

 僕たちが帰還して、魔皇アギールの討伐を伝えた後。街は一気にお祝いムードになって、人々は手に手を取って喜びを分かち合った。あちこちでパーティが開かれたし、食堂やホテルは無料に近い値段で提供された。この日ばかりは嫌なことなど何一つ忘れて、大いに騒いでしまおうという熱気が、コーストフォードを包んでいた。

 そんな中、僕とセリアはといえば、散々街の人から握手やコメントを求められ、へとへとになりながら宿へ帰り着き、外の賑わいとは対照的に、のんびりと休むことを決めて引きこもっていた。部屋に食事を運んでもらって食べたり、ベッドに潜って昼寝をしたり。疲れがとれるまでは、外のことは気にしないようにして、ゆっくりと、二人だけの時間を過ごしたのだった。

 夕方ごろになると、宿の人から内線があった。僕たち宛てに、守護隊の方から連絡が来ているらしい。繋いでもらうように言うと、程なくしてエリオスさんの声が聞こえた。


「やあ、トウマくん。ホテルの方へ戻ってるって聞いて連絡させてもらったんだ。直接でなくて申し訳ないけれど、魔皇討伐、本当にお疲れ様。コーストフォードを、いや、コーストンを救ってくれたこと、感謝しているよ」

「はは、大げさですよエリオスさん。それに、勇者が魔皇を倒すのは当然の役目ですから」

「それを当然と言うところが流石だ」


 今日は色んな人に感謝され、褒められるので、照れ臭くって仕方がない。ついつい癖で謙遜してしまうが、そういうところまで褒められると何も言えなくなってしまう。


「で、それを言いたかっただけじゃなくて。ヴァレス大公が、君たち二人へ勲章の授与をしたいそうでね。まあ、歴代の勇者にも同じようにしていたから、今回もってことだ。正直なところ、あまり会いたくはない相手かもしれないが、大丈夫かな?」

「別に会いたくないってわけじゃないですよ。あはは、苦手は苦手ですけどね。日程とかは?」

「明日の午後二時に、大公城に来てくれると。守衛には伝えておくから、今度は入れないなんてことにはならないよ」

「ありがとうございます。じゃあ、明日の二時に」

「ああ。今日はゆっくり休んでくれ。じゃあね」


 プツリと、通話が切れる。……明日の二時か。形式的なことではあるけれど、過去の勇者が同じようにしているなら、僕もそうするべきだろうな。


「何の連絡だったの?」


 隣でセリアが訊ねてきたので、僕は内容を手短に伝えた。彼女は少しだけ面倒臭そうな顔をしたが、


「ま、仕方ないか」


 すぐにそう割り切ってくれた。


「……勲章の授与、か。改めて、僕たちで魔皇を倒せたんだなあって実感するね」

「そうね。しばらくは興奮して夢みたいだったけど、現実としてしっかり受け止められた感じ」

「これでコーストンの魔物は、ある程度減少するのかな?」

「だと思うわ。勿論、魔王を倒さない限りは根本的な解決にならないけど」

「うん。これからも、頑張っていかなくちゃね」


 僕たちなら、魔皇を倒すことが出来る。それがちゃんと証明できたわけだし、これからもこの調子で、やっていこう。

 時刻も六時前になり、そろそろ夕食でも運んできてもらおうかな、と思ったとき、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。来客のようだが、一体誰だろうか。急いで扉の前まで行って、スコープから向こう側を覗くと、そこにはレオさんの姿があった。


「レオさん。怪我の具合は大丈夫ですか?」


 扉を開けて彼を招き入れながら、僕は訊ねる。


「ありがとう。怪我はセリアがきっちり治療してくれたからね。疲れの方は、さっきまで休んでいたからある程度はとれたよ」


 彼も僕たちと同じように過ごしていたらしい。まあ、あれほどの激戦だったのだし、考えることは皆同じということだ。きっと、アーネストさんたちもギルドでだらけているだろうな。


「あ、レオだ。もう具合はいいの?」

「ああ、さっきは助かった」


 セリアにもお礼を言って、レオさんは近くの椅子に腰かける。僕たちもそれまではベッドでごろごろしていたが、ソファの方へ移動した。


「……魔皇討伐、おめでとう。トウマとセリアなら、間違いなくやってのけると信じてたよ」

「皆さんの協力がありましたからね」

「うんうん。レオも頑張ってくれたじゃない」

「いや。俺は全然駄目だった。正直に言えば、魔皇の所へ単身乗り込もうとしたとき、私設兵団の人たちに止められたんだ。それなのに、俺は無視して突っ込んでいった。せめて一太刀でも浴びせてやる。そんなことを思ってね」

「でも、その気持ちは本当にありがたかったです。アギールのスキルも分かりましたし、決して無意味じゃあなかった」


 僕は言うが、レオさんは俯き加減になりながら首を振る。


「俺はみっともなくやられただけさ。修行不足にも程がある。……はは、こんな愚痴を言ってすまないが、それくらいに自分の力量を痛感したんだ」

「レオさん……」


 僕からすれば、レオさんも相当な腕前だと思う。魔皇のレベルが高すぎたのだ。僕が勝てたのは、幾つもの幸運が重なった結果だった。


「だから。俺はもっと強くなる。次に二人のそばで戦うことがあれば、そのときには力になれるように。いつになるかは分からないが、今日の借りは必ず返すよ。弱いままじゃ、いられない」

「……レオ、あんまり考えすぎちゃ駄目よ? 私たち、レオのことを弱いだなんて思ってないし。また、力は貸してほしいけどね」


 セリアの励ましに、レオさんは力なく笑った。


「それだけ、どうしても言いたかったんだ。休んでるところ、申し訳なかった」

「いえ、そんな。僕もお礼を言いたかったし、ちょうど良かったです。セリアも言ってくれましたけど、また力を貸してくださいね」

「勿論。次は頼れる剣術士として。二人のそばに立たせてもらうよ」

「ふふ、期待しておくわね」


 話は終わり、レオさんは別れの挨拶をしてから、自分の部屋へと戻っていった。その背中は切なげだったが、僕たちに掛けられる言葉はこれ以上ない。後は、彼自身が整理していくしかないのだろう。


「きっと、次に会うときは強くなってるんだろうね。僕らも負けれられないな」

「そうね。お前たちは何してたんだって言われないようにしなくっちゃ」


 魔皇は倒せたけれど、まだ一体目だ。あと三体の魔皇がいるし、その全てを倒したら、魔王が待ち受けている。道のりは遠く、険しい。めげずに歩いていかなくちゃね。

 それから僕たちは、部屋で夕食をとり、お風呂の温かさで疲れを癒してから、早めに就寝した。今日の余韻で眠れないかもと思っていたけれど、案外そんなことはなく、僕もセリアもすぐに眠りにつくことが出来たのだった。





 翌朝。それまで空を覆っていた厚い雲はすっかりどこかへ流れ去って、コーストフォードは幾日ぶりかの快晴となっていた。おかげで目覚めも快適で、朝食も満足いくまで食べることが出来た。

 勲章の授与式は午後二時なので、午前中いっぱいは時間がある。僕たちは今のうちに、この街でお世話になった人たちに挨拶をしようと、身支度を整えてホテルを出た。


「ギルドに行ってから、その足でランドルさんのお家でいいかしら」

「うん、それでいいと思う」


 支部のある西エリアまで、二人並んでメインストリートを歩いていく。こうしていると、コーストフォードへ来たばかりのときを思い出すが、何となく街の雰囲気は、最初よりも明るくなっているような感じがした。

 住宅地で雑談をしている主婦たち。

 市場で客の呼び込みをしている売り子さん。

 仕事や買い物のために移動中の人たち。

 多くの人が笑顔を浮かべ、或いは真っ直ぐに前を向き、いつもの営みを繰り返していた。

 この笑顔を、希望を、幾分かでも取り戻す力になれたことを、僕は嬉しく思う。胸がくすぐったくなるくらいに。

 西エリアに着いて、通りを外れたところにあるギルド支部を目指す。大きな看板が目印の支部には、珍しく依頼のお客さんらしき人が数人ほど並んでいた。


「へえ、盛況してるみたいだねえ」

「だね。ギルドへの期待も、昨日の一件で上がったのかもしれないな」


 アーネストさんとミレアさんは、廃村で多くの参加者たちを助け、魔物を倒していた。今までギルドのことを良く知らなかった人たちも、二人の活躍でその頼もしさを感じることになったのだろう。私設兵団もギルドも、この街の人たちにとっては頼れる存在だ。


「お邪魔しますー」


 お客さんの横を通り抜け、僕とセリアは建物の中に入る。受付ではミレアさんがテキパキと応対をしていて、アーネストさんが依頼の概要を掲示板に貼りつける作業をしていた。単純な依頼だけでなく、誰でも手伝うことの出来る依頼や、懸賞金付きモンスターの情報も結構な数掲示されていた。


「おはよう。疲れはすっかり取れたか?」

「まあ、それなりに。お二人の方こそ、昨日の今日でこんなに忙しそうで、大変ですね」

「ま、それくらい頼られてるなら、ギルドとしてはありがたいことさ。今回のことはヴァレス大公からの指令だったわけだし、活躍して人気が高まっても、文句は言われないだろう」


 アーネストさんはそう言って笑う。あの大公のことだから、少し不安がないわけではないが、ここから圧力をかけるようなことがあったら、それこそ民衆が黙っていないだろうし、まあ流石に大丈夫かな。


「しかし、人手が足りなくて困るぜ。二人が手伝ってくれてたときは上手く回ってたんだが。勇者業が終わったら、是非ここで働いてみないか?」

「あはは……考えておきます。軽い気持ちで出来るような仕事じゃないですしね」

「ま、それはそうだな。軽く考えずにいてくれるのは嬉しいが……良い人材だし、前向きに検討してみてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「トウマってば、気に入られちゃって」

「セリアちゃんのことも気に入ってるよー」


 お客さんを一人捌いたミレアさんが、話に割って入って来る。そう言われると若干照れ臭いようで、


「もう、お世辞はやめてくださいってば」

「お世辞じゃないよー。えへへ、お仕事はともかく、友達としてはこれからもよろしくね」

「友達……。ふふ、それは大歓迎です。また必ず、この街に来ますから。そのときは美味しいお茶とお菓子、お願いしますね?」

「うんうん、任せといて」


 ミレアさんとセリアはにっこりと笑い合う。女の子同士のこういうやりとりって、微笑ましいものだな。


「……レオの奴も、もう一度ギルドに勧誘してはみたんだが。やっぱり断られちまってな。あいつ、もう街を出ていったみたいだ」

「あれ? そうなんですか」

「ん、お前たちに言ってかなかったのか。修行が必要だからって、覚悟を決めたような顔で旅立っていったんだ。色々と思うところがあるんだとは感じたが」

「……そうですか」


 レオさんは最後にここへ立ち寄って、そのままコーストフォードを出発したらしい。……強くなること。それを目標として、険しい道を進み始めたのだ。


「ほんの少しではあるが、長く生きてる身からしたらあんまり気負うのは良くないんだがな。……どこかでまた会ったら、緊張を解してやりな。きっと張りつめてるだろうしさ」

「ええ、それはもちろん。大切な仲間で、親友ですからね」

「ああ。それは俺たちも、だぜ」

「……はい!」


 僕とアーネストさんは、握手を交わす。前回は協力者としての握手だったけれど、これは仲間として、親友としてのものだ。そのことを、しっかりと噛み締める。

 手を離したところで視線を感じ、隣を見てみると、セリアとミレアさんが温かい目で僕らを眺めていた。あちらもあちらで、僕とアーネストさんのやりとりを微笑ましく思っているようだ。……とにかく友情は素晴らしい。そういうことだな。

 お客さんもまだ残っているし、仕事も溜まっていそうなので、僕たちはそろそろ辞去することにした。名残惜しくはあるけれど、また会えることを信じて、別れの言葉と再会を誓う言葉を交わす。


「さようなら。またいつか、会える日まで」

「おう。……またな」


 強く願えば、それは必ず叶うのだと、そう思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る