おまけ その一
様々な苦難を乗り越えること数ヶ月。苦難といっても、大半ミスティが運んできたものを仕方なく処理していただけである。
ほどなくして、私は自由になった。騎士を引退した、という意味ではない。
なんせ性別も顔もばれている。今更隠す必要がなくなったからだ。
騎士団内では気を遣うことがなくなった。今までは言動に注意を払っていた。大方私を男性だと考えていたので、その理想に合わせていたから。
しかし、今は女だとみんなが知っている。なので、気軽に会話ができるようになった。
休日外を出歩いている時は、私から話しかけることが増えた。
私が女である、という目玉情報が外にも広がるのは言うまでもない。気がつけば、私服の時でも「アマリリス様」と呼ばれるようになった。今更だが、様付けはこそばゆいなぁ。
隠すことがなくなったので、素の自分をさらけ出せる。それがいかに良いことか。偽りのない生活……いつも正直でいられて、心が軽い。
それも全部、ミスティのおかげで解決することになるとは思わなかったな。
今となっては吹っ切れて、ミスティと一緒にいる時間が増えた。
仕事を手伝ってもらったり、休日一緒に出歩いたり。
仕事に関しては前からだったが、前以上に近くにいてくれる。休日は、私を楽しませようと一緒にいてくれる。休日をただ休む日でなく、楽しめる日に変えてくれた。
私をあるべき姿に変えてくれたミスティには、感謝してもしきれない。
ミスティのために、何がしてあげられるだろうか。
ミスティのために、私は何ができるだろうか。
私が思いつくのは、せいぜい一つくらい。
一緒に休日を楽しむことだ。
ある日のこと。私は姿見の前で、服を両手に持って、服装で悩んでいた。
今日はお休みで、ミスティと出掛けることになっている。
これは団長から貰った休日だ。いつものおせっかいで「たまには遊んであげな」と、ミスティと揃って休暇を与えられた。余計なお世話だがありがたい。
羽を伸ばせるのは素直に嬉しいし、遊びに出掛けるのも楽しみだ。
しかし、私にはどうにもできないことがある。それはファッションセンス。いつも地味めで着飾らない、おしゃれをしないのは自覚している。
今も、せっかく出掛けるのだから、と頑張っているのだが、全くうまくいかない。全然女らしく見えない。シャツにズボン……スーツにしか見えん。ダメだこれでは。
「くっ、どうすればいいんだ。手持ちの服ではこんなのしか……うわっ、時間が!」
ふと時計を見ると、約束の時間が近付いていた。このままではろくな格好にならん。
悩んだ末、私はあることを思い出した。それは、ずいぶんと前の休日のこと。
「そうだ、あれがあったじゃないか。確か、奥にしまったような……」
棚の奥を探り、大きな袋を引っ張り出す。
迷っている時間はもうない。今はこれしかない。
「ミスティも喜んでくれるだろうな……よし、これに決めた」
私は服を取り出し、それを身につけた。
そして、私は仮面を脱ぎ捨てた。
ミスティとの待ち合わせ場所に急ぐ。
十字路の真ん中にそびえ立つ時計台。待ち合わせにはぴったりの場所で、他にも数人、誰かを待っているような人がいた。
時計を見ると、時間まであと十分と少しあった。とりあえず間に合ったか。
見た感じ、まだミスティは来ていないようで余裕がある。呼吸を整えて、その時まで待つことにしよう。
「はぁ……待ち合わせ一つで緊張するもんだな」
早まる鼓動を感じ、胸を押さえる。どうしてこうバクバクいうのだろうか。こういったことに不慣れだからだろうか。
「……まだ来ないのかな」
ぽつり、そう呟く。
ミスティはどんな服装で来るんだろうか。前に見た時のように、流行の格好を着こなしているんだろうな。何を着ても似合いそうなもんだ。
一緒に並んで歩いたとして、私は隣にふさわしい格好だろうか。少し、不安になる。
「服に着られてる感じだな、私は」
早く来てくれないと、不安でしょうがなくなって帰ってしまいそうだ。
ええい、まだか!
「お待たせしましたー、お姉様ー!」
遠くから私を呼びながら走ってくる影がある。それはまごうことなきミスティであった。
ちなみに、休日や二人でいる時限定で、最近はお姉様と呼んでくる。お父様は仕事中だけになって嬉しいのだが、どこか寂しい……わけじゃない。違和感があるだけだ。
閑話休題。
爆走していたミスティは、私の前でぴたりと止まり、苦しそうにむせいだ。
「ぜぇ……はぁ……お、お待たせして、すいません……」
「いや、私も今来たところなんだ。まだ時間はあったろう、もう少しのんびりしてても良かったんじゃないか?」
と聞くと、途端に息を吹き返し。
「何をおっしゃいますか! こういうのは待つ時間も楽しみなんです! いつ来るかなー、まだかなーって想いを膨らませるために使うんです。それに、騎士団の心得誇りの第七項『時間を守ることは信頼を守ること。信頼、それすなわち騎士の誇り』、ですっ!」
「よくもまあ憶えているもんだ、さすがだな。ふふっ」
こんな時でも心得を忘れない騎士の鑑だ。いつでも必死でいることについ、笑いをこぼしながら、ミスティの頭を撫でる。
「えへへ……どうしたんですか、いつにも増して優しいですね」
「せっかくの休日なんだからな。目一杯楽しまないと。優しくて悪いか?」
「めっそうもございません! どんどん撫でてください!」
「ふふっ、調子に乗るなばかものっ」
わしゃわしゃと撫でた後、髪を元の通りに整えてあげる。
少しだけ距離を取り、お互いの姿を見た。
「ミスティは相変わらず可愛らしい服だな」
「でしょー?」
ミスティはその場でくるりと回る。
白ワンピースに黒チェックのパンツ、ヘッドドレスを合わせたロリィタファッション。御伽噺に出てきそうな、ミスティらしい可愛い服装だ。
ロリィタファッションに関しては雑誌で読んでいた。私には合わんだろうと記憶の片隅に留めておいた程度だが、こうも着こなせるのか、すごいな。
「私はどうだろうか……といっても、見覚えあるだろう」
「その服、あの時のですか?」
ミスティにならって、私もその場で身をひるがえす。
白のシャツに淡黄色のロングスカート、ベージュのカーディガンを合わせたもの。髪はゆるめに編み、おとなしめに見えるようにしてみた。
ミスティが目を丸くしている。それもそうだ、この服は、『リリィ』としてミスティと会った時買ってもらったものなのだから。
こういう時でないと着ないし、また見てほしい、そう思ったのだ。
気恥ずかしくなってうつむいていると、ミスティが。
「私の目に狂いはなかったです。お似合いで、とってもかわいいですよ、お姉様!」
「う、うむ。あ、ありがとうな」
「しょーじきに言ったまでですよ」
まるで花が咲いたかのように笑う。この笑顔が見れたとなれば、この服装で来た甲斐があったというもの。
つられて私も笑顔になってしまう。
「いい笑顔ですね――あっ! マスク!」
「ようやく気付いたか」
そう、私はこの場においてマスクを着用していない。
いつまでも恥ずかしがって仮面を被っているわけにはいかない。ミスティがいれば大丈夫、とマスクは脱いできた。
いつもより空気を肌で感じる。自分の全てをさらけ出しているようで落ち着かないが、少しずつ慣らしていかないと。
私の素顔を、ミスティはまじまじと見て。
「やっぱり、素顔がいっちばんかわいいです!」
太鼓判を押してくれた。そう言ってもらえると安心する。
顔が徐々に熱くなるのを感じつつ、照れ隠しに。
「そんなに褒めなくていいぞ……でも、嬉しいよ。ありがとう、な」
また感謝を口にする。ありがとうを口にするだけで顔を赤くするなんて、私はどうなってしまったんだろう。
これも全部、ミスティのせいだ。
そういうことにしておこう。
「かわいいのは初めからですから。……でも」
ミスティは、むぅ、と小さく唸ると、バッグからマスクを取り出し、私に突き出してきた。
「やっぱりつけてください。お姉様らしさは、マスクあってこそかと」
なぜだろうか、少々不満そうにしている。何かやらかしてしまっただろうか。
それ以前に。
「マスクはなくてもいいんじゃないか? もう素顔は割れてしまっているのだし、私としても慣らしていきたいのだが」
と、考えを素直に打ち明けた。
私はどうにかマスクを卒業したい。今までの私とはおさらばしたいと考えている。
だが、マスクあってこその私というなら……いやしかし……。
悩んでいるところに、ミスティがすかさず私にマスクを装着させた。なんたる早業。
「わはー、マスクつけててもお姉様はかわいいです! うんうん、これで行きましょう!」
ミスティは一人納得した様子で、何度も頷いている。マスクを外そうとするのだが、ミスティが私の手を握って阻止してきた。
「……ダメか」「ダメです」
どうやら素顔を晒すのは禁止なようだ。全くわけが分からない。
ここで無理に外して機嫌を損ねさせると、今日を楽しめなくなってしまうだろう。大人しく従うとしよう。
腕の力を抜くと、ミスティも手を離し、にかっと笑顔になる。
「――さあ、行きましょう、お姉様! 時間がもったいないです!」
「お、おい、急に走るな! しょうがないやつめ……」
私の手を取り、ミスティが駆け出した。いつも通りのマイペースさに苦笑しつつ、私はミスティに身を委ねて、共に通りを行くことにした。
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