6.民を守る者たち

 魔物が現れたのは、昨日と変わらずメインストリートを少し離れた通りだった。既に襲われている人が何人かいて、壁際にもたれたまま、医者らしき人から応急処置を受けている。


「魔物はどこだ!」


 アーネストさんがよく通る声で言うと、周囲の人は一斉に彼の方を見、それから奥の路地を指差した。そちらに魔物がいるようだ。被害者の数からして、単体ではないように思える。

 案内してくれたおじさんにお礼を言い、僕たち四人は路地の方へ急いだ。角を曲がるとそこには、複数匹の魔物がゴソゴソと動き回っていた。ラットが一匹、それに初めて見る魔物も二匹ずつ、合計五匹だ。


「ラットにトード、それにマンティスまで……色々いやがるな」


 アーネストさんが魔物の名前を口にしてくれる。これもそのまんま、蛙の魔物がトードで、カマキリの魔物がマンティスというわけだ。さっきのおじさんの服が裂けていたのは、恐らくマンティスの鎌によるものだろう。


「これだけの魔物だ。単体じゃ弱いが、一気に来られるとキツい。……トウマ、セリア。手伝ってくれるか?」

「最初からそのつもりですって!」

「助太刀します!」


 僕もセリアも、迷いなく武器を構える。それを見てアーネストさんとミレアさんはニヤリと笑って、魔物たちの方へ向き直った。


「行くぜ!」


 宣言した途端、途轍もないスピードでアーネストさんが敵の眼前まで飛び込んだ。瞬発力が半端じゃない。スキルを使ったのだろうが、三の型よりも上位だ。多分、あれは七の型・影。カウンターではなく、連撃のためにある速度上昇スキルだった。


「——破!」


 まず一匹。素早いラットの脳天に拳をお見舞いし、確実に仕留める。そこへマンティス二匹が襲い掛かった。攻撃の体制から戻れていないアーネストさんには、避けるのが難しい。


「——チェインサンダー!」


 発動したのは、ミレアさんの雷魔法だ。敵から敵へ連鎖する範囲魔法は、マンティス二匹を感電させた。バチバチと凄まじい音とともにマンティスの皮膚は焼け焦げて、黒煙を立ち昇らせながら、死骸がゴトリと地面に転がった。


「助太刀、いるかなー……」

「むしろ全部やられちゃう前に、私たちも活躍しましょ!」

「あはは、そだね」


 僕は残ったトード目掛けて駆ける。奴の体は一見しただけでヌメヌメしているのが分かるし、単純に斬りつけてもダメージは与え辛そうだ。


「——スパークル!」


 ミレアさんに対抗するわけではないが、僕も雷魔法を発動させる。威力は本職に劣るが、トードたちから粘液の鎧を剥ぐには十分効果があるはず。期待通り、スパークルはトードたちの体から水分を奪い取っていった。


「——無影連斬」


 トドメは連撃だ。トード二匹を纏めて斬り刻み、倒す。このスキルは能力に比例して斬撃の回数が増えるようで、この前使ったときよりも、回数が増加しているように感じられた。


「もー、万能過ぎてそこらの魔物だと一人で片付けちゃうんだから」


 セリアが頬を膨らませる。そんな彼女にごめんと謝って、頭を優しく撫でた。余計に怒られた。


「ありがとう、助かった。街では自由に過ごしてほしいと言ったのに、すまないな」

「自由にしてます。これは勇者の務めなので」

「うふふ、トウマくん、格好いい」


 剣を収め、アーネストさんたちの所へ駆け寄る。二人もそれぞれの得物をしまって、ふう、と息を吐いた。


「……それにしてもトウマ。昨夜の話は本当だったんだな」

「あはは……実際に目にしないと信じられませんよね。間違いなく僕は、あらゆるクラスのスキルを覚えてます」

「はあー、私てっきりアーネストが冗談言ってるのかと疑ってたよ」

「お前な」


 まあ、冗談と思うのが普通じゃないだろうか。以前セリアから聞いたが、他クラスのスキルは覚えられても一つか二つらしいし。

 魔物の脅威は排除出来た。僕たちは、怪我人を安全なところまで運んだり、建物被害の確認をしたりと後処理をテキパキ進めていった。遠巻きに事態を眺めていた人たちも何人か協力してくれたので、処理はすぐに終わった。


「一時はどうなることかと思ったが……アーネストさんに頼んで正解だった。それに、君たちも……退治してくれて、どうもありがとう」

「ギルドは街の平和と国民の幸せの為に活動してるんだから当然さ。それに、勇者様だってね」

「わ。……え、えっと、その通りです」


 急に振られると言葉に詰まる。ちょっとしどろもどろだったけれど仕方ない。勇者であることは認知してもらえた。


「ゆ、勇者様……! 勇者様がギルドの人たちと一緒に戦ってくれたんだと、皆!」

「勇者様ですって! ついこの間イストミアを出発したって噂があったばかりなのに、もう来てくださったんだわ!」


 旅が始まったという情報くらいはこの街にも伝わっているようだ。この調子で、勇者の剣を持ってないという情報も広まってほしい。


「失礼! ここに魔物が出たということだが……」


 そろそろ帰ろうかというとき、大通りの方から急いで走って来た人物がいた。どうやら兵士のようだが、街の入口や大公城にいた兵士とは全く見た目が違う。……ということは、大公サイドの兵士ではない、ということか。


「おっと……セレスタさんか」

「おや、アーネスト君……」


 二人はどうやら顔見知りのようだ。とは言え、間に漂う微妙な空気からして、仲が良いというわけではなさそうだが。


「すまない。私設兵団を待ってる暇が無かったんだ。緊急の依頼だったからな」

「いや、そのことを気にする必要はない。迅速な対応、私設兵団として感謝するよ」

「……どうも」


 なるほど、セレスタと呼ばれた四十代くらいの男性は、私設兵団に所属する人物らしい。というか、立ち居振る舞いを見る限り、相当な手練れに思える。

 肩まで伸びた銀色の髪、彫りの深い顔つき、そしてかなりの長身。武器は幅広のツーハンデッドソードと、豪快な戦いぶりが想像できた。

 そんなセレスタさんが、こちらへ向き直って軽く頭を下げる。僕も慌てて同じように対応した。


「失礼、君が先日街へやって来た勇者だね。私はセレスタ=グレモリー。ランドル私設兵団の団長を務めている」

「だ、団長さん……。えと、トウマ=アサギです。よろしくお願いします」


 お近づきの印にと、握手を交わす。セリアも後ろからやって来て、身分を名乗り彼と握手した。


「市民の方から、街に魔物が出ていると知らせを受けてね。ここへ駆けつけたのだが、いやはや。ギルドの二人も、君たちも。素晴らしい手際だ」

「あ、ありがとうございます」

「しかし……どうしてセレスタさんが直接ここに来たんだ?」


 アーネストさんが訊ねると、セレスタさんは咳払いをして、


「勇者が来たという情報もあったからね。是非ともお見知りおき願いたかったのだよ。君たちと同じように」

「はは……なるほどな」


 考えることは一緒か、とアーネストさんは首を振る。そうか、この人も……というかランドル氏サイドも、勇者という存在に少なからず興味を持っているのだ。まあ、それは当然か。


「今、コーストフォードは緊迫した状況だ。私たちは、トウマ君、セリア君。君たちに期待を込めている。なに、特別なことを願っているわけではない。ただ、過去の勇者たちがそうしたように、魔皇を討伐してほしい。それだけのことだ」

「……セレスタさん」

「ま、それが私設兵団にとっても一番良い対処法だろうな」


 アーネストさんがそう言うのを、ミレアさんが嗜める。そのやりとりを見て微笑んでいるセレスタさんは、とても悪い人には思えない。ランドル=モーガンという人物は平和主義だと説明されたが、まさしく私設兵団も、平和を願う者たちの集まりなのだ。

 ギルドと私設兵団。大公が文句さえ言わなければ、案外仲良くやっていけそうな関係だと、僕は思ってしまうのだが。

 いや、きっとそれは、他の人だって思っていることなのだろう。


「これ以上居ても意味はないし、私はこれで失礼させてもらうよ。繰り返しになるが、四人とも、緊急事態への的確な対処、感謝する。……代わりと言ってはなんだが、君たちに伝えておきたい」

「……何だ?」


 セレスタさんは、僕たちに背を向けて歩き出しつつ、呟くように言う。


「三日後、ヴァレス大公が魔皇討伐に関して何らかの宣言を行うようだ。式の準備が進んでいる」

「ほ、本当か!」

「ああ。私たちも、とりあえずはそれを待って今後の方針を考えるつもりだ。……では、また」


 そしてセレスタさんは、大通りの向こうへと去っていくのだった。

 残された僕ら四人は、しばらくの間言葉を発せられないでいたが、ミレアさんが我に返ったような感じで、


「三日後、か……何を発表するんだろーね」

「さてな。少なくとも、良い発表ではなさそうだが」

「宣言って、過去に何度かしてたりするんですか?」


 僕が聞くと、二人とも緩々と首を振り、


「いや、初めてだ。だからこそ、良からぬことなんだろうって思うわけさ」

「ね。怖いなー」


 異例の宣言式、か。単純に、これから魔皇討伐に行きますという宣言なのかもしれないが、そうではない可能性も十分にありそうだ。勇者として魔皇を倒せればそれだけでいいのだが、これ以上ゴタゴタが悪化すると、僕たちまで巻き込まれて面倒臭いことになりそうで怖かった。


「トウマ、セリア。三日後の宣言式、一緒に見に行くとしようか」

「……そうですね。その内容を見極めてから動き始めても、遅くはないでしょうし」

「無視して魔皇討伐に行っても勝てるか分かんないし、後が怖いもんねえ」

「うんうん。様子見も大事だ」


 そういうわけで僕たちは、三日後の宣言式まで魔皇討伐は保留することにして、自由に過ごす方針を固めた。アーネストさんたちは、暇になったらいつでも訪ねてきていいと言ってくれたので、依頼のお手伝いや雑談をしに行くかもしれないと返事をしておいた。

 その日はもう、特にやりたいこともなかったので、食事をとりつつコーストフォード内をぶらぶらと観光し、目ぼしいものがあれば財布と相談して買い、宿に戻って休んだ。セリアは色々あり過ぎて頭の整理が出来ないと、ベッドの上でゴロゴロしていた。

 ……大きな街は、それだけ大きく、根深い問題を抱えているのだな。そう痛感する。最初は魔皇討伐のことだけを考えていたけれど、頭の痛いことが沢山だ。

 どうか、全てが良い方向に転がってくれますように。僕はそう祈りつつ、眠りに就いたのだった。

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