49 不可思議
ホテル、ハイアットクランベルの半径1キロメートルの交通規制が解除されるまで一週間かかった。突然人口の減った、ハイアットクランベルの所在地、スビナ市ナドリカ区ホンギ町。
あの惨劇の半年後、ハイアットクランベルは、人員を立て直し営業を再開しようとしていた。
§§§
「営業を再開し、何とか軌道に乗せようと努力していた矢先でした。その日は営業を再開して初めて、最上級のスイートルームにお客様をお通しした日でした」
社長室に招かれた黒革のソファに腰をうずめるアマナとアガタミユキの向かいには、ホテル、ハイアットクランベルを運営するシンビルコーポレーションの社長アラノポドガと、総支配人のオモナガトウジが座っていた。
話を続けるオモナガ。
「部屋を変えてほしい。
その言葉に困惑を隠せませんでした。
万全の状態で、お客様をお通ししたはずでした。アシスタントマネージャーも一流ホテルで何年も経験したベテランです。抜かりがあろうはずがありません。
オーナーと代表取締役が厳選した逸材です。営業再開、初のトップクラスのスイートルームご利用のお客様には、特段いつもよりきめ細かな配慮と、室内のチェックも入念に行いました。
何がまずかったのかをお聞きしても、『期待していた部屋のイメージと違った』の一点張りです。具体的なご指摘はなく、釈然としないまま、仕方なくランクを落とし、別のスイートにご案内しました。
ホテル側としては、部屋のランクを落としても、当日キャンセル扱いせざるを得ません。宿泊料は元の代金をいただき、通常は提供しないオプションでなんとか対応しました。
こんなことが月に何度も立て続けに起こりました。このままでは悪い評判が立ち、客足が遠退いてしまいます。
事あるごとに、お客様にその理由をお尋ねしましたが、訝し気に首をかしげるばかりで、期待以下だったからとか、ホームページで見たイメージと違うとか、友人から勧められてきたのに残念だとか、それらしい理由は言ってくるのですが、納得がいきません。
私も様々な現場を見てきましたが、どう考えても、お客様がおっしゃるようなサービスや室内構成ではないのです。十分に価格以上のパフォーマンスを提供できているという自負があります。
ですから、あの日、部屋の変更をいつものようにしてきたお客様に対して、私はその日ばかりは食い下がりました。
『本当のことを言ってください。何が気に入らないのでしょうか』と、私は問いただしました。そのお客様は俯いたまま、頭をかいたり、顎に手を当てたり、あらぬ方向を見たり、落ち着かない様子でしたが
『いえ…物が飛び回ったり、女の笑い声や、叫び声が聞こえるんですよ』
そう言ったのです。
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