四章 悪しき魔の使徒―賑わいの公都―

1.コーストフォード

 ノナークの町を出発してから、もうどれだけ経ったことだろう。太陽が西へ傾き始めているから、少なくともお昼は過ぎている。セリアの腹時計も中々正確で、一時間ほど前に町で買って来たお弁当を頂いたから、大体四時間か五時間くらい、この馬車で揺られていることになる。

 景色はあまり変わり映えしないのだが、道は綺麗に舗装されたものに変わって来ていた。やはりコーストンの中心だけあって、その周辺は整備が行き届いているようだった。


「腰が痛いわ……」

「あはは……僕もだけどね。もうちょっとだよ」

「おう、あと少しで見えてくるはずだ」


 御者のおじさんもそう言ってくれる。移動は退屈だが、町と町との間隔に開きがある以上、こればかりは仕方がなかった。くどいようだが、馬車で移動できているだけマシなのだ。そう思おう。


「うおっと!」


 そこで突然、おじさんが手綱を引いて馬車を急停止させた。馬の嘶きが響き、車体はガクンと上下に揺れる。


「あ、あれは……」


 原因を確かめようとして前方に目を向けると、そこには魔物の群がいた。三匹ほどだが、こちらに気付いて襲い掛かろうとしているらしい。僕はセリアと一緒に馬車から飛び出て、戦闘態勢に入った。


「やっと腹ごなしが出来るわね!」

「急に動いて腰、酷くしないようにね」

「言われなくても!」


 セリアは早速魔法の準備を始めた。僕も剣を片手に魔物たちへ突っ込んでいく。鼠の魔物が二匹に、蟻の魔物が一匹だ。鼠の方は動きが素早そうだから、僕が対処しよう。


「ラットはお願い、私はアントの方を倒すわ!」


 セリアも同じ考えのようだ。幾らか戦闘経験を積んで、コンビネーションも良くなってきたかな。

 ラットは二匹とも、ジグザグ走行でこちらに向かってくる。ランダムに折れ曲がるので、予測して攻撃するのは難しそうだ。それなら、範囲攻撃がベストか。

 補助魔法をかける時間もなかったので、僕はそのまま攻撃に入る。ラットたちの進路を塞ぐような位置に立ち、そこで剣を体ごとぐるりと回転させた。


「――光円陣!」


 ウェルバルト森林で複数のボアを倒したスキルだ。全方位を攻撃できるし、見た目も格好いいので密かに気に入っていた。剣が描いた軌跡をなぞる様に、光の陣が生じ、ラットたちの体は瞬く間に斬り刻まれた。一撃必殺、だ。


「――ファイアピラー!」


 準備が整い、セリアの火属性魔法が発動される。宣言とともに、アントのいる地面から大きな火柱が立ち昇った。それがアントの体を忽ち焼き尽くし、火が消えた後には、灰以外の何も残らない。恐ろしい威力だ。


「オッケー、おつかれ、トウマ!」

「セリアこそ。でも、腹ごなしにもならなかったかな?」

「強くなってきてるもんね、私たち」


 成長しているな、とは確かに感じる。単純なスキルの強さだけではなく、戦いにおいて自分がどう動けばいいかという判断力もついてきたような。それでも、まだまだ素人がやっと戦いを覚えてきた程度のものだろう。


「いやあ、流石は勇者様と従士様だ。難なく魔物どもを退治しちまうんだから」

「あれくらいの魔物なら。いきなり現れたのにはびっくりしましたけど」

「コーストフォード近郊は、魔物が増えてきてるみたいだな」


 そう言って、おじさんは馬の背中あたりを優しく撫でる。興奮していた馬も、幾分大人しくなったようだ。


「聞いた話だが、魔皇だっけか、あれが出現したのもコーストフォードからそれほど離れてない場所らしい」

「え? そうなんですか」

「ああ。そういう事情もあって、コーストフォードは少し前から警備を固めてるようだ。俺も町に出入りするときいちいち確認されて、面倒臭いが仕方ないかと思ったもんさ」


 魔皇はコーストフォードの近辺にいる。なら、初めての魔皇戦も近いということだ。魔王の部下である、四体のエリート。果たしてそいつらは、どれ程の強さなのだろう。

 いずれにせよ、僕は必ず勝ってみせるけども。

 障害を排除したので、僕たちは再び馬車に乗り込み出発した。途中、また何度か魔物の姿を目撃したが、幸い襲ってくるものはなく、スムーズに進んでいけた。そして走り始めてから三十分くらいして、ようやく馬車は目的地前まで辿り着いたのだった。


「……見えたぜ」


 おじさんが顎を動かして前方を示す。そこには、広く高い石壁がそびえていた。町の周りを囲む、冷たい石造りの壁。高さは目測ではあるものの、ゆうに五メートル以上はあるように思われた。

 道の先に、城門が見える。分厚い木材で作られた、上下に開閉する仕組みの門だ。今は解放されているが、夜になったり非常事態が起きた際には、仕掛けを操作して門を鎖すのだろう。

 都市の全貌は掴めないが、石壁の範囲はかなり広い。間違いなく、これまで通ってきた町の数倍は大きかった。まさに公都。その存在感に圧倒される。


「ここが、賑わいの公都、コーストフォードだ。どうだ、凄いだろ」

「はい。とても大きな……」

「私、コーストンに生まれたなら一度は来たいと思ってたけど、本当に凄いところね……」


 賑わいの公都。その呼称が示す通り、きっとあの門の先には、賑やかな営みが繰り広げられているのだろう。

 歴史ある都市、コーストフォード。いよいよ僕らはやってきたのだ、この場所に。


「人口は数万人規模でな、セントグランほどじゃねえが、その歴史はリバンティア歴とほぼ変わらねえ。色々なものが積み重なった街さ」


 色々なもの。それは、喜びであったり、或いは悲しみであったり、単純なプラスマイナスでは表せないものなのだろう。それでも賑わいの公都として、コーストフォードは今日もここにあるのだ。


「頑張ってな、勇者様、従士様。コーストンを苦しめる魔皇を、バッチリ討伐してくれ。応援してるぜ」

「……はい、ありがとうございます!」


 おじさんは馬車を走らせ、ノナクスの町へと戻っていく。僕らはその姿が視界から消えるまで見送ってから、コーストフォードの方へ向き直った。


「よし、それじゃ入ろうか」

「緊張しちゃうなー……人が多いところ、初めてだわ」

「僕も苦手だから、お互い様だよ」

「私は苦手ってわけじゃないからっ」


 そんなやりとりをしながら、僕らは門の前までやって来た。守衛らしき兵士が左右に二人立っていて、こちらの姿を認めるとすぐ、声を掛けてくる。


「旅の方かい?」


 二人とも年は若く、新兵といった感じだ。恐らく、外で警備に当たるのは新人の仕事なのだろうな。お疲れ様、と言いたい。


「えっと、僕たちはイストミアから旅をしてきまして。勇者と、その従士なんですが」

「……勇者、だって?」


 兵士たちは、驚いて顔を見合わせる。そりゃ、突然やって来た子ども二人が勇者と従士だなんて自己紹介したら、そうなるよな。もう十分に理解はしているので、すぐに証拠を出すことにする。剣があれば一番の証拠だが、今はこれしかない。


「この右手。勇者の紋です」

「……た、確かに」

「本物の勇者様……?」


 二人はこういう場合どうすればいいのだろうと迷っている様子だ。ううん、不測の事態に備えて、警備はベテランと新人で組んだ方が良いような気もする。コーストフォードの内情にそこまで詳しくないので勝手なことを言うようだが、割り振りが多少甘いのではないだろうか。

 結局、しばらく悩んだ末に、二人は僕らを勇者と認め、街の中へ入れてくれることになった。少し気になって話を聞いてみたのだが、基本的にはよっぽど怪しい人物以外、街に入るのを拒絶したりはしないらしい。魔物対策に対するウェイトの方が高いとのことだ。ひょっとしたら勇者と名乗らなかった方が、あっさり入れたかもしれないな。

 とにかく、僕らは門を抜けてコーストフォードの街へ入った。大きな入口広場。行き交う人々。街の中を走る小型の馬車に、三輪ではあるが自転車まである。人と馬の足音、話し声に鳴き声、そして車輪の音。たった一瞬で、ここが賑わいの公都と呼ばれているのが理解できた。


「はえー……」

「凄いね……」


 僕もセリアも、これまでの町との違いにしばらくの間絶句していた。田舎者が都会にやって来て呆然とするようなのと同じだ。これだけの人の中で、ぼーっと突っ立ったままでいると、道行く人から馬鹿にされそうで少し怖くなった。


「う、うーん。慣れないけど、とりあえずは街に来て最初にやるべきことをしよっか」

「そ、そうね。まずは舐められないよう優雅に歩いて」

「いや、宿を探そう、宿を」


 人の数に気圧されているらしいセリアに軽くツッコミを入れつつ、僕らは大通りを進み始める。……でも、セリアの言うこともある意味正しいか。いつものように歩くことも、何となく出来ていないような気がする。どうしても緊張しちゃうなあ。

 どの通りも幅員が広く、沢山の人が歩いていても、余裕のある作りをしている。真ん中は馬車や自転車が走るルールになっているのだろう。僕らがぎこちなく歩いている横で、何度も馬車が走り去っていった。


「にしても、街の規模が違いすぎて、今自分がどこにいるか分かんなくなっちゃいそう……」

「ここは、北東エリアみたいだね。もう少し南下すれば、商業エリアだって書いてる」

「ああ……ホントだ。街が方角別に、九つのエリアに分けられてるのね。一つ一つが大きいのに、それが九つかあ」

「セリアからしたら、ここも別世界に感じられる、かな?」

「かも。トウマのいた世界は、こういうのが普通?」

「都市部だったら、もっと凄いよ。高い建物ばっかりだから」

「はあ……そこまで行くと想像すらできないわ、やっぱり」


 宿が見つかったのは、それから十分以上も歩いた後だった。種々雑多にお店が並ぶ通りの奥で、宿もまた複数軒が営業していて、自分たちの宿の安さを看板でアピールしていた。首都ともなれば、商売をする上での競争も当然のことだよな。

 安すぎるのも高すぎるのも不安だったので、僕らは少しばかり相談して、料金設定が中間の宿を利用することにした。安い宿は外装だけがやたらと派手で、見るからに危ない雰囲気だったし、高い宿は今の資金が全部吹っ飛ぶほどのお値段だったのだ。


「いらっしゃいませ」


 選んだ宿は、外観も内装も落ち着いた雰囲気で、ラウンジにもくつろいだ様子の家族連れがいて、中々好感触なところだった。受付の女性も、そつなく対応してくれる。


「とりあえず二人で一泊、お願いします」

「お食事は如何されますか?」


 そう言いながら、お姉さんは宿のプラン表をすっと差し出してくる。宿内のレストランでビュッフェ形式の食事か、或いは部屋食かを選べるらしい。セリアの方を見ると、明らかにビュッフェにしたそうだったので、そちらを選んだ。


「お客様のお部屋は三階の四号室となっております。こちらの鍵をお使いくださいませ。チェックアウトの際は鍵をお持ちになって受付までお越しください、料金の精算もチェックアウト時にさせていただきます」

「分かりました。ありがとうございます」


 鍵を受け取って、僕らは背面にあった階段を上がる。どうやら各階に五部屋ずつ、六階建てなので三十部屋あるようだ。ノナークの町との需要の差がハッキリと分かる。

 扉のプレートに、部屋番号が刻まれていたので、僕らは三〇四号室を探して、中へ入った。部屋が多いと、一部屋ごとの面積は小さいかと予想していたのだが、中は広いし整頓されている。ここを選んで正解だったようだ。


「ふう……やっと一息」

「長距離移動は疲れるね。寝てもいいんだよ?」

「寝ません。私だけ寝るなんて、無防備すぎるじゃない」

「あはは……まあね」


 十分無防備なところは晒してくれてるんですが。

 壁には時計が掛かっていて、今の時刻が午後三時だと分かる。まだ活動できる時間ではあるし、聞き込みだけでもしておこうかな。


「魔皇の情報収集に行ってみようか」

「ん、了解。でもちょっとだけ羽休めさせてー」


 セリアはそう言って、ベッドにうつ伏せで寝転がる。……だから、十分無防備ですってば。

 それからしばらく、セリアと雑談しながら過ごして、足の疲れが多少癒えたところで、僕たちは情報収集のため、再び街へと繰り出すのだった。

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