3.これからのこと
宿の人に無理を言って、僕らは部屋にもう一つ、一人用のベッドを運んでもらった。受付のお爺さんでなく、若い男性の従業員さんだったのだが、僕らがそんなお願いをすると、合点が言った様子で慌ててベッドを運んできてくれたのだった。察しが良いのはありがたいが、何だか恥ずかしい。
「というか、歴代の勇者さんはここでどう過ごしてたのよ……全く」
「はは……。勇者とその従士って、毎回同じイストミアの出身なんだよね? それなら、幼馴染だったとか恋人だったとか、そういうことなんじゃないかな」
「私、レオと旅に出ててもそれはなかったわ」
セリアは緩々と首を振る。何故だかその台詞が、ちょっと嬉しかったりもした。
「ま、ベッド用意してくれてよかったよ。部屋も大きいから邪魔にならないし」
「そうね。私はあっちを使わせてもらうわ」
「いや、セリアは大きい方を使えばいいよ。僕、あんなに広いと逆に寝辛そうだし」
「そう? ……じゃ、そうする。ありがとね」
広いと落ち着かなさそうなのは本当なので、お礼を言われるようなことじゃあないが。
「さてと。用があるときはフロントに連絡してほしいって言ってたね。そこの電話を使えばいいのか」
「電話? ああ、この通話機のこと?」
「あ、うん。それそれ」
この世界は、通信技術も元の世界よりは遅れているようだ。魔法の存在は、科学技術の発展を遅らせてしまうのかもしれないな。
「落ち着いたし、晩ご飯を運んでもらおうか」
「いいわね、そうしましょっか」
壁に取り付けられた通話機の受話器を取り、受付のお爺さんに食事の用意をお願いする。それから十分もしない内に、お爺さんがカートに乗せて料理を運んできてくれた。そろそろ食事を頼むと予想して、予め作り始めていたに違いない。なるほど、確かに最高級のサービスだ。
テーブルの上に料理が並べられていく。それはどれも、ウェルフーズで採れた新鮮な野菜がふんだんに使われた品々だった。畜産業もかなりの規模で営まれているようなので、卵や肉も勿論使われている。サラダやスープ、ステーキにフライと品数も多くて、どれから食べようかと困ってしまうような、豪華な夕食だった。
「いただきます」
「食べましょ食べましょー」
いただきます、という文化はないようだが、僕がそう言うまではちゃんと待ってくれる。二人で同時にフォークを伸ばして、ひょいと一口食べてみると、その美味しさに思わず唸ってしまった。
「んー、美味しい料理が食べられると、幸せよね」
「はは、そだね。僕はジャンクフード多かったからな……」
「ジャンクフード?」
「ああ、こんなに美味しいものは滅多に食べれなかった……ような気がするから」
気を付けてないと、記憶喪失の設定が崩れそうになる。……というか、セリアとは長い付き合いになるのだし、中々信じてもらえないとしても、本当のことを言った方がいいよなあ、絶対。
机いっぱいにあった料理は、三十分ほどで全部食べることが出来た。自分は小食な方だと思っていたが、美味しいものならしっかり食べられるらしい。ハンナさんの食堂でもそうだったし、やっぱり味ってとても重要だ。
通話機でお爺さんを呼んで、食器を下げてもらう。そのとき、食後のコーヒーはどうかと聞かれたので、一杯いただくことにしたのだが、カートには既にコーヒーが入ったサイフォンが乗っていて、これも用意周到だなあと感心した。
「ふう、落ち着くわね……って、トウマあんた、砂糖めっちゃ入れるわね」
「三個しか入れてないよ?」
「……甘くない?」
「甘い。美味しい」
コーヒーを啜る僕を、微妙そうな顔でセリアが見つめてくる。……甘いものが好きなんだから、別にいいじゃないですか。
「まあ、魔法で消耗した精神力を回復するには糖分がいいとかは聞いたことあるけど……トウマも規格外の力を持ってるし、消耗が激しいのかもね」
「うーん、実際あるのかな、どうだろ」
甘いものが好きなのは昔からだし、ただの嗜好のような気もするけど。……でも、嫌な目で見られるよりは理由があってくれた方が、いいかな。うん。
お風呂には、セリアが一番に入ることになった。バスタブもあったが、普段がシャワーだけだから使わないらしい。こっちの世界は多分、お湯を貯めて入る人の方が少なそうだ。
「お待たせ~、割と汗かいちゃってたから、さっぱり出来て良かったわ。バスルームも広かったし」
タオルを首に掛けながら、パジャマを着たセリアが出てくる。ピンク色の可愛らしいパジャマは、クローゼットに入っていたものだ。もう一つは青色で、こちらは勿論僕の分だった。
「……どしたの、ジロジロ見て」
「いや……何でも。僕も入るね」
温まって赤らんだセリアの顔が可愛らしくて……なんてことは、言えるわけがない。変なことを口走ってしまう前に、僕はさっさとバスルームに逃げ込んだ。
長風呂をするのも面倒だったので、僕もセリアと同じようにシャワーで済ませる。確かにバスルームは広めで快適に使えた。疲れた後のシャワーって、こんなに気持ち良かったんだなあ。久々過ぎて、忘れてしまっていた。
「……はあ」
昔は竹刀を振らされて、へとへとになってシャワーを浴びていたものだ。何もかも長くは続かなかった僕も、あれだけは続けさせられたんだよな。明日花に何だかんだ説得されて。
「……」
手の甲を見る。十字の痣は相変わらずそこにあった。……この痣が、僕の進む道を決めてきたようなものだ。剣に似ているからと薦められて剣道を習い、竹刀を振り続け、かと思えばこの世界に来て勇者だと讃えられ、世界を救う旅に出て……。この痣がなければ、心底つまらない人生を送っていたんだろうな。感謝するばかりだ。
しっかり体を綺麗にして、バスルームを出る。パジャマは少しゆったりとしていたが、その方がむしろ楽だった。冷蔵庫の中を覗いてみると、ウェルフーズ印の牛乳が入っていたので、一息に飲み干す。渇いた体に染み渡る美味しさだ。
「ふふ、オジサンみたい」
「あ……見られてたか」
そりゃ、この部屋は広いのに仕切りもないし、どこにいても見えそうだもんな。あまりだらしないことは出来なさそうだ。
「……で。ご飯とお風呂も終わって、ようやく落ち着けたところで、これからのことを簡単に話し合っておきますか」
「うん、そうしようか」
テーブルを挟んで向かい合って、僕とセリアは話を始める。多分、僕はこの世界のことを丸っきり分からないし、セリアに旅を主導してもらうことになっていきそうだ。まあ、早いところ僕も、地理や文化などを理解していかないといけないけれど。勇者の方が足手まとい、なんてのは御免だ。
「まずは、リバンティアのことを説明するとこから始めないとだね。このコーストン公国を含めて四つの国があるんだけど、大雑把に言えば北東がコーストン公国、南東がグランウェール王国、北西がリューズ共和国、南西がライン帝国って感じね。魔王の部下である魔皇は、それぞれの国がある大陸に一体ずつ現れるから、私たちは全ての大陸を巡って、魔皇を倒さないといけないわ」
「それで、魔皇を全て倒せば、魔王が降臨すると……」
「そうみたいね。ルートとしては、この大陸で魔皇を倒してから、まずグランウェール王国へ南下するのが一番良いわ。コーストンとグランウェールは同盟国で、グランドブリッジっていう大きな橋で繋がってるからね。んで、グランウェールで魔皇を倒してからは、船を使ってライン帝国へ向かい、三体目の魔皇を退治。そして最後にリューズへ、というのがベターかしら」
「最短ルートなら、それが一番いい気がするね。ぐるっと時計回りに世界を巡るわけだ」
「ええ。実際に旅なんてしたことないし、世界を巡るってどれだけかかるかは未知数だけど。一年もあれば、魔皇を全て倒しきることは出来ると思うわ」
「力さえあれば……だね」
「大丈夫よ。トウマならきっと」
「はは……そう言ってもらえると嬉しいよ。セリアがいてくれるのも、心強いし」
「な、何言ってんのよ。……まあ、心強いのは当然だけどね!」
セリアはすぐに照れるから、なんか褒めたくなるんだよなあ。頭を撫でたら滅茶苦茶赤面しそうなタイプの子だよね、多分。……まだそこまでする勇気はないけど。
「とりあえず! 最初の魔皇はコーストン公国にいるから、情報収集しつつ公都に行くべきでしょうね。ここに限らず、他の大陸でもまず首都を目指すのが賢いと思うわ」
「首都なら情報も集まってるだろうしね。僕もそれが良いと思う」
まずはコーストンの首都、か。どれくらいの人口なのだろう。
「よし、さらっと決まったわね。目指すは公都コーストフォード。そこで情報を集めて、最初の魔皇を討伐と。きっと滅茶苦茶強いんだろうけど、必ず勝ちましょ。まだまだ序盤だもの」
「うん。コーストンすら出られないようじゃ、情けなさすぎるもんね。頑張っていこう」
「一緒に、強くなっていかなくちゃね」
一緒に強く、か。いかにもって感じの台詞だけど、実際に自分が言われるとは。……そうだな。セリアと一緒に、強くなっていきたい。そして、魔王を倒して帰るのだ。
方針も決まったところで、セリアの口から欠伸が漏れた。時計を見ると、時刻は九時半を指している。ちょっと早いが、疲れた体が睡眠を欲しているのだろう。それは僕も同じだ。
「今日のところは寝よっか」
「そうするー、瞼が引っ付いちゃいそうだわ」
そう言うなり、セリアは椅子から立ち上がってよろよろとベッドまで歩き、ごろんと寝転がった。うーん、はしたない。彼女の方は結構、僕がいてもその辺は気にならないようだ。僕にとってはそれでもいいんだけど、うん。
僕も小さいほうのベッドに入り、壁にある操作盤を動かして電気を消す。カーテン越しからちらっと見える夜空は、星々が煌々と輝いていて美しかった。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさーい」
二人で言い合って、その後は静寂が部屋を満たす。
疲れのせいだろう、その静寂を覚えていたのは、ほんの二、三分だけだった。
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