7.廃坑を統べるもの
デモンスパイダーはその巨体ゆえに、空間内を自由に動けないだろうと踏んでいたのだが、それは驕りだった。長い脚を器用に動かして、奴はガサガサと前後左右へ自在に移動出来ていた。
気絶しているライルさんは、セリアが守ってくれているので、後ろに余計な神経を使う必要はない。デモンスパイダーの一挙手一投足を慎重に見定め、攻撃のチャンスを窺っていこう。
「――レイズパワー、レイズステップ」
補助魔法をかけ、デモンスパイダーと対照的な位置になるよう動く。ただ、周囲に糸が張り巡らされているので相当動き辛い。向こうはむしろ、糸を脚に引っ掛けて利用し、高速で移動している。相手の領域内での戦闘はやはり、こちらにとってあまりにも不利だ。
ならば、と僕は洞窟内を走り回り、剣の一閃で蜘蛛の糸を斬り裂いていく。バツン、バツンとまるで限界まで引き延ばされた鉄線が弾けるような音とともに、糸は千切れていった。
「トウマ、上!」
「あッ……」
糸の切断に気を取られて、頭上に迫るデモンスパイダーに気付かなかった。セリアの声で何とか体当たりを避け、ゴロゴロと転がって体制を整える。
「――ヘルフレイム!」
火属性の中級魔法が放たれた。セリアも糸の除去が最優先と考えたらしく、猛り狂ったような炎の渦は、壁に沿って突き進んでいった。
「……げっ」
セリアが驚く。炎が通った後、焼けたと思われた糸がまだそこに存在していたからだ。焦げ付いてはいたものの、切れるまではいかなかったようだ。セリアの炎魔法で焼き切れないとは、相当強靭だな。
魔法攻撃が災いして、デモンスパイダーのターゲットがセリアに移った。僕は慌てて入口付近まで戻っていき、奴の注意をこちらに向けようとする。
「――交破斬!」
十字の斬撃。しかしそれは容易く脚で打ち消されてしまう。あの脚は細長いけれど、鉄以上の硬度を持っていそうだ。八本もの脚を自在に、素早く動かせることも恐ろしい。
「――剛牙穿!」
隙を作らず、僕は走る勢いそのままに、デモンスパイダーに連続でスキルを喰らわせる。しかし、今度は脚で剣を掴まれ、思い切りぶん投げられてしまった。
「トウマ!」
壁に激突する直前に、二の型・剛で体を硬化させ、ダメージを最小限にする。しかし、結構な衝撃だ。マトモに受けたら骨が砕けていただろう。……とりあえず、相手はこちらへ敵意を向けなおしてくれたようだ。及第点、といったところかな。
「……ふう」
岩の破片をパンパンと払い除け、僕は溜息を吐く。……大きな魔物を相手にするなら、こちらも大きくなければ駄目か。前回のビッグボア戦もそうだったし、この技を使うのが一番良さそうだ。
「――斬鬼」
スキル発動とともに、剣が魔力のオーラを纏う。使ってみて気づいたのだが、僕の力が以前より強くなったからか、オーラも少しばかり大きくなったように思えた。
剣そのものが巨大化しているわけではないため、変わらないスピードで突っ込んでいくことが出来る。僕は全速力でデモンスパイダーの懐に入って、柔らかそうな腹の部分を狙い上級スキルをお見舞いする。
「――無影連斬!」
斬鬼によって巨大化した剣が、更に第七スキルによって無数の斬撃を発生させる。これにはデモンスパイダーも反応が間に合わず、腹部に深い傷を与えることに成功した。傷口からは、緑色の体液が噴き出す。
「うわっと」
小さなスパイダーの体液は毒性がなかったけれど、親玉のそれはどんな危険があるか分からないので、なるべく避けるようにする。敵側が有利な場合には、やたらと攻撃するのではなく、ヒットアンドアウェイを意識すべきだろうし、ここは数歩下がって様子見だ。
斬られたことに怒ったのか、デモンスパイダーの動作が早く、不規則に変化する。そして、傷を負わせた僕に向かってくるのかと思いきや、何故か逆に、僕と距離を置くようにガサガサと移動した。
「……!?」
またもや不意を打たれた。デモンスパイダーはそのお尻から針を発射したのだ。辛うじて体を捻り回避したが、針は一本だけでなく、何本も発射される。
「なんだこれ!」
壁に突き刺さった大きな針を注視すると、それが針の形をした糸であることが分かった。奴は体内で糸を針状に固めて放つことも出来るのだ。恐るべし。
ガン、ガン、ガン、と針が壁に刺さっていく。狙いも正確で、僕が走る先目掛けて針を放ってくるので、色んな方向へ躱さなくてはならなかった。
「むー……、――シャイニング!」
セリアが光魔法で援護してくれる。デモンスパイダーは一瞬、目が眩んだようで攻撃が止まったが、見えなくても攻撃を続けるべきと判断したらしく、適当に針を飛ばしてきた。幾分避けやすくはなったが、これはこれで危険だ。
「ごめーん!」
「いや、助かる!」
セリアのおかげで、近づく隙は生じた。発射口がこちらを向いていないときを狙って、僕は即座にデモンスパイダーと接近する。次でトドメを刺してやる。そう思い、剣を振りかぶってスキルを発動させようとしたのだが。
「うッ!?」
噴き出したのは、針ではなく糸だった。予備動作もなく瞬時に使われては、こんな近距離で避けられるはずがない。糸は僕の持つ剣に直撃し、それを奪って天井にべったりと貼り付けてしまった。
「マジか……」
武器を奪われるというのは予想していなかった。剣術士以外にも豊富なスキルはあるものの、素手で倒すのは難しそうだ。物は試しにと、間隙を縫って破壊特化のスキル、四の型・砕を腹部にぶつけてみたが、大きなダメージは与えられなかった。というか手が痛い。
「トウマ、大丈夫!?」
「問題ないよ!」
さて、そうは言っても武器がないとまずい。セリアも魔法を何度か使ってくれているが、威力としてはそう強いものではなかった。決定的なダメージを与えられるような攻撃、か。この状況で、どうすればいいだろうか。
……そこで、微かな音に気付いて振り返った。後ろの壁から、岩の破片がパラパラと落ちていたのだ。デモンスパイダーがさっき放った針が突き刺さり、壁にヒビを作っていた。
「……今こそ試してみるべきか」
まだ、斬っていない糸がある。鋭い針も十分な数ある。条件が揃っているなら、試さない手はないだろう。というか、他に良い手も見つからない。
僕は壁に突き刺さった針を抜いていった。その合間に、デモンスパイダーから糸を噴き出されたり、脚で攻撃されたりしたが、反撃の必要はないので回避に集中することができ、一度も攻撃を喰らわずに針を集めきることができた。
「な、何を……?」
デモンスパイダーの動きが激しくなってきたので、ライルさんを抱きかかえて入口の更に後ろまで退避したセリアが、僕の行動に首を傾げている。まあ、突然こんなことを始めたら、疑問に思われてもおかしくないな。
僕は抜いた針を全て担いで、地面から天井まで柱のように張り付いた糸のところまで走っていく。そしてその強度と弾力を確かめた。……問題なさそうだ。
糸に針をつがえる。これなら代用品として使えるはずだ。ただ、糸を引っ張ってから離すだけ。
これは、即席の弓になる。
「トウマ、もしかして……」
やっと、セリアも僕のやろうとしていることに気付いたようだ。だから、魔法でデモンスパイダーの注意を逸らそうとしてくれる。
「――ゼム!」
初級魔法をわざと適当な方向へ撃ち、壁にぶつける。その弾の動きと衝突音に、デモンスパイダーは反応してくれた。
糸を引く。実のところ、弓道なんてやった試しがない。だから、これが初体験というやつだ。
それでも、チャンスは今しかないのだ。なら、きちんと射止めてみせなくちゃ、勇者の名が廃る。
限界まで糸が引き絞られる。デモンスパイダーの動きが止まる。直線状に奴がいる。
――ここだ!
「――ブラストショット!」
魔力が凝縮された針が放たれ、超高速でデモンスパイダーに向かって飛んでいく。一瞬で着弾したその針は、奴の体深くまでブスリと突き刺さり、そして――内部で爆発した。
「きゃああ!」
洞窟内に、爆音が響いた。デモンスパイダーは爆発四散し、血飛沫と肉片を辺り一面に散らせた。自分でやったこととはいえ、その最期は凄絶なものだった。
「……終わったね」
「す、凄い……凄いわ、トウマ!」
セリアが駆け寄ってきて、そのまま抱きついてくる。何だかビッグボアのときも同じ流れだったような。嫌ではないし、むしろ嬉しいんだけども。
「弓術士のスキルも使えるのかなって、試したかったんだ」
「バッチリ使えたじゃない! しかも敵が作った糸と針を弓の代わりにするなんて……」
「咄嗟に思いついたんだ。丁度良いやってね」
「それで成功させられるのが凄過ぎるわよ……」
まあ、ぶっつけ本番を見事に成功させたのは我ながら良くやったと思う。威力も申し分なく、デモンスパイダーを一撃で木っ端微塵にすることが出来たし。
魔物の危機は去った。それについては一安心だ。
残る危機は、あと一つ。
「……ん……」
くぐもった声が聞こえた。どうやらライルさんの意識が戻ったようだ。彼はゆっくり目を開けると、僅かに震えながら身を起こした。
「ここ……ボクは一体……」
目を擦りながら、ライルさんはボソボソと呟く。そして僕たちに気付いたが、眼鏡がないため目を凝らして確認し、
「……あれ? ええと、トウマさんにセリアさん。どうしてお二人が……」
「気が付いて良かった。……僕たちは誰かに連れ去られたライルさんを追って、ここまで来たんです」
「連れ去られた……ああ、そうだ! 朝起きて、外の空気でも吸おうかなって思って出たら、突然襲われて……それでここまで連れてこられたんだ」
気を失うまでのことをようやく思い出せたようで、ライルさんはそう言いながら手を打った。やっぱり、彼はここまで連れ込まれ、放置されたのだ。僕たちが来ていなかったら、あの脅迫状に粛清と書かれていた通り、ライルさんは……。
「……許せない」
「ええ……そうね」
セリアも僕と同意見のようだ。この拉致事件の犯人を許すわけにはいかない。必ず罪を償わせてやらなくては。
「ねえ、ライルさん。あなたをここまで連れてきた人って、どんな人だった?」
「そうですね。かなり引き締まった体つきの、三十歳くらいの男性でした。武器は斧を持っていたな」
「斧使い、か」
クリフィア教会が犯人であるのはほぼ確実だが、斧を獲物にしている人物がいるのだろうか。若しくは、そういう人物を雇ったか、だな。
「あと、気になることが」
「それは?」
僕が聞き返すと、ライルさんは何故か僕たちに顔を近づけ、囁くような声で言った。
「ここに来て、その男はボクに薬を嗅がせたんですけど……ボクが倒れたのを確認してから、誰かに声を掛けていたような、そんな気がするんです」
「……なるほど」
犯人は一人じゃない。とすると、斧使いが雇われの可能性も上がる。
この場所で声を掛けたということは、犯人は二人ともここにいたということだ。ひょっとしたら、手掛かりが残っているかもしれない。僕は周囲を注意深く観察してみた。スパイダーの糸、針、死骸。端の方には、人間の物と思われる骨片まである。魔物の痕跡ばかりだが、裏を返せばそれ以外の痕跡があると目立つということだ。その証拠に、ライルさんの割れた眼鏡が落ちているのは、比較的すぐに発見出来た。
「……あれは……」
広場の奥、デモンスパイダーがいた場所の右側に、かなり細いが道が続いているようだった。その入口付近に何かが落ちている。棒切れのような物が、半分に折れているような感じだった。
「……」
「どうしたの?」
セリアが訊ねてくる。そこで彼女が手に持っている物が目に入って、地面に落ちている物の正体に見当がついた。
全体像が、掴めてきた気がする。
「セリア、ライルさん。ちょっとだけいいかな」
僕はセリアとライルさんに、自分の考えと作戦を告げた。二人ともその言葉にすぐ納得してくれて、作戦に乗ってくれることになった。
「……まあ、シンプルだけどそれで。アテが外れたら、そのときはそのときだ」
「基本私たち、猪突猛進型って感じだから、それでいいんじゃないかな」
「あはは、そうだね」
セリアのそんな台詞に和ませてもらったところで、僕は作戦を開始する。子ども騙しのような作戦だが、そういうものの方が案外、効果はあるというものだ。
ライルさんを酷い目に遭わせたことを、きっちり反省してもらうぞ。
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