おまけ その二
休日の通りは人が多い。店先に列を成していたり、何かの人だかりができていたり。
大勢いる場合、有名人は歩きにくいもの。
通りを歩けば黄色い声が上がる。その原因はおおむね私だ。
全く気がつかない内に、私の似顔絵が指名手配犯の如く張り出されていたのだ。即座に回収したものの、時既に遅し、街中に広がってしまっている。
誰だ! 私の素顔をばらしたやつは! ……まぁ、今更怒っても仕方ない。
「大人気ですねぇ、お姉様。私もあやかりたい」
「ミスティはもう人気があるだろう。歓声に名前が混じっているしな」
耳を澄ませば聞こえてくる。
まずは私の分。「アマリリス様ー!」「お姉様~!」。ううむ、名前で呼ばれる分にはいいのだが、なぜどいつもこいつもお父様だのお姉様だの呼ぶのだろうか。間違いなく血縁はない。
それに混じってミスティも呼ばれている。
「ミスティちゃーん!」「よっ、街の看板ミスティちゃん!」「やーいへっぽこ!」
変なのが聞こえたな。ミスティは分かりやすく頬を膨らませた。
「誰がへっぽこですか! 叱ってあげますから出てきなさい!」
「いいんじゃないか? 親しまれてる証拠だろう。好きだぞ、へっぽこミスティ」
「お姉様までなんですかー! もー!」
ぷんすか怒るミスティだが、どうあっても威圧感がないのでかわいらしい。実際に、かわいい~、と周囲が沸き立っている。本人は不服そうだ。
「むぅ、態度を大きくしても怒っても『恐い』の一言が聞こえません。なぜでしょう」
「人形みたいに可憐だからかな」
「褒めてるんでしょうけど、これに関しては嬉しくないです」
しゅん、とミスティがしょげてしまった。
「――私は、それでいいと思うな」
安心させるために、ミスティの手を握って語りかける。
「ミスティは街の癒しだから。怒るよりも、優しく寄り添うのが、役目だと想うんだ。その分私が怒ってやる。向き不向きだよ」
「……そういうものでしょうか」
「そういうものだ。ミスティが飴で、私が鞭。何事もバランスさ、無理になんでもすることないんだぞ」
「そうですかぁ……」
ミスティはしばし俯いた後、握る手に力を込め、私の顔を見上げて。
「そうですね! うんうん、慣れないことはするもんじゃないですね! いつも通りに明るくやります!」
キラキラの笑顔で、そう切り返してきた。心の切り替えも凄まじく速い。
浮き沈みが激しいというか、裏表しょっちゅうひっくり返る、というか……やっぱりマイペースだな、ミスティは。
「お姉様?」
うるっとした瞳で見つめてくる。よくミスティが向けてくるものだが、今は特段、愛おしく見えて……。
繋いだ手を離し、肩を抱いて引き寄せた。
ミスティは顔をかーっと真っ赤にし、きゅっと縮こまる。
「え、ああああの、おとっ、お姉様!?」
「……黙って抱かれてろ。こうしていたくなった」
慌てふためくミスティが、一層可愛く見える。
一方で自分の顔が熱くなるのも感じた。マスクをもらっておいて正解だったかもしれん。
(恥ずかしいと感じるならなぜこんなことを? 自分のことも分からなくなってきたぞ)
……ん?
お忘れでなかろうか、なぁ私よ。
ミスティの肩を抱きながら歩いているが、ここは休日の大通りである。
衆目の下この光景を晒しているという事実。並び歩く二人は街でも有名な騎士。
つまり何が起こるか。
バカ共の祭りである。
「アマリリス様とミスティちゃんが肩を!」「なんと素晴らしい光景か! 記録しておかねば!」「はぁ、尊い……」「おい式場の予約まだか!」
通りのあちこちから狂気を含んだ歓声が上がる。盛り上がりようは、一国の皇帝就任のパレードに匹敵するほどだ。
そして私は我に返る。なんてことをしてしまったんだ、と。
慌ててミスティから離れようとしたが、ミスティが服の裾をつまんで離さないので、身を離すことをためらってしまった。
「み、ミスティ……?」
色んなことに戸惑いながら。小さく名を呼んだ。
ミスティは顔をうずめつつ、か細い声で。
「……お、お願いします。離れないでください。今は、そばにいてください」
「な、なんで?」
「し、心臓が止まりそうなほど、は、はは、恥ずかしいんです……」
顔は見えないが、おそらく、先刻以上に顔を赤くしているだろう。
私も顔を上げられずにいると、ミスティが、ちょいと袖を引っ張った。
何か伝えたいことがあるのだろう。どうした、とミスティを見やると、顔を朱に染め、伏し目がちに、言う。
「おねぇさまのせいです……ばかぁ……」
この至近距離じゃないと聞こえないほど小さな声。どこか艶を含んだ声だった。
刹那、視界がぐらついた。しかし、ミスティの姿ははっきりと見える。
その姿、まるで地上で迷子になってしまった麗しい天使のよう。
私はまた、人目もはばからず両腕でミスティを抱きしめた。
「ひゃっ……!」
「すまん、我慢できなかった。ミスティが可愛すぎるのが悪いっ」
こうなれば半ば自棄である。他人の視線がなんだ、そんなもの無視していればよいのだ。今こうしてミスティと『好き』を伝え合う、私はそれを優先させてもらうぞ。
が、それでよかったのは私だけで、当のミスティは、どうやら我慢の限界だったようだ。
私を突き飛ばし、わたわたした様子で。
「――ユフィさまのばかぁー!」
通り一帯に響き渡るほどに叫んだ。
そして。
「ユフィさまの霍乱です! なんでこんなところで愛を囁くんですかぁーもぉー! 時と場所を少しはわきまえてくださいよぉー! でもそんなところが好きですぅー!」
「へぁっ!? なんだ急に!」
怒ってるんだか嬉しいんだか。思いのままに声を上げ続ける。
私が言えた義理じゃないが、公共の場で言うことじゃないと思うぞ、うん。
この公開告白は通りにいる誰もが聞いているので、二人だけの問題で済むはずがなく、祭りの更なる燃焼材となってしまった。
「よっ、お似合いカップル! 最高に熱いね!」「祝え祝え! 酒樽全部開放だ!」「この出来事全て書き記せ! 本にして広めるんだ!」「今度の劇のネタにしましょう!」
「うわぁやめろ! 私らを酒の肴にするな、本にして売ろうとするな、演劇にしようとするなっ!」
「全部ユフィさまのせいですからね! 私悪くないんだから!」
「待てミスティ、逃げないでくれ。この空間で一人にしないでくれ!」
その場から脱走したミスティを追いかけ、長い通りを走り抜ける。
背後からは、野次馬集団がなぜか追いかけてくる。
全力疾走していると、ふいっとミスティが振り返って、「べぇー!」と舌を見せた。こんな状況を招いた私に怒っているようだが、反面楽しそうでもあった。
「「アマリリス様ー、ミスティちゃーん!」」
「追いかけてくるな!」「追いかけないでくださーい!」
後に「激熱カップルと追っかけ一行珍道中」と呼ばれたこの騒動、騎士団緊急動員の後、日が暮れるまで続くこととなった。
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