12.手合わせ、そして

 コーストフォード近郊。街の南門を出て数分の原っぱで、僕たちは模擬戦闘を行うことになった。曇天の昼下がり、集合場所には既に、ランドルさんたち三人の姿があった。


「お待たせしました」

「いえ、私たちも来たばかりですので」


 そう言いつつ、セレスタさんとケイティさんは、軽く準備運動をこなした後のようで、息を整えている最中だった。僕たちも時間をもらって、柔軟運動をしておくことにする。


「武器はこちらで用意してあります。あくまで模擬戦闘なので、木刀をお使いください。セレスタとケイティも、木刀と矢じりのない矢を使います。セリアさんの杖は、どうぞそのまま」


 武器が安全な物になる以外は、通常の戦闘と変わらない。経験の浅い僕たちとしては、安全であることで躊躇いを払拭できるのでありがたかった。

 体が温まったので、僕は木刀を受け取って、準備完了をランドルさんに告げる。ランドルさんは一つ頷くと、セレスタさんとケイティさんに指示を出した。


「トウマさんの相手はセレスタが、セリアさんの相手はケイティが務めさせていただきます」

「はい、お願いします!」

「お手柔らかによろしく!」


 僕たちが頭を下げると、二人も礼を返してくれる。


「手加減はしない。苦しくなったらいつでもギブアップしてほしい」

「何度でも手合わせしてあげるから、適宜休憩を申し出てね」


 その余裕は、決して油断ではない。二人は確実に僕たちよりも格上だ。能力差をきちんと理解した上で、彼らは僕たちに忠告してくれている。

 でも、多少は無理をしてでも、強くなりたいのだ。

 この剣がどこまで通用するかは分からないが、出来るところまでやってやる。


「それでは、構えて」


 四人同時に、武器を構えて相手を見据える。緊張の一瞬。


「……始め!」


 試合開始だ。

 セレスタさんの武器は巨大なツーハンデッドソード。攻撃に特化した戦闘スタイルだ。木刀もそれに合わせたサイズのものを使っている。特注品だろう。木製でもそれなりに重いはずだが、彼は剣を軽やかに振るう。相当な筋力と敏捷性だ。

 初撃を躱して、僕は相手との間合いを見極めようとする。……駄目だ、武器の大きさからしても体の大きさからしても、こちらの攻撃範囲よりも明らかにセレスタさんの攻撃範囲の方が広い。単純な打ち合いでは分が悪いな。

 セレスタさんも、自らのアドバンテージをちゃんと理解しているので、距離を詰めてくる。このままだと、防戦一方だ。僕が持つアドバンテージを、積極的に利用していかねば。


「――破!」


 猛攻の間隙を縫って、一の型を発動し、セレスタさんの胴を狙う。それは木刀で防がれたが、狙い通りだ。スキルの衝撃をエネルギーとして、僕は自ら後方へ吹き飛んで、着地する。

 セレスタさんはすぐに距離を狭めてくるが、これだけ飛べば余裕がある。僕は今のうちにと、力と速度を上げる補助魔法を発動した。


「――閃撃!」


 僕が突然反撃に転じたことで、セレスタさんは足を止めて防御態勢をとった。木刀でスキルの斬撃を受けきるが、その後にはもう、彼の視界から僕の姿は消えている。


「――交破斬!」


 死角からの追撃。これには流石のセレスタさんも無傷とはいかないだろう。そう思ったのだが、彼は体をぐるりと回転させて、二撃目も防ぎ切った。……近距離での戦い方は熟知しているのだから、これくらいは朝飯前か。

 ダメージは通らなかったが、態勢は崩せた。僕は間髪入れず次の攻撃に移る。


「――無影連斬!」


 初級スキルの連打が通らないなら、強いスキルを使うまで。僕は渾身の魔力で、斬撃を放つ。

 だが――


「――崩魔尽」


 攻撃しようとしていたはずの僕が、逆に無数の斬撃を受けて吹き飛んでいた。……セレスタさんは、僕の更に上を行っていたのだ。

 第八スキル、崩魔尽。使用者前方を半円状に斬り刻む、光円陣の上位互換とも言える範囲スキルだった。僕はその領域に踏み込んだ刹那、スキルの餌食になってしまったわけだ。

 この人は……冗談抜きに強い。


「旅を始めてまだ一週間程度だそうだが……中々の腕前だな」

「……まだまだ!」


 僕は立ち上がり、木刀を構えなおす。単純な能力では、やはり埋めようのない差があるようだ。それなら、僕にしか出来ないことで、その差を埋めなくちゃいけない。

 持ち得る手段の全てをありったけ使う。そういう戦い方でいかなければ。


「――ブラックアウト!」


 魔術士の闇魔法を発動し、セレスタさんからほんの僅かな時間でも視界を奪う。どうせ魔法攻撃力は低レベルなので、威力には期待していない。

 魔法がセレスタさんを襲うのと同時に、僕は七の型・影を発動した。アーネストさんが使った、速度特化のスキルだ。各職の補助スキルを重ねがけすること。それを単独で行えるのは、まず僕だけの特権だろう。

 更に上乗せだ。剣術士の第六スキル、斬鬼を発動して、剣に巨大なオーラを纏わせる。スピードと攻撃範囲、これだけ底上げすればセレスタさんにだって、届くはず……!


「なんと……!」


 暗闇状態が解けたセレスタさんは、僕の変貌に驚愕する。流石の彼も、こんな戦い方をする相手には出会ったことがないらしい。勝機があるとすれば、今この瞬間だけ。セレスタさんが戸惑っている今だけだ。


「はあッ!」


 交破斬、剛牙穿と畳みかけるようにスキルを放つ。セレスタさんは僕の刺突に対し、流水刃を発動させて攻撃を受け流して、そのまま自身は反撃の姿勢に入った。的確な判断だ。

 だが、それすらも予想の範疇だった。


「――爆!」


 剛牙穿の勢いで、僕とセレスタさんはほぼゼロ距離になっていた。剣での攻撃を逸らしたことで彼はひとまず安心したことだろうが、それは違う。僕には拳という第二の武器があるのだから。

 セレスタさんが反撃に移るよりも速く、僕は今の魔力で使うことの出来る最も強力なスキル、八の型・爆をお見舞いした。拳に魔力を集中させ、その名の通り収縮、爆発させる攻撃だ。今まさに反撃しようとしていたセレスタさんには防御行動などとれるはずもなく、僕の一撃は彼の腹部にクリーンヒットした。


「が……はッ……」


 セレスタさんは、爆発によって体をくの字に曲げたまま吹き飛び、落下地点でそのまま蹲った。特注の木刀が、ガランと音を立てて地面に落ちる。……勝負あった。


「そこまで!」


 ランドルさんが手を挙げて、終了を宣言する。危なかったが、何とか勝つことが出来た。多分、これが長期戦に持ち込まれていたら、僕に勝ち目はなかっただろう。虚を突けたからこそ、最後の一撃を当てることが出来たのだ。……しかし、安全のために木刀を渡されたのに、爆発するような武術士スキルを使って勝つって、反則級で申し訳ないな。


「……ありがとうございました」

「いや、私の方こそ。こんな戦いは初めてだった。非常に有意義な、時間だったよ……ゲホッ」


 痛みが引かないようで、腹部を押さえながらセレスタさんは立ち上がる。それでも彼は、戦士の礼儀として、握手を求めてきてくれた。僕も手を差し出して、固い握手を交わす。


「勇者の剣が抜けなかったと言ってましたが、その代わりに、途轍もないギフトを得ているみたいですね、トウマさんは」


 ランドルさんが近寄ってくる。僕は笑顔で頷いて、彼に木刀を返却した。


「正直、セレスタがここまであっさり負けてしまうとは思ってもみませんでした。あくまで模擬戦闘とはいえ」

「あの一撃でストップが掛かってなければ……セレスタさんがまだ立ち上がっていれば。僕は絶対に負けてますよ。意外性の勝利、というか」

「はは、それは謙遜だ。完敗だったよ、私の」


 それこそ謙遜だろうが、セレスタさんがそう言ってくれると、強くなれているという自信が持てた。

 セリアとケイティさんの戦いはどうなったかなと振り向いたとき、ガン、という大きな音が響いた。どうやらそれは、セリアの杖がケイティさんの放った矢に弾き落された音のようだ。封魔の杖はクルクルと宙を舞い、セリアから遠く離れた地面に落下した。


「……あちらも勝負あったな」

「そこまで!」


 ランドルさんが、さっきと同じように宣言する。あちらはケイティさんの勝利に終わったわけだ。まあ、僕が勝てたのも偶然なのだし、セリアが負けたのは当然の結果とも言えた。


「あっちゃあ……詰めが甘かったなあ」

「ふふ、惜しかったわね」


 弓を背に戻して、ケイティさんがセリアに近寄る。そして二人も握手を交わした。二人のやり取りを聞くと、良い勝負だったような感じだが、どんな展開だったのだろう。同時にやるんじゃなくて、別々にやっていたら観戦できたんだけどな。


「トウマくんが規格外だって言ってたけれど、セリアちゃんも中々特殊じゃない。従士の存在って、勇者よりも目立たないせいで、情報が少ないのだけど。過去の従士たちも皆、そんな素養を持ってたのかしらね」

「さあー……。でも、魔術士としての力には恵まれてたっていうのはお祖母ちゃんから聞きました」

「じゃあ、それは従士が持つ力なのかもしれないわ」


 どうやら戦闘の中で、ケイティさんはセリアが持つ特殊性に気付いたようだが、一緒に旅をしてきたはずの僕にはそれがさっぱり分からなかった。


「セリア、どんな力を持ってるんです?」


 すぐに聞いておきたくて、僕はケイティさんに訊ねてみた。彼女はちらりとセリアの方を見て、


「クラス別に適性があることは常識よね。魔術士適正の人は、他クラスのスキルを覚えるのはほぼ不可能だと。でも、クラスだけじゃなくて属性にも適正というのが存在するのよ」

「属性……そうか……」


 今まで意識したことはなかったが、魔法には五つの属性があった。火、水、雷、光、闇の五種類だ。なるほど、そこに適正があるというのは尤もな話だ。ゲームでも基本のルールだったりするよな。


「魔術士のスキルは、例えば第二スキルを習得すると、フレイ、ブリズ、エレクの三種類が使えるようになる。もし使用者が雷属性の適正を持っていた場合、三種類全て使うことは出来るけれど、威力が一番強いのはエレク、ということになるわけね」

「その話をするってことは、つまり」

「ええ。セリアちゃんは、一言で表すなら全適正。全ての魔法が威力の低減なく使えるみたいなのよ。戦ってみて分かったわ。全属性の魔法を同じ威力でバンバン打ってくるんだもの」


 今までの戦いでも、セリアは火、水、雷と色んな属性のスキルを満遍なく使っていた。それが出来るのは特別なことだったわけだ。自然と使っているものだから、この世界の常識を知らない僕はその凄さを全然認識していなかった。……僕自身の魔法は、何を使ってもそこまでの威力にならないってこともあるし。


「ふふ、お二人とも、自身がどれほどの力を持っているか、確認できたようですね」

「ええ、とても大きな収穫です」

「次は勝ちたい!」

「若い子の成長は早いものね。きっとすぐに抜かされちゃうわ」

「私も精進せねばな。若い者だけが成長できるわけではないのだから」


 どうやら僕たちだけでなく、セレスタさんとケイティさんにとっても、今回の模擬戦闘は良い敬虔になったらしい。僕たちがそんな風に影響を与えられるなんて、嬉しい限りだ。

 こんな機会を得られて、本当に良かった。ランドルさんたちにそして勇者グレンに、感謝しないとな。


「では、無事に終わったところで帰りましょうか。よろしければ、今日も夕食をご用意しますが」

「えっ。それは大変魅力的ですねえ……」


 ご飯に釣られて、セリアが行きたそうに呟く。まあ、特に断る理由もないし、美味しい料理と楽しい話が出来るのだから、お言葉に甘えようかな。

 そう思って、ランドルさんにお願いしますと言おうとした、まさにそのときだった。


「おーい! トウマくん、セリアちゃーん!」


 街の方から、僕たちを呼ぶ声が聞こえてきた。あれは、ミレアさんだ。かなり慌てた様子でこちらへ向かって走ってくる。正直、転びそうで怖かった。


「ど、どうしたんですか」

「はあ……はあ……た、大変なんだ」

「一体何があったのです?」


 ランドルさんも、不安そうな顔になってミレアさんに訊ねる。彼女は僕たち全員の顔を見回してから、こう告げた。


「街の中に、魔物が沢山現れちゃったんだ!」


 その言葉に、全員の口から一様に、驚愕の声が上がった。

 魔物の侵攻。ついに薄氷の平穏が、音を立てて崩れ去ったのだった。

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