第4話 9月のお話②

「はい、到着」


 そう言って、和泉先輩がサイドブレーキを引きました。かなりの遠回りの末に、ようやく車は当初の目的地であるスーパーに着きしました。


 車から降りると、むわっとした熱気に思わず眉をしかめてしまいました。もう夕方のはずですが、気温の方は一向に下がる気配がありません。


「あ、あれ」

 車から降りた坂本くんが、駐輪スペースを指差しました。見ると1つは黄緑色の速そうなのと、もう1つは白と青の細身の、後ろにクーラーボックスみたいな箱を載せた2台のバイクが停まっていました。


「あれ、高宮さんと佐屋さんのバイクですか?」

「たぶん。2人とも近くを走ってから来るって言ってたから」

「2台あるってことは、佐屋先輩の怪我ももう大丈夫なんですね」

「怪我って?」


 坂本くんが聞きました。


「ああ、バイクで事故ったんだよ。2ヶ月くらい前だったか」

「ほお」

「さすがですね」

「え」


 赤羽先輩と坂本くんの反応に、私は思わず聞き返してしまいました。


「まあさっさんだし、そういうこともあるかなっていうか」

「俺達にはできないことを平然とやってのけますよね」

「確かに、あの時は平然とはしていたな。あれは、さすがだった」


 赤羽先輩と坂本くんが言って、和泉先輩が頷きました。何ていうか、そういうことじゃ、ないと思うんですけど……。


「そういえば、あの人らは校正作業はしないんですか?」

「いや。2人とも、合宿までには終わらせるって言ってたけど、そういや確認してなかったな」

 合宿までに書き上げた小説はすでにネットにアップされていて、合宿に参加しない部員はもう校正した原稿を上げてくれています。


「まあ、大体予想できるけど」

 赤羽先輩が言いました。私も、同じ意見です。高宮先輩については心配いらないでしょうが……。


「やあ、みんな買い出し?」


 バイクを囲んでおしゃべりしていると、背後から明るい声がしました。


 皆が声のした方を振り向くと、高宮先輩と佐屋先輩がこちらに向かって歩いていました。こんなに暑い中でも高宮先輩は笑顔で手を振っていて、佐屋先輩はだるそうに、両手に大きなビニール袋を持っています。


「どうも。そうです、晩飯の買い出しです」

「それなそれは。ご苦労さん」

「お二人も買い物ですか?」

「まあ、そうだね」


 高宮先輩と和泉先輩が話している脇をすたすたと歩き、佐屋先輩は袋をバイクに載せた箱にしまいました。


「お怪我もういいんですか?」

「ん」

 私が話しかけて、ようやく佐屋先輩は口を開きました。いえ、正確にはまだ開いてはいませんが。


「見ての通り」

「それはよかったです」

「まあかかった医者がヤブで、ちょっと時間かかったけど」

「そ、そうなんですか」

「あれ、その眼鏡」

 赤羽先輩が興味津々という感じで、佐屋先輩の顔、というか眼鏡を覗き込みます。

 

改めて見ると、佐屋先輩のかけている眼鏡は、スポーツ選手がかけているような、派手なデザインものでした。事故の前にかけていたのは、確か、黒縁の普通の眼鏡だったと思います。


「新しく買ったんすか?」

「うん。前のは事故で壊れたから」

「オークリーじゃないすかそれ? いいなあ。こういう感じのサングラスとか欲しいんすよ」

「そうなの?」

「こういうのかけてギター弾いたら映えそうじゃないすか」

「なるほど」

「ちなみに、おいくらくらい?」

「5万くらい」

「うはぁ」


 しげしげと赤羽先輩が眺め回しますが、佐屋先輩はあまり意に介していないようです。


「でもこれ、度が入ってるから。ただのサングラスならもっと安くなるよ」

「マジすか」

「ああでも、偏光グラスにすると、またけっこう高かったような」

「うわあ、そっかあ」

「なんでそんな派手なのにしたんですか?」


 坂本くんが素朴な疑問をはさみました。

 佐屋先輩のセンスにケチを付けるつもりはありませんが、私だったら、こんな目立ちそうな眼鏡で街中やキャンパスを歩こうとは思えません。他に普段かける用の眼鏡があるのなら話は別ですが……。


「保険で出るって話だったから、なるべく高いのを買おうと思って」

「貧乏性だろ」


 合理的とも言える佐屋先輩の答えを、高宮先輩がばっさり切り捨てました。


「ほら行くぞ」

「へいへい」

 高宮先輩が言うと、2人ともヘルメットをかぶって出発の準備を始めました。


「んじゃ、俺らは先に宿に行ってるから。買い出しよろしく」


 そう言い残して、高宮先輩と佐屋先輩は去っていきました。バイクの排気音が遠ざかっていきます。


「そういえば、あの人ら何してたんだ?」

 2人の去っていった方を見ながら、赤羽先輩が言いました。

「買い物だろ」

「んなんわかってるよ」

「酒とつまみを買ってたんだって」

「ほう」

「あれが全部ですか?」


 佐屋先輩の持っていたビニール袋がそうなら、2人だけで結構な量を買い込んだことになります。差し入れということならありがたいことですが、でも、なんで佐屋先輩が1人で持っていたのでしょう。


「詫びだそうだよ」

「何の? 2人から?」

「佐屋さんから、構成が間に合わなかったことの」


 和泉先輩の答えに、誰も何も言いませんでした。言葉を失ったというより、なんといか、「ああ……」とみんな思ったのでしょう。

 それにしても、いやはや……。

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S大ミス研のミステリィな日常 @keraten

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