11.ポンコツ太郎と偏屈ジジイ
うんと遠くに、名の無い町があった。
距離の概念を超えて、時間という概念から言っても、途方もなく未来に、その町はあった。
都暮らしが合わない者や、やましい事がある者、酔狂な者が集まる町。
そんな変わり者の町の中でも、特別変わった男が、町の端っこに住んでいた。
その時代の人々の常識から言って、齢七十を数えるその男は、考えられないほどの年寄りという事になった。百数年も昔の戦争で、人々は数千年分の文明を失ってしまったのだ。
四十歳まで生きれば長生きと言われるのに、それを三十歳も上回っている。
しかもひどく偏屈で、ぶっきらぼうと来るものだから、町の子供の格好の餌食だった。
「偏屈ジジイ!」と子供が叫べば、「失せろ糞ガキ共が!!」と、偏屈ジジイが棒を振り回すのが、町では馴染みの光景となっていた。
偏屈ジジイは、町でゆういつの車の修理工だった。客は月に一度か二度、都から来るだけだ。町には車を持っている人がそもそも居なかったので、当たり前の事だった。
偏屈ジジイはひどく少食で、これと言った趣味もないから、それでも問題なく暮らせるのだ。
さてある日、何者かが偏屈ジジイのボロ家を訪れた。というよりも、忍び込んだというべきか。
糞ガキ共の悪戯だろうと、偏屈ジジイは棒を手に取った。しかしガレージには、黒い髪の青年が横たわっている。その周りに、血溜まりが出来ている。
「これ、そこのデカ物。人様の家に上がり込んで、何を呑気に眠ってやがる?野垂れ死ぬのなら荒野にでも行け、この馬鹿者が」
偏屈ジジイと呼ばれる所以である。この老人は、誰に対してもこの口の聞き方を改めようとしない。
「起きないかこの屑が」棒でつついても、青年は起きない。
老人は悪態をつきながら、自室へ救急箱を取りに行くのだった。一晩経って、青年が目を覚ますと、偏屈ジジイは意気揚々と棒を振り回して、青年を追い払う事に成功した。
偏屈ジジイの平穏は、きっかり一週間後に破られた。青年がまた、ひどい怪我をこしらえて、ガレージで眠っていたのだ。
偏屈ジジイは、狂おしいほどに腹を立てた様子だ。
「わしの家を何だと思っている?ここは肥溜めではないぞこの鼻垂れが」そうまくし立てながら、バケツの中身を怪我人にぶっかける。しかしそれは消毒液で、傷口を殺菌しているのだった。
一週間後も、そのまた一週間後も青年はやってきた。いつまで経っても青年が物を言わないので、口が聞けないのだと知った。
その時期、子供達を驚かせたのは、偏屈ジジイの修理工場で、見習いの青年が働くようになった事だった。壊れたエンジンや、穴の空いたタイヤ、潰れた鉄屑を使って、加工しているのだ。
小さな町にとっては、その号外は驚きの対象だった。「お前はグズなのだから、ちょろちょろと動くんじゃないわ脳足りんめが。これで何回目だと思っている?」と、家から出る青年を、ジジイが呼び止めたのが始まりだと、子供達は教えた。
青年は、昼間は見習いとして鉄屑を加工し、夜は都の方に出かけて行く、という生活を繰り返した。ある朝、青年は今までとは比べ物にならない、酷い怪我を腹にこしらえて帰って来た。
ガレージに溜まった血の量と、傷の深さに、偏屈ジジイも閉口した。
ヤギのなめした皮を、黙って青年に咬ませる。腹に撃ち込まれた銃弾を、取り除く必要があったのだ。しかし老人がハサミで肉を切っても、青年は反応を見せなかった。茫洋として、天井を見つめているばかりだ。
「何だこれは?」老人はあっと驚いて、そう口にした。
青年の腹は大きく開かれていた。中にあるべき骨や内臓が一つもなく、空洞になっているのだった。
代わりに、背骨のあるべき場所に、数本のゴムチューブの束が通っている。
「古代文明の遺産の話は、親父から聞いた事がある。見たのはお前が初めてだがな」老人はそう言った。
青年はその話に驚いた様子で、上半身を起こした。腹は切り開かれて、ぽっかり空いたままだ。
「何を驚いている?つけ上がるんじゃないぞケツの青い糞ガキが。人造人間なんぞにワシがビビると思ったか?貴様はそこら辺の小便小僧と何も変わりゃせぬわ」偏屈ジジイは唾を飛ばしながは、そう怒鳴りつけた。
青年の目尻から、涙が一粒だけ溢れ落ちた。
その次の日から、青年はポンコツ太郎という名前を、偏屈ジジイから命名された。青年が言葉を発する瞬間を目撃した子供によると、ポンコツ太郎の初めて発した言葉は「偏屈ジジイ」だったそうだ。
また、ポンコツ太郎は同じ日に顔を整形しており、鷲鼻や割れたアゴなどは、偏屈ジジイに似てなくも無かった。
ポンコツ太郎は二度と夜に抜け出して、都へ繰り出す事は無かった。
代わりに何人もの見知らぬ男達が、町を探し回ったが、結局諦めて帰って行った。
何年かすると、老人もついに年齢に屈した。
しかし、町の名物である「偏屈ジジイ!」と「失せろ糞ガキ共!!」の攻防は、ポンコツ太郎によって引き継がれているのだった。
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