4.夜の来訪者

 インスタントコーヒーを用意して、三人分をテーブルに置く。それから僕とセリアはソファに座り、アーネストさんと向かい合った。

 コーストフォードにあるギルド支部の責任者、アーネスト=ドレッドさん。彼はまだ若そうなのに歴戦の勇士といった印象だった。鮮やかな赤い髪、キリリと鋭い目つき、頬を縦に走る一筋の傷痕。体つきはそれほど大きくはないものの、とても引き締まっていて、特に腕周りの筋肉は相当鍛え抜かれていた。

 防具としては身軽な服装だし、剣などの武器は見当たらなかった。彼は恐らく、武術士クラスなのだろう。戦いの際に、専用の手甲を装着するのに違いない。


「従士さんもいるし、改めて。アーネスト=ドレッド。ギルドの支部長だ、よろしく」

「セリア=ウェンディです。よろしくお願いしますね」

「トウマ=アサギです。どうぞよろしく」


 僕らは握手を交わす。大きくてゴツゴツとした手だ。ふと、レオさんを思い出した。


「……さて。急に部屋を訪れたから驚かれたと思うんだけど、実はそれより前から、君たちのことを目にしていてな。大公城に入ろうとして、断られていただろう?」

「あ……じゃあ、あのときの気配はアーネストさんだったんですか」


 誰かに見られているような感じが一瞬だけしたが、その正体は彼だったのだ。


「はは、遠くから様子を伺ってたんだけどな。バレてたか、流石は勇者だ」

「いや、そんなことは。……街に入り込んでいた魔物を倒したときにも気配を感じましたが、それも?」

「魔物だって? いや、そのことは知らないな。ふむ……魔物が入り込んでいたとは」


 そっちは違ったか。別の人物がいたのか、或いはただの勘違いなのかもしれない。


「まあ、それは後で聞かせてもらうとして。大公に謁見できなかったのはまた、どうしてなんだ?」

「えっと。信じてもらうしかないんですが、僕はどうしてか勇者の剣を抜けなかったんですよ。それで、剣無しでここまで旅してきたんです」

「何だって?」


 アーネストさんはやたらと大きな声で聞き返してきた。この人、雰囲気が体育会系だな。


「勇者の紋はあるんですよ。でも、剣がどうしても抜けなくて。その代わりに沢山のスキルが帝入るっていう、良く分からない状態になったんです」

「……それは良く分からんな、うん」

「でも、ここまで魔物を倒しながら、やって来れました。勇者として。これから先も、頑張っていくつもりです」


 その言葉に、アーネストさんはニコリと笑って頷いてくれた。


「理由はさておき、そういう経緯があって剣がないから、勇者だと証明できなかったわけだ。まあ、手の紋は偽装することも出来そうだしな」

「これくらいしか、証明するものがないんですが」

「うーむ、この先も苦労しそうだな……それは」


 途端に悲しそうな顔になって同情してくれる。アーネストさん、感情表現がかなり豊かだ。裏表のない人ということだろう。


「なあ、トウマ。提案なんだが、一時的にギルドで活動してみないか? 所属する必要は全くない。ただ、一緒に行動してくれればありがたいんだ」

「ギルドで活動、ですか」

「そうだ。俺が来たのは、君たちを勧誘するためなのさ」


 ギルドへの勧誘、か。ゲームなんかではよくあるシチュエーションだが、ここでそういう場面に出くわすとは。しかも、中々真剣なアプローチという感じだ。


「君たちがギルドで活動するようになれば、情報共有も出来るし街で動きやすくもなるはず。メリットは多いと思うぞ」

「それはそうかもですけど。どうして私たちを勧誘しようと?」

「はは、ぶっちゃけた話、それがギルドにとっても大きなメリットだからだよ。実際、俺たちも現状では動きにくいし、知名度もアップしたいって理由があってな」

「わあ、ホントにぶっちゃけた……」


 セリアが苦笑する。だが、それくらい正直に話してくれた方が信用できるのも確かだ。


「ギルドって、国とは無関係で民衆を守るために設立された組織ですよね。なのに、今は動きにくい状況なんですか?」

「仕方ないんだよ。コーストフォードはややこしい情勢だからさ」

「ややこしい……」


 警備が厳しかった理由も、アーネストさんのいうややこしさが関わっていそうだ。


「二人は、『二百年祭事件』を知ってるか?」

「は、はい。一応は」


 ちょうど、さっき勇者の手記に書かれていた事件だ。リバンティア歴二百年を記念した祭で、大公が私設兵団によって殺害されたという。


「……もしかして?」

「平たく言えば、その歴史が繰り返される可能性がある。そんな下地が出来上がっているんだよ」


 アーネストさんはそう言って、深く溜息を吐いた。


「知っての通り、二百年祭事件をきっかけにコーストンは独立を主張、グランウェールと戦争になった。長い戦いの末、グランウェールが勝利して再度支配するようになったわけだが、ここ何代かの大公は、昔に似て堕落した人物ばかりが続いてしまった。私設兵団は敗戦の後に全員が処刑され、一度は消えちまったが、民の不満が募ればその意思は蘇る。つまり、私設兵団がまた創設されたという次第さ」

「大公と私設兵団。その対立関係が再び生まれてしまった……そういうことですか」

「その通り」


 そこでアーネストさんは、温くなり始めたコーヒーを一口啜った。


「私設兵団が創設されたのは十数年前。前回の魔王討伐からしばらく経ったころだな。魔王が復活した際、コーストフォードの魔物被害が急増したんだが、大公は城の守りを固めることばかりで、周辺警備の強化には消極的だった。それを理由として、一人の大貴族が私設兵団を創ると決めたんだ。ランドル=モーガン。街の南エリアに居を構え、この都市で多大な影響力を持つ、大公にとっては癌のような存在だ」

「その人は……過激派なんですか?」

「いや、そこが唯一の救いでね。ランドル氏自身は平和主義なんだよ。だからこそ、私設兵団が出来て十数年、大きな衝突は一度もなかった」

「均衡が保たれている、と」

「ああ。だが、住民たちの支持は圧倒的に、ランドル氏なんだな」


 市民の目線ではバランスが崩れ、ランドル氏に大きな期待が持たれている、と。平和主義のランドル氏も、期待されては何もしないわけにはいかなさそうだ。


「それ以外にも、均衡が崩れそうな要員がまだある。コーストフォード軍の中でも、大公の側近としてその護衛にあたる兵を守護隊と呼ぶんだが、八年前に守護隊長の一人が謎の死を遂げたんだ」

「謎の死?」

「詳しいことは外部に伝わってなくてな、残念ながら死因なんかは不明だ。しかし、それが殺人かもしれないと騒ぎになり、犯人捜しの過程で私設兵団や一般市民が疑われることになった」

「……それは、滅茶苦茶関係が悪化しますね」

「実際、悪化した。ランドル氏も強引な捜査に嫌悪感を示したし、一般市民の感情も同じだ。そういうわけで、ギスギスとした空気のまま、コーストフォードは現在に至っているのさ」


 賑わいの公都、コーストフォード。その内情は、想像以上に複雑で混沌としているらしい。魔皇を倒してハイ終わり、とすんなりいけばいいのだが、そう簡単にはいかないかもしれないな。


「これで何となく理解してもらえたと思うけど、コーストフォードは現在、二つの組織が静かに睨み合っている状態だ。大公サイドとランドルサイド。この二大勢力に挟まれて、ギルドは肩身の狭い思いをしつつ、細々と活動しているんだよ」


 ギルドという、どこにも属さない組織。それは下手をすれば、両方の勢力から疎まれかねない存在なわけだ。特に、私設兵団は大公の代わりに市民を守ろうと創設されたのだから、ギルドと活動の指針が被ってしまっている。魔物退治の現場でかち合うということも、恐らく何度かあったのだろう。


「今、コーストフォードが立ち向かうべき問題は、間違いなく魔皇だ。けれど、街の中はゴタゴタしていて、殆どの人がそちらに気をとられてる。ギルドとしては、出来ることなら魔皇を討伐して、魔物の脅威を取り除きたい。……そこで、君たちに出会ったんだ」

「ははあ……良く分かりました」

「要するに、私たちと協力して魔皇を倒すなら、どっちの勢力にも睨まれないってことか」

「二人とも、理解が早くて助かる。勇者は魔皇を、魔王を倒す存在だ。その手伝いをするのなら、それはとても自然なことだろ?」


 勝手に魔皇を倒したのではなく、勇者を手伝って魔皇を倒した。そういう流れなら、文句をつけられることもなく、ギルドとして活躍が出来る。アーネストさんはそう考えているのだ。それで、ギルドに所属する必要はない、か。むしろ僕たちが、ギルドを使役するような形が望ましいんだな。


「俺たちギルドは、純粋にコーストフォードの危機を救いたい。……それはトウマ、セリア。君たちとも共通していると信じている。どうか、俺たちを使ってはくれないだろうか」

「……はは、そこまで低姿勢でこられると、断ったら悪者みたいじゃないですか」


 僕は笑って、手を差し出す。この選択に、セリアも異存はないようだ。


「僕たちからも、お願いします。魔皇退治、一緒に頑張りましょう」

「……ああ!」


 僕たちは、もう一度固く握手を交わす。

 今度のそれは、一つの誓いだった。


「今日はもう遅い。明日にでも一度、ギルド支部に来てくれないか。残りのメンバー……とは言っても一人だけなんだが、そいつも紹介しておきたいしな」

「了解です。朝起きて、準備が出来たらお邪魔しても?」

「それで大丈夫だ。魔皇を討伐するまでの一時的な協力関係だから、街では好きに過ごしてくれ。仕事を押し付けたり、そういうことをするつもりは全くない」

「色々気遣ってもらってありがとうございます。それじゃあ、明日お伺いしますね」

「待っているよ。……じゃあ、今日はこの辺りで失礼するかな」


 僕たちに向かって微笑んだ後、アーネストさんは徐に立ち上がる。僕たちは彼が帰るのを扉まで見送った。


「また明日。良い夜を」

「はい。また明日、おやすみなさい」


 ……良い夜を、か。変な勘違いをされていなければいいんだけど。まあ、いいや。


「アーネストさん、か。思わぬ来訪者だったわね」

「うん。だけど、これからどうしようって思ってたところだから、タイミングはバッチリだったよ」

「きっと、それはあちらさんも同じなんでしょうねー」


 利害関係の一致だとしても、良い協力関係を結べるなら、それでいい。とにかくこれで、右往左往する必要はなくなったのだ。

 明日はギルド支部を訪問する。そこで今後の方針を、彼らと話し合うことにしよう。そして、準備が整えば、魔皇を倒しに行く。非常にシンプルだ。


「よし。それじゃあもう遅いし、今日は寝ようか」

「そうね。よく食べた後はよく寝ないと」

「あはは、健康的だ」


 僕とセリアはそれぞれのベッドに入って、電気を消す。その後には静かな寝息だけが、部屋を満たす音になった。

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