50 対話

 アマナとアガタは、アラノとオモナガに連れられ、ホテルの最上階にあるスイートルームに向かった。


 シンビルコーポレーションがスビナ市と共同で取り組んだ、都市再開発計画により建設されたホテル、ハイアットクランベルと、複合商業施設クランベルヒルズ。この二つの建造物は同じ建設プロジェクトの中に組み込まれ、立地も近くにデザインされている。 


 シンビルコーポレーションの本社オフィスも、このクランベルヒルズに入居しており、本社オフィスを出た目と鼻の先に、ハイアットクランベルが見えた。



 エレベーターに乗り込み、カードキーでロックを解除し最上階に向かう四人。





§§§




 スイートルームに、入ってすぐ右側のリビングルームには、10人掛けのゆったりとしたソファが置かれ、クッションの光沢が室内の照明を柔らかく照り返していた。

 そのまま奥に進み、プライベートプールに向かう。


 プライベートプールの縁に少女が座っているのが、アガタとアマナには見えた。

「ごめんなさいね。気付いてあげられなくて」

 少女に声をかけるアガタ。

「誰も助けてくれなかった」

 さざ波を立てるプールの水面。アラノとオモナガには、少女の姿や声は認識できなかったが、アガタがただ独り言を言っているのではないということは理解できた。

「あいつを殺してやる。ここから出して」

 プールの水が宙に浮き、重力を無視した小さな滝となって、部屋中を縦横無尽に飛び回り始めた。ガタガタと震えはじめる観葉植物、クッションやソファ。

「殺してやる!殺してやる!!殺して!やる!!殺してやる!!!!」

 

 少女の高笑いが部屋中に響く。

「なんだこれは…」

 アラノとオモナガにも、その声が聞こえたようだった。

「自分の力では、ここから出られないの?」

 尋ねるアガタ。

「憎しみが怒りが抑えられないの。出られない。どうしても出られないの。わからない… 何故この部屋から出られないのか」

「私の手を取って」

 アガタはプールの中に入り、少女に歩み寄った。

 手を差し出すアガタ。手を取る少女。

 少女の透明な輪郭が淡い光を放ち始めた。

「怖かったの… 苦しかった。悔しかった!!」

 アガタが少女の輪郭を抱きしめると、その輝きは一層眩しく輝きだした。


「ルーシェ… もう私、素敵な恋愛なんてできない… こんなに汚れてしまった」



「そんなことはない」

 ルーシェの声がした。

「守ってやれなくてごめん」

 ルーシェの嗚咽が漏れる。嗚咽にかき消され言葉が出てこない。

「今度は必ず守る。会った時からずっと好きだ。ごめん。アガタさん。アマナさん。止められてたのに来てしまった」

 プールのすぐ外側のバルコニーにルーシェの姿があった。アガタがバルコニーの鍵を外すとルーシェは駈け寄り、少女の輪郭を抱き寄せた。

 肉体を持たない少女に、触れることはできなかったが、互いの体温が伝わってくるようだった。

 少女の目から見えない涙が流れた。

「ごめん」ルーシェは何度もその言葉を呟き涙を流した。


「泣かないで… 嬉しい本当の気持ちが聞けたから、私、大丈夫よ…」

 少女はルーシェを光で包み抱きしめた。

「私を見つけて」

 少女の姿が目も眩むほどに輝き消えていく。

「わかった。必ず見つけるよ。ずっと一緒だ」

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