13.布団
その宿は無人で営まれていた。
私の周りに、経営者の事情を知る者は居ない。
玄関口には銭を入れる箱があり、千円と貼り紙がしてあるが、ちょろまかそうと思えば容易いことだ。
しかも一定の客がいる。
町から離れた山にあるのに、客が目につく。
宿には都市伝説があった。みな好奇心から泊まりに来るのだ。
町の外から客を呼び込むので、地元に言わせれば座敷わらしの様なものだ。
目にもとまらぬ布団。その名の通り、布団が目にもとまらぬ速さで部屋を飛び交うのだ。それがこの宿の伝説だった。
あまりにも速く飛ぶものだから、それは蝋燭の揺れる影にしか見えず、虫のけたたましく飛ぶ音にしか聞こえない。共通認識であった。
「目にもとまらぬ布団、見たよ。いま」
少し得意げな言い方になった。薄暗い畳の部屋で、寝そべっていた。
「お前もこれで一人前ってわけかね」
薄い板をはさんで、隣から嗄れた声。
農夫は、地元ではお馴染みのしきたりを言っていた。山に近い地域では、それを見たことがない男は、半人前という事になっていた。
「なるほど、確かにあれは布団だった」
言い終わらないうちに、埃っぽい床を、ふすまがゆっくりと滑る音がした。
目が合ったような気がした。
「ばかやろう、冗談でもそれは言うな」
隣人は憤慨している。
言葉が出ない。
「目に止まらないからそういう名前なんだ。それを見てしまったら、どうなるか分かってるだろう?」
チャックからはみ出た髪。
すすけたクリーム地に、まばらの血痕が赤く濡れている。
人と分かる姿形で、布団が佇んでいた。
「布団の中身が変わるぞ」
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