2.沈黙の公城

 人通りの多そうな小広場まで足を運んだ僕たちは、道行く人に声をかけ、魔皇の情報を聞き取ることにした。仕事で忙しく歩き回っている人もいるようで、これまでの町とは違い、すんなり話を聞くことも難しかった。

 なるべく忙しそうな人は避け、プライベートな時間を過ごしている人に絞って声を掛けることにし、十分弱である程度の情報は得ることが出来た。


「魔皇ねえ、街から西へ行ったところに根城が出来たらしいけど」

「昔は小さな村があったそうだがねえ、随分前に無くなっちまったよ。魔皇が現れたの、そこなんだってさ」

「確かあそこ、遺跡があったんじゃなかったかしら? 早く勇者がやって来て倒してくれないと怖いわ」


 どうやら魔皇は、コーストフォードの西にある廃村を拠点としているようだ。しかし、住民たちはそこまでの恐怖心を抱いていないように思える。こんな風に発展した都市では、兵隊が守ってくれていることもあって、危機感が薄まってしまうのかもしれないな。僕がいた世界だって、きっと同じような感じだった。


「魔皇の居場所は分かったけど……どうしましょっか」

「うーん、魔皇の強さとか魔物の数とかまでは分からないみたいだよね。その辺が大事なんだけど、一般市民からはこれ以上無理かなあ」

「多分、皆日々の暮らしに必死って印象だから、誰に聞いても一緒じゃないかしら」

「うん。そんな気がする」


 とりあえずは帰ろうか、と考えていたそのとき、ふいに遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。セリアの耳にも届いたようだ。僕たちは、声のした方向へ向かってみることにした。


「あそこだわ!」


 大通りを逸れた路地で、若い女性が壁際に座り込んでいた。その視線の先に、何か恐ろしいものを見ているらしく、目を見開いたまま硬直している。


「どうしました!?」


 一目散に駆け寄って、僕が訊ねると、女性は無言のまま、前方に人差し指を突き出した。そこには。


「魔物……!」


 脇に置かれたゴミ箱を漁っているのは、見紛うことなく魔物だった。僕たちがコーストフォードの手前で襲われた、ラットという鼠の魔物だ。そいつが一匹だけ、ゴミ箱に噛り付くようにしてそこにいた。

 セリアに女性を任せ、僕は剣を抜く。魔物としては弱い部類なので、決着は一瞬で着いた。縦に一閃、真っ二つになったラットは路地をゴロゴロと転がって、古びた建物の壁にぶつかった。


「まあ、楽勝だよね」

「はいはい、お疲れトウマ」


 セリアの適当な労いに苦笑しつつ、僕は女性に手を差し伸べた。彼女は震えながらも僕の手をとって、立ち上がる。


「あ、ありがとうございます!」

「どういたしまして。……それにしても、街の中に魔物って、出たりするんですか?」

「そんなことないです。今までは全く……だから、びっくりしちゃって」

「ふむ。じゃあ、これが初めてか……」


 街の入口である城門には守衛がいるし、門を閉めたりもするはずだ。にも拘らず魔物が入り込むとは、どこか守りの緩い場所でもあるのだろうか。


「怪我、ないみたいで良かったです。魔物がどこから出てきたのかは分かんないですよね」

「ええ、こっちの道に入ってきたら、もうそこにいたので……。それにしても、お強いですね。ギルドの方ですか?」

「ああ……いや。僕たちは勇者と従士です。ついさっきコーストフォードに着いたばっかりで」

「ゆ、勇者様!?」


 型通りの驚き方だ。僕が勇者の紋を見せると、女性は口元を両手で押さえて信じられないというような仕草をした。


「勇者様に助けていただけるなんて……光栄です! 一生忘れません」

「い、いや大げさですって。魔物がいたら退治する。それだけですし」

「それだけだなんて、クールな人……」


 謙遜しただけなのだけど、ちょっと勘違いされてるな。


「じゃあ、もう大公城には行かれたんですか?」

「大公城って、王様のお城?」

「正確には、大公のお城ですね。ヴァレス=ド=リグウェール。コーストフォードで一番偉い人の住む場所です」


 その発言に、僕はおや、と疑問を感じた。彼女は大公というときも、名前を口にしたときも、様とはつけなかった。気にし過ぎだろうか。


「いや、まだです。街で魔皇の情報収集をしてみようかなと思って。滅茶苦茶広いですし、偉い人に会うのは先でもいいかなと」

「勇者様の出身は必ずイストミアなんでしたっけ。それなら広いと感じるのも当然ですよね。ちなみに私、歴代勇者様の日記を読んだことがあるんですけど、それによると勇者様は各国の首都へ到着したら、一番偉い人に挨拶をしてるんですよ」

「ああ……そんなことをしてたんですね」


 まだざっと目を通したくらいだが、そう言えば国王様に謁見したとかいう記述があった気がする。重要な役目を果たす旅をしているのだし、そうした報告もまた重要なんだろうな。……緊張する。


「大公城にはどう行けばいいの?」

「お城は街の中央にありますから、メインストリートを真っ直ぐ行けば着きますよ。それにしても、可愛らしい従士様で羨ましいです」

「か、可愛らし……。そんなお世辞なんて言わなくても!」


 とか言いつつ、満更でもない様子だ。こういう照れたときの顔がまた可愛らしいな。分かってるじゃないですか、お姉さん。


「ふふ。じゃあ、私は仕事があるので、これで。頑張ってくださいね、勇者様、従士様」

「必ず魔皇を倒します。暖かい言葉、感謝します」


 女性はぺこりと頭を下げると、路地の奥へと歩いていった。小さなお店が建ち並ぶ場所だから、そのどれかで働いているのだろう。お姉さんも頑張ってくださいと、僕は心の中で思った。


「……これ以上、街の人から情報を聞けるとも思えないし。大公城に行ってみようか?」

「え、偉い人に会うのよね。流石の私も緊張しちゃうなあ……。でも、どうせいずれは行かないといけないなら、今行っておいた方がいいか」

「よし、決まり。僕も緊張してるから、変に強がったりせず行こう」

「そうね。あー、ドキドキする!」


 僕も同じようにドキドキしている。それでも少しは取り繕えるようになった。それは、間違いなくセリアの影響だろうな。

 気を引き締めて、謁見に出向くとしよう。メインストリートを直進するだけだし、お城はとても目立つから迷わないはずだ。

 ――と。


「……?」

「どしたの、トウマ?」


 急に路地の方を振り返った僕に、セリアがきょとんとした様子で訪ねてくる。しかし、僕も何が気になったのか、明確には説明できなかった。

 ただ、ほんの一瞬だけ気配を感じたように思えたのだ。でも、それはもしかすると、さっきの女性のものなのかもしれなかった。


「……いや、何でも。行こうか」

「はいはい、行きましょ」


 気にしなくてもいいか。今度こそ僕たちは路地を抜けて、大公城までの道を歩き始めた。

 街の中央を起点として、東西南北に伸びる道がメインストリートと呼ばれているようで、道は各方角で違う色付けがされていたりと目立つ造りになっているため迷う心配がなかった。今いるのが街の東エリアだったので、僕たちは東側のメインストリートを、中央に向けて歩く。こういう場所を二人して歩いていると、周りからどう思われるかが若干気になってしまうな。


「あれが大公城なんだねえー……」

「他の建物も立派なのが多いけど、あれは格が違うね」


 街のど真ん中に建つ、巨大な城。円形の城は、中央部分が一番高い塔になっており、外側には対角線上に四つの尖塔がある。天辺にはコーストンの国旗がはためき、この城がコーストンを治める者の居城であることを示していた。


「ヴァレス=ド=リグウェール大公……だっけ。どんな人物なんだろう」

「好き勝手してる人って悪評はあるんだけどね。それでも何とかなってるし、最低限の政治はしてるんじゃないかしら」

「へえ……悪評はあるんだ。さっきのお姉さん、敬意があんまりなさそうとは思ったけど」

「そもそも、コーストンはグランウェールに援助を受けてる国って感じで、大公もグランウェール国王の血族なのよ。とは言え、もう名前が一緒なだけで、血も薄まって別物になってるんでしょうけど」

「ということは、グランウェールの王様もリグウェール、か」

「ええ。クライツ=ド=リグウェール。世界で一番有名な名前ね」


 世界で一番有名、か。覚えなきゃいけないことだらけだな。

 話をしつつ、僕たちは大公城近くまでやって来る。メインストリートは四方向にあるが、城の入口は一つだけだ。南側が入口のようなので、外周に沿って南へしばらく歩き、ようやく、僕たちは城門に辿り着けた。


「そこの君、止まりなさい」


 入口の警備に当たっている兵士たちに制止を受ける。ここは素直に勇者だと名乗らなくては、謁見などできないだろう。僕は右手の甲を兵士たちに見せて名乗る。


「イストミアから来ました、勇者とその従士です。ヴァレス大公に謁見させていただきたく、参りました」

「勇者、ですと?」


 四十代くらいの兵士たちは、二人揃って困惑の表情を浮かべる。それから勇者の紋をまじまじと見つめていたが、コホンと咳払いをすると、


「失礼、お恥ずかしいところをお見せした。確かにその紋は、勇者の紋のようだ。しかし……見たところ、勇者の剣をお持ちでないようだが」

「う」


 あまりにも的確な指摘に、思わず声が漏れてしまった。まずい。剣を見せろと言われても、それは抜けなかったのだ。それ以外で納得してもらうしかないのだけれど。


「今はちょっと……。この紋で証明にはなると思うんですが」

「ううむ……何故剣を持っていないのだ?」

「それについての噂って、広まってません?」


 兵士は首を振る。どうやら剣が抜けなかったという情報は広まっていないようだ。いっそのこと、勇者は剣が抜けなかったと世界中に周知された方が、本人確認という点では絶対に良いよなあ。


「すまないな。疑うわけではないのだが、ここは大公様の住まわれる城だ。昨今は治安も悪くなっているし、魔物の問題もあって、警備を厳しくしている。大公様に謁見したいのなら、剣を持ってきていただきたい」

「……うーん、分かりました」


 剣がなければ通せない。そう頑なに言われてしまうとどうしようもない。まさかこうなるとは思っていなかったが、大公に謁見するのは諦めるしかなさそうだ。どうせ魔皇は倒すのだし、結果的に謁見が叶うかもしれない。そういう機会を待った方がいいだろう。

 僕たちは兵士さんにお騒がせしたことを謝って、大公城を後にする。

 ……そのときにまた一瞬だけ、遠くの方でこちらを見つめる気配がしたような、そんな気がした。

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