2.実りの町

 町の入口にある門を抜けると、その先には長閑な風景が広がっていた。見渡す限りの田園、或いは果樹。この町が農耕と流通の町と言われるのが一目で分かる景色だった。

ウェルフーズ。それがこの町の名前だ。ここはコーストンで最も農作物の生産が多く、コーストン全域にその新鮮な作物を流通させる重要な拠点だった。


「ふー、着いた着いた。やっぱり人がいる場所だと安心出来るわー」

「だね。弱いとは言え、外ではしょっちゅう魔物が襲いかかってきてたから」

「許さんぞ魔王」


 セリアがわざとらしく拳を握りしめる。


「魔物の数って、魔王が復活してからそんなに増えてるんだ?」

「んーと、魔王復活の後、市街地の外で魔物に襲われた人の数が五倍になってるってデータがあるから、それくらいには増えてるんだろうね」

「五倍、か。確かに物凄く増えてるんだろうなぁ」


 いくら魔物を資源として利用出来るからといっても、対処しきれないほど生まれてしまうのは害でしかないな。


「それだけじゃなくて、魔皇の存在もあるわ。私たちの旅の通過地点ね。今、各地でどんな被害が及んでいるかまでは知らないけれど、多くの人が苦しんでるのは間違いない……」

「うん。だから勇者が待ち望まれていたんだよね」


 魔皇を討ち、魔王を討って。世界に平和をもたらさなくては。僕にはきっとその力がある。


「……さて、と。それじゃあ今日の宿でも探しましょうか。もうすぐ日も暮れちゃうしね」

「了解。それじゃ探してみますか」


 農業が町の主業とは言っても、奥に進めば住宅地や市場があって、それなりの人で賑わっている。その中でも一際目を引いたのが、町の中心近くにあるコンテナ型の倉庫だった。


「おー、これが流通センターかぁ」

「ここからコーストンの各地に、作物が出荷されてくわけだね」

「そうそう。だからあんな風に、貨物輸送用の馬車が何台も止まってるんだ」


 確かに、倉庫の隣には馬車が待機していて、厩舎もあった。それにしても、コーストンだけの事情かもしれないが、輸送手段は馬車なんだな。ますます中世っぽいというか。

 何にせよ、とりあえず宿だ。足も痛いし、のんびり寝転がれるベッドがほしい。僕らは寄り道することなく、宿への案内板を頼りに町の奥へと歩いていった。

 辿り着いた宿は、町の雰囲気に合った木造の建物だった。とは言っても外観はとても美麗で、定期的な清掃を欠かさないのだろうことが容易に分かる。扉は凝ったノブをしていて、どうやら名産品らしい林檎をモチーフにしているようだった。

 ガチャリと扉を開き、中へ入る。目に飛び込んできた内装は、外と同じく綺麗に保たれていて、まるで富裕層の別荘という趣があった。


「綺麗だね……ウェルフーズって、観光客が多かったりするの?」

「うーん、それなりにはあるらしいけど、メインは商談じゃないかしら。作物をどれくらいの値段でどれくらい下ろしてくれるかっていう」

「あー、なるほど……」

「ウェルフーズの作物は、国内消費も多いけど、貿易の大事な商品にもなってるからね。大きな収入源ってわけ。確か、一大財閥として有名なザックス商会も、ここでの貿易から成り上がったんだったかしら」

「食糧は絶対に需要のあるものだもんね。しかし、魔物が増えたら相当ダメージが大きそうだ」

「ええ。被害がないか、出来ることがないか聞いて回るのも勇者の役目ね」


 勇者の役目、か。困ってる人を助けるなんて、以前の僕じゃ恥ずかしくて絶対に出来やしなかっただろうな。でももう、見て見ぬ振りはしたくないものだ。


「いらっしゃいませ。お泊まりでございますか?」


 宿の制服らしい衣装を纏った受付の老紳士が、にこやかに応対してくれる。その雰囲気からして、恐らくオーナーのようだ。


「はい。二人で、とりあえず一泊お願いします」

「畏まりました。それでは……」


 言いかけて、彼はピタリと体を固まらせた。その視線は、セリアが提げている封魔の杖に注がれている。


「もしや……勇者様で?」

「あ、はい」


 急に言われたので、早口な、素っ気ない返事になってしまった。しかし老紳士はそんなことより僕らが勇者とその従士であることに驚いて、


「おお……さようでございましたか、それは失礼いたしました。とうとう勇者様が覚醒められたとは聞きましたが……お早い旅立ち、ありがとうございます」

「い、いや。別に感謝されるようなことじゃ」


 旅立っただけで感謝されるのは大げさすぎる。セリアも思わず苦笑していた。


「いえいえ、魔物はこの町にとって重大な問題ですから。それを言えばまあ、他の場所でも同じではあるのでしょうが。とにかく、勇者様の存在は民衆の希望でございますので」

「あはは……ありがとうございます」


 うーん、やはりどこに行ってもプレッシャーをかけられてしまいそうだな、これは。


「当宿では、古くよりイストミアから来られた勇者様をお迎えしておりました。今回もこれまで同様、勇者様方に快適なお時間を過ごして頂けるよう、誠心誠意尽くさせていただきます」

「す、すいません。お言葉に甘えさせてもらいます」

「よろしくお願いしますー」


 恐縮する僕と違って、セリアは嬉しそうだ。頭の中はもう、どんな部屋に案内されるのか、どんな料理が食べられるのかと考えているのだろう。そんな風に考えられる方が絶対楽しいんだろうけど、引きこもりだった僕にはまだレベルが高すぎた。

 宿は三階建になっていて、僕らは一番上の三階に案内された。その廊下には扉が一つあるだけで、つまり三階全部が僕らの泊まる部屋なのだというのが理解できた。


「こちらになります」


受付のお爺さんが、恭しく扉を開く。その中には、まさしく秘密の高級別荘というような内装の部屋が広がっていた。


「わー……すごい……!」


 天井には自動で回転する大きなファンがつき、淡いオレンジ色の電球が規則的に配置されている。それだけでも素敵な雰囲気だが、木製の大きなテーブルと椅子、隅には安楽椅子まであり、冬場にも快適に過ごせるよう、暖炉まで設えてある。壁にはちゃんと掛け時計もあって、調度品も細かく並んでいるし、飽きずに眺めていられるような、お洒落な部屋だった。


「当宿で最高級の部屋になります。バスルームはあちらにございますので」

「ありがとうございますっ。こんなに良くしてもらえるなんて、びっくりだわー……」

「喜んでいただければ光栄でございます。外出はご自由ですので、この鍵をお使いください」


 そう言って、お爺さんが鍵を差し出してきた。僕は丁寧に両手で受け取る。


「ここに滞在する間は、一泊と言わず何泊でもしていただいて構いません。それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 深く一礼すると、最後にまた優しげな笑みを浮かべて、お爺さんは階段を降りていった。


「ふふ、色々悩みもあったけれど、勇者一行として旅をするのって、いいこともあるのね」

「まあ、苦労を背負う分、ね。これも期待ゆえなんだろうな」

「じゃあその期待に、ちゃんと答えないとね……」


 と、笑っていたセリアの表情が固まる。何かあったのだろうか。


「……」


 視線の方を見てみると、ベッドがあった。とても大きくて、寝心地の良さそうなベッドだ。

 ……そんなベッドが、一つだけあった。


「……期待とは」

「いや、僕はそういうことを言ったわけじゃないからね」


 すぐに否定しておかないと、平手打ちの一つや二つ食らいそうで怖いんですが。


「もー! なんでよりによってダブルベッドなのよー!」


 二人きりの部屋に、セリアのそんな嘆きが響き渡るのだった。

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