7.モノマネ機能を実装しました。
将来や進学のことは、僕らにはどうでもよかった。少なくとも、小学生の内はノーカウントと判定している。
歴史の教科書で巧妙に死角を作って、ケータイで銃撃戦をしていた。隣のクラスのノブと、後の席のケンタから集中砲火を浴びて、少しムキになっている。
「長篠の戦い、二十一ページ。ケンタ、読み上げてくれるか」
左後ろから息を飲むのが聞こえた。しめしめ。そう思った。今までの恨み、ここで晴らしてくれる!
と息巻いたところ、間の抜けた着信音と共に、アプリがシャットダウンした。
少し前に、ケンタから聞こえたのと同じ音が、僕の口から漏れる。
『アップデートが完了しました』
ソフトウェアの更新か。開いてみると、『モノマネ機能』が追加されたらしかった。
冗談みたいなアプデで、勝負の場を荒らされた事にいらだちながら、詳細を開く。
『アプデ内容
本日からモノマネ機能が実装されました。希望の写真とお名前、生年月日を登録して、本機能を起動すると、指定した人物のモノマネを開始します』
そっとページを閉じた。
本当に下らないじゃないか。売れない芸人よりも滑っている。今日は二日だから、エイプリルフールでもない。
ただ、冷静に突っ込んでいると、その出来事の奇妙さが際立つものだ。
登録してみるか。ケンタが消しゴムのカスを当ててくるのは無視した。
ケンタの写っている画像をフォルダから選び、項目を埋めていった。ケンタがしつこいので、登録だけしておいて、ゲームに戻った。
授業が終わって、ノブやケンタと歩きながら、モノマネ機能の事を思い出した。モノマネ機能を起動する。ケンタの画像がアイコンパネルになっていて、それをタッチした。
特に変わった様子は無い。自分の顔を触ってみたりもするが、ただの僕だ。
「何やってんだー?」
ケンタがのんびりとした口調で聞く。
「さっきアプデが来ててさ」
ケンタと顔を合わせて、少し間が空いて口をあんぐり開いた。お互いに考えが同じだったらしい。そこまではいい。
問題は、彼が僕と瓜二つの姿かたちをしていた事だ。
テレビで見るようなレベルを遥かに超えて、もはやモノマネではなく、人間をコピーしていた。
「すげぇなこれ。声まで同じだ」
ケンタが、完全に意表をつかれた顔で言った。
ノブの方をちらっと見て、吹き出してしまった。体育の山田先生が、ムキムキの身体で後ろを着いて来ていた。
「たまたまフォルダに入ってたんだ。まさかそんなにクオリティーが高いと思って無かったよ」ノブが言い訳がましく言った。
「他の奴も試して見ようぜ」
いいね。ケンタの提案に僕も乗った。ところが、アプリが起動しない。二人も同じだった。
「さっそくバグ来たな」ケンタが面倒くさそうに言った。
「どうする?この格好で」僕たちは入れ替わったままだ。
「ギリギリまで時間潰して、それで駄目ならおたがいの家泊まろうぜ」
「それが良さそうだね」
学校に携帯を持ち込んでいるのがバレるよりは、そうする方が穏便だというのが、僕らの認識だった。それよりも、もっと懸念するべき事がある。
「ノブはどうするの?」少なからず同情もあって、たずねる。山田先生がノブの家に泊まるわけにはいくまい。
「ラ○ンでケンタの家に泊まるって送ったよ」
「で、どこで寝るんだよ」僕がそこまで聞くと、ノブはため息を吐いた。
「今日は公園で寝るよ」
「帰ったら、早めに布団潜っとこう」ケンタが最後の詰めに入る。「途中でアプデが来たら面倒だからな」
もし夜中にでもアプデが来たら、家に帰る。来なければそのまま学校に行く、それで落ち着いた。
その場合は、ノブは学校をサボる事になった。山田先生の声なら、父親をよそおって休みの電話を入れる事も出来る。
結局その計画を実行に移す事になったが、大方首尾よく行った。ケンタとは互いに遊びに行く間柄なので、勝手が分かっていた。
晩飯を掻き込んで、軽くシャワーを浴びて、さっさと部屋に引っ込んだ。
その日、アップデートが来ることは無く、僕はケンタとして学校に行く事になった。
ノブが可哀想なので、学校に向かう途中に公園に寄って、僕の今月の小遣いをあげた。多分、何も食べていなかっただろう。
ケンタは、僕の弟と一緒に登校しているはずだ。
少し早めに学校に着いて、ケンタの席に着く。
「今日めずらしいじゃん」
少しびっくりして隣を見ると、美憂がランドセルを机に置くところだった。そうか、僕は今ケンタだもんな。
「いつも私が起こしに行くのに」
「ん?」
「ん?」
起こしに?ケンタは美憂と学校に来るのか。
「ああいや、早く起きすぎちゃって」
「ふーん。それだけ?」少しの間、僕たちは見つめ合った。美憂と視線を合わせて、そのまま離せなかったのだ。
「何?」美憂は少し不思議そうに言った。
「何でもない」とケータイを取り出して、取り繕う。
ケンタの幼馴染というのは知っていたけど、一緒に登校していたのは知らなかった。少し、ケンタが羨ましいと思った。
低学年の頃からそう思っていた。髪が短くてボーイッシュだけど、女の子らしさもあって優しいのだ。ゆういつ悪い所があるとすれば、美憂の父親は山田先生だった。
「おっはよーう」
僕が、元気よく教室に入って来た。
「やぁ美憂さん、今日も美しいですね」ケンタが言った。
「はぁ?」美憂は少し驚いている。
僕は神社の狛犬ぐらいの形相で、ケンタを睨みつけた。ケンタは上機嫌で、僕の席に座る。すぐに先生が入って、ホームルームが始まった。
僕とケンタが入れ替わっても、特にやる事は変わらなかった。いつもの様に授業をサボって、ノブとゲームをするのだ。
ただ、今日は明らかに調子が悪く、カモにされた。
どうしても、美憂の顔が視界にうつるのだ。横で彼女がノートを取るだけで、僕はゲームが下手になるらしい。
「なに?」また不思議そうな顔で、美憂が言った。
「あっ卑怯だぞ、芋ってんじゃねー」僕はゲームに戻るのを口実にして誤魔化す。
「ピロリン」
間抜けな着信音が鳴って、アプリがシャットダウンする。
『ソフトウェアアップデートが完了しました。モノマネ機能がフリーズするバグを修正しました』
まずい!
僕は思わず席を立った。
「あっ……」
気まずい空気が、教室を静かに満たした。
周りを見ると、無表情のおじさんが何人か、サイズの合わない机に座っていた。
隣の席からは、ムキムキのタンクトップ姿の山田先生が立ち上がって、ゆっくり教室を出て行った。
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