五章 悪しき魔の使徒―抗いの行方―

1.襲い来る魔物たち

 ミレアさんからの知らせを受けて、コーストフォードへ急いで帰還した僕たちは、入口付近で戦う兵士たちの姿を見つけた。普段は欠伸をしながら警備に当たっていた彼らも、このときばかりは真剣そのもので、魔物と対峙している。しかし、鍛錬を怠っているのか、弱い魔物相手にも押され気味だ。


「ヴァレス大公は、自分を守ることに集中し過ぎたんでしょう。魔物のみならず、諸外国からも狙われる危険性があると、自身でも話していたのに、肝心の兵は年々弱体化している」

「今、コーストン兵でまともに戦えるのは、守護隊くらいのものじゃないかしら。ヴァレス大公が把握しきれない一般兵なんかは、あんな風に低ランクの魔物にも苦戦してしまう」


 ランドルさんとケイティさんが、憂いに満ちた表情でそう話す。


「だからこそ、やはり私たちが必要だ」

「行きますか、ランドルさん」


 セレスタさんが剣を抜き、ランドルさんも古びた本を取り出す。どうやら彼もまた、戦う力を持っているようだった。


「はは、私はあまり戦う機会がないので、ランクとしては初級ですがね。僅かでも戦力になれるのなら、戦わないという選択肢はない」

「ランドルさん……」


 私設兵団の理念。それは、誇るべき素晴らしいものだと僕は思った。


「トウマさん。私たちはこれから、街を回って魔物退治にあたります。手分けしましょう!」

「分かりました、この一帯はお任せします!」

「じゃあトウマくん、セリアちゃん、私についてきて!」


 ミレアさんが先に走り出す。僕たちは頷いて、その後についていった。

 走りながら、僕はミレアさんに魔物出現の経緯を訊ねる。


「僕たちが街を出るときは平和そのものだったのに、急に現れたんですね」

「うん! 目立たない裏通りの方から出てきたみたいで……総数はそんなに多くはなさそうなんだけど、色んなところに現れてるみたいなの」


 裏通りから、か。前回と前々回、街に魔物が現れたときも、大きな通りではなく路地裏で動き回っていた。兵士たちが警備を怠っていたせいで、入口門から魔物が侵入してきたのかと考えていたが、もしかするとそうではないのかもしれない。


「あ、待って。そこにも魔物がいる」


 ミレアさんはそう言うなり、杖を構えて魔法を発動させる。視線の先には、確かにラットらしき魔物がひょっこり、路地から頭を覗かせていた。


「――エレク!」


 ミレアさんの雷魔法によってラットは全身を痙攣させて、そのまま絶命する。さっきケイティさんから属性の話を聞いていたので、ミレアさんの適正は雷なのかな、と思った。前に使っていたのもチェインサンダー、雷属性の中級魔法だったからだ。


「ふう。もうすぐアーネストが戦ってるところに着くんだけど、そこが一番湧きが多くて。四人いれば被害も少なく終わらせられるはず」

「分かったわ。それに、魔物がどこから出てくるのかも掴めればいいわね」

「そう、それも可能ならお願いしたいよ」


 メインストリートを全速力で駆ける。通行人の姿はちらほらあったが、魔物が出現したというのは知っているようで、誰もが急ぎ足になっていた。僕たちと一緒の方向に進んでいく人は一人もいない。


「あそこだ!」


 ミレアさんが大声で言う。指差す方向には、アーネストさんがいた。彼はまるで翼が生えているかのように軽やかに宙を舞いながら、魔物を一匹ずつ殴り倒していた。


「アーネスト、戻ったよ!」

「ミレア! それにトウマとセリアも、すまない!」


 アーネストさんは、僕たちに気付いて声を掛けてくれる。一人で相当数の魔物を倒しているようで、周辺には十匹ほどの魔物が骸を晒していた。

 ここから視認できる限り、残る魔物は十数匹。半分くらいはアーネストさんが倒してくれたということか。ただ、かなり離れたところまで進んでいる魔物もいるので、単独での対処は不可能だっただろう。


「初めのうちは四、五匹しかいなかったんだが、嫌な予感がしてミレアに二人を探しに行ってもらったんだ。その判断は正解だったみたいだな」

「加勢します!」

「ああ、よろしく頼む。俺たちはこの一帯を駆除するから、二人はあっちの路地に向かってくれ。魔物が出てきたのもあの辺りなんだ」

「りょーかい! 任されたわ!」


 アーネストさんとミレアさんは、横並びになって戦闘を再開する。つくづく息がピッタリなコンビだ。


「んじゃ、アレでもやっとくか」

「オッケー。手甲、出して」


 言われた通りにアーネストさんが両手を前に出すと、そこにミレアさんが杖の先端を置く。


「――エレク」


 発動された雷魔法は、しかし対象を攻撃するようなものではなく、まるで手甲に吸い込まれるようにして消えていく。そしてアーネストさんが両の拳をぶつけると、そこから眩いばかりの閃光が迸った。


「……完璧!」


 彼は不敵に笑い、桁外れのスピードでラットに襲い掛かる。その一撃が当たった瞬間、バチバチという電撃の音が響き渡って、ラットは体をビクビクと震わせながら吹き飛んでいった。


「な、何あれ」

「……エンチャント?」


 思わず僕が呟くと、ミレアさんは正解だ、というように微笑む。


「よく知ってるね? コレ、実は私が発明者なんだ。少しずつ広まってはいるみたいだけど、トウマくんにズバリ言われるとは思わなかったな」

「そ、そうなんですか?」


 ミレアさんがパイオニアだという事実には流石に驚いた。いや、むしろ彼女がやり始めるまで、誰もその応用を思いつかなかったというのも意外だが。……剣術や武術といったものまで全てスキル制になっているこの世界では、応用や我流のようなものが中々編み出されないのかもしれないな。

 だとすれば、沢山のスキルを所持している僕は、ミレアさんのエンチャントみたく、新しい運用方法を創り出せる可能性はある。これは今後の目標になりそうだ。


「おっと」


 ついつい二人の戦いに見惚れてしまっていたが、僕らは奥の路地を任されている。感心している場合ではない、早く対処しに行こう。セリアに合図をして、僕らは路地に向けて走っていった。

 進んでいった先には、マンティスやスパイダーといった魔物が五匹ほど蠢いていた。人影はないし、民家の玄関口などもないので、気を遣って戦う必要はないな。


「――ヘルフレイム!」


 セリアが中級魔法で先制する。マンティスが一匹炎に巻かれたが、他の魔物は素早く退いて攻撃を避けた。


「そこだ!」


 後退した二匹のスパイダーをまとめて、斬鬼によって巨大化させた剣で斬り裂く。一匹のスパイダーは真っ二つになったが、ジャンプしたもう一匹は、足を半分ほど失ったものの、即死を免れた。まあ、どうせ立つことが出来なくなれば変わりはない。僕はジタバタもがくスパイダーに、止めの一撃をお見舞いした。


「フリーズエッジ!」


 後ろから、氷の刃が勢いよく飛んできた。風を切る音が耳に入ったので、かなり至近距離を通っていったらしい。その刃が残ったマンティスを見事に貫いたが、正直今のは心臓が止まりそうになった。


「てへ」

「てへ、じゃないです」


 セリアの頭を軽く小突く。ちゃんと反省はしているようだ。……まあ、信頼しているからこそギリギリを狙えたんだと、好意的に解釈しておくとしよう。

 ここの魔物は全て退治できた。しかし、この路地から魔物が出てきたということは、どこかに秘密の抜け道があるのかもしれない。以前魔物が現れたときには詳しく調べなかったけれど、今回こそはきっちり調査しなくては。

 セリアと左右に分かれて、路地一帯をくまなく調べていく。ゴミ箱やガラクタなどが結構散らばっているのは汚いが、そういうものに混じって何かが隠されている可能性は高い。


「……んー?」


 路地の半ばまできたところで、セリアが不思議そうな声を出した。何かあったのかと彼女のそばに近づくと、そこには大きな石のプレートのようなものがあった。


「粗大ゴミってわけじゃないな……」

「というか、ここの地面に窪みがあるんだけど……このプレートがぴったり嵌ってたみたいじゃない?」

「あ、確かに」


 言われてみれば、プレート周辺の床には四角形の窪みらしきものが僅かに覗いていて、プレートはそこに嵌っていたものがズレたような感じだった。


「怪しさ満点よね」

「うん。……このプレート、どけてみようか」

「賛成ー」


 二人でプレートの両端を掴んで、持ち上げる。かなり重量のあるプレートだったが、何とか動かすことができた。

 そして、窪みがあった床に現れたのは。


「これ……地下通路じゃない?」

「う、うん。間違いない」


 五十センチほど掘られた空洞。そこに石造りの階段があって、下へ下へと続いていた。天井は低いけれど、人が通れるくらいの幅はある。

 どうして街の中に、このような階段があるのかは不明だが、魔物たちは間違いなくここから侵入してきたのだろう。だから、蓋をしていたプレートがズレていたのだ。


「行こう」

「ええ」


 セリアに杖で光魔法を発動してもらって、僕たちは地下へ続く階段をゆっくり下りていった。


「ノナクス廃坑を思い出すけれど」

「ここも、相当昔に作られたものでしょうね。階段も壁も、古びてるし」


 廃坑のときは壁にランタンが取り付けられていたものだが、この地下にはそれすらない。出来た当初から、頻繁に使われるような場所ではなかったということか。人一人が通るのでやっというスペースだし、秘密の通路といった印象だ。

 四十段ほど下りたところで、階段が終わる。その先は下水路と合流していた。道の隣にすぐ排水が流れていて、柵もないのでふざけていたら落ちそうだ。おまけに排水ならではの臭いもする。


「地下ですもんねー……こうなってるのかあ」

「うん。ここを進むのは気が引けるけど、魔物が各所に現れた理由も解決だね。こういう地下への道が、裏通りには幾つか存在するんだ。それで、ここにいた魔物が外へ出ていったんだよ」

「それしかなさそうね……」


 では、魔物は地下で生まれたものなのだろうか。種類としてはラットやスパイダーなど、この環境で生まれてもおかしくないものばかりだ。しかし、確実にそうとは言えないし、結論を出すのは早計だろう。

 杖の光を頼りに、僕たちは地下を探索してみることにした。下水の臭いはきついが、次第に慣れてくるだろう。とりあえず、何らかの成果は上げたいものだ。


「あ……魔物だわ」

「数はいないね。僕が行く」


 レイズステップで速度を上昇させて、僕は物陰にいた魔物を斬り伏せる。魔物はマンティスだったようで、切断された前足が排水にポチャリと沈んだ。


「マンティスか……こいつは地下っぽくないもんな」

「街の外にも入口があって、そこから入って来てる……そんな感じかしら」

「排水が街の外へ出ていくなら、そうなのかも」

「とは言え、迷路みたいだからねえ」


 魔物の侵入口を探すのは難しそうだ。下手をすれば、自分たちが入ってきた所すらも分からなくなりそうなのだから。……入ってきたところに目印でも置いておけば良かったかな。


「……あっ」


 ふと、視界の端に魔物の影を捉えた。奥に別の階段があって、そこを上っていったようだ。また街に出ていってしまうと危ない。上りきる前に倒さないと。

 僕たちは魔物の後を追って、階段を上る。そして、中間あたりでそいつ――スパイダーだった――に追いつき、剣の一閃で倒す。何とかこの魔物は阻止出来たが、他にも上っていった魔物がいるかもしれないので、一度この階段から外へ出て、辺りの様子を見ていくことにした。

 細い階段を、一段一段上っていく。その先は壁になっていて、天井にも切れ目はなかった。ここは石で蓋をしているわけではなさそうだ。なら、どこに出入り口があるのだろう。


「うーん、上に何もないなら、この壁しかないわよね」

「秘密のスイッチとかレバーとか……」


 そう思っていると、壁の一部に指が引っ掛かりそうな窪みを見つけた。……なるほど、昔からある通路なら、原始的な造りであるのも当然か。壁に見せかけた隠し扉というわけだ。魔物はここを通っていなさそうだが、念のために確認だけしていこう。

 僕は窪みに指を掛けると、力を込めて開いていく。扉は尋常じゃなく重たかったが、何とか少しずつ、ガラガラと横にスライドしていった。


「ふう、開いた……」

「力持ちね、トウマ! ……って、あれ?」


 開いた扉の向こうに目を向けたセリアが、そのまま固まる。変なものを見つけたのだろうか。


「どうしたの……」


 僕もそちらに目を向けた。

 そこには、予想外の光景が待ち受けていた。


「……お前たち、何者だ?」


 そこにいたのは、宣言式のときに見た、ヴァレス大公を守護する騎士の一人、ドラン=バルザック。

 そう。扉の向こう側は……大公城に繋がっていたのだった。

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