9.顔


 専用の冷凍庫から、女性の細胞を取り出す。

 産地直送の新鮮な細胞だ。



 かねてから目を付けていた商品だった。本人とは事前に面会しており、肌のきめ細かさや若々しさは確認済みだ。



 凍った細胞が溶けると、水蒸気で滅菌処理した小皿に移す。そこに培養液を加えたら、完成まですぐだ。

 パーツの配置や色素を指定。箱型の機械に小皿をセットする。



 コーヒーを一杯飲み終わると、トレーを開けた。

 温かい蒸気が、ふわっと肌を撫でる。

 皿に乗った顔は、完璧と言えた。少女のきめ細やかさと、不敵な艶やかさの入り混じった、ミステリアスなアートだ。



 そっと顔を手にすくい、洗面所の前に立つ。

 白い無精髭の、痩せた男。鏡に私が映っている。

 マスクを被った。

 中性的な若者が立っている。カツラによっては、男にも女にも見える、不思議な顔。



 柔らかな黒髪を選んだ。肩にかかる程度の長さだ。老いて背が縮んだのが功を奏したようだ。ブラウスとスカートを身につけても、何ら違和感は無い。

 化粧は無論、必要無いだろう。



 教室を見渡すかぎり、美男と美女しかいなかった。窓際の最後尾が私の席だったので、周りの様子がよく見える。

 隣の男子生徒は、オリジナルの若者と誰にでも推察出来た。表情にあどけなさがあり、緊張感が伝わってくるのだ。



「どうして君は緊張しているのかね?」

 私はたずねた。

「緊張している訳ではありません」彼は俯きながらそう言った。

「では、なぜ周りをきょろきょろと、不安げに見るのだ」

「それは……」

「怖いかね?」

「僕は不適合と認定されているので、培養皮膚に触れてこなかったのです。中学生にあがるまでは、不適合者のみが通う学校にいました」



 なるほど彼からすれば、異様な光景と言えるかもしれない。マスクを被った者たちが、社会の中心にいるのだ。



「過去の遺産だな。これからの時代、ぶら下がっている連中は排除していかなくちゃならん」


 前の席から、幼い顔立ちの男の子が言った。


「不適合者の粛清の是非が国会で議論されているが、私はなぜさっさと実行されないのか分からんよ」



 転入生の目があっても、遠慮がない様子だ。マスクの中では、体裁を取り繕う必要が無いのだ。



「間に受ける必要はないぞ」私ははっきりと彼にそう言った。「彼らの言葉は、便所の落書きみたいな物だ」



 私の物言いに、少年は驚いた様子だ。

 私もまた、マスクの恩恵を受けている。何を言っても、私の素性は秘匿されている、そんな不敵さがある。



 人々は一日を通して、私たちに醜いもの言いで接し続けた。

 少年もその言葉の無意味さに気づいたのか、その受け止め方は大分慣れてきた様子だ。



 孫は何とかやっていける筈だ。私はそれを確信すると、

「本日付で退学させていただきます」と教師に伝えて、席を立った。



「あなたの様な人も居ると分かって、少し安心しました」孫が言った。


「現実は残酷だぞ。私は少し変わり者なだけだ」私は釘を刺してから、ゆっくりと教室を出て行った。

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