8.犯人
「……そこにいるのは分かってるんだ! 早く出てこい!」
洞窟内に響き渡るよう、僕はなるべく大声で言った。犯人が潜伏していると予想はついても、実際どこにいるのかまでは確実でなかったからだ。幸いなことに、犯人はすぐに奥の道から出てきてくれた。
斧を担いだ大男。年齢も三十半ばといったところで、髪は刈り上げている。如何にも傭兵かその真似事をしている人間、といった風体だ。雰囲気からして、この人が主犯だとは思えなかった。
「ハッ……あのデカ蜘蛛を倒すとは中々やるじゃねえか。だが、ここから生かして帰すつもりはないんだ、悪いな」
典型的な悪人の台詞を口にし、大男は斧を地面に振り下ろす。ガン、という大きな音が鳴り、鋭い刃先が地面に食い込んだ。
「あなたがクリフィア教会の?」
「ああ……俺たちの教えを信じない奴らを悔い改めさせるためによ、こうして生贄を連れてきたのさ。残念ながら、お前らが処刑人を倒しちまったが」
「教会の人間だってのに、えらく悪趣味じゃない。人を弄ぶのが好きでたまらないって風に見えるけど?」
「ふん、何とでも言えばいいさ。どうせお前らがここから出ることはないんだからよ!」
クールを気取ってはいるが、セリアの一言が意外と頭に来たのだろう、大男は斧を抜いていきなり突っ込んできた。セリアって、結構人をよく見ているから、的確なことを言えるんだよなあ。
「おら――閃撃!」
豪快に斧を振り、斬撃を飛ばしてくる。斧でのスキルは初めて見たが、基本的には剣と同じようだ。ただ、武器が大きな分、必然的にスキルの範囲や威力も大きくなっている感じはする。
ライルさんは安全な場所まで逃げ、僕たちを見守り始めた。多分、あっちには魔物の気配も人間の気配もないが、一応注意は払っておくことにしよう。この大男相手なら、それほど集中力は必要なさそうだ。
「こいつはどうだ――交破斬!」
どうだと言われても。僕はお返しにと、同じく交破斬を発動させて反撃する。相殺されるかな、と予想していたのだが、僕のスキルの方が強かったらしく、大男の斬撃を粉々に砕いた。
「ぐおわッ!?」
情けない声を上げ、大男は肩から血を噴き出す。これでも威力は減衰したはずなのだが、生身の人間に当たるとこれだけの傷を負わせてしまうのか。今は少し、セーブして戦った方がいいかもしれないな。
「――エレク!」
セリアも初級魔法で攻撃する。肩の傷を押さえていた大男は防御が間に合わず、電撃が直撃してビクビクと痙攣した。身に着けていた鎧が金属製だったのは不運としか言いようがない。
「うぐぐぐッ……!」
可哀想なくらいに隙だらけだ。流石に剣で斬りつけるのは躊躇われたので、僕は拳を構え、渾身の一撃をお見舞いしてやった。
「――一の型・破!」
鎧を突き抜ける衝撃。大男は血を吐いてくの字に折れ曲がり、悲鳴を上げることも出来ないまま、意識を失う。拳を引くと、彼の体はドサリと地面に頽れた。
「一丁上がり」
「うーん、見掛け倒しだったわね。それとも、私たちが強くなってるのかしら」
「そうかもしれないな。スキルで相手を上回れたのにはびっくりしたよ」
まだ旅を始めて間もないが、ビギナーの域は脱したのかもしれない。この人を許すつもりはないけれど、自分の実力がある程度測れたことには感謝しなくちゃな、と思った。
ライルさんも、戦闘が終了したのでこちらにやって来て、労いの言葉をかけてくれる。
「お疲れ様でした。こんな大男を倒しちゃうなんて、二人とも凄いです……尊敬しちゃいます」
「いや、この男が弱かっただけさ。まあ、何にせよ無事に倒せて良かった」
倒れ伏す大男は、しばらく目覚めそうにない。息はしているので命に別状はないが、もしかすると骨の一本や二本くらいは折れているかもしれなかった。
「……よし。それじゃこの男を縛り上げて帰ろうか。僕たちじゃ運べそうもないし、後で自警の人を呼ぼう」
「オッケー」
千切れたスパイダーの糸を使って、セリアは大男をきつく縛り上げた。手も足も縛ったので、自力では動けないだろう。
ダンゴ虫のようになった大男を床に転がしておいて、僕たちは悠々と、この広場から出ていった。
「……ふう、やはり勇者には勝てんか」
広場の奥――細い道の先から、そんな声が聞こえた。声の主は、三人がいなくなったのを確認してから、広場へ出てきて大男の前に立った。
頭をすっぽりと覆うフードつきのローブを羽織っている。顔は見えない。ただ、その声色は間違いなく男のものだった。
「しかし、デモンスパイダーを仕留めてしまうのだから、勇者という肩書も伊達ではないのだな……」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、男はそっと、ローブからナイフを取り出して、気絶している大男の前にしゃがみ込む。
そして、手に持ったナイフを振り上げた。
「悪いな。予想と違わぬ結末だったが、勝てなかったのだから契約違反だ。その命で払ってもらおう」
男は、一切の躊躇なく、ナイフを振り下ろす。目の前に倒れる大男の命を奪うために。
――そんなことはさせてやらない。
「――スパークル!」
電撃が迸る。セリアが放った雷光は瞬時にフードの男を捉え、感電させた。完全な不意打ちに、無防備な状態で魔法を受けたその男は、甲高い叫び声を上げて身悶え、蹲った。
「作戦成功、ね」
「あはは……とんでもなく単純だったでしょ。僕の作戦も、この人も」
「いやあ、全くです」
僕たち三人は、ゆっくりと広場まで戻ってくる。フードの男は体を震わせながら、驚愕しきった様子でこちらを向いた。
「お、お前たち……!」
「帰ったフリはベタだと思ったんだけど。まあ、二人いるってことを知らないフリしてたから、油断したのよね」
「ライルさんが小声で言ってくれなきゃ、本当に帰ってたかもしれない。助かったよ」
「助けられたのはボクの方ですってば。……お役に立てて良かったです」
「ち、畜生……ッ」
僕はフードの男に近づいていく。この男が主犯で間違いないだろう。いつまでも顔を隠しているなんて卑怯だ。僕は真っ先に、男からフードを引き剥がした。
そこには――
「え……」
「……あなただったんですね」
僕は重い溜息を吐く。折れた杖を目にしたときから、有り得るかもとは思っていたが、まさか本当にこの人が犯人だったとは。
「キルスさん。……観念してください」
「お前らを、甘く見過ぎていたか……」
僕たちがノナークの郊外で出会った、カノニア教会の神父、キルスさん。彼こそが、ライルさんを誘拐した犯人。
ここに来てやっと、事件の全貌が明らかになったというわけだ。
「端的に言えば、クリフィア教会を貶めたかったんですね?」
「……」
キルスさんは口を真一文字に結んだまま、何も言わない。だが、ここでの沈黙は肯定と同義だ。僕は先を続ける。
「あなたは僕たちを一目見て、利用できると考えた。勇者とはいえ子どもだし、力では敵わなくとも騙すことくらいは出来ると踏んだんですね。そこで、僕たちをカノニア教会に招待し、素晴らしさを説いた上で、クリフィア教会という異教徒の迷惑行為に悩まされていることを打ち明けた」
「そっか。キルスさん、露骨にクリフィア教会を悪く言ってたもんね」
「うん。この人の言葉があったから、僕たちはクリフィア教会に対しマイナスの印象を持つことになった。振り返ってみると、他の人からはそこまで悪い噂を聞いてないのに」
「研究所のおじさんが、隠れて布教活動してるらしいって言ってたくらいか」
「それも、キルスさんが広めたことかもしれないしね」
勘でしかなかったのだが、キルスさんの動揺を見る限り、図星のようだ。クリフィア教会の実態がどういうものか、真実は不明だが、少なくとも昨日と今日で僕たちが聞いた噂は、真実と呼べるものではなかった。
「クリフィア教会の悪い噂を流した後、どちらかと言えば中立である研究所の職員を拉致し、クリフィア教会が犯人であるかのような脅迫状を置いておく……こうしてキルスさんは、疑いの目をそちらへ向けることに成功した。最初の誤算は、僕たちがライルさんと会う約束をしていたこと、かな」
「発見が早まったってこと?」
「そう。本来なら、ライルさんが起きてこないのを研究員が怪しんで、部屋に入って脅迫状を発見、そして僕たちの耳に届く……こういう流れを想定していたはずだから。僕たちがここに来たのは、キルスさんの予想よりもだいぶ早かったんじゃないかと」
「まさか、お前らがそんな約束をしていたとはな……げほッ」
苦しそうに咳込みながら、キルスさんは悪態を吐く。戦う気はもうないようだが、気は抜かないようにしなくては。
「僕たちがあと三十分遅く到着していたら……ライルさんは既にデモンスパイダーの餌食になっていたことだろうし、折れた杖を放置しておくこともなかった。あの杖は、デモンスパイダーに折られたんでしょう」
「隠れてるのが精一杯だったってことか。生きているライルさんを囮みたいにして、奥の道に逃げ込んだのね」
要するに、僕たちが辿り着いたのはキルスさんたちが隠れた直後、奇跡的なタイミングだったのだ。僅かでも遅れていれば、ライルさんの命はなかった……。
「……どうしてあなたは、こんなことを」
「異端者を排除するのに、理由が必要か?」
「それはどう考えても極論よ!」
セリアが怒る。僕も彼女の言葉には同意だ。キルスさんの考えは、極端に過ぎる。
「世界は、二百年以上もカノニアの教えによって救われてきた。それを否定し、異なる解釈を広めて回るクリフィアが、許せなかった……。それを信じる者たちを許せなかったのだ!」
「……」
吼えるようにそう訴え、キルスさんはぐったりと項垂れた。後はもう好きにしてくれと、そう言わんばかりの哀れな姿だった。
僕は、そんな彼の肩を強く強く掴んで、告げる。
「申し訳ないけれど……今のあなたこそ、異端者そのものだと、僕は思いますよ」
キルスさんはもう、何も反論することはなかった。
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