5.訪問と依頼

 この世界に飛ばされてから、初めての曇天だった。いつもより遅く起床した僕は、外が薄暗くて、気持ちも少しどんよりとしてしまう。まあ、今まで晴れ続きだったのが珍しいのだろう。

 しっかり目を覚ますため、少しばかり体操の真似事をしてみる。体を動かすと、それなりに意識も覚醒してきた。


「おはよー……何やってるの」

「あ。おはよう、ちょっと運動を」

「ん……まあ、ちょっとだるいもんねー」


 そう言ってセリアは体を起こし、両手をぐっと上げて伸びをする。まだ眠いようで、目は半開きだ。


「今日はギルドかあー」

「うん。朝ご飯を食べたら出発しよう」

「はーい」


 セリアは欠伸をしながら返事をして、ふらふらとした足取りで、顔を洗いに行った。寝起きの姿を見られるのも、徐々に抵抗が薄れていってるみたいだな。

 身支度を整えた僕たちは、朝食をとりに昨日のレストランへ向かった。朝もビュッフェ形式なので、セリアは全く懲りずにお皿一杯に料理を盛り付ける。


「ほらほら、パンも沢山種類があるわ!」


 こういう宿の朝食って、パンとかジャムの種類が多いと見てて楽しいのは共感する。でも、絶対に全部は食べれないぞ。それにしても、食欲は凄いのにスタイルがいいのは、やっぱり栄養が胸に行くとかいう謎の理論を体現しているのだろうか……いや、何を考えてるんだろう。

 とりあえず、セリアを説得してほどほどの量に調整し、僕たちは美味しく朝食をいただく。その後ちょっとだけ部屋に戻ってから、ギルドを目指して出発した。


「今日は休日らしいわ。仕事中の人は少なそうね」

「スーツ姿の人とか、昨日は割といたもんね。はは、こうして旅してると、曜日感覚がなくなっちゃうな」


 リバンティアの曜日も、日曜日から土曜日までで一週間。月や年の概念も、元の世界と同じようだ。偶然と言えばそれまでだが、何となく、理由があったりするのかなと気にはなった。

 ギルド支部は、案内板に申し訳程度の大きさで記されていた。こういう細かいところからも、コーストフォードでのギルドの立場が見て取れる。

 西エリアにギルド支部があるようなので、宿からだとメインストリートを通り、大公城をスルーして行くルートだ。僕たちは昨日の兵士に会わないよう、通りを一つずらして歩き、西エリアまで向かった。


「メインストリートからは外れてるんだなあ」

「ここを右に曲がるのか。で、次が左と」


 大きな通りには出せないのだろう、やっと見つけた支部は、メインストリートを二つほど外れたところにあった。ギルドのものらしいロゴが描かれた看板は大きく掛けられているものの、それを見る通行人が少ないのが寂しい感じだ。

 ガチャリと扉を開けて、僕たちは中へ入った。一階は丸々受付スペースになっているようで、広々としている。右手には掲示板があって、依頼が書かれた紙が十枚ほど貼り出され、左手には世界地図やコーストフォードのエリア別案内図、それに様々な書籍が収められた本棚があった。真ん中が受付のカウンターだ。


「やあ、おはよう。待ってたぞ」

「初めまして、トウマさん、セリアさん!」


 アーネストさんと、もう一人のギルドメンバーらしき女性が受付前に立っていて、挨拶をくれる。僕とセリアもおはようございますと挨拶を返した。


「アーネストから話は聞かせてもらったよ。私はミレア=グリーン。ギルド支部の副リーダーです。よろしくね!」

「は、はい。よろしくお願いします」

「よろしくー」


 ミレアさんと握手をする。彼女もアーネストさんと同じく二十歳くらいだろうか。髪色は緑でファーストネーム通りなのが覚えやすい。身長はセリアより低いが、長めの黒マントを付けているためにマントが床についていた。背に提げている杖も分不相応に長い。ノナークで会ったライルさんみたく、彼女も少なからず幼い外見を気にしているのかもしれなかった。


「あと一人、元支部長さんもまだここの所属になってるんだけどな。悪いけど今、そいつは行方不明になってるんだ。散々人に心配かけやがってよ」

「もう、アーネストったら。そういうこと言わないの」

「ふん。頼りの一つくらい、寄こしてくれてもいいだろう」

「それは、ね。えへへ……アーネスト、凄く心配してるんだよ」

「こら、下らないことを言うな」


 デコボココンビだが、仲はとても良さそうだ。しかし、一人が行方不明で、今は二人で活動しているというのは大変そうだなあ。


「そんな心配そうにしてくれなくても大丈夫さ。ギルドへの依頼はそんなに多くないからな。魔物は私設兵団が退治しているし、俺たちのところに来る依頼と言えば、雑用みたいなものばっかりなんだよ」

「それも大事なギルドのお仕事、だけどね」

「ちゃんと分かってるよ」

「うんうん、毎日何人も、困った人を助けてるもんね」


 何となく、このギルドのパワーバランスはミレアさんの方が上なんだろうなと感じる。セリアも僕と同意見らしく、面白そうにこちらを見つめてきた。


「そこの掲示板に依頼をまとめて、ノルマを消化していってるんだ。依頼の受付そのものは、手紙か直接ここに来るかのどちらかだな。本当に困っている人だと、慌ててやって来てすぐに対応してくれってお願いしてくることもある」

「臨機応変な対応が求められるわけです!」

「く、苦労してきたんですね……」


 ギルドって、魔物をバッサバッサと倒して皆から憧れられる、勇者に近いお仕事だというイメージだったが、現実は厳しいんだな……。


「……アイツがいたころは、無茶も出来たんだけどな。というか、アイツ自身が無茶をしたがってた。後先考えずに、今やらなきゃいつやるんだよって、魔物に立ち向かってったりよ」

「あ、またカイの話になってる。……まあ、私もしょっちゅうあのころは良かったなって思うけどね」

「その、カイって人はどんな人だったんです?」


 僕が訊ねると、アーネストさんはあくまでも素っ気ない風に語ってくれる。


「カイ=ヴァーンズ。どこまでも真っ直ぐな奴だったよ。武器が槍だったこともあって、一本槍ってあだ名で読んだりもしていた。フザけてばかりだが、正義感はやたらと強くて、さっきも言ったみたいに、誰かを守るためなら周りの目なんか気にしなかった」

「……素敵な人だったんですね」

「そりゃもう。アーネスト、カイがいなくなってから一ヶ月は元気無くしてたもん。私も凄くショックだったな。未だに理由も分からないし」

「下らないことは言うなっての」

「あと、カイはねー、あの有名なアルヴァリス峠の戦いでライン帝国の魔術士と相打ちになった、ガレリア=ヴァーンズの子孫なんだ」

「アルヴァリス峠の戦い……」


 僕は知ってるはずがないので、セリアにそれとなくフォローを頼む。彼女は任せとけとばかりに頷いて、


「グランウェールとラインが戦争していたときの、一大決戦ですよね。クラスの全スキルを覚えたクラスマスター同士が戦って、それは凄まじい勝負になったっていう」

「うんうん。未だに習得方法が判明してない、十三番目のスキルを持つ者同士の戦い。そりゃあ凄かっただろうなって。その一人がカイのご先祖様だったんだよ」

「マジですか……。ということは、グランウェール出身の人だと」

「ギルドは世界を股にかける組織だから。アーネストさんだってグランウェール国民だし」

「ああ。ここへ来てからの付き合いではあるが、俺もカイもグランウェール出身なのさ」

「なるほど……」


 考えてみれば当然か。仕事で別の国に渡る人なんていくらでもいるのだから、ギルドで働く人が地元出身と限られているわけはない。


「アイツ、俺より一つ下の十九歳だったんだが、既に剣術士のスキルを十二個覚えていてな。もしかしたら、十三番目のスキルを手に入れるために、旅に出たんじゃないかともミレアと話したりしてたもんだが」

「今頃、何してるんだろうねー」

「……お二人にとって、大事な仲間なんですね」

「気に入らないことにな」

「だから、カイが帰ってくるまではギルドを潰しちゃうわけにはいかないのだ」


 ……何というか、最初はこじんまりとした場所だなあと感じていたけれど、二人のエピソードを聞いた後では、ここがとても温かい場所だなと思えてきた。この支部は、彼らとカイという人の居場所、帰るべき場所なのだ。


「さて、と。長いこと立ち話してしまってすまないな。思い出話なんて聞かせちまうとは。これからのことを話し合っておくために来てもらったんだし、そろそろ二階の応接へ上がってもらおうか」


 アーネストさんに促されて、部屋の隅にある階段から二階へ上がろうと、僕は一段目に足をかけた。しかしその時、荒々しく入口の扉が開け放たれ、一人の男性が入ってきた。


「アーネストさん、いるか!」

「ど、どうしたんだ?」


 飛び込んできたのは、初老の男性だった。息を切らしながらも、早く伝えなければと口を懸命に動かしている。そんな彼の服は、腕の辺りが鋭利な刃で斬られたようにパックリと裂けていた。


「魔物が出たんだ……街の中に!」

「街の中!?」


 アーネストさんもミレアさんも、それを聞いた瞬間驚愕の表情を浮かべる。街に魔物が出るというのはやはり、マズい事態なのだ。


「私設兵団もすぐには連絡がとれんし、大公の兵はきっと役に立たん。お前さんたちが頼りなんだ、緊急依頼として処理してくれないか」

「何たってギルドだからな。そりゃ当然ってもんだ。……しかし、街の中ね」

「あの、実は僕たちも昨日、街に魔物が現れたのを退治したんですけど。異常なことなんですよね?」

「昨日も? 異常というか、警備はどうしたんだって話だ」

「どこか、サボってるところでもあるのかも……」

「っと、行動しながら考えろって、カイの口癖だ。おじさん、悪いが案内してくれ!」

「あ、ああ。すまんが魔物をどうにかしてほしい!」


 アーネストさんとミレアさんは、おじさんの後に続いて支部から出ていく。このまま残されてもやるせないだけだ。僕とセリアも、すぐに彼らの後を追い、街の中を全力で駆けていった。

 

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