10インタビュー


「それでは、あなたの出生についてお聞かせ下さい。あなたはどこで生まれて、どのように育ったのですか?」


 私の言葉が、うす暗い部屋に静かに消えていく。少しのあいだ、沈黙がその場に張り付く。

 白いガウンを羽織った男が、ワインのグラスから一口飲んだ。顔は、影に隠れている。



「必要な事かね?」淀みの無い、重みのある声音だ。

「物語のプロローグと思えば分かりやすいと思います」準備していた返事を、事務的に口にする。



 また一拍置いて、男はゆっくり話し始めた。



「四十八年前に、神奈川県で生まれた。正確にどこに居て少年時代を過ごしたのかまでは、覚えていない」至って落ち着いた話し方だった。



「娼婦の息子として生まれた。姉がいたが、私が幼い時に死んだ」

「どのようにして亡くなったのですか?」

「母の商売を手伝っていたんだ。客に暴行を受けて、ある晩に死んだ。ガラスの様な綺麗な目をしていた。目が死んでいる、という表現は美しくないが、それも間違いではないな」

「少し長いか?」

「 構いませんよ。続けて下さい」

「ああ。姉が死ぬと、私はその変わりをさせられた。毎晩、寝る前に鏡を見るが、私は決して姉の様にはなれなかった。14歳の時、眠っている母親の首を、ロープで締めた。姉の顔を、再現できると思ったんだ」

「姉の顔を見るために、母親を手に掛けたのですか?」

「ああ。ただ、母親の顔は一晩待っても姉の様にはならなかった。その後の事は、ご存知だと思うが、18になるまで私は孤児院にいた。これでいいかな?」



 そこまで語ると、再びワインを口に運ぶ。影に隠れていた顔が、少し見えた。年相応のしわが、その整った目鼻立ちを一層際立たせているようだ。



「孤児院を出て、まもなく貴方は二人目を殺しましたね?」

「実のところ、あれは嘘だ。二人目は、孤児院に一緒に住んでいた女の子なんだ。階段から足を滑らせた事になっているが、実際にはバットで頭を割った」

「姉の顔を見るために?」

「ああ、だが私はその時に間違いに気付いた」

「後悔したのですか?」

「そうではない。人それぞれ、別の顔を持つのだと理解したのだ。あれは芸術家としての私が生まれた瞬間でもあった」

「顔を見るため。それが貴方のやってきた事の動機だというのですか?」

「いかにも。そうする事で初めて、彼らの顔が分かるんだ。ところで、夜の7時になったので、予定通り作業に取り掛かりたいのだが?」



 女の絶叫が、口に溜まった血をぶくぶくと泡立てた。女が息出来る様に、男は彼女を横向きに寝かせた。

 吐き気を催して、私は顔を背けた。同僚のカメラマンが、ぴくりとも動かずに映像を撮っている。



 チェーンソーで硬い物を削る音と共に、今度は濁った叫び声が響く。

 広間の床や壁にビニールが貼り付けてあり、血が私の足元まで飛び散っていた。



「見てくれ」楽しげな、男の低い声だ。

 いつの間にか、女の叫び声が止んでいる。私は血で床の見えなくなった広間を横切った。

「顔。見えるか?顔だ。このために生きているのだと、今は思うよ」



 男の顔は、恍惚したように呆けていた。

 周りに、真っ赤な果実の様な物体が散らばっている。その中に、女性と分かる美しい顔が浮かんでいる。



「すまないが、ワインを持ってきてくれんか?後片付けをするので、居間で待っていてもいい。その後で、ディナーにしよう」



 夜も更けて、私は再び男と向かい合った。



「出所後、初めての殺人になりましたね。十年越しの事だと思いますが、どんなお気持ちですか?」



 また、私の言葉は虚しく空に消えた。一拍置いてから、男は口を開いた。


「いまは政府に、心から感謝を述べたいと思う」


「本日も番組が終わろうとしています。遺族に向けて、何かコメントをいただけますか?」



 肉を切り分ける手を止めて、男は顔をあげた。



「すまないが、あまり言うことは無いよ。誰をやるかでは無いんだ。私が手を加える事で付加価値が加わる、とでも言うのかな。とにかく、彼女らがどういう人物で、どう育ってきたか、私は気にしないのだよ」



「本日はありがとうございました」

「ああ、楽しい一日になったよ。ところで、白ワインは楽しんで頂けたかね?60年物の特別なワインなんだ」

「はい。とても美味しかったですよ」



 男は満足したように一度頷いて、ワインを一口煽った。ワインは、見たことも無いほど、濃厚な色をしている。

 同僚のカメラマンが、機材を片付け始めている。



 立ち上がろうとしたが、出来なかった。

 頭が割れるように痛い。視界が度の高いレンズの様に歪んでいる。



「本日はお疲れ様でした。ご協力に感謝します」

 辛うじて、カメラマンの声が聞こえた。

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