6.鎖された鉱山

 ノナクス廃坑は、町を出てから二十分ほどの場所にあった。昨日はこの近辺で魔物退治をしていたが、廃坑らしきものは見ていなかった。それもそのはず、この廃坑は地下に続いていて、入口は下り階段になっていたのだ。てっきり山があると思っていたので、こういうタイプは意外だった。

 流石廃坑と言うべきか、壁際にはランタンが取り付けられていたのだが、ガラスは割れ、オイルは切れており、全く意味を成していなかった。


「なんかお化けでも出そうな場所なんですけど……」

「この世界だと、お化けだって魔物なんじゃないの?」

「多分そうでしょうけど! こういう場所で出てきたら恐ろしいじゃない!」

「それはまあ、確かにね」


 ゾンビやゴーストとか、そういう系統の魔物が出てきそうな雰囲気は十二分にある。剣が効かない敵なんかが出てきたら、苦戦するかもしれないな。

 それに、こういうところで急に襲われたら確かに怖いし。


「……入ろうか」

「うー、頑張りましょ」


 ライルさんの命がかかっている。怖くても、進んでいかなければいけない。僕らは慎重な足取りで、廃坑への階段を下っていった。

 五十段近くは下っただろうか、その辺りで一度階段は途切れ、坑道になる。左右に何本か枝別れしている道は、ここで鉱物資源などを採掘していたことを物語っていた。


「ここっていつごろ廃坑になったんだろう」

「んー、だいたい二十年くらい前って聞いてるけど。ここはコーストンでは一番の資源地で、二百年以上も鉱石を採掘することが出来てたみたい。コーストンは諸外国よりも開発が遅れてるから、まだ資源は眠っている方なんだけど、ノナクス廃坑より大きな所はまだ見つかってないわね。鉱山とかがあるのは、対外的にアドバンテージがあるのよ。他ではライン帝国しか、鉱物を輸出してるとこはないから」

「へえ……鉱物は貴重なんだね。コーストンはじゃあ、鉱脈探しが重要な課題なんだ」

「見つかってるのは小粒ばかりだけどね。まだ見ぬ埋蔵資源はそれなりにあるんだって」


 この大鉱脈は、かなり前に掘り尽くされてしまったわけだ。それでも二十年前まで資源があったのは幸運だったという感じか。


「まあ、この廃坑が有名になった最たる理由はやっぱり、グリーンウィッチ・ストーンが発掘されたことにあるけどね」

「ここで全部が?」

「いや、最初の部分だけ。そもそも一つの石碑がバラバラになった状態で見つかったから、全て発見されて復元されるまでに時間がかかったみたいだしね」

「ああ……そりゃ綺麗に残ってるなんて奇跡に近いか」


 欠片をひたすら集め続けて、一つの形に修復する。その作業を考えると、気が遠くなりそうだった。


「ノナークに研究所が出来たのは、最初の石碑が発見された場所だから。以降、各地で欠片が発掘される度に調査に出動して、長い時間を掛けて全てを解明したのね」

「じゃああの研究所は、相当歴史があるんだね……」

「ええ、意外と」


 話しているおかげか、気が紛れて恐怖はあまり感じない。ただ、坑道を進んでいくほどに闇は濃くなっていく。そこでセリアは杖を取り出して、


「――ライト」


 と、初級の光魔法を発動させた。光の玉が僕たちの周りをくるくると飛ぶようになり、ある程度の明るさは確保できた。


「こういう使い方もしなきゃね」

「これで魔物も寄ってこなくなればいいけど――」


 そう言いかけたとき、遠くから異様な音が聞こえてきた。金属が擦れるような、耳障りな音だ。ベタな展開だが、まず間違いない。音のする方を見るとそこには。


「やー! 魔物だー!」

「セリア! 構えて構えて!」


 現れたのは、恐らくゾンビと名付けられているであろう魔物だった。人型ではあるが、やせ細って色も黒ずんでおり、人間とは似ても似つかない姿になっているのは気持ち的に救いか。骨が露出した口から、金属質な音を吐き出し続けており、脚を引き摺りながらこちらへ向かってくる。


「うー、まだマシかあ……」

「動きも遅いし、大した敵じゃあないと思う。油断は出来ないけど」


 僕は剣を抜き放つ。今までの魔物なら、この動作で少なからず警戒されていたものだが、ゾンビは全く意に介さず近づいてくる。もしかすると、目がほぼ機能していないのかもしれない。光魔法を使った途端現れたということは、眩しさに反応して寄ってきているのだろうか。


「はあッ!」


 注意はしつつ、僕は袈裟懸けに斬りかかる。ゾンビの反応は鈍かったが、ギリギリのところで後ろに下がったので、斬りつけることはできたが致命傷とはならなかった。痛みがあるのかないのか、ゾンビは相変わらず同じ音を発している。


「――フリーズエッジ!」


 そこに、セリアの氷魔法がぶつけられた。鋭い氷の刃がゾンビの胸元を貫く。枯れ枝のようだった体はその衝撃に耐えきれず、傷口の周辺が凍り付いた状態で真っ二つに割れ、ドサリと地面に落ちた。


「ナイス、セリア。……それほど強くはないね」

「ま、まあこんなもんね。楽勝、楽勝」

「こんなところにいるゾンビだから弱かったのかもしれないけど。とにかく先へ進もうか」


 セリアに光魔法を出し続けてもらいつつ、僕らは再び先を目指す。途中、何度かまたゾンビに出くわしたが、攻撃を受けるような失態は一度もなく、さっさと倒して進んでいった。

 こういうダンジョンのような場所は、道が分岐していたら迷うんじゃないかとも思っていたが、メインのルート以外は細くなっていて、非情に分かりやすい構造だった。昔は坑道だったわけだし、分かりやすく掘るのは当然のことか。

 しばらく歩くと、道が下り坂になった。どんどん地下深くへ潜っていくので、心なしか息苦しくなってきたような感じもした。ここまで掘り進むなんて、昔の人は凄かったんだなあ。


「……待って、トウマ。また何か聞こえる」

「……ん。本当だ」


 今度の音は、ゾンビのそれとは違って、乾いた音だった。カサカサと、規則的に聞こえてくる。


「これは……」


 奥の暗がりが、赤く光った。そして、黒光りする無数の脚がぬっと出てくる。渇いた音の正体は、その脚が立てる音だったわけだ。


「スパイダーだわ!」

「かなりの数だ……来るよ!」


 赤く丸い目。闇の中に光るその目の数は、ゆうに二十を超えている。そのことから、スパイダーが少なくとも十匹以上いることは把握できた。

 さっきのゾンビとは動きが雲泥の差で、飛び跳ねるようにちょこまかと動きながら近づいてくる。それが何匹もいるものだから、対処もし辛いし、何より気持ち悪かった。お化けの類より、虫の方が怖いかも。


「――三の型」


 武術士のスキルを発動し、反射速度を向上させる。複数匹のスパイダーが飛びかかって来るが、スキルのおかげでギリギリ躱すことが出来た。しかし、スパイダーは壁に張り付いて飛んだり、天井から落ちてきたりとこういう場所での戦いが上手く、僕は防戦一方になってしまう。


「ちょっと目を閉じて! ――シャイニング!」


 セリアが光魔法を放った。スパイダーは廃坑の暗闇に慣れていたせいで、突然の閃光に驚き、ひっくり返る。これはクリティカルヒットだ、流石セリア。

 後は起き上がれないでいるスパイダーたちを一網打尽にすればいいと、片っ端から斬りつけていく。一匹、二匹、三匹。動きを封じてしまえば、大概の敵は呆気なく倒せるものだな。

 ……そんな気持ちが油断を生んだ。裏返っていたスパイダーが、お尻から糸を放ってきたのだ。その糸が右腕に絡まって、僕は剣を取り落とした。


「うわっ……めっちゃ硬い」


絡みついた糸は、細い割に強靭で、くの字に曲がった右腕が全く動かせない。握力でこれを解いたり千切ったりするのは無理そうだ。

敵はまだ身動きが取れない。なら、今は糸の除去より元を断つ方が良いに決まっている。左手が使えるなら十分だ。あと数匹くらい、拳で倒す。


「――五の型、舞」


 三の型がカウンター特化なら、五の型は集団殲滅特化だ。全身の瞬発力が向上し、体が敵に吸い寄せられていくような感覚すら生じる。その感覚に従って動けば、後は拳が全てを終わらせるだけ。動けないスパイダーたちは、魔力を纏った一撃に打ち砕かれて、その命を散らせた。


「格好良い……」

「あはは……どうも。でも、うん……気持ち悪い」


 拳でスパイダーの体を貫いたせいで、べとべとした体液が腕や服に付いてしまった。この体液には少なくとも毒はなさそうだが、良い気持ちはしないし落としておきたいものだ。


「……あ、トウマ。多分だけど、水滴の音がするわ。さっき気付いたの」

「本当? 水が溜まってればありがたいな」


 耳を澄ませてみると、微かにぴちょんという音が聞こえてくる。魔物の立てる音で掻き消されていたが、セリアの言う通り近くで水滴が落ちているようだ。

 僅かにくねった道を歩いていくと、すぐに水滴の音源に辿り着くことができた。地下水が天井のつらら石から落ち、小さな皿池を幾つも形成しているのだ。水は綺麗に透き通っていて、皿池の底には薄く苔が生えていた。


「うーん、ちょっと申し訳ないけど、水の流れがある部分で洗わせてもらうか」

「そうねー。廃坑の中に、こういう綺麗な場所もあるんだなあ」

「束の間の癒しってところかな」


 腕や服に付いた汚れを洗い落とす。その後、喉の渇きを覚えたので、恐る恐る水を口に含んでみたが、変な味もせず、問題なく飲むことが出来た。僕が飲んでしばらくしてから、セリアも安全だと判断したようで、手で掬って一口飲んだ。


「トウマ。さっき武術士のスキルを使ってたけど、あれが五番目のスキル?」

「そうみたい。うーん、それが普通なのかは分からないんだけど、コレクトで覚えたスキルは使ったことがないものなのに自然と出てくるんだよね」

「スキルはそんなもんよ。使える域まで達したとき、どうすればいいのかは考えなくても分かるというか」

「ふむ。だからこそ、皆同じように使えるわけだもんね」


 独自に編み出した技があるというわけではなく、技の種類は決まっている。よくよく考えると、魔法はともかく物理スキルも決まっているというのは不思議なものだな。


「ところでさ。コレクトって、一体何種類のスキルを手に入れられたの?」

「えっと。五十のスキルをコレクトしたって言われたね」

「……は?」


 驚きの声を上げ、セリアが杖を取り落とす。今更ながら、入手したスキル数を伝えたのはこれが初めてだったか。しかし、そんなに驚かれるとは思わなかった。


「多いの?」

「多いどころじゃないわ! これは噂レベルではあるけど、スキルっていうのは全部で七十二種類らしいの。もしそうだとしたら、トウマは三分の二以上のスキルを手に入れてるってことじゃない」


 コレクトが特殊スキルというのなら、合わせて五十一種類。確かにそう考えると、凄い数のスキルが使えることになる。……基本的に自分に合った職業のスキル以外は覚えられないものだと言うのだから、これだけスキルを持ってるっていうのは、普通では有り得ないことなんだろうな。


「でも、上級スキルみたいなのはパッと出てこないんだよね。戦闘経験を重ねる内、六番目くらいまでは出てくるようになったけど」

「それはその通り、慣れてないからでしょうね。熟練度とでも言えばいいのかしら、後は魔力の総量とかも影響してるんじゃないかしら」

「ああ……そうかも」


 ということは、戦っていれば比較的すぐに上級スキルも使えるようになりそうだ。他の人と違い、スキルそのものはもう叩き込まれているのだから。


「はあ……トウマってホント規格外ね。勇者の剣がないことなんて、全然問題にならなさそう。世界一強くなっちゃうんじゃない?」

「あはは……それは言い過ぎだと。スキルがあるだけで、まだまだ何もかも素人同然だよ」

「でも、いずれはね」


 どうなんだろうか。多彩なスキルを使えることは大きなメリットだろうが、実際のところどこまで強くなれるんだか。自分の限界を試してみたいという気持ちにはなるけれど、世界一になれるという自信まではなかった。


 スキルについて情報交換出来たところで、休憩は終わりにして、僕らは探索を再開した。坑道は緩やかに下り続けていて、深くなればなる程に、空気は冷たくなっていった。

 途中、ゾンビやスパイダーに何度か出くわしたものの、いずれも単体だったので難なく倒すことが出来た。そんな中、僕とセリアはある変化を感じ取っていた。


「……ねえ、セリア」

「……うん。増えてるわよね……」


 洞窟の壁。皿池を越えた辺りから徐々に、蜘蛛の糸が増え続けていた。それが何を示しているのか、予想がついてしまう。それも、決して良い事ではない。

 壁は、次第に間隔が広まっていく。この先は、広い空間になっているようだ。なら、その広場こそが恐らく……魔物の巣になっていることだろう。


「あ、あれ!」


 セリアが前方を指差す。そこには、ライルさんが倒れていた。僕たちは急いで駆け寄り、無事を確かめた。


「気を失ってるだけみたいだ」

「ええ……良かった」


 ほっとして、胸を撫で下ろす。しかし、これで終わりというわけには勿論、いかなかった。

 広場の主が、僕たちをそのままにしておくはずがなかったからだ。


 さっきの小さなスパイダーが放ったものより何倍も太い糸が張り巡らされた空間。そこに君臨していたのは、当然ながらスパイダーたちの親玉だった。


「デモンスパイダー……」


 セリアが呟いた名前の通り、背中には鬼の顔のような模様がある。しかし特筆すべきなのはその大きさだ。やはり群のボスというのはこれくらいあるものなのだろうか、ただでさえ気持ち悪い体が二メートルほどの大きさになっている。脚もかなり長いので、それも含めると端から端まで五、六メートルはありそうだった。


「こいつが、廃坑の現在の主ってことだね」

「ああー、もしかしたら幽霊の方がマシだったかも!」


 セリアが頭を抱えながら言う。確かに、これほど巨大な蜘蛛は幽霊以上に怖い、というか気持ち悪い。精神的な意味でとても戦い難そうだ。

 それでもやるしかない。どうせデモンスパイダーのテリトリーからライルさんを連れて逃げ切る方が難しいのだ。戦って、勝利する。それしかなかった。


「行くよ、セリア!」

「なるべく後ろでサポートする!」


 堂々とそんな宣言をされても。まあ、サポートそっちのけで逃げ回られるよりは全然マシだ。僕はセリアを信じて、剣を構えた。


「さ、戦闘開始だ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る