16.額縁の中で



 「なるほど」と私は言った。

 経験の浅いあいぼうは、酸鼻さんびな光景に口をおさえた。



「頸動脈を切られた事による出血多量といった所か」


 壮年の男が、赤い湖に浮かんでいる。喉が一文字に開いて、色鮮やかに光沢を放っている。

 赤い果実、という題名だ。


「こちらの写真は、生前の絵です。住所不定、無職の四十代男性です」


 湖の真ん中に、揺蕩たゆたう枯葉のように浮かんでいる。クラゲのとろけた様な白髪ははかなさを、半開きの目の虚ろは無限を思わせた。



「こっちは、絞殺ですね。ひどくうっ血している」



 真っ赤な顔に、天をにらむ目。いびつな髪型の下で、額縁いっぱいに苦悶の表情を浮かべている。

 口から覗く歯の白が、赤をより赤くしていた。

 熟れたトマト、という題名だった。



「こちらがその犯人です」


 あいぼうが、犯人を連れて来た。



 十三歳の、まだ小さな子供だ。なるほど洋服は赤に染まっている。鼻の先やおでこにも乾いた赤がこびりついている。



 私はぐっと顔を近づけた。


「なぜ二人を殺した?」


 相手の目を覗き込みながら言った。

 一拍おいて、犯人は笑った。


「この方が美しいと思ったのです」


「十月九日、午後三時十二分」

 私は胸の内ポケットをまさぐった。あいぼうは息を潜めて、事件の結末を見守っている。


「才コタロー、君を二人の男の殺害によって、第一回新日本アート大賞として表彰する」


 私は表彰状を、うやうやしくこの少年に渡した。少年は一礼して、私の握手に応じた。


「すでに完成した絵。その中の人物を殺すという、常軌を逸した発想と、それを可能にする手腕はこの賞に値すると思う。これからの日本、いやどんな国からも、二度とこのような才能は出てこないだろう」


 観衆の拍手がいつまでも鳴り止まなかった。


スタッフが二人、きびきびと担架を運び出している。

シーツに、赤いシミが付いている。

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