2.予定外の対談

「事情は分かった。お前たちは街に出現した魔物の侵入経路を探すうち、地下通路を見つけてそこを探検していた。そして、出口の一つがこの城に繋がっていた……と」


 大公城の応接室。広々として沢山の調度品がこれでもかと取り揃えられている室内で、僕たちは守護隊の二人に事情聴取を受けていた。ドラン=バルザックさんと、エリオス=ライズナーさん。二人とも、険しい表情でこちらを見つめていた。


「本来なら、君たちがここへ入って来てしまったことは罪に問われるくらいなのだが……それは流石に、ね」

「うむ。エリオスの考えている通り、今回のことは不問とするべきだろう」

「問題はむしろ、あの地下通路だね」

「そうだな」


 地下通路の存在は、大公城で生活する者たちでさえ知らなかったことらしい。二人の話を聞く限り、ヴァレス大公も寝耳に水のことだったようだ。


「それで、君たちはギルドの関係者だったりするのかな? 大公はギルドや私設兵団を快く思っていないから、申し訳ないのだけどこの件は忘れてほしくてね……」

「揉め事になるのは面倒だからな。話も粗方聞けたし、お帰り願いたい」

「えっと……それなんですが、僕たちはギルドでも私設兵団でもないんですよ」

「ん? だとすると……」

「あれじゃねえか? 魔皇討伐の参加希望者」

「ああ。それがあったね」


 二人で納得しているところ悪いが、そういうわけでもない。気が進まないが、名乗っておくことにしよう。


「僕たちは、勇者とその従士です。イストミアから旅立って、魔皇を倒すためにコーストフォードまでやってきました」

「……何?」

「こ、これが一応、証拠です」


 自信は無くしてきたのだが、出せる証拠はこれくらいしかない。僕はドランさんとエリオスさんに、右手の甲にある勇者の紋を示した。二人は食い入るようにそれを見つめて、それから溜息を吐く。


「……そうか。まさか、勇者とは」

「こんな若いのがね。……まあ、勇者は毎回これくらいだったか」


 一応、理解はしてくれたようだ。ドランさんの口ぶりには少し敵愾心を感じたが、気性の激しい人なのだろう。そこをエリオスさんが抑えているのだ、多分。


「コーストフォードに到着したときにも、一度城へ来てるんですが、警備が厳しくて入れなかったんです。それって、伝わってたりは?」

「いや、しないね。恥ずかしい話なんだが、大公の命令で城の警備はとても厳しくなってるんだ。前回は勇者が来たら、ちゃんと迎え入れていたらしいんだけど」

「今は各国の要人が、正当な理由で訪問しない限りは中へ招かないんだ」

「自分の身を守るということに関しては、それでいいんだろうけどね……」

「ふん。国が守れなくなるようじゃ、情けない話だがな」


 大公を守護する役目を担っているはずの二人も、その横暴には賛同しかねているようだな。ひょっとしたら、後の二人だって心から大公に仕えているのではないかもしれない。

 コメントに困っていたとき、応接室の扉がコンコンとノックされる。そして入ってきたのは、守護隊の一人、アルマ=カルラさんだった。彼女は僕たちに向かって優雅に礼をしてから、用件を話した。


「ヴァレス大公が、お二人と話をしたいとのことです。案内するので、付いてきてくださいな」

「それは本当かい? アルマ」

「です。私もちょっと意外だったんですよ? 周り全部が敵みたいな大公が、話したいなんて」


 やはりアルマさんも、大公を快く思っていないようだ。だとすると、自分を守ってくれるはずの隊が全員、肝心な時に彼を見放すなんてことにもなりかねないのではないか。どうでもいいが、流石に哀れにも思えるな。

 とりあえず、僕たちはアルマさんについていくことにする。突然決まった謁見だったが、最初に城へやって来たときの緊張感はもうなかった。散々良くない話を聞いたし、宣言式で姿も見たし、僕の中でイメージが固まってしまったからだろう。セリアはまだ、若干緊張が残っているようだったが、最初よりは全然マシなようだった。


「勇者様が来てたのは、ついこの間聞いたんですが、まさかお城に来てくれていただなんて。不快な思いをしたのならすいません」

「いやいや。大公の言うことは聞くしかないんでしょうし、仕方ないです。兵士さんも申し訳なさそうにしてたので」

「大公が人間不信になってるのは、自分の身勝手さで市民や周囲の人間が反感を抱いているという事実を、ちゃんと認識してるからなんですけどね」

「その認識が、余計に大公を追い込んでしまっていると」

「ですです」


 強がっているのは、心が弱い証拠だということだ。うーん、決して好きにはなれないが、ちょっとだけ同類かもと思ってしまうなあ。


「あ、そう言えば。アルマさんって、ミレアさんの先輩なんですよね?」

「ふえ、ミレアちゃんの知り合いなんです? まあ、ギルドで活動してるし、勇者様と知り合っても不思議じゃないか」


 少し気が緩んだようで、やや口調が砕けた感じになる。今の一言だけで、何となくミレアさんが彼女のことを天然と評したわけが察せられた。ドジっ子属性がある人なんだろうな、きっと。


「ミレアちゃんとは家が隣同士で、貧困層だけどお互い助け合って生きてきました。彼女は意志が強くてギルドに入り、私は家族に楽をさせたくてコーストン兵に入団して。別々の道にはなったけれど、今でも不定期に会って愚痴を零し合ってるんですよ」

「ふふ、仲がいいんですね」

「ずっと一緒だったから。……ここだけの話、私もギルドに行こうかなって思うことが度々あって。ミレアちゃんはそのことにたいして良いとも悪いとも言わないけど、多分来てほしいんだろうなあ」

「大公のやり方に賛同できない……から?」

「私、守護隊になれたのは異例だったんです。勉強も魔法も頑張ってたから、そのおかげかなって思ってたんですけど。……あるとき兵士の一人が話しているのを聞いたんですよ。大公が気に入ったから選んだらしいって」

「そ、それは……」


 努力して入団して、立派な成果を上げられたと思っていた矢先に、そんな事実を知る。アルマさんを襲ったショックは、途方もないものだっただろう。あまりにも、酷過ぎる。


「エリオスも、もし変なことをされそうなら止めてしまえって言ってくれてるし……あ。今のはナシで」

「あれ、ひょっとして……」

「勇者様。聞かなかったことに!」


 ああ、やっぱりこの人はドジっ子属性のようだ。しかし、なるほど。バレないように、エリオスさんと交際中というわけか。難しい状況だが、幸せになれればいいな。


「……はい、着きました。あの扉の向こうが謁見の間です」

「あはは……ありがとうございました。今の話は全部、ここだけの話にしますから」

「お願いしますね、勇者様、従士様。……では」

「ありがとう、アルマさんー」


 アルマさんはまた優雅に一礼して、長い廊下を歩いていく。僕たちはそれを見届け、目の前にある大きな両開きの扉と向かい合った。

 扉の傍には兵士がいて、僕たちが勇者であることを告げると、無言でこくりと頷き、力強くノックをする。そして、勇者様が参られました、と中にいる大公に伝え、その返事が来てから、ゆっくりと扉を開いてくれた。


「失礼いたします」


 言葉遣いには悩むが、分からないのだから仕方がない。思いつく限りの敬語で話すだけだ。

 ヴァレス大公は、部屋の奥にある豪奢な椅子にどっかと座り込んでいた。片肘をついて、眠たそうにしながら僕たちの方を見る。この部屋にも左右それぞれに兵士が一人ずつ立っていて、身の回りの警備だけは抜かりないんだなあと思わされた。


「お主らが勇者とその従士か」

「はい。トウマ=アサギと、セリア=ウェンディと申します」

「ふん。軟弱な体つきをしておるが……まあ良い。どうも、街に出没した魔物を追った結果、ここへ辿り着いたということだが」

「街の中に地下通路の入口がありまして。調査するうちに開いた扉の先が、この大公城だったわけです」

「地下通路というものには驚かされたが……こうして勇者が入り込んで来てくれたのは幸運じゃな」

「……と仰いますと?」


 ヴァレス大公は、無駄に大きな鼻息を鳴らしてから、話を続ける。


「お主らには、儂の勅命の下、魔皇討伐に当たって欲しいのだ。民間の魔皇討伐隊を束ねる存在としてな」

「……ああ……」


 話があるとすればそれくらいだろう、とは予想していたので、そこまでの驚きはなかった。結局は、ヴァレス大公も勇者というイレギュラー、いやむしろレギュラーに希望を持っているということだ。

 徹底的に外部を排除することで身を守っていた大公。彼は、魔皇討伐に関しては勇者が勝手にやってくれればいいとすら思っていたのだろう。宣言式をするだけで、後は勇者や周りの人物が魔皇を倒すのを待ち、それを自身の方策だったとする。そうすれば、最小限の労力で最低限の結果は作れるわけだ。ギルドや私設兵団だけでなく、勇者まで雑に扱うつもりだったんだな。

 ところが、そこに何故か勇者が転がり込んできた。予想外のことだったが、来てしまったのなら直接命令しておこう。そうして勇者が大公の命を受けて倒したと言えば、多少のイメージアップにも寄与するはず……そんな考えで、僕たちはここに呼ばれたという感じか。


「元より魔皇を討伐する予定でしたので、大公様がそう仰るなら、是非務めさせていただきます」

「そうかそうか。良い返事をくれるものと、初めから期待しておったぞ」


 期待していたなら、勇者だけは城へ招いても良かったんじゃないかな、と心の中で皮肉る。きっとヴァレス大公は、今後も鎖国というか、鎖城を続けるんだろうなあ。


「式に参加しておったなら既に知っているとは思うが、魔皇討伐作戦は明日、決行となる。明日に備えて、今日のところはこの城で英気を養うが良い。しくじってもらっては困るのでな」

「この城で、ですか?」


 イラっとする台詞はあったが聞き流し、僕は城に泊まることになるのかどうかを確認する。大公は二度は言いたくないとばかりに面倒臭そうに頷いて、


「部屋は余っておるのでな。案内は……守護隊の誰かを呼ぼう」


 そう言うと、横に控えていた兵士に命じて、守護隊を呼びに行かせた。

 程なくして兵士は、守護隊の一人を伴って戻ってくる。さっき話した三人ではなく、新しい人……確か、ソフィ=セレストラさんだ。彼女は謁見の間に入ると一礼して、お呼びでしょうか、と大公に声を掛けた。


「勇者とその従士だ。お主にも話は伝わっているだろう。彼らには、この城に一泊してもらうことにした。その方が何かと便利なのでな」

「畏まりました。適当な部屋にご案内すればよろしいですね?」

「頼む」


 心得たと、ソフィさんはまた頭を下げる。そのやり取りが終わると、大公はもう用が終わったという風に、だらしない姿勢で目を閉じた。……これで謁見終了、か。

 城に泊まるよう言われたのは驚いたが、どうせ招いたのなら城を守る戦力として確保しておこうという考えなのだろう。地下通路の存在も判明したし。自己中心的で行き当たりばったりな人物ではあるものの、別に魔皇討伐を邪魔するわけではないので、素直に従っていてあげよう。


「では、勇者様、従士様。私に付いてきてくださいな」


 ソフィさんに言われ、僕たちは謁見の間を抜ける。

 最後に深々と礼をしたが、残念ながら大公はもう、眠りについているようだった。

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