おまけ その三
なんとか騒ぎを治め、「休暇中何してんの」と、駆け付けた団長に怒られ呆れられて。ミスティと無事、帰宅した。
「ただいま、おかえりミスティ」
「おかえりなさい、ただいまです、ユフィさま」
玄関でそんなやり取りをして、居間に上がる。冷たい紅茶を淹れて、一口、ほっと息をつく。
「今日は大変な一日になっちゃいましたね」
「すまない、私のせいで。変に疲れさせてしまったな」
と謝ると、ミスティはまんざらでもなさそうに笑った。
「いえいえ、結構楽しかったですよ、大勢での追いかけっこ」
「……なんかもう、いろいろすまん」
「いいんですよ。休暇はまだありますから、明日にでも、ね?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるミスティ。いつ見ても、ミスティの笑顔はどんなものであれ心を掴まれる。不覚にも今、また胸にぐっときた。
また紅茶を一口啜り、私にはミスティに問うた。
「なぁ、さらりと私の家に上がっているが、帰らなくてもいいのか?」
断っておきたいのだが、まだミスティとは同棲はしていない。まだと言っているからといって予定があるわけでもないのだが。
ミスティはカップを置いて、首を不思議そうに言う。
「別にいいじゃないですか、ユフィさまの家に泊まっても。親公認の仲ですし、男の家に上がるわけでもないですし。ダメですか?」
「いや駄目ではないが」
「じゃあ泊まっていきますね。出掛ける前に親にはもしかしたらと伝えておいたので、そこは安心していいですよ」
「泊まっていく気満々で来たのか!」
さすがミスティ、やると決めたことに抜かりがない女よ。
それとミスティのお父様、お母様、ご迷惑をお掛けして申し訳ない。娘さんはおてんばだ。
泊まることになった以上、紅茶を夕餉とするわけにはいかない。冷蔵庫の余り物で何か作るとしよう。ミスティは何がお望みかな。
「走って腹が空いたろう。私がこしらえるよ、何が食べたい?」
「ユフィさまの料理ならなんでも!」
「なんでもは、困るね。……お、魚が残ってた。野菜と魚のソテーはどうかな?」
「じゃあそれで! 超特急でお願いします!」
「ゆっくりやらせてもらう。皿の用意だけ、頼む」
はーい、とミスティは手慣れた動作で皿を並べる。
こうして料理をふるまうのは初めてではない。付き合い始めてから何度も押しかけてきてはご馳走になりにきていたのだ。いつも食器の用意だけは頼んでいるので、すっかり慣れたようだ。
ただ絶対に調理器具には触らせない。一度やらせたのだが、漆黒の芸術品ができあがった。その時以来触れさせていない。私が困る。
皿を並べ終えて暇になったミスティが、「お腹と背中がひっつきますー」とのたまい始めた。あまり急かすな、焦げないよう気を付けているんだから。
魚の焼き加減は良し。同時進行していた”あん”の完成が見えた時、ミスティが鋭く反応した。
「……んん、料理完成の匂いがします」
こういう時は、まさに鼻が利いている。
「大当たり。最後に盛って――これでよし。簡素なものだが、召し上がれ」
ありあわせの野菜と魚のソテー。なんでもと言ったのだから、これでもいいだろう。
完成品を前にして、ミスティは目を輝かせナイフとフォークを構えた。
「わはー! いつもながらおいしそうです! いただきまーす!」
「急いて食べるなよ。詰まらせないようにね」
「分かってますよー。はむっ、んむ……ん~! やっぱりおいしいですっ!」
「お口に合って何より。私も食べるとしよう。いただきます、と」
ぱくぱく食べるミスティを見ながら、ゆっくり味わう。……塩はもう少し入れてもよかったな。ちょっと薄い。
「塩薄くないかな」
それとなく聞いてみると。
「口当たりがいいので私は好きですね」
と、手も口も止めることなく答えた。聞いた私が言うことじゃないが、口にものを入れながら……いや飲み込んでたか。素早い。
適当に駄弁りながら食事を続ける。二人食べ終えると、食後の紅茶を楽しみながら、また会話に花を咲かせる。
「一つ聞いていいか、ミスティ」
「はい、なんでもどうぞ」
「昼のことなんだが、なぜ私にマスクをつけたんだ?」
一緒にいる時、ずっと気になっていたことだ。マスクがない方がいいと言っていたのに、なぜなんだろう、と。
するとミスティは、少し照れながら言った。
「その……私以外の人に、素顔を見せたくなくて」
「……え?」
「ユフィさまの笑顔は、私だけのものにしたいんです。すいません、どうしても、そう思ってしまって……」
「嫉妬か。らしくないな」
うぐ、とミスティは口をつむぐ。図星か。
ミスティからすれば初めての感覚だったのだろう。自分の感情を、うまくコントロールできていないようだ。他の誰かに渡したくない、その感覚は、私とてないわけじゃない。
「でも悪くない。そこまで想ってもらえるやつは、幸せ者だよ。ふふっ」
一心に愛を注いでもらえる。そんなことは滅多にない。それにあずかれるなら、独占欲の一つ受け入れようじゃないか。
少し遠回りに伝えると、すぐさまミスティが察して。
「そう、ですね。たーくさん愛してもらってるわけですから、もっと愛を囁いてほしいくらいですよ。お願いします、『お父様』?」
「調子に乗りおって……愛いやつだよ、全く。好きだぞ、ミスティ」
「えっへへ、ありがとうございます!」
相当嬉しかったらしい、今にも飛び跳ねるのを必死に抑えているようだ。感情が入り混じったような笑顔を浮かべている。
しかし、その笑顔は、途端に曇ってしまった。
「ねぇ、ユフィさま」
吐息交じりに、ミスティは私に尋ねる。
さきほどの笑顔はなく、どこか思いつめたような色が見える。一体どうしたのだろうか。
「その、本当に良かったのですか? 私との、お付き合い」
「なんだ、急に淑やかになって」
少し茶化してしまったが、ミスティの表情は真面目一色だった。
どうしたのだろうか。もしかして、私とのことが心配になったのだろうか。
そう思うと、なんだか。
「……ふふっ」
「なんで笑うんですか?」
「今更すぎるな、とね」
紅茶を一口含んでから、私も真剣に、ミスティを見据えて、思いを伝える。
「私はね。ミスティと出会えて、一緒に暮らせて、付き合えて、本当に良かったと心から思ってる。あの日、戦場で告白した日――いや、もっと前からだ。間違いない。ミスティに、私は惹かれていたんだ」
「ユフィ、さま……」
微かに震える、ミスティの手を握って、続ける。
「後悔なんてするものか。何があってもな。私の、ミスティへの『好き』は、絶対変わらないよ。誓ってもいい」
昼の時のように、安心していい、その気持ちが伝わるよう優しく力を込めた。
ちゃんと通じたかな。それは聞くまでもなかった。
ミスティが、手を被せてきたから。
「ありがとう、ございます」
「ありがとうか。礼には及ばんよ」
「いえ、言わせてください」
一拍置いて。
「私、いつでも不安なんです。本当に良かったのかなって。だって女の子同士で、上司と部下で……ユフィさんに、無理させてるんじゃ、ないかって」
「ミスティ……」
「いつも私の勝手に、合わせてくれてますよね。嬉しい反面、申し訳なさも、ちゃんとあって。私、ユフィさまと一緒にいていいのかって」
ミスティの目に、涙が煌めく。
それを自分ですくって、また続ける。
「だから、ありがとうなんです。一緒にいてくれて、好きって言ってくれて、ありがとうなんです。本当に、ほんとうに」
何度も、何度も、涙をすくう。次第に、粒から雨に変わった。
「あ、あれ、おかしいですね。止まってくれませんよ、これ……」
安堵からか、笑いながら、ぼろぼろと泣き始めた。
席を立ち、背中から抱きしめてあげる。優しく、強く。
お互い何も言わぬまま、時が過ぎる。しばらくして、ミスティが声を上げた。
「……もう、大丈夫です。ミスティは元気になりました」
「本当かな?」
「もちろんです! いつもの私ですよー」
そうは言うが、身体はまだ震えていた。まだ思うところがあるのだろう。
ならば、と私はある提案をした。
「せっかくだ、ミスティ。このあと――」
「――え、ええっ!?」
「いいだろう、たまには」
ミスティは目を丸くしながらも、小さく頷いた。
「構いませんよ、その……お願いします」
「……せまくないですか、ユフィさま」
「そうかもな。ならもっと近くに」
真っ暗な部屋の中、私たちは同じ布団に潜っている。
最初こそ戸惑っていたが、観念したのか、今は、私の目の前で大人しくしている。
どこかおびえているように見えるのは、多分気のせいだろう。
「と、突然どうしたんですか。一緒に寝ないか、なんて」
提案はまさにそれ、「一緒に寝ないか?」と言ってみたのだ。
寝るまでそばにいてあげれば、もっと安心するのでは、と考えたからだ。
「いいじゃないか。嫌じゃないだろう?」
「嫌じゃないです、嬉しいのですが……」
視線をそらし、顔を赤らめて言った。
「お、襲われるんじゃないかって、思ってしまいまして」
「……襲われたいのか?」
「違いますぅ! 聞いてみただけですぅ!」
ミスティはまた真っ赤になって、私の胸に顔をうずめる。
今日だけで何回赤くなっているのか。相当なものだろうな。
私は頭を撫でてから、今日で何度目か、そっと抱き寄せる。
「……今日のユフィさま、なんか優しすぎます」
「そういう時もあるのさ。甘えていいんだぞ、こんな機会ないだろうからな」
「自分で言いますか、もう……でしたら、甘えさせていただきます」
ミスティは一層身体を寄せてきた。
ここまでやるのなら。一つおまけを付けることにする。
自分の中でリズムを取って、なだめるように、歌う。
「仮面を脱いで、心さらせ、彼方に言葉を届かせて。
遠くにいても、想いは一つ、あなたに届いて一輪の花――」
ミスティがはっ、としたのが、腕から伝わってくる。
かつて、私がミスティに教え、思い出させてくれた、この歌。
私とミスティを結びつけた、運命の糸。父が遺した歌が、私に幸福を運んでくれた。昔と同じように、ミスティが落ち着いていられるように、小さく歌う。
しばしの間、音に合わせてもぞもぞしていたが、気がついた時には、寝息を立てていた。
寝顔を見ると、さっきまで動揺の色が消え、穏やかな笑顔で眠りについている。歌った甲斐があった、と思っていいか。
「ふへ……ゆひー、さま……ごはん……」
夢でも、私といるのだろうか。楽しそうなら、なによりだ。
寝言に苦笑しながら、そっと撫で、一言。
「おやすみ、ミスティ」
額に軽くキスをして、私は、目を閉じた。
目を開ければ、部屋に光が満ちていた。
目をこすり、窓を見ると、まばゆい朝陽が差し込んでいる。
もう朝になったのか。あと少しくらい、あの時間を楽しんでいたかったな。
隣を見ると、ミスティの姿はなかった。枕の横には寝巻きがたたんで置かれている。既に着替えまで終えているようだ。
身体を起こし、ミスティがいるであろう居間に向かう。
扉を開け、中を見ると、机に皿を並べているミスティがいた。
「――あっ」
開けた音で、ミスティが私に気付いた。
途端に私に走り寄って、私の前に。
そして。
「おはようございます、お父様。それと――」
私の頬に、キスをした。
「お目覚めの合図と……昨夜のお返しです」
唇に人差し指を添え、いたずらっぽく笑った。あの時はまだ起きていたというのか。
なんと恥ずかしいことをしたのだろうか、今更自覚する。
「顔が赤いですよ。熱ですか?」
「……ミスティのせいだろう、しらじらしい」
「先にしかけてきたのはお父様ですよ?」
「うるさい。ほら、前からどけ。朝食をこしらえる」
「あは、照れちゃってー」
「それ以上言うんじゃないっ」
逃げるように台所に立ち、料理を始める。
よく考えれば、同衾を誘う時点で私はおかしかったのだ。一時の気の迷いみたいなものだ、別に気にしなくても……ダメだ、思考が乱れる。料理に集中するのだ。
さっとベーコンエッグを仕上げ、お互いの皿に盛る。出来上がりを見て、ミスティはいつものように目を輝かせている。
「いつも通り、おいしそうです!」
「食材がいいからな。じゃあ、冷めないうちに」
二人、息を揃えて。
「「いただきます」」
朝食に口をつけた。
この平和な朝を、いつまで続けられるのか。それは分からない。
願わくば、いつまでも続きますように。
いや、私が続けさせてみせよう。
「早く食べましょう、お父様!」
私は、ミスティの笑顔に、固く誓うのだった。
「だから、お父様と呼ぶなって」
「もちのろんでございますよ、お父様!」
私はあくまで女騎士なので、お父様とは呼ばないでほしい 四十九院 友 @lily_writer_49
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