第5話

 ホテル内の電灯が消えた。シンジが指示を出すまでもなく、全員が戦闘配置につく。

「停電かぁ?」

 ぼんやりしている繁在家さんをシンジが物陰に引っ張り込んだ。この建物の管理はシンジの業務外だが、灯りを奪うのは攻撃準備としては常套手段である。身を隠しておくにこしたことはない。

【あー。あー。おはようございます。拉致被害者の皆さん】

 ホテル内の放送でクソガキの声が流れる。繁在家さんに肩をすくめて尋ねたら、「知らん。システムは僕の担当じゃない」と言われた。担当者はここにいないのでどうしようもないとのこと。

【これから救出するので指示に従ってください。施錠はすべて解除しました。迅速に出口へと向かってください。武器を持ったおじさんに邪魔されるかも知れませんが、私の仲間がお守りするのでご安心を。可愛い蜘蛛のお人形です】

 事実と異なる説明である。実際には逃げる少女たちを利用して、葉月のオートマトンを守る気だろう。だが。監禁された少女たちは、必ずしも葉月の指示に従わないと思う。まず通常蜘蛛は可愛くない。そしてまだ寝てる子もいる。何より内容が怪しい。勇気を振り絞って出口に来た子がいても、シンジが天井に威嚇射撃するだけで簡単にUターンさせられるだろう。

【なお、五分後に建物を爆撃します。それまでに逃げてください】

 葉月が続けた。ちょっと事情が変わった。爆撃はハッタリにしても、威嚇射撃ぐらいではUターンさせられないかも知れない。すると対応に人員を割かれてしまう。面倒になってきた。

 すぐに降りて来た女の子がいた。ずっと喚き散らしていた例の学生服の子である。お父様の活躍に期待していたあたり、良家のお嬢なのだろう。非常事態に際して果断である。ショーキチが怒鳴りながら威嚇射撃して脅したが、無視して出口に直行している。これは今するべき思考ではないが、ああいう気丈な子を怯えさせるのは気持ちが良いだろうな、とシンジは思った。

 お嬢が出口を通ると同時に、多脚のオートマトンが二体、天井を走って侵入した。蜘蛛がお嬢の近くにいる間は、誠実で遵法精神のあるシンジたちは銃を撃てない。暗闇にまだ目が慣れていないため、狙いも定まらない。シンジたちの盾である少女はまだ寝ている。とりあえずこの少女かつ盾を、繁在家さんに持たせておくことにした。蜘蛛どもは侵入後、弾をばら撒いて制圧行動を開始したが、シンジと繁在家さんの方向へは撃ってこない。つまりこの蜘蛛どもに精密射撃の能力はない。

 お嬢が見えなくなると同時に、シンジは蜘蛛を狙い撃った。弾は外殻に防がれた。

「固い。5.56じゃダメだわ」

「7.62を試す。関節を狙えばイケるかも知れない」

 ケーゴが提案する。銃の口径の話である。ケーゴは射撃が上手いから、大きめのマークスマンライフルを持たせている。

「いや」

 シンジは否定する。タイスケとショーキチは対抗射撃をしている。蜘蛛どもは外殻で防ぎながら強引に突進している。対抗射撃は大した時間稼ぎにはなっていない。色々試してみる猶予はない。

「フラッシュバンを投げるぞぉっ。起爆とともに撤退!」

 合図の後、閃光手榴弾を投擲した。非致死性兵器なので逃げる女の子を巻き込んでも大丈夫である。蜘蛛にもたぶんカメラがあるだろうから、行動を阻害できる。

 起爆とともに、全員が各々の脱出口から逃げ出した。



 葉月は口をへの字に曲げた。

 シンジさんたちは地下に逃げたらしい。サブロー、シローは視界を焼かれたので状況を把握していない。別室にいたイチローだけが状況を正確に報告してくれた。

「地下道なんか図面に無かったじゃん」

 不足のある図面を掴まされたらしい。甘すぎるセキュリティは、襲撃を誘うための罠だったのかも知れない。非常に情けない。事前調査が足りなかった。諜報担当イチロー君の信用度を下げざるをえない。なお調査期間を早めに打ち切ったのは葉月である。だってフェミおじさんが急かすから。

 サブロー、シローはカメラを予備に切り替えて、地下へと追跡を開始している。地下は通信が遮断されるため、イチローを行かせても意味がない。彼にはこっちに戻ってもらうことにした。

 葉月自身は作戦にほぼ不要とはいえ、状況を把握できないのは困る。もう少しホテルに近づけば、通信が復旧するかも知れない。喫煙所に虚ろな目の労働者おじさんが入ってきて、迷惑そうに葉月を眺めている。ここは出ることにした。葉月はブルーカラーのおじさんを思いやる傾向にある。

 すると、隣にいるジローから警告を受けた。曰く、地下道がどこにつながっているのか分からない、敵と遭遇するかもなので大変危険である、とのこと。一理あるが、それはここにいても同じことである。葉月は警告を無視した。

 ジローに軽機関銃と予備弾倉を持たせて、ホテルに近づいていく。ホテルは森林公園の先にある。森林は身を隠すのに丁度よい。イチローとも合流した。とりあえずそこに座り込み、ラップトップを開こうとした。

 首根っこを掴まれて、投げ飛ばされた。

「いっでぇ!」

 葉月は抗議の悲鳴を上げる。誰がやったのかと思ったらジローであった。機械の反乱かと思った。実際には反乱は起きていない。ジローは主人を守るために忠実に行動している。つまり、葉月がさっきまで座っていた場所が銃撃されていた。

「何だ何だ」

 葉月はラップトップを胸に抱き、走って逃げようとした。

 正面からも銃撃を受けた。銃弾はラップトップを貫通し、防弾ベストに突き刺さり、葉月のお腹を痛烈に打撃した。ひぎっと呻いてうずくまる。めちゃくちゃ痛いけど、やっぱ防弾ベストを着ていてよかったと思った。

 葉月はようやく理解できた。通信を絶たれれば、当然復旧のために近寄る。それを待てば、ノコノコおびき出された葉月を始末できる。人形たちにとって最大の弱点は葉月である。ジローはそういうことをさっき警告したかったのね。完全に理解した。

「そう言ってよぉ……」

 ジローは今は対抗射撃をしている。

 イチローが残量の乏しいバッテリーを使って、目くらましで発光した。これで撃ってきた人たちの視界を奪えたけど、急だったので葉月も目を閉じていなかった。

「光るなら言ってよぉ……!」

 イチローは喋れない。たぶん壊れたラップトップには事前報告が行っている。

 葉月のベルトにワイヤーを繋がれた。見えないのでイチローかジローか分からないけど、葉月を引っ張って走っている。樹にはぶつからないようコース選択してくれていると思うけど、速過ぎて脚がもつれそう。既にかなりの足手まといなのに、ここで転んだら想像を絶する程の足手まといである。アサマさんに知られたらたんこぶが五段できるくらい拳骨を食らいそう。葉月は実に一生懸命走った。

 視力が回復しつつある。引っ張ってくれているのはイチローであった。葉月の視界が回復すると同時に、イチローはバッテリー切れで力尽きた。ワイヤーは自分で切断してくれたけど、ブレーキはかけられず、自重と慣性で転がって樹に激突した。大変ご苦労であった。

 走りながらジローが葉月に軽機関銃を投げて渡す。

 葉月はわたわたと受け取り、セレクターレバーをフルオートに切り替える。

 直後、ジローが銃撃を受ける。比較的脆弱な関節部を撃たれ、脚が一本もげた。ジローは回転しながら体勢を立て直した。その際、葉月とジローの距離が少し離れた。葉月はそれをとても不安に思い、ジローに気を取られた。

 だから、地面から隆起した樹の根に、足を引っかけた。つまり転んだ。

 いや葉月のせいじゃない。ジローが撃たれたのが悪い。

「アハハ。詰みだぜ葉月ちゃん」

 正面から三下の人が現れた。たしかショーキチさん。

 葉月に銃を向けている。回り込まれていた。脚が速すぎる。ずるい。

「オートマトンを停止しろ」

 後ろからも別の人に声をかけられた。ジローが片方の銃撃を止めても、もう片方に葉月が撃たれる。あんまり聞いたことない声の人だから、たぶん無口なケーゴさんだろう。シンジさんの部隊は全部で四人だから、残りは二人である。繁在家さんを逃がすのに誰か護衛をつけている筈だから、ここに全員はいないと思う。

 葉月は両手を挙げている。葉月が両手を挙げている間は、人形たちは撃たない。

「止めるから壊さないでください。高級品です」

 葉月はおじさんたちにお願いする。

 ジローの脚一本だけでも損害額は大きい。イチローも勢いよく転んでいたからどこか壊れているかも知れない。サブローとシローもどうなったか分からない。ラップトップは風穴が空いた。損害額と報酬額を比較すると、全く割に合わない。地下に逃げられた時点で撤退すべきだった。

「負けました。何でも言うこと聞くので殺さないでください」

「マジ? 何でも?」

「いいから蜘蛛を止めろ」

 シンジさんは見当たらないから、ケーゴさんがこの場の指揮官なのだろう。この人の言うことを聞いた方がいい。ショーキチさんはあんまり頭が良くなさそう。おじさんって年齢でもないので葉月の好みじゃない。

「ジロー。ステイ」

 人形たちは喋れないけど、音声認識はできる。ジローは停止した。

「銃を捨てろ。拳銃も。ゆっくり」

 葉月は言われた通りにした。

 拳銃は大事な銃なので後で返してほしい。

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